蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第二部【クローディアの章】

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
14 / 100

第114話 迫る女

しおりを挟む
「……静かに。声を出すなよ」

 ジリアンはボルドの口を右手でふさいだまま低く抑えた声でささやくようにそう言った。
 そしてそのまま息を潜めるようにして左手でボルドの肩をつかんでその場に押さえ込む。
 ボルドは動こうとするが、ジリアンはダニアの女らしく屈強くっきょうな肉体の持ち主だ。
 ボルドの力では振りほどくことは到底不可能だった。
 しばらくそうしていると、遺跡から聞こえてきていた男女の声はいつの間にか消えていた。

「終わったみたいだな。さすが速攻のリビーだ」

 そう言ってジリアンはクックとのどを鳴らすが、その目は笑っておらず、ボルドをめるように見つめている。

「騒ぐなよ? まずはワタシの話を聞け。声を上げないとちかうなら、この右手を放してやる」

 ボルドはジリアンの言葉を聞き、彼女が分家の人間なのではないかと感じた。
 バーサに捕らえられた時に分かったことだが、本家と分家とではわずかだが言葉を発する時の発音が異なる。
 ともあれこの状況ではボルドはうなづくほかなかった。
 ジリアンは慎重にゆっくりとボルドの口から手を放す。
 そしてボルドが声を発さないのを確認すると、彼女は口を開いた。

「ボールドウィン。話は簡単だ。さっきあそこでヤッてた2人みたいに、おまえもワタシの相手になれ」
「えっ……」

 その単刀直入な物言いにボルドは絶句する。
 だがジリアンは構わずにボルドに迫った。

夜伽よとぎのお誘いってやつだよ。ワタシがおまえのことをずっと見ていたのは気付いていただろ。おまえがここに来た時から気になっていたんだ」

 少し照れくさそうにそう言うと、ジリアンは熱のこもった視線をボルドに送る。
 その目はわずかに血走っていた。

「ここは娯楽が足りない。ここにいる女は全員ダニアだが、皆それなりに相手を見つけてよろしくやってるんだ。けどワタシ好みの男がここにはいなくてな。おまえみたいに線が細くて華奢きゃしゃな男を探していたんだ」

 そう言うとジリアンはグイッとボルドに体を近付けた。

「おまえだって楽しみたいだろう? ワタシならおまえを楽しませてやれる。ワタシの男になれよ。退屈させないぜ。いっぱい可愛がってやるから」
「わ、私はそんなつもりはありません。離れて下さいジリアンさん」

 必死に言葉をしぼり出すボルドだが、すでに鼻息の荒いジリアンは引かない。

「そんなツレないこと言うなよ。強引に力ずくってのは好きじゃないんだ」

 そう言うとジリアンは勢いよく衣服を脱いで上半身を惜しげもなくさらした。
 ガッシリと筋肉のついた褐色かっしょく肌の体と、引き締まった腰や形の良い乳房ちぶさが月光を浴びてつややかにかがやく。
 ボルドは思わず顔をそむけた。

「こ、困ります」
「何だよ。女を知らないわけじゃないんだろ? せっかく楽しめるんだから、楽しまないと損だぜ」

 そう言うとジリアンはボルドのほほに口づけしようとした。
 だがボルドは精一杯の力で顔をのけぞらせて抵抗する。

「お、お願いですから、やめて下さい」

 それを見たジリアンはいぶかしげな表情を浮かべた。

「おまえ……もしかして男色か? いや、そうは見えねえな。ワタシはそういうのは鼻が利くんだ。女を相手にできるんだろ? 来いよ」

 そう言うとジリアンは強引にボルドを胸元に引き寄せて抱きしめる。
 顔に押し当てられる柔らかな双丘の感触と、ほのかな汗のにおいに、ボルドは必死で抵抗する。

「わ、私には……心に決めた人がいるんです」

 それは意図いとせず咄嗟とっさに出た言葉だった。
 その言葉に、ボルドを押さえ込んでいたジリアンの腕の力が弱まる。
 彼女はボルドを見下ろすと、複雑そうな表情を浮かべた。
 
「……その女にみさおを立ててるってわけか」

 今さらそんなことをしても何の意味もないことはボルドも分かっている。
 もう自分は彼女の前に姿を見せることは叶わないのだから。
 それでもボルドはどうしても他の女と交わりたいとは思わなかった。
 彼も男だからこうして女性の裸身を目の前にすれば、性的な衝動がき上がること自体は抑えられない。
 
 だがそれでも胸の中にはブリジット以外の女性と交わることへの強い忌避きひ感が渦巻うずまいていた。
 ボルドにとってそれは至極しごく当然の心理現象だったのだ。
 彼は真剣な面持おももちでジリアンの目を見つめて言う。

「どうかご容赦ようしゃを。ジリアンさん。私はどうしても彼女以外の女性とは関係を持ちたくないんです。お気にさわったのならば、私をなぐる蹴るしていただいて構いません」 

 そう言って必死の眼差まなざしを向けてくるボルドに、ジリアンは口を引き結んでしばしだまり込む。
 そして大きくため息をつくと体を引いて、興ががれたような顔で衣服を拾い上げた。

「何だよ。せっかくその気になっていたのに。つまんねえの」

 衣服にそでを通しながら不貞腐ふてくされてそう言うジリアンに、ボルドはだまって頭を下げる。
 そんなボルドを見てジリアンは不思議ふしぎそうに言った。
  
「で、おまえはその女と離れてこんなとこで何やってんだ。さっさとその女のところへ帰ればいいだろ」

 その言葉にボルドはズキンと胸が痛むのを感じながら、静かにつぶやくのだった。

「……もう帰れないんです。彼女と二度と会うことは許されません」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

人間不信になったお嬢様

園田美栞
恋愛
日本有数の家柄、大昔の貴族から引き継がれ華族になった今でも十分大きな財力を持つ家柄は多数存在していた時代。その中でも辻倉、葛城、白椿と聞けばかなり有名で中には取り入ろうとする者も多くいたという。 不定期に更新します(毎日更新を目指します)

ある公爵令嬢の生涯

ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。 妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。 婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。 そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが… 気づくとエステルに転生していた。 再び前世繰り返すことになると思いきや。 エステルは家族を見限り自立を決意するのだが… *** タイトルを変更しました!

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...