上 下
33 / 100

第133話 女王の多忙な日々

しおりを挟む
「お二人には分かっていただけるでしょうか」

 従姉妹いとこのブライズとベリンダとの面会を済ませて公邸こうていから私邸していに戻ると、人払いをしたクローディアの私室でアーシュラは開口一番そう言った。
 
「だといいんだけど。あの2人はさといけれど、ダニアの女の気質が強いから、本家への対抗心が消せないのよ」

 そう言うとクローディアは声を潜めてたずねた。
 
「ところで島の様子はどう?」
「変わらずです。部族同士の争いは続いていますが、本格的な紛争には至っていません」
「ブリジットとの会談前に島に立ち寄れないかしら?」

 クローディアの問いにアーシュラはうつむいて、視線を足元に落としたまま首を横に振った。
 
「今はまだ各族長たちとの調整が完全ではありません。有力部族の族長らのうち3割ほどが難色を示しています。黒き魔女を恐れているのです」
「そう。ブリジットと話す前にある程度、情報をまとめておきたかったのだけど仕方ないわね。アーシュラ。あなたの叔父おじ上にはワタシからの感謝をくれぐれも伝えておきなさい」
「はい。ご命令いただきました支援物資もつつがなく毎月送っております」

 本家との和睦わぼくを進める他にもクローディアにはいくつもやるべきことがあった。
 アーシュラの生まれ故郷である砂漠島に太いつながりを持っておくことは、クローディアにとって自分の計画を進める上での絶対必要条件なのだ。

 その砂漠島では、アーシュラの亡き父の弟がまだ存命だった。
 クローディアは一年ほど前、アーシュラをともなって砂漠島を訪れたことがある。
 アーシュラから話を聞き、そこにいる多くのダニアの女たちを味方につけたいと思ったからだ。
 大陸南端の港から船で丸5日もかかる旅路たびじの果てに辿たどり着いたその島は、砂と岩山しかないような荒れ果てた土地だった。
 人が住み続けているのが不思議なくらいの島だったが、そこには屈強くっきょうなダニアの女たちがたくましく暮らしていた。

 クローディアはアーシュラを連れてたった2人で、彼女の記憶を頼りに彼女が生まれた集落を目差した。
 その道すがら見慣れない奴がいると赤毛の女たちから絡まれたが、クローディアは自分より大きな女たちを軽々と叩きのめして悠然ゆうぜんと道を進み、アーシュラの生まれた集落へと辿り着いたのだ。
 そこで出会ったアーシュラの叔父おじは、めいが生きていたことを知ると涙を流して喜んだ。
 母子ともに生きてはいられないかもしれないとなかばあきらめていたからだ。
 そしてアーシュラを保護したクローディアと分家に深い感謝の意を示し、クローディアの要請にこころよく応じて協力体制を築いたのだった。

叔父おじからは感謝の手紙を受け取っております」
「そう。ご苦労さま。アーシュラ。じゃあ次の任務だけど……本家に潜入して、ブリジットの元へトバイアスが訪れる日程を突き止めてもらえるかしら」

 私室で一息つくと、クローディアはアーシュラにそう命じた。
 本家が今、大陸のどの辺りにいるのか、それは把握はあくしている。

「かしこまりました。その後はどうされますか?」
「日程が判明してから会談当日まで5日以内なら、そのまま本家で待機して監視を続けて」

 あくまでもアーシュラに命じるのは監視と情報収集であり、それ以上の踏み込んだ命令を出さないことをクローディアは徹底している。
 これはアーシュラの特性を最大限にかすことと、貴重な人材であるアーシュラを任務で失わないために危険を極力排除するための方針だった。
 もちろんそれだけではなく、アーシュラに慣れない戦闘や殺害行為を行わせないのは、幼き頃より共にある腹心の部下に対するクローディアの私情でもあった。

「ベリンダに暗殺用の猛毒矢と優秀な射手を数人用意させるわ。会談の後、トバイアスの帰還の時をねらうから、あなたはその成否を見届けてから戻ってきて」

 主の命令にアーシュラは深々と頭を下げて準備のために部屋を後にした。
 だが、これにてクローディアの本日の執務が終了、というわけにはいかない。
 彼女は多忙だった。
 1人部屋に残ったクローディアは椅子いすに深々と背中を預けると大きく息をついた。

「はぁ。トバイアスの件、コンラッド王子に文を書いておかないと。ここのところ忙しすぎるわね」

 心身ともに色濃く疲労がたまっていることが分かる。
 わずかな眩暈めまいを感じながら、クローディアは目を閉じた。
 やることは山ほどあり時間は足りないくらいだが、今だけはこうして休んでいたかった。
 気だるさの中で彼女はふいにボルドの顔を思い出す。

「あの子……元気にやっているかしらね」

 そうつぶやきをらすとクローディアは小姓こしょうらが夕餉ゆうげの時刻を告げるまでのわずかな時間、頭と体を休ませるべく、うたた寝をするのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

【完結】で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?

Debby
恋愛
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とクラレット・メイズ伯爵令嬢は困惑していた。 最近何故か良く目にする平民の生徒──エボニーがいる。 とても可愛らしい女子生徒であるが視界の隅をウロウロしていたりジッと見られたりするため嫌でも目に入る。立場的に視線を集めることも多いため、わざわざ声をかけることでも無いと放置していた。 クラレットから自分に任せて欲しいと言われたことも理由のひとつだ。 しかし一度だけ声をかけたことを皮切りに身に覚えの無い噂が学園内を駆け巡る。 次期フロスティ公爵夫人として日頃から所作にも気を付けているキャナリィはそのような噂を信じられてしまうなんてと反省するが、それはキャナリィが婚約者であるフロスティ公爵令息のジェードと仲の良いエボニーに嫉妬しての所業だと言われ── 「私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 そう問うたキャナリィは 「それはこちらの台詞だ。どうしてエボニーを執拗に苛めるのだ」 逆にジェードに問い返されたのだった。 ★★★ 覗いて頂きありがとうございます 全11話、10時、19時更新で完結まで投稿済みです

【完結】妹が欲しがるならなんでもあげて令嬢生活を満喫します。それが婚約者の王子でもいいですよ。だって…

西東友一
恋愛
私の妹は昔から私の物をなんでも欲しがった。 最初は私もムカつきました。 でも、この頃私は、なんでもあげるんです。 だって・・・ね

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

妹を叩いた?事実ですがなにか?

基本二度寝
恋愛
王太子エリシオンにはクアンナという婚約者がいた。 冷たい瞳をした婚約者には愛らしい妹マゼンダがいる。 婚約者に向けるべき愛情をマゼンダに向けていた。 そんな愛らしいマゼンダが、物陰でひっそり泣いていた。 頬を押えて。 誰が!一体何が!? 口を閉ざしつづけたマゼンダが、打った相手をようやく口にして、エリシオンの怒りが頂点に達した。 あの女…! ※えろなし ※恋愛カテゴリーなのに恋愛させてないなと思って追加21/08/09

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...