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第144話 真夜中の食事
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馬屋の馬たちも眠りについている深夜。
雨脚こそ弱くなったものの、それでも雨はしつこく降り続いている。
レジーナは甘い果汁水を少しずつ飲みながら、ボルドの話をゆっくりと聞いた。
彼がこの小屋に物資を運ぶ仕事を受け持っていたこと。
そして小屋に辿り着こうという特に、倒れているレジーナを見つけたこと。
彼女をこの小屋まで運んだことなどをボルドは簡潔に話して聞かせた。
それを聞き終えたレジーナは少しバツが悪そうな顔で尋ねる。
「よくワタシを運べたわね。その……重かったでしょ」
そう言われてボルドは一瞬「えっ?」という顔を見せたが、すぐに表情を取り繕う。
「いえ、重くなかったです」
「嘘おっしゃい。すぐに分かるわよ」
「……すみません。私が非力なんです」
そう言って申し訳なさそうにするボルドだが、レジーナはそんな彼に優しい笑みを向ける。
「正直な性格ね。でも、ありがと。あなたのおかげで行き倒れずに済んだわ。それにワタシを抱えて運べるなら決して非力なんかじゃないわよ。少し、体が大きくなったんじゃない?」
「は、はい。毎日体を動かす生活なので、少しずつ力もついてきました」
「そうでしょ。服の上からでも分かるわよ。たくましい男になってきたわね」
そう言うとレジーナはふと自分が髪の毛を晒していることに気付いた。
起きたばかりで半ば呆然としていたため、ウィンプルを被っていないことを失念していたのだ。
レジーナは努めて平静を装い、自身の頭髪を指でいじりながら言う。
「ボールドウィン。ワタシのウィンプル、脱がせたわね?」
彼女のその言葉にハッとしてボルドは頷く。
「すみません。濡れていたので勝手に……。嫌な思いをさせてしまいました」
「別に嫌ではないけれど……」
そう言いつつ、レジーナはボルドの様子を窺う。
(ワタシがクローディアだと気付かなかったのかしら……)
ボルドはブリジットの元で様々な教育を受けながら情夫として過ごしていたと以前にリネットから聞いている。
となると分家の女王であるクローディアが銀髪であることを知っている可能性は高い。
銀髪自体はこの大陸では珍しくはないが、輝くような色艶を持つ彼女の髪はやはり特別目立つため、出来る限り隠しておきたかった。
万が一、自分がクローディアであることを知られれば、ボルドは自分に協力してくれなくなるかもしれない。
彼はブリジットへの忠誠心が強く、彼女のために自ら高い崖より身を投げたほどだ。
自分が人質として利用されブリジットに不利になると知れば、彼はもうきっとレジーナには力を貸してはくれなくなるだろう。
それはレジーナ……いや、クローディアにとっては歓迎できない事態だ。
だから新都市を建造中のダニアの女たちには自分がクローディアであることを他言しないようにと厳命してある。
あの岩山で働く労働者の中でレジーナがクローディアであると知るのは5人の女たちと、かつて分家で小姓として働いていた老人ダンカンのみだ。
他の労働者たちは知らない。
だからそこからボルドに漏れる可能性は低いだろう。
そう考えたレジーナは彼にカマをかけてみることにした。
「ワタシの髪の毛……どう思う?」
彼が自分をクローディアだと疑っていれば、何かしらそれらしき反応を見せると思ってのことだ。
「え? か、髪の毛ですか?」
ボルドは突然の質問に驚いて目を白黒させる。
そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
だが彼は存外に早くこれに応じた。
「とても綺麗です……レジーナさんに似合っていると思います。隠すのはもったいないです」
ボルドは少し気恥ずかしそうに、だが真面目な顔でそう言った。
聞かれたからには真剣に答えなくてはならないと思ったのだろう。
ボルドのそんな性分を多少なりとも知っているからこそ、レジーナはそれが彼の本心の言葉だと感じた。
途端に奇妙な照れくささがレジーナの胸に湧き上がる。
「そ、そう。嬉しいけれど、修道女だから髪は隠すものよ。それに女の独り身にはそのほうが都合がいいの」
彼女の言うことはボルドにも分かる。
レジーナは護衛もなくたった1人で行動している。
こんな綺麗な髪を見たら、良からぬ思いを抱いて彼女に近付く男も少なくないだろう。
ボルドは気恥ずかしさが漂う落ち着かない空気を打ち破ろうと彼女に声をかけて話題を変えた。
「レジーナさん。まだ熱が下がっていないと思いますので、とりあえず食事をとって今度は寝室でお休み下さい。今、軽い食事を用意してきますから」
そう言うとボルドはいそいそと台所へ向かう。
彼が用意したのは野菜を煮込んだスープと、パン粥だった。
胃腸にやさしい献立で、その匂いが胃の弱ったレジーナの食欲をそそる。
それらを口にすると、薄味な食事のはずなのに随分とおいしく感じられた。
彼女が食べている間、ボルドは暖炉の近くで再び温めておいた陶器のお湯を、金属製の湯たんぽに注ぎ、それを厚手の布でぐるぐる巻きにする。
「湯たんぽをベッドの布団に入れておきますね。直接手足で触れないように気を付けて下さい」
テキパキと手際よく働くボルドにレジーナは目を丸くした。
「あなた……随分と色々できるようになったのね」
「レジーナさんに教わったことも多いですし、新都でもダンカンさんからご指導いただいていますので」
そう言うとボルドは湯たんぽを手に隣の寝室へと移動していく。
レジーナはそんな彼の姿に思わず目を細めた。
(たくましくなったのは体だけじゃないのね。あの子を助けて良かった。きっとワタシの力になってくれるわ)
そう思いながらレジーナは彼が作ってくれた食事をゆっくりと味わうのだった。
雨脚こそ弱くなったものの、それでも雨はしつこく降り続いている。
レジーナは甘い果汁水を少しずつ飲みながら、ボルドの話をゆっくりと聞いた。
彼がこの小屋に物資を運ぶ仕事を受け持っていたこと。
そして小屋に辿り着こうという特に、倒れているレジーナを見つけたこと。
彼女をこの小屋まで運んだことなどをボルドは簡潔に話して聞かせた。
それを聞き終えたレジーナは少しバツが悪そうな顔で尋ねる。
「よくワタシを運べたわね。その……重かったでしょ」
そう言われてボルドは一瞬「えっ?」という顔を見せたが、すぐに表情を取り繕う。
「いえ、重くなかったです」
「嘘おっしゃい。すぐに分かるわよ」
「……すみません。私が非力なんです」
そう言って申し訳なさそうにするボルドだが、レジーナはそんな彼に優しい笑みを向ける。
「正直な性格ね。でも、ありがと。あなたのおかげで行き倒れずに済んだわ。それにワタシを抱えて運べるなら決して非力なんかじゃないわよ。少し、体が大きくなったんじゃない?」
「は、はい。毎日体を動かす生活なので、少しずつ力もついてきました」
「そうでしょ。服の上からでも分かるわよ。たくましい男になってきたわね」
そう言うとレジーナはふと自分が髪の毛を晒していることに気付いた。
起きたばかりで半ば呆然としていたため、ウィンプルを被っていないことを失念していたのだ。
レジーナは努めて平静を装い、自身の頭髪を指でいじりながら言う。
「ボールドウィン。ワタシのウィンプル、脱がせたわね?」
彼女のその言葉にハッとしてボルドは頷く。
「すみません。濡れていたので勝手に……。嫌な思いをさせてしまいました」
「別に嫌ではないけれど……」
そう言いつつ、レジーナはボルドの様子を窺う。
(ワタシがクローディアだと気付かなかったのかしら……)
ボルドはブリジットの元で様々な教育を受けながら情夫として過ごしていたと以前にリネットから聞いている。
となると分家の女王であるクローディアが銀髪であることを知っている可能性は高い。
銀髪自体はこの大陸では珍しくはないが、輝くような色艶を持つ彼女の髪はやはり特別目立つため、出来る限り隠しておきたかった。
万が一、自分がクローディアであることを知られれば、ボルドは自分に協力してくれなくなるかもしれない。
彼はブリジットへの忠誠心が強く、彼女のために自ら高い崖より身を投げたほどだ。
自分が人質として利用されブリジットに不利になると知れば、彼はもうきっとレジーナには力を貸してはくれなくなるだろう。
それはレジーナ……いや、クローディアにとっては歓迎できない事態だ。
だから新都市を建造中のダニアの女たちには自分がクローディアであることを他言しないようにと厳命してある。
あの岩山で働く労働者の中でレジーナがクローディアであると知るのは5人の女たちと、かつて分家で小姓として働いていた老人ダンカンのみだ。
他の労働者たちは知らない。
だからそこからボルドに漏れる可能性は低いだろう。
そう考えたレジーナは彼にカマをかけてみることにした。
「ワタシの髪の毛……どう思う?」
彼が自分をクローディアだと疑っていれば、何かしらそれらしき反応を見せると思ってのことだ。
「え? か、髪の毛ですか?」
ボルドは突然の質問に驚いて目を白黒させる。
そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
だが彼は存外に早くこれに応じた。
「とても綺麗です……レジーナさんに似合っていると思います。隠すのはもったいないです」
ボルドは少し気恥ずかしそうに、だが真面目な顔でそう言った。
聞かれたからには真剣に答えなくてはならないと思ったのだろう。
ボルドのそんな性分を多少なりとも知っているからこそ、レジーナはそれが彼の本心の言葉だと感じた。
途端に奇妙な照れくささがレジーナの胸に湧き上がる。
「そ、そう。嬉しいけれど、修道女だから髪は隠すものよ。それに女の独り身にはそのほうが都合がいいの」
彼女の言うことはボルドにも分かる。
レジーナは護衛もなくたった1人で行動している。
こんな綺麗な髪を見たら、良からぬ思いを抱いて彼女に近付く男も少なくないだろう。
ボルドは気恥ずかしさが漂う落ち着かない空気を打ち破ろうと彼女に声をかけて話題を変えた。
「レジーナさん。まだ熱が下がっていないと思いますので、とりあえず食事をとって今度は寝室でお休み下さい。今、軽い食事を用意してきますから」
そう言うとボルドはいそいそと台所へ向かう。
彼が用意したのは野菜を煮込んだスープと、パン粥だった。
胃腸にやさしい献立で、その匂いが胃の弱ったレジーナの食欲をそそる。
それらを口にすると、薄味な食事のはずなのに随分とおいしく感じられた。
彼女が食べている間、ボルドは暖炉の近くで再び温めておいた陶器のお湯を、金属製の湯たんぽに注ぎ、それを厚手の布でぐるぐる巻きにする。
「湯たんぽをベッドの布団に入れておきますね。直接手足で触れないように気を付けて下さい」
テキパキと手際よく働くボルドにレジーナは目を丸くした。
「あなた……随分と色々できるようになったのね」
「レジーナさんに教わったことも多いですし、新都でもダンカンさんからご指導いただいていますので」
そう言うとボルドは湯たんぽを手に隣の寝室へと移動していく。
レジーナはそんな彼の姿に思わず目を細めた。
(たくましくなったのは体だけじゃないのね。あの子を助けて良かった。きっとワタシの力になってくれるわ)
そう思いながらレジーナは彼が作ってくれた食事をゆっくりと味わうのだった。
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