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第112話 国を興す

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「……えっ?」

 ボルドは思わずそう声をらしてしまった。
 レジーナが連れてきた十数人の人々の中に、ダニアの女たちがいたからだ。
 褐色かっしょく肌の大きな体に赤い頭髪。
 ボルドにとってはすっかり見慣れた身体的特徴だった。

 ボルドは緊張の面持おももちで彼女たちを見つめる。
 皆、ボルドが見覚えのない者たちだった。
 逆に自分を知っている者がいないかと懸念けねんしてボルドは身を固くした。
 そんな彼の反応にレジーナは目を細める。

「ダニアの女たちよ。色々あって一族を追われてハグレ者の暮らしをしていたところにワタシが声をかけたの。今はここに住んでいるわ」

 そう言うとレジーナは彼らにボルドを紹介した。

「この子はボールドウィンよ。大ケガをして死にかけていたところをワタシの従姉妹いとこが拾ったの。彼もここで暮らすことになるから、皆よろしくね」

 突然のレジーナの言葉にボルドはおどろいたが、そんな彼を見て彼女は悪びれることなく笑みを浮かべた。

「ボールドウィン。ここで暮らして皆を手伝ってあげてくれるかしら? 時間はかかるけれど、ここを人が暮らせる街にしたいのよ」

 彼女のその話にボルドはようやく合点がいった。

(これが……彼女の言っていた仕事ってことか)

 レジーナには自分をここまで回復させてくれた大きな恩がある。
 どんな形であれ、それを返せるのであれば断る理由はない。
 この場にダニアの女がいるのは少し気になるが、ボルドを見ても彼女たちはおどろいたような顔は見せなかった。
 ということは自分を知らないということだ。
 少し安心してボルドは彼女の頼みを快諾かいだくした。

「私でよければお手伝いさせていただきます」
「そう。感謝するわ」

 それからボルドはその場にいる皆に挨拶あいさつをし、レジーナは彼にここで皆がどのような仕事しているのを説明する。
 気になったのはダニアの女の中で1人だけやたらとボルドを凝視している女がいることだ。
 ブリジットの元にいた頃からダニアの女たちにジロジロと見られることが多々あったボルドは、それを気にしないように努めた。
 だが、もしかしたら自分の素性がバレているのではないかとヒヤヒヤしつつ、ボルドはレジーナの説明に耳を傾けた。

「彼らにはここで街づくりの基礎を始めてもらっているのよ」

 そう言うレジーナの言葉通り、ボルドたちが登ってきたがけの反対側の一角に大きくて四角い岩が整然と並んで積み上げられている。

「石を切って城壁を作っている最中なの。この岩山の地の利をかして外部からの侵入を防ぐのに効果的だからね。まあまだ作り始めて半年だからこれっぽっちだけど」

 レジーナの言う通り、厚みが1メートルほどの城壁はまだ高さが2メートルほどしかなく、幅も十数メートルほどしか建てられていない。
 これではこのたった2メートルの高さの城壁を作るだけでも、この岩山をグルリと取り囲むのに何年もかかってしまうだろう。
 その近くには切っている最中の不格好ぶかっこうな大岩が転がっている。

「人手が足りな過ぎてね。あのダニアの女たちが千人くらいいれば、もっと作業がはかどるんだけど」

 城壁の造成にはここにいる5人のダニアの女たちと、それ以外の大人の男数人が主に従事しているらしい。
 だがボルドはこうした力仕事では、非力な自分は大して役に立てないだろうと表情をくもらせる。
 そんなボルドの内心を見透みすかしてレジーナは彼の肩をポンと叩いた。

「力仕事をさせるつもりはないわ。あなたにやってほしい仕事は別にあるから。ダンカン!」

 レジーナに名前を呼ばれたのは一番年嵩としかさの初老の男性だ。
 彼は自分と同じく、背が低く体も小さいため、力仕事には向いていないだろうとボルドは思った。

「承知しております。ボールドウィン。こちらへ」

 ダンカンはボルドをともなって歩き出す。
 その後ろをレジーナが付いてきた。

「ボールドウィン。農作物の作り方を教えたでしょ」

 ボルドはうなづく。
 この数ヶ月の療養暮らしの間、ボルドはレジーナの指導の元で様々な勉学にはげんできた。
 歴史、地理、そして家畜の世話の方法や農作物の育て方、等だ。
 両腕と両足が治りつつあった最近では、レジーナに教わって簡単な料理なども出来るようになった。
 あの夜、自らの死を選んだボルドに、レジーナはそれと知らずに生きる力を教えてきたのだ。

「これまでの生活で、ここであなたにやってほしいことを教えてきたつもりよ」
「お役に立てればいいのですが……」
「お役に立ちますって言いなさいよ。あなた結構熱心に勉強していたじゃない。得た知識は使って初めて意味があるのよ」

 そう言うとレジーナはボルドのとなりに並び立って歩きながら、指で宙に何かを描く。

「地図を思い出しなさい。ここは大陸中央部の森の中でも東の端。少し行くと森が切れて荒野から砂漠地帯に入るわ」
「公国と共和国の国境線がありますね」

 この大陸は西の端にある王国から東に公国、そして共和国と続く。
 ボルドのすみやかな答えから彼の学習の成果を感じ取ったレジーナは、まるで生徒の成長を喜ぶ教師のように目を細めた。

「そう。でも共和国はこの砂漠に積極的な防衛戦は引いていないわ。砂漠の先にある山脈さえ守れば外敵から領土を守れるもの。わざわざ熱くて砂しかない砂漠を守る必要はないわね。その一方で公国はこの森の先には砂漠しかないから、森よりも手前の公国側にある大河を守ればそれで十分」

 レジーナの言うことはボルドにも理解できる。
 要するにこの森と砂漠は両国にとって不干渉ふかんしょう地帯となっているのだ。
 国境線は砂漠と森の境目であると両国は主張しているが、実質的な国境線は違う。
 公国にとってはそれが大河であり、共和国にとっては山脈なのだ。
 レジーナはそこに目をつけた。
 
「この辺りはほとんど人も住み着かないから、新たに都を築くにはちょうどいい空白地帯なのよ」
「でも……開拓するのは大変ですよね」

 ボルドはそう言った。
 人が住み着かないのは、住むのに適していないからだ。
 かつてこの岩山に住んでいた人々がどのような理由で姿を消したのかは分からないが、住みにくくなって移住していった可能性もある。
 だが聡明なレジーナのことだから、当然色々な考えがあるのだろうとボルドは思った。
 何より新たな国を作るとなれば、こうした場所で始めるしか方法はなかった。
 
 そこから少し歩くと岩山が少しくぼんだような場所があり、外部から運ばれたとおぼしき盛り土がそこに広げられていた。
 そこは畑だった。
 レジーナはその畑を背にボルドを振り返った。

「畑をたがやすのだって大変よ。でもたがやさなければ土は土のまま。畑にはならない。そうでしょ? ワタシがここに国をおこすと決めなければ、ここはいつまでも打ち捨てられた遺跡のままだわ。だからこうして動き出すことは、何よりも大事な一歩なのよ」

 生き生きとした表情を見せる彼女の目に宿る強い光は、見る者に同じ希望を抱かせる。
 ここにいる人々は彼女にきつけられて集まったのだろうと、ボルドはそう感じるのだった。
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