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第117話 誘う女
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「おい。ボールドウィン。ジリアンの男になったんだってな」
一日の作業を終えてボルドが農具の片付けをしていると、そこに現れたリビーが不躾にそう尋ねてきた。
リビーはこの岩山にいるダニアの女5人のうちの1人であり、先日ボルドは彼女の情事を偶然目撃してしまった。
ダニアの女らしい彼女の褐色の肌は日に焼けてさらに色濃くなっている。
そしてその赤毛は昼の作業のせいで埃にまみれてくすんだ色に変わっていた。
これから風呂に向かう途中らしく、ボルドを見つけて彼女は声をかけてきたのだろう。
(ジリアンさん……本当に言ったのか)
ボルドは内心で溜息をつきつつ、リビーに目を向ける。
どう言ったものかとボルドが思案していると、彼女が呆れまじりの視線を向けてきた。
「よりにもよってジリアンかよ。物好きだな。おまえ」
「は、はぁ……」
曖昧な返事をするボルドをリビーはじっと見つめた。
夕暮れ時であり、周囲に人はいない。
ダンカンは老体のために一足先に宿舎に戻っている。
ふいにボルドの脳裏にジリアンの話が甦った。
― 特にリビーは強引に男を押し倒してでもモノにしようとするから、おまえなんかあっという間に餌食にされちまうぞ ―
リビーの視線を受けてボルドは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
夕風が畑を吹き抜けて土がパラパラと舞った。
思わずボルドが後ずさりしようとしたその時、リビーは面白くなさそうに彼から視線を外した。
「……フンッ! せいぜいジリアンとよろしくやんな」
そう言うとリビーは踵を返しその場に後にした。
その後ろ姿を見ながらボルドは緊張から解かれて大きくため息をつく。
ジリアンの言う通りだったかもしれない。
彼女とモメてまでボルドに手を出すようなことはリビーもしないのだ。
おかげて事無きを得たと考えるべきなのだろうが、ボルドはブリジットへの罪悪感で落ち着かない気分になる。
これでボルドはジリアンと恋仲になったと思われるだろう。
少なくともこの場所では。
それはブリジットに申し訳ない気がして仕方なかった。
今さらそんなことを気にしても意味は無いのだが、彼の心から罪悪感が消えることはなかった。
しかし、とにかくこれでダニアの女たちからちょっかいを出されることは無くなった。
その意味ではジリアンに感謝すべきなのだが、ボルドには安心できる暇はなかったのだ。
「ボールドウィン。いるか?」
その夜、ジリアンがいきなりボルドの宿舎を訪ねてきたのだ。
風紀のため男女とも異性の宿舎に入ってはいけないとレジーナに厳命されていて皆、彼女の言うことを忠実に守っていた。
そのためジリアンは室内には入らなかったが、ダンカンが妙な気を利かせてボルドを部屋から送り出したのだ。
「若者は若者同士で楽しくやるべきじゃ。若い時間は永遠ではないと若者は知らぬからのう」
ダンカンに本当のことを言うわけにもいかず、ボルドはジリアンに誘われるまま後をついて行ったが、向かっているのが納屋だと分かると、彼は思わず彼女を呼び止めた。
「あの、ジリアンさん。こういうことは……」
「リビーたちがあやしんでるんだよ」
「えっ?」
ジリアンは少し拗ねたような顔で後ろを振り返った。
「おまえ。ちっともワタシを誘わないじゃねえか。おかげでリビーたちは本当におまえがワタシの男になったのかって疑ってんだ」
そう言うとジリアンはボルドに詰め寄ってその肩に手を回し、強引に抱き寄せる。
「あっ……」
「少しくらい誘えよ。こっちも傷つくだろ」
こうしてジリアンに組み付かれるとボルドには解きようがなく、必死に声を漏らすばかりだ。
「ジ、ジリアンさん。あくまでもそれはそういうフリですよね? こういうことは困ります」
ボルドの困った様子にジリアンは不満げに唇を尖らせながらも、彼の肩を放そうとしない。
ジリアンの体からは普段はしない甘い花の香りがした。
何やら香油をつけているようだ。
「心配すんな。言ったろ。無理やりはワタシの趣味じゃないって。おまえがいいって言わない限り手出しはしない。けど酒くらい付き合えよ。ワタシのおかげでリビーたちに手出しされないんだから、おまえはワタシに義理があるはずだぞ。あと、そんなに嫌がるな。ワタシも女なんだぞ。傷つくだろうが」
そう言うジリアンに恐縮し、ボルドはおとなしく彼女に肩を抱かれるまま納屋へと足を踏み入れた。
「扉は開けておくから。これでいいだろ。ったく。何で男のおまえがそんなに警戒してるんだ。どこかの姫様か。おまえは」
ブツブツ言いながらジリアンは納屋の中に入ると、天井から吊るされたランプに火を灯す。
途端に暗かった室内が明るく照らし出され、中の様子を見たボルドは驚いた。
この建物は外見こそ納屋にしか見えないが、地面には幾重にも毛皮の絨毯が敷きつめられ、くつろげるようにソファーとテーブルが用意されている。
ジリアンはボルドの手を引いて彼を柔らかなソファーに座らせ、自分はその隣にドカッと腰を下ろす。
「時々、ここで酒盛りやってんだよ。娯楽が少ないって言ったろ? こういうのでもないと毎日働いて飯食って寝るだけの生活なんて気が狂っちまうからな」
そう言うジリアンの言葉通り、テーブルの上には酒瓶とグラス、干し肉や木の実の盛られた皿が用意されていた。
一日の作業を終えてボルドが農具の片付けをしていると、そこに現れたリビーが不躾にそう尋ねてきた。
リビーはこの岩山にいるダニアの女5人のうちの1人であり、先日ボルドは彼女の情事を偶然目撃してしまった。
ダニアの女らしい彼女の褐色の肌は日に焼けてさらに色濃くなっている。
そしてその赤毛は昼の作業のせいで埃にまみれてくすんだ色に変わっていた。
これから風呂に向かう途中らしく、ボルドを見つけて彼女は声をかけてきたのだろう。
(ジリアンさん……本当に言ったのか)
ボルドは内心で溜息をつきつつ、リビーに目を向ける。
どう言ったものかとボルドが思案していると、彼女が呆れまじりの視線を向けてきた。
「よりにもよってジリアンかよ。物好きだな。おまえ」
「は、はぁ……」
曖昧な返事をするボルドをリビーはじっと見つめた。
夕暮れ時であり、周囲に人はいない。
ダンカンは老体のために一足先に宿舎に戻っている。
ふいにボルドの脳裏にジリアンの話が甦った。
― 特にリビーは強引に男を押し倒してでもモノにしようとするから、おまえなんかあっという間に餌食にされちまうぞ ―
リビーの視線を受けてボルドは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
夕風が畑を吹き抜けて土がパラパラと舞った。
思わずボルドが後ずさりしようとしたその時、リビーは面白くなさそうに彼から視線を外した。
「……フンッ! せいぜいジリアンとよろしくやんな」
そう言うとリビーは踵を返しその場に後にした。
その後ろ姿を見ながらボルドは緊張から解かれて大きくため息をつく。
ジリアンの言う通りだったかもしれない。
彼女とモメてまでボルドに手を出すようなことはリビーもしないのだ。
おかげて事無きを得たと考えるべきなのだろうが、ボルドはブリジットへの罪悪感で落ち着かない気分になる。
これでボルドはジリアンと恋仲になったと思われるだろう。
少なくともこの場所では。
それはブリジットに申し訳ない気がして仕方なかった。
今さらそんなことを気にしても意味は無いのだが、彼の心から罪悪感が消えることはなかった。
しかし、とにかくこれでダニアの女たちからちょっかいを出されることは無くなった。
その意味ではジリアンに感謝すべきなのだが、ボルドには安心できる暇はなかったのだ。
「ボールドウィン。いるか?」
その夜、ジリアンがいきなりボルドの宿舎を訪ねてきたのだ。
風紀のため男女とも異性の宿舎に入ってはいけないとレジーナに厳命されていて皆、彼女の言うことを忠実に守っていた。
そのためジリアンは室内には入らなかったが、ダンカンが妙な気を利かせてボルドを部屋から送り出したのだ。
「若者は若者同士で楽しくやるべきじゃ。若い時間は永遠ではないと若者は知らぬからのう」
ダンカンに本当のことを言うわけにもいかず、ボルドはジリアンに誘われるまま後をついて行ったが、向かっているのが納屋だと分かると、彼は思わず彼女を呼び止めた。
「あの、ジリアンさん。こういうことは……」
「リビーたちがあやしんでるんだよ」
「えっ?」
ジリアンは少し拗ねたような顔で後ろを振り返った。
「おまえ。ちっともワタシを誘わないじゃねえか。おかげでリビーたちは本当におまえがワタシの男になったのかって疑ってんだ」
そう言うとジリアンはボルドに詰め寄ってその肩に手を回し、強引に抱き寄せる。
「あっ……」
「少しくらい誘えよ。こっちも傷つくだろ」
こうしてジリアンに組み付かれるとボルドには解きようがなく、必死に声を漏らすばかりだ。
「ジ、ジリアンさん。あくまでもそれはそういうフリですよね? こういうことは困ります」
ボルドの困った様子にジリアンは不満げに唇を尖らせながらも、彼の肩を放そうとしない。
ジリアンの体からは普段はしない甘い花の香りがした。
何やら香油をつけているようだ。
「心配すんな。言ったろ。無理やりはワタシの趣味じゃないって。おまえがいいって言わない限り手出しはしない。けど酒くらい付き合えよ。ワタシのおかげでリビーたちに手出しされないんだから、おまえはワタシに義理があるはずだぞ。あと、そんなに嫌がるな。ワタシも女なんだぞ。傷つくだろうが」
そう言うジリアンに恐縮し、ボルドはおとなしく彼女に肩を抱かれるまま納屋へと足を踏み入れた。
「扉は開けておくから。これでいいだろ。ったく。何で男のおまえがそんなに警戒してるんだ。どこかの姫様か。おまえは」
ブツブツ言いながらジリアンは納屋の中に入ると、天井から吊るされたランプに火を灯す。
途端に暗かった室内が明るく照らし出され、中の様子を見たボルドは驚いた。
この建物は外見こそ納屋にしか見えないが、地面には幾重にも毛皮の絨毯が敷きつめられ、くつろげるようにソファーとテーブルが用意されている。
ジリアンはボルドの手を引いて彼を柔らかなソファーに座らせ、自分はその隣にドカッと腰を下ろす。
「時々、ここで酒盛りやってんだよ。娯楽が少ないって言ったろ? こういうのでもないと毎日働いて飯食って寝るだけの生活なんて気が狂っちまうからな」
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