上 下
44 / 100

第144話 真夜中の食事

しおりを挟む
 馬屋の馬たちも眠りについている深夜。
 雨脚こそ弱くなったものの、それでも雨はしつこく降り続いている。

 レジーナは甘い果汁水を少しずつ飲みながら、ボルドの話をゆっくりと聞いた。
 彼がこの小屋に物資を運ぶ仕事を受け持っていたこと。
 そして小屋に辿たどり着こうという特に、倒れているレジーナを見つけたこと。
 彼女をこの小屋まで運んだことなどをボルドは簡潔に話して聞かせた。
 それを聞き終えたレジーナは少しバツが悪そうな顔でたずねる。

「よくワタシを運べたわね。その……重かったでしょ」

 そう言われてボルドは一瞬「えっ?」という顔を見せたが、すぐに表情を取りつくろう。

「いえ、重くなかったです」
うそおっしゃい。すぐに分かるわよ」
「……すみません。私が非力なんです」

 そう言って申し訳なさそうにするボルドだが、レジーナはそんな彼に優しい笑みを向ける。

「正直な性格ね。でも、ありがと。あなたのおかげで行き倒れずに済んだわ。それにワタシを抱えて運べるなら決して非力なんかじゃないわよ。少し、体が大きくなったんじゃない?」
「は、はい。毎日体を動かす生活なので、少しずつ力もついてきました」
「そうでしょ。服の上からでも分かるわよ。たくましい男になってきたわね」

 そう言うとレジーナはふと自分が髪の毛をさらしていることに気付いた。
 起きたばかりでなか呆然ぼうぜんとしていたため、ウィンプルを被っていないことを失念していたのだ。
 レジーナは努めて平静を装い、自身の頭髪を指でいじりながら言う。

「ボールドウィン。ワタシのウィンプル、脱がせたわね?」

 彼女のその言葉にハッとしてボルドはうなづく。

「すみません。れていたので勝手に……。嫌な思いをさせてしまいました」
「別に嫌ではないけれど……」

 そう言いつつ、レジーナはボルドの様子をうかがう。

(ワタシがクローディアだと気付かなかったのかしら……)

 ボルドはブリジットの元で様々な教育を受けながら情夫として過ごしていたと以前にリネットから聞いている。
 となると分家の女王であるクローディアが銀髪であることを知っている可能性は高い。
 銀髪自体はこの大陸ではめずらしくはないが、かがやくような色艶いろつやを持つ彼女の髪はやはり特別目立つため、出来る限り隠しておきたかった。

 万が一、自分がクローディアであることを知られれば、ボルドは自分に協力してくれなくなるかもしれない。
 彼はブリジットへの忠誠心が強く、彼女のために自ら高いがけより身を投げたほどだ。
 自分が人質として利用されブリジットに不利になると知れば、彼はもうきっとレジーナには力を貸してはくれなくなるだろう。
 それはレジーナ……いや、クローディアにとっては歓迎できない事態だ。

 だから新都市を建造中のダニアの女たちには自分がクローディアであることを他言しないようにと厳命してある。
 あの岩山で働く労働者の中でレジーナがクローディアであると知るのは5人の女たちと、かつて分家で小姓こしょうとして働いていた老人ダンカンのみだ。
 他の労働者たちは知らない。
 だからそこからボルドにれる可能性は低いだろう。
 そう考えたレジーナは彼にカマをかけてみることにした。

「ワタシの髪の毛……どう思う?」

 彼が自分をクローディアだと疑っていれば、何かしらそれらしき反応を見せると思ってのことだ。

「え? か、髪の毛ですか?」

 ボルドは突然の質問におどろいて目を白黒させる。
 そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
 だが彼は存外に早くこれに応じた。

「とても綺麗きれいです……レジーナさんに似合っていると思います。隠すのはもったいないです」

 ボルドは少し気恥ずかしそうに、だが真面目まじめな顔でそう言った。
 聞かれたからには真剣に答えなくてはならないと思ったのだろう。
 ボルドのそんな性分を多少なりとも知っているからこそ、レジーナはそれが彼の本心の言葉だと感じた。
 途端とたんに奇妙な照れくささがレジーナの胸にき上がる。

「そ、そう。嬉しいけれど、修道女だから髪は隠すものよ。それに女の独り身にはそのほうが都合がいいの」

 彼女の言うことはボルドにも分かる。
 レジーナは護衛もなくたった1人で行動している。
 こんな綺麗きれいな髪を見たら、良からぬ思いを抱いて彼女に近付く男も少なくないだろう。
 ボルドは気恥ずかしさがただよう落ち着かない空気を打ち破ろうと彼女に声をかけて話題を変えた。

「レジーナさん。まだ熱が下がっていないと思いますので、とりあえず食事をとって今度は寝室でお休み下さい。今、軽い食事を用意してきますから」

 そう言うとボルドはいそいそと台所へ向かう。
 彼が用意したのは野菜を煮込んだスープと、パンがゆだった。
 胃腸にやさしい献立こんだてで、そのにおいが胃の弱ったレジーナの食欲をそそる。
 それらを口にすると、薄味な食事のはずなのに随分ずいぶんとおいしく感じられた。
 彼女が食べている間、ボルドは暖炉だんろの近くで再び温めておいた陶器のお湯を、金属製の湯たんぽに注ぎ、それを厚手の布でぐるぐる巻きにする。

「湯たんぽをベッドの布団ふとんに入れておきますね。直接手足で触れないように気を付けて下さい」 

 テキパキと手際てぎわよく働くボルドにレジーナは目を丸くした。

「あなた……随分ずいぶんと色々できるようになったのね」
「レジーナさんに教わったことも多いですし、新都でもダンカンさんからご指導いただいていますので」

 そう言うとボルドは湯たんぽを手にとなりの寝室へと移動していく。
 レジーナはそんな彼の姿に思わず目を細めた。

(たくましくなったのは体だけじゃないのね。あの子を助けて良かった。きっとワタシの力になってくれるわ)

 そう思いながらレジーナは彼が作ってくれた食事をゆっくりと味わうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...