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第127話 崩れた計画

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 ダニア本家の評議会である十刃会。
 その長である十刃長ユーフェミアは怒気を隠そうともせず声を荒げた。

「どういうことだ! カーティス殿ではなくトバイアス殿だと?」

 公国から訪れた使者と面会したユーフェミアは、その報告に納得いかずに使者に詰め寄る。

「こちらはカーティス殿を迎え入れるつもりでここまで動いてきた。今さらそれを曲げられては困る」

 だが初老の使者はユーフェミアに詰め寄られてもおくさずに冷静に答えた。

「事情が変わったのでございます。ビンガム将軍も丁重ていちょうにおびをするようにとのことでございました」

 ビンガムからの手紙には妻子の死とそれにともない、縁談の白紙撤回を求める内容が記されていた。
 四男であるディックが他界したことでその地位にカーティスをえたいという意向からだ。
 代替案として同じくビンガム将軍の息子であるトバイアスをブリジットに紹介したいと言ってきたのだ。

 だがトバイアスの悪名は当然ユーフェミアも知っている。
 同じ落としでもカーティスとは大違いの、いわく付きの人物だった。
 だが使者は自信を持って言う。

「以前は若気の至りで問題行動の多かったトバイアス殿ですが、最近は将軍のご子息としての自覚を持ってめざましい戦果を上げていらっしゃいます。ブリジット殿のお相手として恥ずかしくない御方だと我々は認識いたしております」

 老獪ろうかいな使者だとユーフェミアは内心で苛立いらだった。
 物腰の柔らかさと礼節をわきまえてはいるものの、自分たちの主張は曲げない。
 ユーフェミアは苦悩をその顔に浮かべてくちびるむ。
 ここでトバイアスを突っぱねれば公国との協力体制を望むことは難しくなるだろう。
 関係は悪化の一途を辿たどることとなる。

 そうでなくとも最近はダニア本家と公国軍との小競こぜり合いが頻発ひんぱつしている。
 だがトバイアスを受け入れることはブリジットの格に関わる問題になってくる。
 あのような不良人物とつがうとは、やはり蛮族ばんぞくの女王だなと見下す者も少なくないだろう。

 どうする?
 ユーフェミアは内心のあせりを隠して冷静に努めると、とりあえず返答を保留して使者を丁重ていちょうに帰路につかせようと考えた。
 その時だった。

「なるほどな。トバイアス殿は今まさに売り出し中ということか」

 天幕の戸布を上げてブリジットが中に入ってきたのだ。
 ユーフェミアは思わずギョッとする。
 使者との会談はブリジットが狩りに出かけている間に済ませる予定だった。
 もちろんこの会談そのものはブリジットに報告済みだ。

 だがブリジットのことだから、そんな会談には関わりたくないとばかりに無視すると思っていたのだ。
 まさかこの場に現れるとはユーフェミアは思いもしなかった。
 ブリジットの美しくりんとした姿を見て使者の男は深々と頭を下げる。

「これはこれは。ブリジット殿。お目にかかれて光栄でございます」

 使者がブリジットと顔を合わせるのは初めてのことだった。

「あなた方がトバイアス殿をすのには根拠があるということだな。だがアタシは人伝ひとづての評判というのはあまり信じない性分でな。使者殿がそれほど推挙すいきょするトバイアス殿がどれほどの傑物けつぶつなのか、この目で見てみたい。お会い出来るよう取り計らっていただけるか?」
「ブ、ブリジット。しかしそれは……」

 あせるユーフェミアを手で制し、ブリジットは穏やかな表情で使者を見る。
 断られると思っていた使者は存外なブリジットの答えにわずかにおどろいた表情を見せたが、すぐに頭を下げた。

「かしこまりました。すぐに持ち帰り、2~3日中には日取りを決めてご連絡差し上げます」

 そして役目を果たしてホッとした表情で帰って行く数名の使者団を見送りながら、ユーフェミアは困惑の表情でブリジットを見た。

「……どういうおつもりですか? ブリジット」
「アテが外れたようだな。ユーフェミア」

 ブリジットは淡々とそう言い、ユーフェミアの肩に手を置く。

「先日、アタシが話した100年後のダニアの話を考えてみろ。公国とのつながりを持って我々は100年後どうなっていると思う?」

 ブリジットの言葉にユーフェミアはわずかにくちびるゆがめて答えにきゅうした。
 そんな彼女にブリジットは言う。

「公国の手先となって働き、公国の敵を討つために誇り高きダニアの戦士たちは戦って死んでいくのだ。そう。王国の子飼いと揶揄やゆされる今の分家の姿が100年後の我々だ」
「公国とベッタリになるつもりはありません。適切な距離を保って自治を確立させます」

 ユーフェミアはきっぱりとそう言う。
 彼女の立場を考えればそう言うしかないのだろうとブリジットはおもんぱかった。
 だが現実にはそうはいかない。
 クローディアが非公式の手紙で書いてきた王国と分家の現状を知るブリジットは静かにユーフェミアをさとした。

「それが出来るのは2国間の国力が均衡きんこうを保っている場合のみだ。公国と我ら少数民族のダニアとではそうはならない。おまえとて分かっているはずだぞ。公国は一度足掛かりを得たら、我らの領分にどんどん入り込んでくると。そして公国の庇護ひごという甘いみつを一度吸ってしまえば、我らにそれを跳ね返すことは出来ないだろう。人とはそういうものだ。雨露あめつゆをしのげる屋根の下から出て、あらしの中へと足を踏み出すのは容易なことではない」

 ブリジットの話が理解できるだけに、ユーフェミアは苦渋くじゅうの表情を浮かべた。

「しかし……このままの暮らしを続けたとしても我らの100年後は……」

 そう言うユーフェミアの肩に置かれたブリジットの手にグッと力が込められた。

「そのことは必ずアタシが打開策を見つける。そう時間をかけずにアタシの代でこの問題を解決するぞ。そのために力を貸せ。ユーフェミア」

 ハッキリとそう言うブリジットに女王のうつわを見たユーフェミアはたずねた。

「トバイアスを呼んでどうなさるおつもりですか?」
「その人となりを見てやるさ。で、公国にハッキリ言ってやる。彼はアタシの好みじゃないので、この話は無かったことに、ってな」
「……それでは公国を怒らせることになります」
「いや、関係は冷えるだろうが、そんなことでは公国を怒らせるまでは至らないだろう。考えてもみろ。ビンガム将軍はあくまでも軍の長であって国の長じゃない。しかも落としである息子を蛮族ばんぞくの女王に押し付けようとしている。そしてその息子はろくでなしで、蛮族ばんぞくの女王にも相手にされなかった。そんな話が吹聴ふいちょうされれば、将軍の立場は無い。英傑えいけつ扱いされていた男がそんな状況に耐えられると思うか?」

 そう言うとブリジットはニヤリと笑った。

「カーティスからトバイアスに人選変更してくれたのはむしろ幸運だった。これで断る大義名分が出来たからな。それに公国を怒らせるというなら、アタシはここ最近で公国の兵士を何十人も斬っている。そのことのほうが奴らは怒っているだろうよ。そしてそんな相手に息子をてがおうとしていたなどと知られればビンガムは面目丸つぶれさ。この話は立ち消えになる」

 そう言うとブリジットは快活に笑い、ユーフェミアの肩をポンと叩く。
 だがふとうつむくその目に暗い色がにじんだ。

「だが……ボルドの一件はまだ胸につかえたままだ。アタシも人間だからな」
「……はい。そのことはこのユーフェミア、胸にしかと刻んで決して忘れません」

 神妙な面持おももちでそう言うとユーフェミアは主に深々と頭を下げた。
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