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第124話 ブリジットの疑問
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どこからか男と女の激しい息遣いが聞こえてくる。
それも一組ではない。
秋の夜長に複数の男女があちこちで交わっているのだ。
ダニアの宿営地の夜にはよくあることだった。
ただ自分の天幕にいるブリジットがそれを聞き取れるのは、聴力を含めた彼女の五感が常人離れしているからだろう。
同じ天幕の隣の部屋に控えている小姓たちには聞こえていないはずだ。
冬を目前に控えたこの時期はダニアの女たちの情事が最も盛んになる時期でもある。
ダニアの女たちは戦場で戦う戦士だ。
そのため普段の時期は避妊薬を常用し、妊娠を避けていた。
いかに屈強なダニアの女戦士とはいえ、身重では戦えない。
だが、この時期は懐妊が推奨される。
そうして冬の手前に妊娠が判明した女たちは、その冬前の奥の里への帰郷後、本隊から離れて奥の里へ残り、出産の準備を始める。
ダニアにとって出産は一族の子孫を残すための重要な務めだった。
そして出産で里に残った者の代わりに、奥の里で訓練を重ねて成人を迎えた若い女戦士たちが本隊に合流して冬になる前には出陣するのだ。
それがダニアの例年のサイクルだった。
だからこの時期は好きな男との間に子をもうける時期であり、ダニアの女たちの情欲が最も高まる時期でもあった。
「ふぅ……来年は何人の子が生まれるかな」
ブリジットは傍らに置いた温かな茶を飲みながら1人、秋の夜を過ごしていた。
ボルドの不在がより寂しく感じられる夜だった。
いつかは自分もブリジットとして誰かの子を産まねばならない。
ブリジットの系譜を絶やすわけにはいかないからだ。
その相手がボルドだったなら、ブリジットは何の憂いもなく喜んで彼との子を身籠っただろう。
だが、すでにボルドはこの世にいない。
彼以外の男との子をこの身に宿す、などと考えたくもなかった。
考えても辛くなるだけなので、ブリジットは意識を無理やり別の方向へ向ける。
彼女の座るベッドの脇の小机には、クローディアからの非公式の文が置かれていた。
他の誰にも見られぬよう、寝室の机の中に隠しておいたものだ。
ブリジットはすでにこれまで幾度か読んだその手紙を開いた。
【親愛なる遠き姉へ】
クローディアの使者を名乗ったアーシュラという女が手渡して来た手紙は、そうした書き出しから始まっていた。
遠き姉。
独特の言い回しだ。
およそ250年前。
初代ブリジットと初代クローディアは実の姉妹だったという。
遠き昔。
ブリジットという名の姉とクローディアという名の妹がいた。
ダニアの歴史書はそこから始まっている。
一族の者ならば誰もが学ぶ最初の一節だ。
その以前のことや2人の両親のことは一切、謎だった。
赤毛の一族がどのようにして生まれたのか、それは誰にも分からなかった。
人間は一般的に女より男の方が体格が大きく力が強い生き物だ。
だがダニアの女は平均的に185センチほどの身長を誇り、ソニアのように2メートル近い者も決して珍しくはない。
それだけではなくダニアの女たちは生まれ持って筋肉が成長しやすく力も強い。
そしてブリジットの家系のみが白い肌と金色の髪を持ち、その身体能力は一族の者たちを遥かに凌ぐ。
さらにはダニアの女たちが産む子供は9割が女児だ。
こんな特異な特徴を持つ民族は大陸のどこにもいない。
ダニアが一体どこからやって来て、いつからこの大陸に根付いているのかは、当の本人であるブリジットも知らないのだ。
【屈強なる女の血を絶やさないために、今こそ2つに分かれた血脈を一つにまとめる時である】
クローディアからの手紙にはそう記されていた。
これだけならば以前にバーサが言っていたようにブリジットとクローディアが1対1で戦い、勝ったほうが本家と分家、両家の全権を手にするという話に見えるだろう。
だが、この非公式の手紙にはそれとは別の言葉が記されていた。
【大木の蜜をすする虫ではなく、自らが大木となりダニアの未来を築くために、「双璧の女王」計画を提案する】
クローディアの手紙の最後にはそう記されていたのだ。
大木の蜜をすする虫。
それは王国の後ろ盾を得たその代償に、尖兵となって戦う自分たち分家の姿を自嘲する言葉だろう。
この書き方から見るに、今のクローディアはそれを屈辱と捉えているのだとブリジットは理解した。
だが、理解できないのは最後の文言だった。
「双璧の女王……クローディア。何を考えている?」
手紙に書かれているのはボヤけた概要だけだ。
おそらくこの文を誰かに見られた時、いかようにも誤魔化せるような文面になっているのだろう。
詳細は実際に会った時に話すと記されていた。
クローディアは公式の手紙で求めている正規の会談とは別に、ブリジットとの私的な面会を求めている。
「ユーフェミアが知れば罠だと騒ぐだろうな」
敵対する2つの勢力の長同士が1対1で会う。
普通に考えれば危険過ぎる。
呼び出されてノコノコ出向くような真似は正気の沙汰ではない。
だが……。
「クローディアは王国からの離脱を目論んでいるのか?」
分家の現在の安寧は王国の傘の下にいることで成り立っている。
だがその代償として王国側に差し出すもの大きいのかもしれない。
数々の疑問がブリジットの脳裏に浮かび、この機を逃してはいけないのではないかという危機感が彼女の胸に湧き上がった。
「母上……母上ならばどうされますか?」
亡き母の顔を思い浮かべてそう問いかけるブリジットだが、頭の中の情報と胸の中の感情は徐々に整理されていき、迷いが晴れていくのにそう時間はかからなかった。
それも一組ではない。
秋の夜長に複数の男女があちこちで交わっているのだ。
ダニアの宿営地の夜にはよくあることだった。
ただ自分の天幕にいるブリジットがそれを聞き取れるのは、聴力を含めた彼女の五感が常人離れしているからだろう。
同じ天幕の隣の部屋に控えている小姓たちには聞こえていないはずだ。
冬を目前に控えたこの時期はダニアの女たちの情事が最も盛んになる時期でもある。
ダニアの女たちは戦場で戦う戦士だ。
そのため普段の時期は避妊薬を常用し、妊娠を避けていた。
いかに屈強なダニアの女戦士とはいえ、身重では戦えない。
だが、この時期は懐妊が推奨される。
そうして冬の手前に妊娠が判明した女たちは、その冬前の奥の里への帰郷後、本隊から離れて奥の里へ残り、出産の準備を始める。
ダニアにとって出産は一族の子孫を残すための重要な務めだった。
そして出産で里に残った者の代わりに、奥の里で訓練を重ねて成人を迎えた若い女戦士たちが本隊に合流して冬になる前には出陣するのだ。
それがダニアの例年のサイクルだった。
だからこの時期は好きな男との間に子をもうける時期であり、ダニアの女たちの情欲が最も高まる時期でもあった。
「ふぅ……来年は何人の子が生まれるかな」
ブリジットは傍らに置いた温かな茶を飲みながら1人、秋の夜を過ごしていた。
ボルドの不在がより寂しく感じられる夜だった。
いつかは自分もブリジットとして誰かの子を産まねばならない。
ブリジットの系譜を絶やすわけにはいかないからだ。
その相手がボルドだったなら、ブリジットは何の憂いもなく喜んで彼との子を身籠っただろう。
だが、すでにボルドはこの世にいない。
彼以外の男との子をこの身に宿す、などと考えたくもなかった。
考えても辛くなるだけなので、ブリジットは意識を無理やり別の方向へ向ける。
彼女の座るベッドの脇の小机には、クローディアからの非公式の文が置かれていた。
他の誰にも見られぬよう、寝室の机の中に隠しておいたものだ。
ブリジットはすでにこれまで幾度か読んだその手紙を開いた。
【親愛なる遠き姉へ】
クローディアの使者を名乗ったアーシュラという女が手渡して来た手紙は、そうした書き出しから始まっていた。
遠き姉。
独特の言い回しだ。
およそ250年前。
初代ブリジットと初代クローディアは実の姉妹だったという。
遠き昔。
ブリジットという名の姉とクローディアという名の妹がいた。
ダニアの歴史書はそこから始まっている。
一族の者ならば誰もが学ぶ最初の一節だ。
その以前のことや2人の両親のことは一切、謎だった。
赤毛の一族がどのようにして生まれたのか、それは誰にも分からなかった。
人間は一般的に女より男の方が体格が大きく力が強い生き物だ。
だがダニアの女は平均的に185センチほどの身長を誇り、ソニアのように2メートル近い者も決して珍しくはない。
それだけではなくダニアの女たちは生まれ持って筋肉が成長しやすく力も強い。
そしてブリジットの家系のみが白い肌と金色の髪を持ち、その身体能力は一族の者たちを遥かに凌ぐ。
さらにはダニアの女たちが産む子供は9割が女児だ。
こんな特異な特徴を持つ民族は大陸のどこにもいない。
ダニアが一体どこからやって来て、いつからこの大陸に根付いているのかは、当の本人であるブリジットも知らないのだ。
【屈強なる女の血を絶やさないために、今こそ2つに分かれた血脈を一つにまとめる時である】
クローディアからの手紙にはそう記されていた。
これだけならば以前にバーサが言っていたようにブリジットとクローディアが1対1で戦い、勝ったほうが本家と分家、両家の全権を手にするという話に見えるだろう。
だが、この非公式の手紙にはそれとは別の言葉が記されていた。
【大木の蜜をすする虫ではなく、自らが大木となりダニアの未来を築くために、「双璧の女王」計画を提案する】
クローディアの手紙の最後にはそう記されていたのだ。
大木の蜜をすする虫。
それは王国の後ろ盾を得たその代償に、尖兵となって戦う自分たち分家の姿を自嘲する言葉だろう。
この書き方から見るに、今のクローディアはそれを屈辱と捉えているのだとブリジットは理解した。
だが、理解できないのは最後の文言だった。
「双璧の女王……クローディア。何を考えている?」
手紙に書かれているのはボヤけた概要だけだ。
おそらくこの文を誰かに見られた時、いかようにも誤魔化せるような文面になっているのだろう。
詳細は実際に会った時に話すと記されていた。
クローディアは公式の手紙で求めている正規の会談とは別に、ブリジットとの私的な面会を求めている。
「ユーフェミアが知れば罠だと騒ぐだろうな」
敵対する2つの勢力の長同士が1対1で会う。
普通に考えれば危険過ぎる。
呼び出されてノコノコ出向くような真似は正気の沙汰ではない。
だが……。
「クローディアは王国からの離脱を目論んでいるのか?」
分家の現在の安寧は王国の傘の下にいることで成り立っている。
だがその代償として王国側に差し出すもの大きいのかもしれない。
数々の疑問がブリジットの脳裏に浮かび、この機を逃してはいけないのではないかという危機感が彼女の胸に湧き上がった。
「母上……母上ならばどうされますか?」
亡き母の顔を思い浮かべてそう問いかけるブリジットだが、頭の中の情報と胸の中の感情は徐々に整理されていき、迷いが晴れていくのにそう時間はかからなかった。
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