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第126話 トバイアスという男
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公国の都は不夜城と呼ばれている。
夜が明けるまで街の明かりが絶えることはなく、猥雑な街並みを照らし続けるからだ。
その街外れに古びた館がある。
かつては位が最下層の貴族が暮らしていたらしいが、跡継ぎ不在で家が断絶してからは国の管理となり長らく人が不在にしていた館だ。
そこは今、別の住人が勝手に拝借していた。
以前は館の主が使っていたであろう最も大きな寝室で一組の男女が激しく交わっている。
「はあっ……はあっ……トバイアス様」
黒髪の女が男の上に跨り、激しく体を揺らしている。
それを下から眺めるのは対照的に真っ白な髪を持つ若い男だった。
彼はトバイアス。
この公国を守る軍の最高責任者であるビンガム将軍が20年前、宮廷に出入りしていた娼婦に産ませた落とし児だった。
「アメーリア。おまえは実にかわいいな。絞め殺したくなるほどだ」
トバイアスは自分の上で淫らに舞い踊る黒髪の女の名を呼ぶと、両手をその首に伸ばす。
性的に興奮すると相手の首を絞め上げるのは、彼の悪趣味な性癖だった。
そのせいで抱き終えた後には相手の女が死んでいたことも一度や二度ではない。
だが今、彼が抱いているアメーリアという女は違った。
トバイアスがその首を絞め上げようと回した手をアメーリアは簡単に振り払ってしまう。
その圧倒的な力の強さにトバイアスは舌を巻いた。
「さすがだ。アメーリア。俺がどんなに無茶をしても絶対に死なない女。おまえは最高の女だ」
そう言うトバイアスにアメーリアは頬を赤く染める。
「嬉しい。トバイアス様。あなたにお仕え出来て幸せです。はあっ……ああっ!」
アメーリアは激しくのけ反り、絶頂に達して体を小刻みに震わせた。
「はあっ……はあっ……」
トバイアスの胸に崩れ落ちるようにして抱きついたアメーリアはゆっくりと息を整えながら、彼の肌を愛おしむようにして頬ずりをした。
「トバイアス様。アメーリアはあなた様の従順な雌犬です。どうぞこれからもずっとお傍に置いて下さいね」
「ああ。最高にかわいい俺だけの雌犬を手放すものか。ただなぁ……」
「……ただ?」
「俺はどうやらある女と政略結婚をさせられそうなんだ」
その言葉にアメーリアの表情が凍り付く。
彼女は震える声を絞り出した。
「……お相手はどこのどなたですか?」
潤んだ目で自分を見つめてそう問うアメーリアにトバイアスはニヤリと笑う。
「ダニア本家のブリジットさ。俺の父上もひどいよなぁ。息子を蛮族女王に差し出そうだなんて。まあ、娼婦に生ませた落とし児じゃ仕方ないか」
「ブリジット……」
その名前を聞き、アメーリアの顔が見る見るうちに怒りに赤く染まる。
そんな様子にさして驚くこともなく、むしろ面白がるようにトバイアスは彼女の黒髪を撫でながら言った。
「そうか。アメーリア。おまえはダニアが大嫌いだったよなぁ。同じ祖先を持つというのに」
「金と銀の髪の姉妹は島を見捨てた裏切者です」
そう言うとアメーリアはトバイアスに縋りつく。
「トバイアス様。アメーリアはもう用済みですか?」
「馬鹿を言うな。おまえは俺の従者としてついて来い」
その言葉にホッと安堵するアメーリアだが、その目は冷たい光を宿したままだ。
「でもワタクシ……嫉妬に狂ってブリジットを殺してしまうかもしれません」
「ハッハッハ! おまえならばブリジットを殺すことも出来るだろうが、それでは俺が困る」
そう言うとトバイアスはアメーリアの額に口づけをする。
彼女はくすぐったそうに目を細めた。
「俺はな、ダニアの戦力が欲しいんだ。あそこの女たちは強力な戦力になる。ブリジットをたらし込んで赤毛の女戦士たちを俺の手足として働かせたい」
「戦力ならば島の女たちがおります。ワタクシが島に戻ればいくらでも……」
「それはまだ先の話だ。おまえは俺の傍を片時も離れるな」
そう言うとトバイアスは体をムクリと起こし、一つに繋がったままの彼女をグッと力強く抱き寄せる。
「俺にはおまえが必要だ。先日のババアの件はよくやってくれた。四男坊を殺された時のババアの顔は実に傑作だったな」
つい先日、ビンガム将軍の妻と4番目の息子が死んだ。
表向きは事故死として発表されたが実際のところは殺されたのだ。
アメーリアはトバイアスの命令を受けて2人を誘拐し、彼の前に引き出している。
トバイアスの顔を見た時のビンガム夫人の恐怖におののく姿は、十分に彼を満足させてくれた。
そしてトバイアスの命令を受けたアメーリアは夫人の見ている前で彼女の息子を殺した。
24歳の息子はビンガム将軍の血を受け継いで武芸達者な男だったが、アメーリアはその彼をまるで狼が兎を仕留めるがごとくアッサリと殺して見せたのだ。
「四男坊のディックはガキの頃、体が弱かったらしい。だからババアはあの四男坊を他の息子たちよりもたいそうかわいがって育てたそうだ」
そんな息子が殺され、夫人は狂ったように泣き叫んだ。
これはトバイアスの復讐だった。
彼は落とし児でその母親は娼婦だ。
15年前。
若き日のビンガム夫人は嫉妬に狂い、秘密裏に殺し屋を雇うと、夫の子を生んだその娼婦を殺させたのだ。
わずか5歳だったトバイアスはその惨劇を目の当たりにした。
母が無残に殺されたその日から、彼の復讐は始まったのだ。
トバイアスはそのことをビンガム夫人に告げたが、夫人は反省して許しを乞うどころか、彼を口汚く罵った。
その夜、彼女はトバイアスによって地獄のような苦しみを与えられ、その果てに絶命したのだ。
後日、むごたらしい遺体となって発見された妻子の姿に怒り狂ったビンガム将軍だったが、トバイアスはそこで2人を殺した犯人を突き出した。
それは彼が捏造した偽りの犯人だった。
そうとも知らずに傷心のビンガムはトバイアスの働きを大いに評価し、彼に褒賞まで与えたのだった。
「我が愚かなる父上は知らんのだ。自分の妻が殺し屋を雇ってまで娼婦を殺させたことを。だから俺が復讐するなどとは微塵も思っていないだろう。そのために今まで父上とババアには従順にしてきたのだからな。妻を殺した張本人に喜んで褒賞を与えるとは世界一マヌケな将軍様だと思わぬか? ククク」
父親を嘲りながらトバイアスはアメーリアの頬を優しく撫でる。
「アメーリア。よくやってくれたな。おまえはいつも完璧な仕事をしてくれる。おまえだけは俺にとってこの世で唯一無二の特別な女だ。これからも頼むぞ」
そう言うとトバイアスはアメーリアの唇に自分の唇を重ねた。
そして彼は激しく体を揺らして彼女を突き上げる。
「ああっ! トバイアス様!」
2人しかいない館の中に、アメーリアの喜びの声が響き渡るのだった。
夜が明けるまで街の明かりが絶えることはなく、猥雑な街並みを照らし続けるからだ。
その街外れに古びた館がある。
かつては位が最下層の貴族が暮らしていたらしいが、跡継ぎ不在で家が断絶してからは国の管理となり長らく人が不在にしていた館だ。
そこは今、別の住人が勝手に拝借していた。
以前は館の主が使っていたであろう最も大きな寝室で一組の男女が激しく交わっている。
「はあっ……はあっ……トバイアス様」
黒髪の女が男の上に跨り、激しく体を揺らしている。
それを下から眺めるのは対照的に真っ白な髪を持つ若い男だった。
彼はトバイアス。
この公国を守る軍の最高責任者であるビンガム将軍が20年前、宮廷に出入りしていた娼婦に産ませた落とし児だった。
「アメーリア。おまえは実にかわいいな。絞め殺したくなるほどだ」
トバイアスは自分の上で淫らに舞い踊る黒髪の女の名を呼ぶと、両手をその首に伸ばす。
性的に興奮すると相手の首を絞め上げるのは、彼の悪趣味な性癖だった。
そのせいで抱き終えた後には相手の女が死んでいたことも一度や二度ではない。
だが今、彼が抱いているアメーリアという女は違った。
トバイアスがその首を絞め上げようと回した手をアメーリアは簡単に振り払ってしまう。
その圧倒的な力の強さにトバイアスは舌を巻いた。
「さすがだ。アメーリア。俺がどんなに無茶をしても絶対に死なない女。おまえは最高の女だ」
そう言うトバイアスにアメーリアは頬を赤く染める。
「嬉しい。トバイアス様。あなたにお仕え出来て幸せです。はあっ……ああっ!」
アメーリアは激しくのけ反り、絶頂に達して体を小刻みに震わせた。
「はあっ……はあっ……」
トバイアスの胸に崩れ落ちるようにして抱きついたアメーリアはゆっくりと息を整えながら、彼の肌を愛おしむようにして頬ずりをした。
「トバイアス様。アメーリアはあなた様の従順な雌犬です。どうぞこれからもずっとお傍に置いて下さいね」
「ああ。最高にかわいい俺だけの雌犬を手放すものか。ただなぁ……」
「……ただ?」
「俺はどうやらある女と政略結婚をさせられそうなんだ」
その言葉にアメーリアの表情が凍り付く。
彼女は震える声を絞り出した。
「……お相手はどこのどなたですか?」
潤んだ目で自分を見つめてそう問うアメーリアにトバイアスはニヤリと笑う。
「ダニア本家のブリジットさ。俺の父上もひどいよなぁ。息子を蛮族女王に差し出そうだなんて。まあ、娼婦に生ませた落とし児じゃ仕方ないか」
「ブリジット……」
その名前を聞き、アメーリアの顔が見る見るうちに怒りに赤く染まる。
そんな様子にさして驚くこともなく、むしろ面白がるようにトバイアスは彼女の黒髪を撫でながら言った。
「そうか。アメーリア。おまえはダニアが大嫌いだったよなぁ。同じ祖先を持つというのに」
「金と銀の髪の姉妹は島を見捨てた裏切者です」
そう言うとアメーリアはトバイアスに縋りつく。
「トバイアス様。アメーリアはもう用済みですか?」
「馬鹿を言うな。おまえは俺の従者としてついて来い」
その言葉にホッと安堵するアメーリアだが、その目は冷たい光を宿したままだ。
「でもワタクシ……嫉妬に狂ってブリジットを殺してしまうかもしれません」
「ハッハッハ! おまえならばブリジットを殺すことも出来るだろうが、それでは俺が困る」
そう言うとトバイアスはアメーリアの額に口づけをする。
彼女はくすぐったそうに目を細めた。
「俺はな、ダニアの戦力が欲しいんだ。あそこの女たちは強力な戦力になる。ブリジットをたらし込んで赤毛の女戦士たちを俺の手足として働かせたい」
「戦力ならば島の女たちがおります。ワタクシが島に戻ればいくらでも……」
「それはまだ先の話だ。おまえは俺の傍を片時も離れるな」
そう言うとトバイアスは体をムクリと起こし、一つに繋がったままの彼女をグッと力強く抱き寄せる。
「俺にはおまえが必要だ。先日のババアの件はよくやってくれた。四男坊を殺された時のババアの顔は実に傑作だったな」
つい先日、ビンガム将軍の妻と4番目の息子が死んだ。
表向きは事故死として発表されたが実際のところは殺されたのだ。
アメーリアはトバイアスの命令を受けて2人を誘拐し、彼の前に引き出している。
トバイアスの顔を見た時のビンガム夫人の恐怖におののく姿は、十分に彼を満足させてくれた。
そしてトバイアスの命令を受けたアメーリアは夫人の見ている前で彼女の息子を殺した。
24歳の息子はビンガム将軍の血を受け継いで武芸達者な男だったが、アメーリアはその彼をまるで狼が兎を仕留めるがごとくアッサリと殺して見せたのだ。
「四男坊のディックはガキの頃、体が弱かったらしい。だからババアはあの四男坊を他の息子たちよりもたいそうかわいがって育てたそうだ」
そんな息子が殺され、夫人は狂ったように泣き叫んだ。
これはトバイアスの復讐だった。
彼は落とし児でその母親は娼婦だ。
15年前。
若き日のビンガム夫人は嫉妬に狂い、秘密裏に殺し屋を雇うと、夫の子を生んだその娼婦を殺させたのだ。
わずか5歳だったトバイアスはその惨劇を目の当たりにした。
母が無残に殺されたその日から、彼の復讐は始まったのだ。
トバイアスはそのことをビンガム夫人に告げたが、夫人は反省して許しを乞うどころか、彼を口汚く罵った。
その夜、彼女はトバイアスによって地獄のような苦しみを与えられ、その果てに絶命したのだ。
後日、むごたらしい遺体となって発見された妻子の姿に怒り狂ったビンガム将軍だったが、トバイアスはそこで2人を殺した犯人を突き出した。
それは彼が捏造した偽りの犯人だった。
そうとも知らずに傷心のビンガムはトバイアスの働きを大いに評価し、彼に褒賞まで与えたのだった。
「我が愚かなる父上は知らんのだ。自分の妻が殺し屋を雇ってまで娼婦を殺させたことを。だから俺が復讐するなどとは微塵も思っていないだろう。そのために今まで父上とババアには従順にしてきたのだからな。妻を殺した張本人に喜んで褒賞を与えるとは世界一マヌケな将軍様だと思わぬか? ククク」
父親を嘲りながらトバイアスはアメーリアの頬を優しく撫でる。
「アメーリア。よくやってくれたな。おまえはいつも完璧な仕事をしてくれる。おまえだけは俺にとってこの世で唯一無二の特別な女だ。これからも頼むぞ」
そう言うとトバイアスはアメーリアの唇に自分の唇を重ねた。
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