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第182話 女王の密会
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「皆すっかり寝静まったか?」
「起きている者もいるけれど、バレないように出て来たわ」
満天の星空の下。
星明かりを受けて輝く金色の髪と銀色の髪が、ゆるやかな夜風を受けて靡いている。
クローディアが丘の上に登り切ると、約束通りそこではブリジットが待ち受けていた。
「悪いわね。こんな夜中に呼び出して」
「気にするな。こんな時刻でもなければ2人だけで会うなど不可能だろう」
ダニアの本家と分家が共同開催した宴会が盛大に開かれ、そして幕を閉じた。
宴会場のかがり火はその多くが落とされ、薄暗くなったその場所ではほとんどの者たちが天幕の中に引っ込んでいた。
すでに多くの者が酔い潰れ、寝入っている。
そんな中を女王2人は抜け出してここまで来たのだ。
クローディアは自らが提案した密会に応じてくれたブリジットに謝意を示しつつ、話を切り出した。
「今日の試合の御感想は? ブリジット」
「正直、あれだけではおまえの真の実力までは分からなかった。だが、間違いなくアタシが今までの人生で戦った中では一番強い相手だ。感服したよ」
「そう。お眼鏡にかなったみたいで良かったわ。ワタシも同じよ。あなたの強さに我を忘れてはしゃいでしまったわ」
それは決して世辞などではなく、お互いの本心だった。
常人離れした身体能力を持つ彼女たちにとって、自分と実力の近い者と戦うこと自体が稀有なことなのだ。
摸造刀を用いた模擬戦とはいえ、2人にとって貴重な体験だった。
「気になるのは黒き魔女とやらの実力だな。おまえほどの女が言うのだからアタシにとっても相当な強敵なのだろう」
「ええ……まだ一回戦っただけだから、彼女の実力の全てを分かっているわけではないけれど、強く、早く、そして実戦向きだった。戦い慣れていた……いえ、殺し慣れていたわ。彼女、戦場で数え切れないほどの人間を殺してきているはずよ」
「なるほどな。公国のトバイアスが急速に名を上げ武勲を手にしたのは、その女の活躍があったからか」
ブリジットもトバイアスとの会談前にその人物像を調べ上げていた。
トバイアスはビンガム将軍の落とし児として数々の戦場で積極的に前線に赴いて戦い、戦果を上げてきた。
トバイアス自身も武人としての腕前を備えていたが、彼には戦場で常に隣に寄り添う腹心の部下がいた。
その人物は漆黒の全身鎧に身を包んでいて、戦場で八面六臂の活躍を見せて、数え切れないほどの敵を葬り去って来たという。
トバイアスの武功にはその人物の力が大きく関わっていたのだ。
「その鎧の人物がアメーリアだったのだろう」
「でしょうね。誰もその人物の正体を知らなかったということだけれど。まあ狙われているのはワタシだけど、あなたも一応警戒しておいて」
「いや、おまえだけじゃない。あの女、トバイアスとアタシの縁談話に侍女として付いてきたんだ。嫉妬心丸出しで睨みつけられたよ。あれは執念深そうな女だった。きっとアタシのことも殺したくてたまらないんだろう」
ブリジットのその口ぶりに思わずクローディアは笑ってしまう。
「トバイアスのことは気に入らなかったの?」
「馬鹿を言え。あんな男、誰が好きになどなるものか。アタシが心に決めた男は生涯……ただ1人だけだ」
その言葉にクローディアはハッとして口をつぐむ。
それを見たブリジットは気を取り直して言った。
「……そんなことより本題に入ってくれ。時間は限られているんだ」
「そうね……。ブリジット。今日、話したいのは本家と分家の同盟よりもさらに一歩進んだ話よ」
「一歩進んだ話?」
「ええ。この話は公にするのはまだ時期尚早だから分家の誰にも話していないわ」
その話にわずかに眉を潜めるブリジットだが、神妙な面持ちで話の続きを促した。
クローディアは同じく真剣な表情で自分の考えを明確に告げた。
「ダニアの本家と分家を統合し、統一ダニアを作りたいの」
その言葉にブリジットは息を飲む。
そしてその目に鋭い眼光が浮かんだ。
わずかな静寂の中に夜風が吹き渡り、草木を揺らす音が響く。
やがてブリジットは口を開いた。
「それはどうやって作るんだ? 今度は真剣でアタシと殺し合いでもするか? 統一ダニアの新女王を決める戦いをここでやろうというのか?」
その言葉にクローディアは静かに笑って首を横に振る。
本家と分家を統合した場合、ブリジットかクローディアのどちらかが女王の座を降りななければならなくなる。
絶対の権限を持つ女王は1人しか君臨できないのだから。
だが、クローディアの答えはブリジットの予想もしないものだった。
「ワタシおよびブリジットの女王権限は廃止。ワタシ達は政治に対する全ての権限を放棄するの。代わりに十刃会と十血会を統合して20名の共同議会を立ち上げ、その議会に政治の権限を移譲する」
さらには20名の議員は数年に一度の選挙で交代することになるとクローディアは説明した。
ブリジットはしばし黙って話を聞いていたが、やがて重苦しい表情で口を開く。
「それがおまえの言っていた双璧の女王計画か」
「ええ。その通りよ」
「フンッ。おかしな話だな。双璧の女王と言いながらアタシもおまえも女王ではなくなるというのか?」
「いいえ。政治的な権限を失って象徴的な女王ということになるけれど、軍部の指導者として戦場に立つことになるわ」
「……将軍の立場に降りるということか」
女王が全てを決定する絶対君主制から、議会制政治となる立憲君主制への移行。
それがクローディアの提唱する統一ダニアの新たな姿だった。
「象徴的な女王ならば2人いたとしても問題はないでしょ? この話をしたくてあなたと2人だけで会いたかったのよ。ブリジット。とても繊細な話題だから、これを十血会に伝えるのはさすがにまだ機が熟していないわ。特にうちのオーレリアなんかが聞いたら卒倒すると思うし。でも……ワタシはこの計画を何としても実現させたいの。そのためにはあなたの協力が必要なのよ。ブリジット。考えてもらえないかしら」
そう言うとクローディアは静かに微笑んだ。
ブリジットはすぐに何かを言うことが出来ずに彼女の顔をじっと見つめる。
そんなブリジットの様子を見つめ、クローディアは穏やかな声で言った。
「もちろんすぐに答えを出して欲しいとは言わないわ。あなたの胸に留めておいて。そしてゆっくりと考えて。どうかお願いよ」
その言葉にブリジットはようやく静かに頷いた。
答えは簡単には出せない。
それほど重い話だ。
だが、そんな重い話をするということはクローディアに相当の覚悟があるということだ。
ならばブリジットは本家を預かる女王として、この話に真剣に向き合う必要があると感じた。
ブリジットの返事に満面の笑みを浮かべるクローディアだが、その顔に今度はわずかな緊張の色が滲む。
「実はね……もうひとつ話があるの」
「……今度は何だ? もっとアタシを驚かせるつもりか?」
「そうね……もっとあなたを驚かせてしまうでしょうね」
「何だ? 言ってみろ。もう大抵のことでは驚かんぞ」
そう言い放つブリジットに頷き、クローディアは意を決して告げた。
わずかに震える声で。
「ブリジット。あなたに……会わせたい人がいるの」
「起きている者もいるけれど、バレないように出て来たわ」
満天の星空の下。
星明かりを受けて輝く金色の髪と銀色の髪が、ゆるやかな夜風を受けて靡いている。
クローディアが丘の上に登り切ると、約束通りそこではブリジットが待ち受けていた。
「悪いわね。こんな夜中に呼び出して」
「気にするな。こんな時刻でもなければ2人だけで会うなど不可能だろう」
ダニアの本家と分家が共同開催した宴会が盛大に開かれ、そして幕を閉じた。
宴会場のかがり火はその多くが落とされ、薄暗くなったその場所ではほとんどの者たちが天幕の中に引っ込んでいた。
すでに多くの者が酔い潰れ、寝入っている。
そんな中を女王2人は抜け出してここまで来たのだ。
クローディアは自らが提案した密会に応じてくれたブリジットに謝意を示しつつ、話を切り出した。
「今日の試合の御感想は? ブリジット」
「正直、あれだけではおまえの真の実力までは分からなかった。だが、間違いなくアタシが今までの人生で戦った中では一番強い相手だ。感服したよ」
「そう。お眼鏡にかなったみたいで良かったわ。ワタシも同じよ。あなたの強さに我を忘れてはしゃいでしまったわ」
それは決して世辞などではなく、お互いの本心だった。
常人離れした身体能力を持つ彼女たちにとって、自分と実力の近い者と戦うこと自体が稀有なことなのだ。
摸造刀を用いた模擬戦とはいえ、2人にとって貴重な体験だった。
「気になるのは黒き魔女とやらの実力だな。おまえほどの女が言うのだからアタシにとっても相当な強敵なのだろう」
「ええ……まだ一回戦っただけだから、彼女の実力の全てを分かっているわけではないけれど、強く、早く、そして実戦向きだった。戦い慣れていた……いえ、殺し慣れていたわ。彼女、戦場で数え切れないほどの人間を殺してきているはずよ」
「なるほどな。公国のトバイアスが急速に名を上げ武勲を手にしたのは、その女の活躍があったからか」
ブリジットもトバイアスとの会談前にその人物像を調べ上げていた。
トバイアスはビンガム将軍の落とし児として数々の戦場で積極的に前線に赴いて戦い、戦果を上げてきた。
トバイアス自身も武人としての腕前を備えていたが、彼には戦場で常に隣に寄り添う腹心の部下がいた。
その人物は漆黒の全身鎧に身を包んでいて、戦場で八面六臂の活躍を見せて、数え切れないほどの敵を葬り去って来たという。
トバイアスの武功にはその人物の力が大きく関わっていたのだ。
「その鎧の人物がアメーリアだったのだろう」
「でしょうね。誰もその人物の正体を知らなかったということだけれど。まあ狙われているのはワタシだけど、あなたも一応警戒しておいて」
「いや、おまえだけじゃない。あの女、トバイアスとアタシの縁談話に侍女として付いてきたんだ。嫉妬心丸出しで睨みつけられたよ。あれは執念深そうな女だった。きっとアタシのことも殺したくてたまらないんだろう」
ブリジットのその口ぶりに思わずクローディアは笑ってしまう。
「トバイアスのことは気に入らなかったの?」
「馬鹿を言え。あんな男、誰が好きになどなるものか。アタシが心に決めた男は生涯……ただ1人だけだ」
その言葉にクローディアはハッとして口をつぐむ。
それを見たブリジットは気を取り直して言った。
「……そんなことより本題に入ってくれ。時間は限られているんだ」
「そうね……。ブリジット。今日、話したいのは本家と分家の同盟よりもさらに一歩進んだ話よ」
「一歩進んだ話?」
「ええ。この話は公にするのはまだ時期尚早だから分家の誰にも話していないわ」
その話にわずかに眉を潜めるブリジットだが、神妙な面持ちで話の続きを促した。
クローディアは同じく真剣な表情で自分の考えを明確に告げた。
「ダニアの本家と分家を統合し、統一ダニアを作りたいの」
その言葉にブリジットは息を飲む。
そしてその目に鋭い眼光が浮かんだ。
わずかな静寂の中に夜風が吹き渡り、草木を揺らす音が響く。
やがてブリジットは口を開いた。
「それはどうやって作るんだ? 今度は真剣でアタシと殺し合いでもするか? 統一ダニアの新女王を決める戦いをここでやろうというのか?」
その言葉にクローディアは静かに笑って首を横に振る。
本家と分家を統合した場合、ブリジットかクローディアのどちらかが女王の座を降りななければならなくなる。
絶対の権限を持つ女王は1人しか君臨できないのだから。
だが、クローディアの答えはブリジットの予想もしないものだった。
「ワタシおよびブリジットの女王権限は廃止。ワタシ達は政治に対する全ての権限を放棄するの。代わりに十刃会と十血会を統合して20名の共同議会を立ち上げ、その議会に政治の権限を移譲する」
さらには20名の議員は数年に一度の選挙で交代することになるとクローディアは説明した。
ブリジットはしばし黙って話を聞いていたが、やがて重苦しい表情で口を開く。
「それがおまえの言っていた双璧の女王計画か」
「ええ。その通りよ」
「フンッ。おかしな話だな。双璧の女王と言いながらアタシもおまえも女王ではなくなるというのか?」
「いいえ。政治的な権限を失って象徴的な女王ということになるけれど、軍部の指導者として戦場に立つことになるわ」
「……将軍の立場に降りるということか」
女王が全てを決定する絶対君主制から、議会制政治となる立憲君主制への移行。
それがクローディアの提唱する統一ダニアの新たな姿だった。
「象徴的な女王ならば2人いたとしても問題はないでしょ? この話をしたくてあなたと2人だけで会いたかったのよ。ブリジット。とても繊細な話題だから、これを十血会に伝えるのはさすがにまだ機が熟していないわ。特にうちのオーレリアなんかが聞いたら卒倒すると思うし。でも……ワタシはこの計画を何としても実現させたいの。そのためにはあなたの協力が必要なのよ。ブリジット。考えてもらえないかしら」
そう言うとクローディアは静かに微笑んだ。
ブリジットはすぐに何かを言うことが出来ずに彼女の顔をじっと見つめる。
そんなブリジットの様子を見つめ、クローディアは穏やかな声で言った。
「もちろんすぐに答えを出して欲しいとは言わないわ。あなたの胸に留めておいて。そしてゆっくりと考えて。どうかお願いよ」
その言葉にブリジットはようやく静かに頷いた。
答えは簡単には出せない。
それほど重い話だ。
だが、そんな重い話をするということはクローディアに相当の覚悟があるということだ。
ならばブリジットは本家を預かる女王として、この話に真剣に向き合う必要があると感じた。
ブリジットの返事に満面の笑みを浮かべるクローディアだが、その顔に今度はわずかな緊張の色が滲む。
「実はね……もうひとつ話があるの」
「……今度は何だ? もっとアタシを驚かせるつもりか?」
「そうね……もっとあなたを驚かせてしまうでしょうね」
「何だ? 言ってみろ。もう大抵のことでは驚かんぞ」
そう言い放つブリジットに頷き、クローディアは意を決して告げた。
わずかに震える声で。
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