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第177話 会談初日
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「独立か……これは驚きの極秘情報だな。王国に知られたら大変なことになるぞ」
ブリジットの言葉にクローディアは不敵に笑う。
「告げ口でもする?」
「つまらんことを言うな。アタシは誰にも阿らない」
「耳が痛いわ。ブリジット。あなたは孤高の女王だものね。一方のワタシたちは王国の子飼いなんて言われる始末」
2人のやり取りを聞き、分家の十血会の面々が一様に不満げな顔を見せる。
十血長オーレリアは挙手をすると立ち上がった。
「失礼ですがブリジット。我ら分家はそちらとは事情が違います」
「やめなさい。オーレリア。ブリジットはそんなつもりじゃないわ」
クローディアがオーレリアを諌めると、ブリジットも彼女に目を向けて右手を上げる。
「気に障ったのならば謝ろう。それにしてもにわかには信じ難いな。こちらも分家の立場は理解しているつもりだ。端的に聞こう。本当に王国から独立できるのか? そして独立したとして、その後はどう一族を導いていくつもりだ?」
クローディアには女王として一族の者たちを守る義務がある。
そんな彼女が夢物語を口にしているとはブリジットには思えなかった。
何かしらの確たる算段があるのだろう。
「その道筋は見えているわ。まずワタシたちは……」
クローディアは真剣な面持ちで自分たちの計画を話して聞かせた。
地理的優位な場所に新都を建造中であること。
独立のために自らの母である先代クローディアを犠牲にすることも厭わない覚悟があること。
さらには大陸の遠く南方に位置する砂漠島から、ダニアの源流となる赤毛の一族を援軍として迎え入れる約束を取り付けてあることも、背景から丁寧に説明した。
それらを話し終えた後、本家の十刃会の面々は例外なく驚愕の表情を浮かべていた。
新都を建造するなどという発想は本家の誰もが考えもしなかっただろう。
そして砂漠島という場所に自分たちと同じ赤毛の女戦士の一族がいるという話も衝撃的だった。
クローディアはひとまずの説明を終えて、乾いた喉を潤すべく小姓に用意させた冷たい水をグラスでグイッと呷る。
そしてブリジットの様子を見つめた。
驚き戸惑う本家の面々の中で、ブリジットだけはただ一人冷静だ。
「なるほど。独立を謳うからには確かな根拠があるということか。それはよく分かった。だがな……砂漠島とやらから大きな戦力が手に入るのであれば、それを利用して王国内で立場を強くする方が現実的ではないのか? わざわざ危険を冒して独立などするよりよほど現実的に一族を守れるぞ」
「あら。意外とつまらない発想するのね」
「抜かせ。おまえも女王なら民を守るために現実的な発想をするべきだと分かるだろう。第4王子のコンラッドは死んだらしいな。ならば次は第1王子を狙え。そうなればおまえは次の王妃だ。分家の一族は安泰だろう」
ブリジットの言葉は辛辣だが一つの現実でもあった。
だがクローディアは決然と首を横に振る。
「それではダメなのよ。末端とはいえ属する者だから分かる。王国は魔境よ。王族貴族たちの策謀が根深く張り巡らされている。その中で生き残ろうと思ったら、自分を殺して身も心も王国に染まってしまう。ワタシたちはそんな生き方は嫌。ダニアの女としての気概を忘れずに自分たちの生き方を取り戻すの。あなたたちのように」
クローディアは真摯な眼差しでブリジットを見つめた。
じっとそれを見つめ返し、ブリジットは静かに頷く。
「……覚悟は本物のようだな。だがな、クローディア。これだけは経験者として忠告する。母上を大事にしたほうがいい。さもなくば一生後悔することになるぞ。それだけの覚悟を持って王国からの独立を決行するなら、母を王から取り戻すくらいの気概を見せてみろ」
ブリジットは母である先代を失った時のことを思い返した。
そんな彼女の重い言葉にクローディアはわずかに目を伏せる。
先代である母に対してクローディアは心のどこかでわだかまりを持っていた。
自分を捨てて王の元へ嫁ぎ、王の子供の母親となって残り少ない人生の時間を過ごすことを選んだ母を恨む気持ちが少しも無いかと言えば嘘になる。
自分は捨てられたのだという子供じみた思いがクローディアの胸にあった。
だがブリジットの言葉にそんな自分を恥ずかしく思い、彼女は顔を上げる。
「……ええ。確かにそうね。それは本気で考えるわ。それからさっきの話だけど、同盟を正式に組むことをあなたたちが了承してくれるなら、その時はワタシたちもあなたたちが攻められたときは守るために共に戦うわ。その相手が王国だろうとね」
「それはこちらにも利のある話だ。検討に値する」
仮に王国と公国の戦争が始まれば、ダニア本家は公国か王国のどちらに付くかを迫られるだろう。
どちらか一方に付けばもう片方からの攻撃を受ける。
そしてどちらにもつかなければ両方からの攻撃を受ける恐れがある。
なぜなら両国の戦争が拮抗した場合、本家がどちらかの勢力につくことによって、力の均衡が崩れる可能性があるからだ。
そうした不安要素は先に取り除いておきたいだろう。
「実はね。王国からは奥の里の場所を探る様に言われているの」
「……ほう」
クローディアの告白にブリジットの目が鋭くなり、十刃会の面々も不穏な表情を見せる。
「調査中とだけ伝えてあるわ。もちろん報告なんてするつもりはないけれど」
ダニア本家の隠れ里である奥の里は、分家がその場所を突き止めていた。
「けれど王国や公国がその気になれば、あそこを見つけるのにそう時間はかからないと思うわ」
「……状況は切迫していると言いたいのか?」
「別に焦らせてその気にさせようとか姑息なことを考えているわけじゃないから誤解しないで。ただ、あなたたちがこうして会談の席についてくれたことにワタシは感謝しているの。だからあなたたちがこの会談を持って良かったと思えるような有益な情報は提供するつもりよ」
そう言うとクローディアは少し喋り疲れた様子で椅子に深く腰をかけ、小姓が淹れ直した紅茶をゆっくりと飲んだ。
そこからは本家・十刃会の長であるユーフェミアと分家・十血会の長であるオーレリアが中心となって、互いに情報と意見の交換を行った。
そして日が西に傾いていく中、会談初日の最後にクローディアはある情報を付け加えた。
「もう一つ。伝えておきたいことがあるわ。ブリジット」
クローディアはコンラッド王子を暗殺したのが、公国軍のトバイアスの従者である黒髪の女であることを告げた。
ブリジットはその話に眉を潜める。
「黒髪の女……あいつか。トバイアスがアタシのところに来た時に一緒に来たな。奴の女だとばかり思っていたが、あいつが第4王子殺しの下手人だったのか」
「ええ。ワタシは実際に一戦交えたわ。正直、強敵だった」
クローディアがそう言うのならば相当な使い手なのだろうと十刃会の面々はざわめいたが、ブリジットは平然と言う。
「アタシはまだおまえの強さを知らないから、その情報だけでは何とも言えんな。アタシならその黒髪女は一撃で殺せるかも分からんぞ」
「まあ、あなたがワタシより遥かに強いならそうでしょうけど」
ブリジットとクローディアの視線が交わり、2人は互いに不敵な笑みを交わし合う。
「夜が楽しみね。試合前は飲み過ぎないほうがいいわよ」
「そうしよう。せっかくの機会だ。酒よりもその腕前に酔わせてくれることを期待している」
ブリジットの言葉にクローディアは不敵に笑う。
「告げ口でもする?」
「つまらんことを言うな。アタシは誰にも阿らない」
「耳が痛いわ。ブリジット。あなたは孤高の女王だものね。一方のワタシたちは王国の子飼いなんて言われる始末」
2人のやり取りを聞き、分家の十血会の面々が一様に不満げな顔を見せる。
十血長オーレリアは挙手をすると立ち上がった。
「失礼ですがブリジット。我ら分家はそちらとは事情が違います」
「やめなさい。オーレリア。ブリジットはそんなつもりじゃないわ」
クローディアがオーレリアを諌めると、ブリジットも彼女に目を向けて右手を上げる。
「気に障ったのならば謝ろう。それにしてもにわかには信じ難いな。こちらも分家の立場は理解しているつもりだ。端的に聞こう。本当に王国から独立できるのか? そして独立したとして、その後はどう一族を導いていくつもりだ?」
クローディアには女王として一族の者たちを守る義務がある。
そんな彼女が夢物語を口にしているとはブリジットには思えなかった。
何かしらの確たる算段があるのだろう。
「その道筋は見えているわ。まずワタシたちは……」
クローディアは真剣な面持ちで自分たちの計画を話して聞かせた。
地理的優位な場所に新都を建造中であること。
独立のために自らの母である先代クローディアを犠牲にすることも厭わない覚悟があること。
さらには大陸の遠く南方に位置する砂漠島から、ダニアの源流となる赤毛の一族を援軍として迎え入れる約束を取り付けてあることも、背景から丁寧に説明した。
それらを話し終えた後、本家の十刃会の面々は例外なく驚愕の表情を浮かべていた。
新都を建造するなどという発想は本家の誰もが考えもしなかっただろう。
そして砂漠島という場所に自分たちと同じ赤毛の女戦士の一族がいるという話も衝撃的だった。
クローディアはひとまずの説明を終えて、乾いた喉を潤すべく小姓に用意させた冷たい水をグラスでグイッと呷る。
そしてブリジットの様子を見つめた。
驚き戸惑う本家の面々の中で、ブリジットだけはただ一人冷静だ。
「なるほど。独立を謳うからには確かな根拠があるということか。それはよく分かった。だがな……砂漠島とやらから大きな戦力が手に入るのであれば、それを利用して王国内で立場を強くする方が現実的ではないのか? わざわざ危険を冒して独立などするよりよほど現実的に一族を守れるぞ」
「あら。意外とつまらない発想するのね」
「抜かせ。おまえも女王なら民を守るために現実的な発想をするべきだと分かるだろう。第4王子のコンラッドは死んだらしいな。ならば次は第1王子を狙え。そうなればおまえは次の王妃だ。分家の一族は安泰だろう」
ブリジットの言葉は辛辣だが一つの現実でもあった。
だがクローディアは決然と首を横に振る。
「それではダメなのよ。末端とはいえ属する者だから分かる。王国は魔境よ。王族貴族たちの策謀が根深く張り巡らされている。その中で生き残ろうと思ったら、自分を殺して身も心も王国に染まってしまう。ワタシたちはそんな生き方は嫌。ダニアの女としての気概を忘れずに自分たちの生き方を取り戻すの。あなたたちのように」
クローディアは真摯な眼差しでブリジットを見つめた。
じっとそれを見つめ返し、ブリジットは静かに頷く。
「……覚悟は本物のようだな。だがな、クローディア。これだけは経験者として忠告する。母上を大事にしたほうがいい。さもなくば一生後悔することになるぞ。それだけの覚悟を持って王国からの独立を決行するなら、母を王から取り戻すくらいの気概を見せてみろ」
ブリジットは母である先代を失った時のことを思い返した。
そんな彼女の重い言葉にクローディアはわずかに目を伏せる。
先代である母に対してクローディアは心のどこかでわだかまりを持っていた。
自分を捨てて王の元へ嫁ぎ、王の子供の母親となって残り少ない人生の時間を過ごすことを選んだ母を恨む気持ちが少しも無いかと言えば嘘になる。
自分は捨てられたのだという子供じみた思いがクローディアの胸にあった。
だがブリジットの言葉にそんな自分を恥ずかしく思い、彼女は顔を上げる。
「……ええ。確かにそうね。それは本気で考えるわ。それからさっきの話だけど、同盟を正式に組むことをあなたたちが了承してくれるなら、その時はワタシたちもあなたたちが攻められたときは守るために共に戦うわ。その相手が王国だろうとね」
「それはこちらにも利のある話だ。検討に値する」
仮に王国と公国の戦争が始まれば、ダニア本家は公国か王国のどちらに付くかを迫られるだろう。
どちらか一方に付けばもう片方からの攻撃を受ける。
そしてどちらにもつかなければ両方からの攻撃を受ける恐れがある。
なぜなら両国の戦争が拮抗した場合、本家がどちらかの勢力につくことによって、力の均衡が崩れる可能性があるからだ。
そうした不安要素は先に取り除いておきたいだろう。
「実はね。王国からは奥の里の場所を探る様に言われているの」
「……ほう」
クローディアの告白にブリジットの目が鋭くなり、十刃会の面々も不穏な表情を見せる。
「調査中とだけ伝えてあるわ。もちろん報告なんてするつもりはないけれど」
ダニア本家の隠れ里である奥の里は、分家がその場所を突き止めていた。
「けれど王国や公国がその気になれば、あそこを見つけるのにそう時間はかからないと思うわ」
「……状況は切迫していると言いたいのか?」
「別に焦らせてその気にさせようとか姑息なことを考えているわけじゃないから誤解しないで。ただ、あなたたちがこうして会談の席についてくれたことにワタシは感謝しているの。だからあなたたちがこの会談を持って良かったと思えるような有益な情報は提供するつもりよ」
そう言うとクローディアは少し喋り疲れた様子で椅子に深く腰をかけ、小姓が淹れ直した紅茶をゆっくりと飲んだ。
そこからは本家・十刃会の長であるユーフェミアと分家・十血会の長であるオーレリアが中心となって、互いに情報と意見の交換を行った。
そして日が西に傾いていく中、会談初日の最後にクローディアはある情報を付け加えた。
「もう一つ。伝えておきたいことがあるわ。ブリジット」
クローディアはコンラッド王子を暗殺したのが、公国軍のトバイアスの従者である黒髪の女であることを告げた。
ブリジットはその話に眉を潜める。
「黒髪の女……あいつか。トバイアスがアタシのところに来た時に一緒に来たな。奴の女だとばかり思っていたが、あいつが第4王子殺しの下手人だったのか」
「ええ。ワタシは実際に一戦交えたわ。正直、強敵だった」
クローディアがそう言うのならば相当な使い手なのだろうと十刃会の面々はざわめいたが、ブリジットは平然と言う。
「アタシはまだおまえの強さを知らないから、その情報だけでは何とも言えんな。アタシならその黒髪女は一撃で殺せるかも分からんぞ」
「まあ、あなたがワタシより遥かに強いならそうでしょうけど」
ブリジットとクローディアの視線が交わり、2人は互いに不敵な笑みを交わし合う。
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