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第141話 降り出した雨の中
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どんよりとした曇り空が頭上を覆い尽くし、押し潰されそうな圧迫感を覚える。
クローディアは馬を走らせながら、気だるさを堪えて大きく息を吐いた。
「はぁ……嫌な天気」
ここのところの忙しさのせいでクローディアは明らかに体の調子を崩していた。
それでも疲労困憊の体に鞭を打って馬を走らせる。
アーシュラにトバイアス暗殺の成否を確認する任務を命じてから、すぐに彼女もダニアの街を出たのだ。
十血会の目を盗んで出てきたが、従姉妹のブライズとベリンダにだけには出かける理由を告げて留守の間を頼んで来た。
「まったく。余計な仕事ばかり。嫌になるわ」
クローディアとしての仕事こそが彼女の本分であったが、今この時のようにレジーナとしての活動のほうが彼女にとっては情熱を傾けやすかった。
決して叶わぬことだが、気持ちだけを言えばクローディアとしての責務は投げ捨てて、レジーナとしての活動に専念したかった。
「向こうに着いたら、少し休まないと……」
ダニアの街を出てきた時と比べ、明らかに体が重い。
曇天のせいか、わずかに頭痛もする。
馬で長い時間走り続けるのは今は体への負担が大きかった。
そして……。
「もう……こんな時に」
ついに空が、のしかかる雨雲の重さに耐え切れずに泣き始めた。
ポツポツと降り出した雨粒が、クローディアの修道服に点々と黒い染みを作っていく。
雨はすぐに勢いを増して強くなり、ずぶ濡れになったクローディアはたまらずに馬を大きな木の木陰にとめた。
このすぐ先にはボルドと共に数ヶ月過ごした森の小屋がある。
そこまで後わずかというところだったが、激しく降る雨に思わぬ足止めを食ったクローディアは、苛立たしげに舌打ちをした。
「チッ……はぁ。疲れた」
そして疲れた体を休めるべく馬から降りて木の根元に座り込んだ。
雨を浴びた体は冷え、疲れが押し寄せてくる。
大木の幹に背中を預け、クローディアは静かに目を閉じた。
そうしていると尻が地面に貼り付いてしまったかのように動けなくなる。
体は冷たいのに頭は熱かった。
ほんの束の間の雨宿りのつもりだった。
だが、閉じた目蓋の向こう側に降る雨の音が徐々に遠くなり……やがて消えた。
******
「やっぱり降ってきちゃったなぁ」
ボルドは恨めしげに空を見上げた。
この日は朝から曇天で断続的に耳鳴りが続いていたから、降るだろうとは思っていたが間が悪かった。
彼は馬に乗り、背中に薪の束を背負って進んでいた。
馬は小さめの荷車を引いていて、そこには干し肉などの保存食や、包帯などの医療具が収められた皮袋が山ほど載せられていた。
いつもの農作業か一段落したため、ボルドはそうした物資をある場所へ運び込もうとしていたのだ。
新都建造中の岩山から馬を数時間走らせると、森の中に小屋がある。
そこはかつて重傷を負ったボルドが、修道女のレジーナに介護されていた場所だった。
あの後、小屋は使われていなかったが、最近になって新たな使い道が浮上した。
この付近には街もないため、岩山で働く労働者らが少し離れた街へ買い出しに行く際の中継点としてその小屋を使おうという話になったのだ。
そのため小屋には色々な物資を備蓄しておくこととなった。
その仕事を割り当てられたのがボルドだ。
「雨が冷たいだろうけど、もう少しの辛抱だから、がんばってくれよ」
彼はそう言うと馬の首を優しく撫でた。
冷たい雨が降りしきる中、馬の吐息が白く煙る。
やがて前方の木立の中に小屋が見えてくるとボルドはホッと安堵した面持ちになり、馬の脚を徐々に緩めた。
だが、そこで彼は思わず目を凝らす。
小屋の数百メートルほど先に見える大木の根元に、人が1人座り込んでいた。
距離があるのでハッキリとは見えなかったが、その人影はまったく動いていない。
「どうしたんだろう?」
気になったボルドは再び馬の脚を早め、小屋の前を通り過ぎるとその大木へと向かった。
クローディアは馬を走らせながら、気だるさを堪えて大きく息を吐いた。
「はぁ……嫌な天気」
ここのところの忙しさのせいでクローディアは明らかに体の調子を崩していた。
それでも疲労困憊の体に鞭を打って馬を走らせる。
アーシュラにトバイアス暗殺の成否を確認する任務を命じてから、すぐに彼女もダニアの街を出たのだ。
十血会の目を盗んで出てきたが、従姉妹のブライズとベリンダにだけには出かける理由を告げて留守の間を頼んで来た。
「まったく。余計な仕事ばかり。嫌になるわ」
クローディアとしての仕事こそが彼女の本分であったが、今この時のようにレジーナとしての活動のほうが彼女にとっては情熱を傾けやすかった。
決して叶わぬことだが、気持ちだけを言えばクローディアとしての責務は投げ捨てて、レジーナとしての活動に専念したかった。
「向こうに着いたら、少し休まないと……」
ダニアの街を出てきた時と比べ、明らかに体が重い。
曇天のせいか、わずかに頭痛もする。
馬で長い時間走り続けるのは今は体への負担が大きかった。
そして……。
「もう……こんな時に」
ついに空が、のしかかる雨雲の重さに耐え切れずに泣き始めた。
ポツポツと降り出した雨粒が、クローディアの修道服に点々と黒い染みを作っていく。
雨はすぐに勢いを増して強くなり、ずぶ濡れになったクローディアはたまらずに馬を大きな木の木陰にとめた。
このすぐ先にはボルドと共に数ヶ月過ごした森の小屋がある。
そこまで後わずかというところだったが、激しく降る雨に思わぬ足止めを食ったクローディアは、苛立たしげに舌打ちをした。
「チッ……はぁ。疲れた」
そして疲れた体を休めるべく馬から降りて木の根元に座り込んだ。
雨を浴びた体は冷え、疲れが押し寄せてくる。
大木の幹に背中を預け、クローディアは静かに目を閉じた。
そうしていると尻が地面に貼り付いてしまったかのように動けなくなる。
体は冷たいのに頭は熱かった。
ほんの束の間の雨宿りのつもりだった。
だが、閉じた目蓋の向こう側に降る雨の音が徐々に遠くなり……やがて消えた。
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「やっぱり降ってきちゃったなぁ」
ボルドは恨めしげに空を見上げた。
この日は朝から曇天で断続的に耳鳴りが続いていたから、降るだろうとは思っていたが間が悪かった。
彼は馬に乗り、背中に薪の束を背負って進んでいた。
馬は小さめの荷車を引いていて、そこには干し肉などの保存食や、包帯などの医療具が収められた皮袋が山ほど載せられていた。
いつもの農作業か一段落したため、ボルドはそうした物資をある場所へ運び込もうとしていたのだ。
新都建造中の岩山から馬を数時間走らせると、森の中に小屋がある。
そこはかつて重傷を負ったボルドが、修道女のレジーナに介護されていた場所だった。
あの後、小屋は使われていなかったが、最近になって新たな使い道が浮上した。
この付近には街もないため、岩山で働く労働者らが少し離れた街へ買い出しに行く際の中継点としてその小屋を使おうという話になったのだ。
そのため小屋には色々な物資を備蓄しておくこととなった。
その仕事を割り当てられたのがボルドだ。
「雨が冷たいだろうけど、もう少しの辛抱だから、がんばってくれよ」
彼はそう言うと馬の首を優しく撫でた。
冷たい雨が降りしきる中、馬の吐息が白く煙る。
やがて前方の木立の中に小屋が見えてくるとボルドはホッと安堵した面持ちになり、馬の脚を徐々に緩めた。
だが、そこで彼は思わず目を凝らす。
小屋の数百メートルほど先に見える大木の根元に、人が1人座り込んでいた。
距離があるのでハッキリとは見えなかったが、その人影はまったく動いていない。
「どうしたんだろう?」
気になったボルドは再び馬の脚を早め、小屋の前を通り過ぎるとその大木へと向かった。
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