蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第二部【クローディアの章】

枕崎 純之助

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第123話 第4王子の来訪

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「ようこそおいで下さいました。コンラッド王子。お待ちしておりましたわ」

 いくつもの宝石をあしらった高価なドレスに身を包み、美しくめかし込んだクローディアの出迎えに、コンラッドは満面の笑みを浮かべる。
 自分よりも20歳も年下の美しい娘の姿に満足げな顔だ。
 整った顔立ちの男だが、血色は悪く陰鬱いんうつ面持おももちをしていた。

「おお。クローディア殿。今日もお美しい。早く貴女に会いたいがために予定より30分も到着が早まってしまった。許されよ」
「まあ。嬉しゅうございますわ。王子。どうぞこちらへ」

 そう言うとクローディアは内心で辟易へきえきとしながらも笑顔を絶やさずにコンラッドを歓待かんたいした。
 こうして会うのは半年ぶりだが、あまり頻繁ひんぱんに会いたい相手ではない。
 ダニアの街の中でもひときわ豪奢ごうしゃ迎賓館げいひんかんの大広間を抜け、客間に彼を通す。
 いつもの彼の自慢話に耳を傾けながら、時には大げさにおどろいてみせるなどクローディアは接待に努めた。

 将来の夫候補としてコンラッドとの仲を深めることがクローディアに課された命題だったが、この男と夫婦になることを考えると暗澹あんたんたる気持ちになる。
 母である先代が王に輿こし入れすることを知った時、吐き気をもよおすほど気分が悪くなったことを思い出す。

 結局、母も自分も政略のために女であることを利用される道具のようなものでしかないのだと思えて仕方がなかった。
 コンラッドをもてなす自分を俯瞰ふかんしながら、クローディアは我が身を自嘲じちょうした。
 誰よりも勇猛で、誰よりも聡明な女王などと持てはやされたところで、こうして第4王子のつまらぬ話に愛想笑い浮かべてご機嫌を取るしかないのだ。
 
 だがこの日、コンラッド王子はいつもとはおもむきの異なる話を切り出した。

「公国のビンガム将軍の息子で、トバイアスという男がいるのをご存知かな?」

 唐突な話にクローディアは少々戸惑いながら頭の中を整理する。
 ビンガム将軍は諸国にその名をとどろかせる公国軍の最高責任者だ。
 すでに年齢は50を超えるが、その巨漢を頼りに指揮官でありながら積極果敢に前線で武器を振るう豪傑ごうけつとして有名な人物だった。
 もちろんクローディアもその名は知っている。
 ビンガムには妻との間に6人の子供がいるが、その全員の名前を知るクローディアは首をかしげた。

「トバイアスという名は聞いたことがありません」
「そうであろう? トバイアスは落としなのだ」

 落とし
 貴族が妻以外の女性、特に身分の低い者や娼婦などに生ませた子供のことだった。

「母親は宮廷に出入りしていた娼婦らしい」

 コンラッドは将軍がその息子の処遇に困っている話をした。
 ビンガム将軍の6人の子供のうち2人は娘で、どちらもすでに公国の有力貴族に嫁入りしている。
 だが残り4人は息子だ。
 ただでさえ6人も子供がいて跡継ぎ問題に発展しやすい環境だというのに、この上、落としなど争いの種にしかならない。
 
「最近、その将軍の使者とダニア本家の十刃長ユーフェミアが秘密裏ひみつりに接触しているという情報がある」
「ユーフェミア……」

 その名はもちろんクローディアも知っている。
 ブリジットの政治的な片腕として辣腕らつわんを振るう女だ。
 実質のナンバー2と言っていい。
 面識はないが、分家の十血長オーレリアのようなやり手の女だろうと想像し、クローディアは内心で顔をしかめた。
 その表情を懸念けねんのそれと誤解したコンラッドはしたり顔で声を潜めて言った。

「実は……本家のブリジットがそのトバイアスを情夫として迎え入れるという話が進められているらしいのだ」

 彼が顔を近付けてそう言うので、クローディアは苦手な香水のにおいを我慢しつつそれを顔に出さぬよう努め、声を潜めてこれに答えた。

「ブリジットが?」
「ああ。クローディア殿がこうして王家の我らと懇意こんいにして下さっていることをブリジットは懸念けねんしたのだろう。我らに対抗するため自分たちは公国の後ろだてを得ようとしているようだ」

 後ろだて
 コンラッドが殊更ことさらにそう言うのは、王国が分家の後ろだてになっているからこそ、分家は存続しているのだという事実を言外ににおわせたいからだ。
 彼とこうして会うようになってもうすぐ1年半になるが、その言葉の端々にクローディアはそれを感じることがあった。
 俺たちがいるからおまえたちは生き延びられているんだぞ。
 コンラッドがクローディアを見る目に、その気持ちがよく表れていた。

「そうなるとまたワタシたちとブリジットたちは険悪な雰囲気になってしまいますね」
「左様。我ら王国と公国の国境では、両軍の静かなにらみ合いが続くようになった。いつ小競こぜり合いが始まってもおかしくない。この状況でトバイアスとブリジットが接触するのはそれだけで余計な火種になると思わぬか? クローディア殿」
「ええ。確かに。おっしゃる通りですわね」
 
 同調するクローディアにフムとうなづくと、コンラッドは再び声を潜めた。 

「ただ……トバイアスという人物。その出自のいやしさのせいか悪評のある男でな」
「悪評?」
「うむ。礼節をわきまえず放蕩ほうとうの限りを尽くし、その野蛮やばんにして粗暴な振る舞いは目に余るものがあるとか。特に異常な性癖せいへきで娼婦を何人も廃人同然まで追いやっているなどというしきうわさまであるのだ」
「まあ。そんな人物がブリジットの情夫に? 逆にブリジットに斬り殺されてしまうのでは?」

 大仰おおぎょうおどろくクローディアにコンラッドは声を上げて笑った。

「ハッハッハ。確かに。殺されても仕方のない人物ですな。ただ……」

 そう言うとコンラッドはジッとクローディアを見つめる。
 意図いとを持って瞳の奥をのぞきこむような見方だ。

「そんなことになれば公国は本家を許さないでしょうな。相当な軍勢を持ってブリジットらを滅ぼしにかかるでしょう。私としてはそのほうが万事うまく進むと思うのですよ」

 そう言うとコンラッドはクローディアを心配するような表情を見せて話を続ける。

「本家が公国にくみしてしまえば、我ら王国に味方して下さる分家との衝突は避けられないでしょうな。もちろんクローディア殿がひきいる分家が勝つに決まっておりますが、それでも分家の被害も相当なものに及ぶでしょう。ダニア同士のつぶし合いは熾烈しれつなものになる。私はね、それは避けたいのですよ。実にもったいない」
「もったいない?」
「ええ。ダニアの力はすばらしい。これからも王国に力を貸していただきたい。それに私がいずれクローディア殿と結ばれた後のことを考えれば、分家の戦士たちには健在であっていただきたいですから」

 その話に笑顔を浮かべながら、クローディアは内心で怒りがき上がるのを感じていた。
 この男は自分と結婚した後、分家の戦力を我が物のように扱いたいのだろう。
 だからこそ分家の戦力を温存すべく、本家との衝突を未然に防ぎたいと思っている。

「何か妙案はないものか。例えばトバイアスが本家を訪れている間に、事故で死んでしまうとか。そうなったら面白いことになると思いませぬか? クローディア殿」

 コンラッドの双眸そうぼう狡猾こうかつな光が宿る。
 クローディアは穏やかな笑みを浮かべたままそれを静かに見つめ、胸の内で算段を始めるのだった。
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