蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第二部【クローディアの章】

枕崎 純之助

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第174話 スリーク平原へ

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 ブリジットひきいるダニア本家の部隊が、分家との会談場所であるスリーク平原へ向かって進んでいた。
 ブリジットと十刃会の10人。
 そして女戦士50名と小姓こしょう50名の総勢111名だ。
 女戦士の中にはブリジットの腹心の部下であるベラとソニア、そして鳶隊とびたいのアデラや双子の弓兵であるナタリーとナタリアの姿もあった。

「ねえベラ先輩。分家の奴らってどんな感じなんですか?」

 馬の背で揺られながらそうたずねるナタリーのとなりで、ナタリアがウンウンとうなづく。
 今年、成人したばかりの2人は分家の人間に馴染なじみがない。
 奥の里で敵として相対したことはあるが、実際に分家の人間と話したことはないのだ。
 興味津々きょうみしんしんの後輩たちにベラは肩をすくめた。

「別に。アタシらと変わらねえよ。見た目じゃ本家も分家も判断がつかねえことはおまえらも知ってるだろ。言葉がちょっと分家なまりがあるくらいかな」

 ベラがよく知っているのは、今は亡きベアトリスだ。
 彼女はよくしゃべる女性だった。 

「分家なまり?」
「ああ。というより王国の田舎訛いなかなまりに近いな。あいつらは長年、王国で暮らしているから自然とそうなったんだろう。それよりおまえら。あんまり浮かれんなよ。分家の奴らに気を許すんじゃねえぞ」

 そう言って双子をにらみつけるとベラは馬を先に進めてソニアのとなりに並んだ。 
 ソニアはいつも通り寡黙かもくに淡々と馬を進めている。
 ベラはそんな彼女に声をかけた。

「今日はどうなるかね。分家の奴らと今さら仲良くやろうって言われてもな」
「……仲良くするつもりはない。少しでもナメた態度を取ってきたら、叩き切ってやる」

 ムスッとした顔でそう言うとソニアは背中に背負っているおのを揺らした。
 そんな同僚のいつも通りの様子に苦笑しつつベラは前方を行くブリジットの背中を見つめた。
 ブリジットは馬の背にまたがり、十刃会の面々に囲まれながら悠然ゆうぜんと進んでいる。
 そのりんとした背中を見つめながら、ベラはぽつりとつぶやいた。

「……スリーク平原か。久しぶりだな」
「ああ……」
「ブリジット……大丈夫だと思うか?」

 ベラの言わんとしていることはソニアにも分かる。
 ソニアもブリジットの背を見つめて静かに首を横に振る。 

「……分からん」

 本日の分家との会談場所であるスリーク平原は、ブリジットがボルドと出会った場所だ。
 ボルドが奴隷どれいとして隷属れいぞくしていた隊商をたまたまブリジットたちが襲ったのだ。
 ベラやソニアは初めてボルドを見かけた時のことを思い出す。

 なつかしく、そして苦い思いが2人の胸ににじんだ。
 2人ですらそうなので、ブリジットは内心穏やかではいられないだろう。
 死に別れた最愛の男を思い出さずにいろというほうが無理だ。

「アタシたちに出来ることは少ない。ブリジットを見守ることくらいだ」

 ソニアの言う通りだとベラは思った。
 幼馴染おさななじみの友人を静かに見守る。
 だが、自分もソニアも彼女の心情を常におもんばかっている。
 それをブリジットも感じてくれていることは分かる。
 それだけで十分だ、とは言えないが、他にしてやれることもない。

「おい。見えてきたぞ」

 そう言うソニアの声にベラは顔を上げる。
 いよいよスリーク平原に差しかかるあたりで、ブリジットら本家を出迎えるように、分家の者たちが平原に集まっていた。
 その一番先頭で馬にまたがっているのがクローディアだった。
 美しい銀髪を風になびかせて悠然ゆうぜんと馬上で背すじを伸ばしているその姿を見れば、誰もが一目瞭然いちもくりょうぜんなほど女王らしい姿だった。

「あれが……クローディア」

 うなるようにそう言うベラのとなりで、ソニアもクローディアの美しい姿に目を奪われている。
 ブリジットに勝るともおとらないそのりんとした姿に、本家の者たちの目は釘付くぎづけとなった。
 ブリジットはゆっくりと馬の脚をゆるめて止まる。
 彼女にならって十刃会や他の面々も馬の脚を止めた。

 馬たちの息遣いきづかいや、女たちの口かられる静かなざわめきが、風に乗って流れていく。
 広々としたスリーク平原にダニアの本家と分家が会した。
 ブリジットとクローディアは10メートルほどの距離を挟んで対峙たいじする。
 クローディアは鷹揚おうように両手を広げると、すずやかな笑みを浮かべた。

「ようこそ。ブリジット。そして十刃会と本家の者たち。ワタシが分家を預かるクローディアよ。我が呼びかけに応じてくれて感謝します。皆を歓迎するわ」
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