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第165話 軟禁
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「着いたぞ。降りろ」
セレストの声が耳元で響き、ボルドは縄で後ろ手に縛られたまま引き立たされて馬車を降りた。
そのまま背中を押されながら歩かされるが、顔には麻袋を被せられているため、周囲の様子は分からない。
だがザワザワと人の声や物音がするので、おそらくダニアの街だろうとボルドにも予測がついた。
ダニアの女たち特有の熱っぽい雰囲気と彼女たちの匂いがする。
ボルドは初めて来た場所だと言うのに思わず郷愁を覚えた。
(ダニアの人たちは本家も分家もあまり変わらないんだな)
その口から発する言葉のイントネーションこそ多少違えど、容姿や文化は本家も分家も似たり寄ったりだ。
ダニアの街。
分家にとって唯一の居住地となる王国内の自治領。
ここに来るまでボルドはずっと暗澹たる気持ちの中で堂々巡りの思考を繰り返していた。
自分は人質だ。
分家は自分を使ってブリジットに何らかの交渉を持ちかけるつもりなのだろう。
それを考えるだけで気分が重くなる。
(ブリジットに迷惑をかけてしまう……)
死んだと思っていた情夫が生きていて分家の人質にされていた。
それを知ったときのブリジットはどのような気持ちになるだろうか。
そして自分自身はどのような顔でブリジットに会えばいいのだろうか。
ボルドは胸の内に渦巻く様々な感情を抱えて葛藤する。
ブリジットに会いたい。
だが自分という存在は彼女を政治的に困らせることになる。
彼女を困らせるくらいなら会いたくない。
そもそも自分が死を選ぼうとしたのは、ブリジットを困らせないためだった。
百対一裁判で情夫失格の烙印を押された自分が今さら現れたところで、ブリジットを再び悩ませるだけだ。
(もっとどこか……遠く離れた別の場所に行くべきだったのかな)
そんなことを考えた彼の脳裏にふいにレジーナの顔が浮かぶ。
彼女は親切だった。
レジーナと共に過ごした時間は、ボルドにとって生きる力を与えてくれるに十分なものだったのだ。
だが、それもすべて自分をブリジットの情夫ボルドと知っての行動だ。
ボルドに利用価値があったから。
最初からそのつもりだったのならば、レジーナの言葉も笑顔も優しさも、全てはまやかしだったということだろうか。
ボルドにはそんな風には思えなかった。
そんな風に思いたくなかった。
本当のことをレジーナから聞きたいが、聞くのが怖いような気もする。
「ここに入っていろ」
そう言うセレストの声にボルドはハッと我に返った。
扉が開かれる音が聞こえ、ボルドは自分が建物の中に案内されたのだと知る。
独房に入れられるのだと思ったボルドだが、そんな彼の手を誰かが取った。
乱暴に引っ張るようなそれではなく、目の見えぬ客人を丁重に導くような優しい握り方と共に聞き慣れぬ声が響く。
「こちらへどうぞ。ボルド殿」
それは落ち着いた若い男性の声だった。
その男性に導かれるままボルドは椅子に座らされる。
尻の下にやわらかな厚みを感じた。
すると先ほどの男性の声が背後から聞こえてくる。
「後ろから失礼します。動かないで下さいね」
後ろ手に縛られていた縄がゆっくりと解かれ、頭に被せられていた麻布が慎重に取り払われる。
窓から温かな光が差し込む部屋の中は明るく、ボルドは目がそれに慣れるまでしばし目を細めて瞬かせた。
そんなボルドの足元に跪きながら、男は彼を見上げる。
「道中お疲れさまでございました。まずは少しお休み下さい」
そう言ったのは女性のような顔立ちの美しい男だった。
ボルドより少しだけ年上に見えるその男は褐色肌であり、頭髪を綺麗に剃り上げている。
「ここは……?」
「セレスト様のお屋敷です。私はここの管理を任されている小姓です。ここにいる間、ボルド殿のお世話をさせていただきます」
そう言う小姓の背後に立ったセレストは、ボルドを見下ろして厳然たる口調で告げた。
「情夫ボルド。ここでおとなしくしていれば客人待遇で扱ってやる。ただし、この館から出ることは許さん」
「私に何をさせるつもりですか?」
「今はまだ何も言えん。だが、この生活はそう長くは続かん。数日のうちにおまえの身柄の行き先が決まるだろう。まあそう案ずるな。おまえに危害が加えられるようなことはない。だが、ここから逃げようなどと馬鹿な考えを起こすなよ? その時は相応の罰が与えられると知れ」
そう言うとセレストは部屋を出て行った。
いつの間にかお茶の用意をしていた小姓の男は、ボルドの前のテーブルに紅茶と茶菓子を用意すると穏やかな笑顔を見せた。
「セレスト様は厳しい御方ですが、言いつけを破らぬ限りは理不尽に罰するようなことはされません。ボルド殿。ご不安かと思いますが、数日の間ご辛抱下さいませ。何かご質問はございますか?」
「あの……クローディアの御幼名はレジーナ様と仰るのでしょうか?」
唐突な質問に小姓は少し困ったような表情で頷く。
「ええ。ですがその御幼名は人前では口になさらぬようにお願いします。不敬だと咎められる恐れがございますので」
やはりそうだ。
レジーナがクローディアであることは間違いがない。
ボルドは内心であらためて落胆した。
ということは、自分はやはりおそらく人質として使われるのだろう。
(どうすればいい? このままここにいれば必ずブリジットに不利なことになる)
ボルドは自分の置かれた状況を静かに考えながら、小姓が入れてくれた茶を口にした。
毒の類は入っていないだろう。
自分を殺すつもりならばとっくにそうしているはずだ。
口に含んだ紅茶は香りが良く、洗練された味はそれが高級なものであることをボルドに感じさせた。
「数日の間、私が傍に控えております。何なりと、とは申し上げられませんが、ご遠慮なくお申しつけ下さい。出来る限りご要望にお応えできるよう努めてまいりますので」
小姓は友好的な態度を見せるが、ボルドの監視の役目も課されているのだろう。
そしてこの部屋の外や屋敷の周りには見張りの兵が数多く配置されているはず。
どう足掻いてもボルドにはここから抜け出す術は無い。
軟禁状態に陥ったボルドは茶菓子を口にして小姓と会話を交わしながら、自分に何が出来るかを考え続けるのだった。
セレストの声が耳元で響き、ボルドは縄で後ろ手に縛られたまま引き立たされて馬車を降りた。
そのまま背中を押されながら歩かされるが、顔には麻袋を被せられているため、周囲の様子は分からない。
だがザワザワと人の声や物音がするので、おそらくダニアの街だろうとボルドにも予測がついた。
ダニアの女たち特有の熱っぽい雰囲気と彼女たちの匂いがする。
ボルドは初めて来た場所だと言うのに思わず郷愁を覚えた。
(ダニアの人たちは本家も分家もあまり変わらないんだな)
その口から発する言葉のイントネーションこそ多少違えど、容姿や文化は本家も分家も似たり寄ったりだ。
ダニアの街。
分家にとって唯一の居住地となる王国内の自治領。
ここに来るまでボルドはずっと暗澹たる気持ちの中で堂々巡りの思考を繰り返していた。
自分は人質だ。
分家は自分を使ってブリジットに何らかの交渉を持ちかけるつもりなのだろう。
それを考えるだけで気分が重くなる。
(ブリジットに迷惑をかけてしまう……)
死んだと思っていた情夫が生きていて分家の人質にされていた。
それを知ったときのブリジットはどのような気持ちになるだろうか。
そして自分自身はどのような顔でブリジットに会えばいいのだろうか。
ボルドは胸の内に渦巻く様々な感情を抱えて葛藤する。
ブリジットに会いたい。
だが自分という存在は彼女を政治的に困らせることになる。
彼女を困らせるくらいなら会いたくない。
そもそも自分が死を選ぼうとしたのは、ブリジットを困らせないためだった。
百対一裁判で情夫失格の烙印を押された自分が今さら現れたところで、ブリジットを再び悩ませるだけだ。
(もっとどこか……遠く離れた別の場所に行くべきだったのかな)
そんなことを考えた彼の脳裏にふいにレジーナの顔が浮かぶ。
彼女は親切だった。
レジーナと共に過ごした時間は、ボルドにとって生きる力を与えてくれるに十分なものだったのだ。
だが、それもすべて自分をブリジットの情夫ボルドと知っての行動だ。
ボルドに利用価値があったから。
最初からそのつもりだったのならば、レジーナの言葉も笑顔も優しさも、全てはまやかしだったということだろうか。
ボルドにはそんな風には思えなかった。
そんな風に思いたくなかった。
本当のことをレジーナから聞きたいが、聞くのが怖いような気もする。
「ここに入っていろ」
そう言うセレストの声にボルドはハッと我に返った。
扉が開かれる音が聞こえ、ボルドは自分が建物の中に案内されたのだと知る。
独房に入れられるのだと思ったボルドだが、そんな彼の手を誰かが取った。
乱暴に引っ張るようなそれではなく、目の見えぬ客人を丁重に導くような優しい握り方と共に聞き慣れぬ声が響く。
「こちらへどうぞ。ボルド殿」
それは落ち着いた若い男性の声だった。
その男性に導かれるままボルドは椅子に座らされる。
尻の下にやわらかな厚みを感じた。
すると先ほどの男性の声が背後から聞こえてくる。
「後ろから失礼します。動かないで下さいね」
後ろ手に縛られていた縄がゆっくりと解かれ、頭に被せられていた麻布が慎重に取り払われる。
窓から温かな光が差し込む部屋の中は明るく、ボルドは目がそれに慣れるまでしばし目を細めて瞬かせた。
そんなボルドの足元に跪きながら、男は彼を見上げる。
「道中お疲れさまでございました。まずは少しお休み下さい」
そう言ったのは女性のような顔立ちの美しい男だった。
ボルドより少しだけ年上に見えるその男は褐色肌であり、頭髪を綺麗に剃り上げている。
「ここは……?」
「セレスト様のお屋敷です。私はここの管理を任されている小姓です。ここにいる間、ボルド殿のお世話をさせていただきます」
そう言う小姓の背後に立ったセレストは、ボルドを見下ろして厳然たる口調で告げた。
「情夫ボルド。ここでおとなしくしていれば客人待遇で扱ってやる。ただし、この館から出ることは許さん」
「私に何をさせるつもりですか?」
「今はまだ何も言えん。だが、この生活はそう長くは続かん。数日のうちにおまえの身柄の行き先が決まるだろう。まあそう案ずるな。おまえに危害が加えられるようなことはない。だが、ここから逃げようなどと馬鹿な考えを起こすなよ? その時は相応の罰が与えられると知れ」
そう言うとセレストは部屋を出て行った。
いつの間にかお茶の用意をしていた小姓の男は、ボルドの前のテーブルに紅茶と茶菓子を用意すると穏やかな笑顔を見せた。
「セレスト様は厳しい御方ですが、言いつけを破らぬ限りは理不尽に罰するようなことはされません。ボルド殿。ご不安かと思いますが、数日の間ご辛抱下さいませ。何かご質問はございますか?」
「あの……クローディアの御幼名はレジーナ様と仰るのでしょうか?」
唐突な質問に小姓は少し困ったような表情で頷く。
「ええ。ですがその御幼名は人前では口になさらぬようにお願いします。不敬だと咎められる恐れがございますので」
やはりそうだ。
レジーナがクローディアであることは間違いがない。
ボルドは内心であらためて落胆した。
ということは、自分はやはりおそらく人質として使われるのだろう。
(どうすればいい? このままここにいれば必ずブリジットに不利なことになる)
ボルドは自分の置かれた状況を静かに考えながら、小姓が入れてくれた茶を口にした。
毒の類は入っていないだろう。
自分を殺すつもりならばとっくにそうしているはずだ。
口に含んだ紅茶は香りが良く、洗練された味はそれが高級なものであることをボルドに感じさせた。
「数日の間、私が傍に控えております。何なりと、とは申し上げられませんが、ご遠慮なくお申しつけ下さい。出来る限りご要望にお応えできるよう努めてまいりますので」
小姓は友好的な態度を見せるが、ボルドの監視の役目も課されているのだろう。
そしてこの部屋の外や屋敷の周りには見張りの兵が数多く配置されているはず。
どう足掻いてもボルドにはここから抜け出す術は無い。
軟禁状態に陥ったボルドは茶菓子を口にして小姓と会話を交わしながら、自分に何が出来るかを考え続けるのだった。
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