蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第二部【クローディアの章】

枕崎 純之助

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第183話 大切な誰かを守るために

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 満天の星空の下をボルドは草を踏みしめながら尾根に沿って歩き続けていた。
 数メートル前を行くアーシュラはどうやっているのか、草を踏む音すら立てずに静かに進んでいた。
 ボルドはその背中に声をかける。

「あの……アーシュラさん」
「……気付きましたね。ボールドウィン。ワタシの呼び掛けに」

 ボルドが聞きたいことは分かっているとばかりに、アーシュラは足を止めることも振り返ることもなくそう言った。

「は、はい……自分でもよく分からないのですが、呼ばれていることは分かりました」
「ワタシもあなたの返事を感じ取りました。あなたは……いつからその力に気付いていたのですか?」

 その問いにボルドは自分が初めて奇妙な感覚を得た時のことを思い返しながら答えた。
 クローデイアに命を救われて、新都で働いていた頃にはすでに数時間後の雨の気配を感じ取ったり、地震を直前に予知したりすることがあった。
 その話にアーシュラは立ち止まると振り返る。
 彼女は決してボルドと目を合わせようとせず、彼の足元を見つめて言った。

「なるほど。がけから転落して死にひんしたことで、あなたの中の能力が芽生めばえたのでしょうね」
「アーシュラさんも同じ感覚を?」
「ワタシは母譲りで物心ついた時にはこの感覚を持っていました。この感覚のことを母はこう呼んでいました。心の糸ストリングスと」
心の糸ストリングス……」

 思わずその言葉を繰り返すボルドにアーシュラは話を続ける。

「ワタシの故郷である砂漠島では、あなたみたいな黒髪の人は黒髪術者ダークネスと呼ばれる力の持ち主でした。その力の在り様は様々で、ちょっと感覚が鋭敏えいびんなだけの人から、様々な予知を出来る人まで十人十色でした。そしてワタシの母も黒髪術者ダークネスだったのです」

 そう言うとアーシュラは自分の母親であるアビゲイルの持っていた力について話した。
 彼女は自分の周囲数百メートルに至るまで、空間の全てを認識できる感覚を持っていた。
 森の中で平坦な足場がどこにあるのか、どこに虫や動物が潜んでいるか、目に見えないほど先の空間や物陰に隠れて見えないはずの場所までをすべて把握し、事前に危険を察知して避けることが出来たのだという。

「ワタシは黒髪ではありませんが、母の力を受け継いだのです。初めてクローディアと会った日、ワタシは逃げる彼女を追いかけました。足の速さではクローディアに到底かないませんでしたが、彼女が行く先を予測して最短距離で走り、振り切られずに追い続けることが出来たのです」

 その力を見出されてアーシュラはクローディアの腹心の部下となったのだという。

「ワタシはこの力をかしてクローディアの力になりたいと考えています。母を失って記憶までも失っていたワタシを拾い、生きる道を示して下さったクローディアのために自分の力を使いたいのです」

 アーシュラはボルドの足元を見つめたまま言った。

「あなたにも今分かっている特殊な感覚以外に、何か力があるかもしれませんね。その力を自在に操れるようになれば、大切な誰かの役に立てるかもしれません。そうすればあなたはその誰かにとって特別な存在になれるはず」
「特別な存在……」

 ボルドにとっての特別な存在はこの世でただ1人だ。
 彼は愛しい女性の顔を思い浮かべる。

(この力で彼女を守れるのなら……彼女のそばにいてもいいのかもしれない) 

 そんなことを思うボルドの顔にわずかに明るいきざしが見え始めた。
 アーシュラは再び前を向くと、ボルドをともなって歩き出す。
 だが、そこでアーシュラはふいに再び足を止めた。
 不思議ふしぎに思って自分も足を止めるボルドだが、そんな彼の背中にゾクッとした悪寒おかんが走る。
 アーシュラの肩が震えている。
 そしてどういうわけだか分からないが、ボルドも自分の手が小刻みに震えているのを感じた。

(な、何かが……誰かが来る!)

 そう直感したその時、ボルドはブリジットの身に危機が迫っていることを悟り、思わず反射的に駆け出していた。
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