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第172話 動き出した運命
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「コンラッド王子が……」
クローディアの未来の夫の候補であった王国第4王子コンラッドの急死。
その訃報はダニア分家に少なくない衝撃をもたらした。
報告を受けた十血会の会議は時間を急遽延長して続けられる。
クローディアの体調のこともあり、オーレリアは一時休憩を申し出たが、緊急事態のためクローディア自身がそれを断って会議を続行した。
「王はワタシの責任を問うてくるでしょうね」
クローディアの言葉に十血会の1人から声が上がる。
「それはあまりにひどい。クローディアは王子の救援要請を受けてすぐに駆けつけ、彼の命を守りました。その後のクルヌイ砦から王都までの護衛についてはクローディアの責任ではありません」
十血会の1人はそう言うと憤然と机を拳で叩いた。
だがクローディアは首を横に振る。
「気遣い感謝するわ。でも王国はそうは思わないでしょうね。ワタシは彼の命は守ったけれど、彼の指は守れなかった。彼が急ぎ王都に帰ることになったのはその負傷のせいよ。そしてワタシがあの場でアメーリアを取り逃がしたことが尾を引く結果となってしまった。それに……」
そう言うとクローディアは目を閉じる。
「息子を殺された王は怒りを向ける先が必要なのよ。ワタシは格好の的だわ」
クローディアは目を閉じたまま、亡きコンラッドの顔を思い浮かべる。
どうにも好きになれない相手だったが、だからといって無残に殺されていいはずがない。
胸の内で彼の冥福を祈ると、クローディアは一同を見回した。
「まずいことになったわね。今回の黒幕が公国軍のトバイアスだということは王国もすでに知っている。戦争が起きるわ。当然、ワタシたちにも出動命令が下るでしょうね。そして本家との会談も王国に知られてしまえば疑われる。トバイアスはブリジットと一度会談をしているから」
トバイアスがブリジットとの縁談を持ちかけ、ブリジットはこれを断ったという。
だが王国はこの2人がまだ繋がりを保っていて、ダニア本家が公国の味方に付くのではないかという危機感と疑念を抱いている。
そしてそんなブリジット率いる本家との会談を持つということは、クローディアもトバイアスに与しているのではないかと疑われかねない。
そうなればコンラッドの暗殺に加担していたのではないかという最悪の濡れ衣がクローディアに着せられる危険もある。
「本家との会談は今からでも中止にすべきです」
断固たる口調でそう言ったのはセレストだ。
「王子のご逝去で王国は相当に神経を尖らせるでしょう。こんな時に本家との会談は最悪のタイミングとなります。会談の即時中止を本家に申し入れ、クローディアはすぐに王都へ王子の弔問に向かうべきです」
セレストの言葉に十血会の何人かが同調して頷いた。
だがオーレリアは冷静にクローディアの出方を見ている。
その視線を受けながらクローディアが静かに口を開いた。
「……弔問には行くわ。だけど会談は中止しない。ここで本家との会談を取りやめてしまえば、次に会談できるのは何年も先になってしまうかもしれない。この機を逃すわけにはいかないの」
「しかしそれでは……」
クローディアの言葉にも何かを言いたげなセレストを制して、オーレリアが発言する。
「落ち着け。セレスト。まだ王子の御遺体も王都に到着していない。そんな状況で弔問は早過ぎる。まずは弔意書を送っておこう」
王子の訃報とともにもたらされた情報によれば、コンラッド王子の遺体には首がなかったとのこと。
アメーリアが持ち去ったのだ。
王国にとっては屈辱的な惨事だった。
「王国は公国の都に密使を放って是が非でも王子の首を取り戻そうとするでしょうね。その際の公国の出方次第で戦がすぐに始まるかもしれないわ。だから本家と会談を行うなら今しかないの。本家と将来的な協力関係を築くためには、ワタシとブリジットがきちんと話をすることは必要不可欠よ」
落ち着いた口調ながら決してこれは譲らぬという強い表情でクローディアがそう言うと、セレストは不満げながら押し黙る。
オーレリアは他に異論がないことを見て取ると頷いた。
「分かりました。クローディア。予定通り本家との会談を執り行いましょう」
そう言うとオーレリアはクローディアに目をやる。
「ただし条件があります。情夫ボルドの引き渡しにあたっては、本家からきちんとした見返りを得て下さい。瀕死の彼をブライズ様が川から引き上げ、クローディア自らが看病までして彼の命を救ったことは事実。本家との協力を目指すのは結構ですが、こちらには王国への裏切り行為となるリスクがあります。そうしたリスクを抱えてでもご意見を押し通すからには、将来的な展望のみならず、直近の見返りを求めてしかるべきです。近視眼的と言われようとも、これは譲れません」
十血長オーレリアは会議の流れを制御する立場にある。
クローディア側にも十血会側にも偏り過ぎず、意見の均衡を図るのが彼女の役目だ。
クローディアは彼女がそう言うだろうことは予想していた。
「分かったわ。彼の引き渡しと引き換えにブリジットからの支援を引き出しましょう。だけど金品をもらって終わりでは今後に繋がらない。戦力支援が一番いいと思うわ。出来ればブリジットとは戦地で共闘したいわ」
ダニアの女たちは共に戦場を駆けてこそ分かり合えるところがある。
共に戦えば本家と分家のわだかまりも少しは溶けるのではないだろうか。
クローディアはそう考えた。
十血会の面々も重苦しい表情で各々口を閉じている。
本家との同盟は王国からの独立に向けた第一歩となる可能性を多分に含んでいる。
そのリスクに対し、この会議が始まる前までの十血会は大きく否定的な立場だった。
だが、十血会とて王国に心から阿っているわけではない。
王国に協力しなければダニア分家は存続できないとの判断から王国に従っているのだ。
しかし王国と公国の本格的な戦が始まれば、分家は大きく被害を受ける。
王国の尖兵として最前線で戦わなければならないからだ。
そうなれば戦士たちは死に、戦の規模から考えても損害は甚大になるだろう。
そうして分家の勢力が弱まれば王国にとってはさらに御しやすい相手となり、分家はますます王国に逆らうことが出来なくなる。
完全なる悪循環に陥ることになるのだ。
ここにいる全員、意見は多種多様なれど、王国の奴隷となって死ぬことを良しとする者は1人としていない。
「王国からの独立は今日明日すぐというわけではないわ。皆には戸惑いもあると思う。これからじっくりと時間をかけて皆に判断材料を提供していくから、ワタシと一緒に考えてちょうだい。この分家の行く末を。そしてダニアという種族全体の未来を」
クローディアの言葉を継いでオーレリアが閉会を宣言し、解散となった。
クローディアはコンラッド王子への弔意書を書くべく執務室へ向かう。
たった一通の訃報で状況が大きく変わり、クローディアは運命が大きく動き出そうとしているのをその肌で感じるのだった。
クローディアの未来の夫の候補であった王国第4王子コンラッドの急死。
その訃報はダニア分家に少なくない衝撃をもたらした。
報告を受けた十血会の会議は時間を急遽延長して続けられる。
クローディアの体調のこともあり、オーレリアは一時休憩を申し出たが、緊急事態のためクローディア自身がそれを断って会議を続行した。
「王はワタシの責任を問うてくるでしょうね」
クローディアの言葉に十血会の1人から声が上がる。
「それはあまりにひどい。クローディアは王子の救援要請を受けてすぐに駆けつけ、彼の命を守りました。その後のクルヌイ砦から王都までの護衛についてはクローディアの責任ではありません」
十血会の1人はそう言うと憤然と机を拳で叩いた。
だがクローディアは首を横に振る。
「気遣い感謝するわ。でも王国はそうは思わないでしょうね。ワタシは彼の命は守ったけれど、彼の指は守れなかった。彼が急ぎ王都に帰ることになったのはその負傷のせいよ。そしてワタシがあの場でアメーリアを取り逃がしたことが尾を引く結果となってしまった。それに……」
そう言うとクローディアは目を閉じる。
「息子を殺された王は怒りを向ける先が必要なのよ。ワタシは格好の的だわ」
クローディアは目を閉じたまま、亡きコンラッドの顔を思い浮かべる。
どうにも好きになれない相手だったが、だからといって無残に殺されていいはずがない。
胸の内で彼の冥福を祈ると、クローディアは一同を見回した。
「まずいことになったわね。今回の黒幕が公国軍のトバイアスだということは王国もすでに知っている。戦争が起きるわ。当然、ワタシたちにも出動命令が下るでしょうね。そして本家との会談も王国に知られてしまえば疑われる。トバイアスはブリジットと一度会談をしているから」
トバイアスがブリジットとの縁談を持ちかけ、ブリジットはこれを断ったという。
だが王国はこの2人がまだ繋がりを保っていて、ダニア本家が公国の味方に付くのではないかという危機感と疑念を抱いている。
そしてそんなブリジット率いる本家との会談を持つということは、クローディアもトバイアスに与しているのではないかと疑われかねない。
そうなればコンラッドの暗殺に加担していたのではないかという最悪の濡れ衣がクローディアに着せられる危険もある。
「本家との会談は今からでも中止にすべきです」
断固たる口調でそう言ったのはセレストだ。
「王子のご逝去で王国は相当に神経を尖らせるでしょう。こんな時に本家との会談は最悪のタイミングとなります。会談の即時中止を本家に申し入れ、クローディアはすぐに王都へ王子の弔問に向かうべきです」
セレストの言葉に十血会の何人かが同調して頷いた。
だがオーレリアは冷静にクローディアの出方を見ている。
その視線を受けながらクローディアが静かに口を開いた。
「……弔問には行くわ。だけど会談は中止しない。ここで本家との会談を取りやめてしまえば、次に会談できるのは何年も先になってしまうかもしれない。この機を逃すわけにはいかないの」
「しかしそれでは……」
クローディアの言葉にも何かを言いたげなセレストを制して、オーレリアが発言する。
「落ち着け。セレスト。まだ王子の御遺体も王都に到着していない。そんな状況で弔問は早過ぎる。まずは弔意書を送っておこう」
王子の訃報とともにもたらされた情報によれば、コンラッド王子の遺体には首がなかったとのこと。
アメーリアが持ち去ったのだ。
王国にとっては屈辱的な惨事だった。
「王国は公国の都に密使を放って是が非でも王子の首を取り戻そうとするでしょうね。その際の公国の出方次第で戦がすぐに始まるかもしれないわ。だから本家と会談を行うなら今しかないの。本家と将来的な協力関係を築くためには、ワタシとブリジットがきちんと話をすることは必要不可欠よ」
落ち着いた口調ながら決してこれは譲らぬという強い表情でクローディアがそう言うと、セレストは不満げながら押し黙る。
オーレリアは他に異論がないことを見て取ると頷いた。
「分かりました。クローディア。予定通り本家との会談を執り行いましょう」
そう言うとオーレリアはクローディアに目をやる。
「ただし条件があります。情夫ボルドの引き渡しにあたっては、本家からきちんとした見返りを得て下さい。瀕死の彼をブライズ様が川から引き上げ、クローディア自らが看病までして彼の命を救ったことは事実。本家との協力を目指すのは結構ですが、こちらには王国への裏切り行為となるリスクがあります。そうしたリスクを抱えてでもご意見を押し通すからには、将来的な展望のみならず、直近の見返りを求めてしかるべきです。近視眼的と言われようとも、これは譲れません」
十血長オーレリアは会議の流れを制御する立場にある。
クローディア側にも十血会側にも偏り過ぎず、意見の均衡を図るのが彼女の役目だ。
クローディアは彼女がそう言うだろうことは予想していた。
「分かったわ。彼の引き渡しと引き換えにブリジットからの支援を引き出しましょう。だけど金品をもらって終わりでは今後に繋がらない。戦力支援が一番いいと思うわ。出来ればブリジットとは戦地で共闘したいわ」
ダニアの女たちは共に戦場を駆けてこそ分かり合えるところがある。
共に戦えば本家と分家のわだかまりも少しは溶けるのではないだろうか。
クローディアはそう考えた。
十血会の面々も重苦しい表情で各々口を閉じている。
本家との同盟は王国からの独立に向けた第一歩となる可能性を多分に含んでいる。
そのリスクに対し、この会議が始まる前までの十血会は大きく否定的な立場だった。
だが、十血会とて王国に心から阿っているわけではない。
王国に協力しなければダニア分家は存続できないとの判断から王国に従っているのだ。
しかし王国と公国の本格的な戦が始まれば、分家は大きく被害を受ける。
王国の尖兵として最前線で戦わなければならないからだ。
そうなれば戦士たちは死に、戦の規模から考えても損害は甚大になるだろう。
そうして分家の勢力が弱まれば王国にとってはさらに御しやすい相手となり、分家はますます王国に逆らうことが出来なくなる。
完全なる悪循環に陥ることになるのだ。
ここにいる全員、意見は多種多様なれど、王国の奴隷となって死ぬことを良しとする者は1人としていない。
「王国からの独立は今日明日すぐというわけではないわ。皆には戸惑いもあると思う。これからじっくりと時間をかけて皆に判断材料を提供していくから、ワタシと一緒に考えてちょうだい。この分家の行く末を。そしてダニアという種族全体の未来を」
クローディアの言葉を継いでオーレリアが閉会を宣言し、解散となった。
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