蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第二部【クローディアの章】

枕崎 純之助

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第136話 会談を終えて

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 トバイアスの見送りを終えたユーフェミアは天幕に戻って来ると、一目散にブリジットの元に詰め寄ってくる。
 色々と言いたいことを我慢し切れずに歩きながら彼女は小言を始めた。

「まったく。いつの間にドレスから着替えたのですか? よりにもよってそのような無骨な格好で。これでは礼節を知らぬ山娘と思われます」
「山娘けっこうじゃないか。アタシは好きでもない男のためにドレスを着飾って笑顔で接待してやるつもりはない」

 そう言うとブリジットはユーフェミアに対面の椅子いすに座るよううながす。
 ユーフェミアはため息をつきながら腰をかけた。

「いかがでしたか? トバイアス殿の印象は」
「よくしつけられた狂犬だな。まるで貴族のお坊ちゃんだ」
「確かに。意外でしたね。もっと粗暴な人物かと思っていましたが」
「むしろそういう男のほうが扱いやすいがな。まあ、これで破談だ。あの男ともこれきりさ」

 清々したという感じでそう言うブリジットを、ユーフェミアはうらめしげに見つめる。

「あの男。すんなりあきらめると思いますか?」
「フン。どうだかな。最後に思わせぶりな話をしていったが、いかにも自分は有益な情報を持っているから、今後も自分と付き合ったほうが得だぞ、とでも言いたげだったな。気に食わん男だ」 

 トバイアスという男も油断ならない人物だが、それよりもブリジットはあの黒髪の侍女が気にかかった。
 黒い髪を見るとどうしてもボルドを思い出してしまうこともあるが、あの女が自分を見る目が妙に気になったのだ。

「だが、根性だけは大したものさ。縁談の席に自分の女を侍女として連れてくるくらいだからな」

 ブリジットの話にユーフェミアは思わず眉根まゆねを寄せる。

「今……何と?」

 ユーフェミアが顔をしかめるのを見たブリジットは、やれやれとあきれながら言葉を返した。

「何だ。気付かなかったのか? あの侍女、時折アタシのことを目のはしで見ていた。懸命に抑えていたが、確かに敵意のある目だったぞ。あれは嫉妬しっとだな。あいつはトバイアスの女だ」
「馬鹿な……縁談の席に愛人を連れて来るなど」

 ユーフェミアが信じられないといった顔でそうらすのを聞いて、ブリジットはクックとのどを鳴らして笑った。

「十刃長ユーフェミア殿は政治の手腕は確かだが、男女のことにはうといようだな」
「くっ……あの男。ふざけおって」

 ユーフェミアは怒りに拳を握りしめた。
 会談の間中、トバイアスが妙な真似まねをしたりおかしな話を吹き込んできたりしないかと、ずっとその一挙手一投足に注目し続けていたため、彼女は侍女の存在にまったく注意を払っていなかったのだ。
 ここ数年、ユーフェミアは政治のことでかかり切りとなり、男のことなど考えたこともなかった。

 ブリジットのように侍女の視線に気付かなかったのは、そういう事情もあるだろうとユーフェミアは内心でため息をつく。
 そしてボルドの一件でブリジットの心情に寄りうことが出来なかったのは、自分の落ち度であることを痛感せざるを得なかった。
 そんな彼女の様子を見ながらブリジットは口のはしゆがめて笑う。

「豪胆な男じゃないか。狂犬の片鱗へんりん垣間かいま見せてくれたな。お行儀のいい飼い犬じゃないってことさ。それにあの侍女もなかなかにしたたかだぞ。あいつが頭巾ずきんを取って見せたのは気分が悪くなったからなどではない。あの美しく整えられた髪を見せつけるためさ。自分がいかにトバイアスの寵愛ちょうあいを受けているのかをアタシに知らしめたかったのだろう。バカバカしい話だ」

 そう言いながらブリジットは侍女の黒髪を見た時の自分のおどろきに胸を痛めた。
 黒髪の者を見ただけで心臓が跳ね上がりそうになる。
 きっと今夜もボルドのことを思い返しながら鬱々うつうつとした気持ちで床につき、ボルドの夢でも見るのだろうと思うと、終わらない悲しみに心が締め付けられるのだった。
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