蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第二部【クローディアの章】

枕崎 純之助

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第111話 レジーナとの外出

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 夏が終わり、秋が来た。
 大地を焼くような真夏の日差しも弱まり、朝や夕方はかなり過ごしやすくなっている。
 そんな早朝、大地を駆ける一頭の馬に2人の人物が乗っていた。

 手綱たづなを引いているのは修道女のレジーナだ。
 そしてその後ろにはボルドが乗っている。
 両腕と両足の骨折からようやくえつつある彼は、車椅子いすなしでも生活が出来るようになっていた。
 歩行練習などもレジーナによる厳しくも優しい指導のおかげで順調に進み、無理をしなければ普通に歩けるまでにボルドは回復していた。
 この日、レジーナはそんなボルドを連れ出し、馬に乗って初めての外出をした。

「ボールドウィン。もっと強くつかまらないと落ちるわよ! また骨折したいのかしら?」

 遠慮えんりょがちに彼女の腰につかまっているボルドをレジーナは注意した。
 ボルドは戸惑いながら、治りかけの両腕でレジーナの腰に回した手にギュッと力を入れて密着する。
 今朝、レジーナから出かけることを告げられた時はおどろきつつも、外に出られる喜びをボルドは感じた。
 だが馬に同乗して行くことを聞いたときは、さすがに躊躇ちゅうちょした。

 ブリジットの情夫であった彼は、他の女性に自分から触れてはいけない。
 そのおきてが身に染み付いているのだ。
 だが、今の自分はすでにブリジットの情夫ではない。
 情夫ボルドはあの夜にがけから身を投げて命を断ったのだから。

 とにかく情夫だったことを知られるわけにもいかないので、ボルドはレジーナの後ろに乗り、意を決して彼女の腰につかまったのだった。
 それにしても彼女の騎乗技術は見事なものだった。
 堂々と馬を乗りこなしている。
 それに腰につかまってみて分かったことだが、レジーナの腰や背中はその見た目に反してしっかりとした筋肉におおわれていた。
 ブリジットの体を幾度となく見て触れてきたボルドだからこそ分かることだった。

(こ、この人……本当に修道女なのかな?)

 修道女の服はしっかりと使い込まれたもののようで、ところどころほつれたり生地きじが傷んだりしている。
 もしかしたら修道女になる前は色々あった人なのかもしれない。
 そんなことを思いながらボルドは周囲の景色を見回した。

 小屋のあった場所はどこかの森の中であり、そこを抜けて一時間ほど林道を走る。
 林道の両脇は人の手が入っておらず鬱蒼うっそうとした森となっていて、林道にも人気がない。
 ここに来るまで旅人の1人とすら、すれ違わなかった。
 だが、そこから少し走ると両側の森が開け、突如として巨大な岩の壁が現れた。

「ここは……?」
「ワタシの仕事場よ」

 そう言うとレジーナは岩壁に沿って西側へと馬を走らせる。
 すると道は徐々に迂回うかいする上り坂になっていき、岩の側壁に沿ってゆるやかな曲線を描いて登っていく。
 螺旋らせん状に一周する頃に、周囲の森を見下ろす高さにある山の上に出た。

「うわぁ……」

 ボルドは思わず感嘆かんたんの声を上げる。
 そこは岩山の頂上だった。
 ここに登るまで見てきた岩壁は、岩山の側壁だったのだ。
 岩山の高さは十数メートルといったところだろうか。

 その頂上は平らな地面になっていて、反対側のがけまでおそらく数百メートルほどもある広い場所だった。
 そして岩山とはいえ足元には土が堆積たいせきしているため、そこかしこに木々が生えている。
 そんな頂上の中心部には池があった。

き水が大量にいていてね。こんな場所だけど水は豊富なの」

 そう言うとレジーナは馬をゆっくりと歩かせて池に近付いて行く。

(空に浮かぶ大地みたいだ) 

 周囲を見回しながらボルドはそんな感想を抱いた。
 池の水はみ渡っていて、底に沈んでいる砂利がハッキリと見えるほどの透明とうめい度だ。
 レジーナはここまで走ってきた馬にねぎらいの言葉をかけ、池のほとりでその脚を止めた。
 そこでボルドは思わずおどろいて池の向こう側を見た。

 直径20メートルほどの池の向こう岸にはいくつかの石造りの建物があった。
 それらは随分ずいぶんと古くちかけていて、人の気配を感じさせない。
 
「あれは……?」
「遺跡よ、どのくらい前か分からないけれど、昔ここには人が住んでいたみたいなの。数年前に偶然ここを発見してね。色々と手を加えればここに大勢の人が住めるようになるんじゃないかって思ったの。以前にあなたに話したでしょ? 新しい国を作りたいって。その都をここにする予定なのよ」
「こ、ここに都を?」

 おどろくボルドにレジーナはうなづき、馬から降りると水辺の岩に手綱たづなを結びつけた。
 そしてボルドの手を取ると彼を馬から降ろす。
 走り続けてきた馬は池の水をうまそうにゴクゴクと飲んだ。

「あの……ここを都にすると言っても……」

 そう言いよどんでボルドは周囲を見回した。
 十分な広さがあるこの場所を、レジーナがたった1人で都として開発しようとしているのならば、それは無理がある。
 そう言いたげなボルドに微笑ほほえみ、レジーナは彼に手招きをして歩いていく。
 池をグルリと回り込むようにして反対側にある遺跡へと足を踏み入れると、その石造りの遺跡が住居ではなく公共の場であったことがボルドにも分かった。

「ここで皆、この池の水を飲み水として採取していたみたいね」

 遺跡の一部が池の上にせり出していて、そこから見えるき通った水の底にちた木のおけが沈んでいた。
 岩山の上であり、水源はここしかない。
 かつての住人たちが共同でこの場所を使っていたことがうかがえた。
 どのくらいの時間をさかのぼった時代の人々かは分からないが、あの木桶きおけを使ってここで水をんでいた人がいたのだと思うと不思議ふしぎな気持ちになる。

「ボールドウィン。少しここで待っていてくれるかしら? 人を呼んでくるから」
「人を?」
「ええ。ここで働いている人たちよ」

 そう言うとレジーナはボルドをそこに残し遺跡の裏側へと姿を消した。
 ボルドがそこで数分待っていると、やがて彼女は戻ってきた。
 その後ろには十数人の人々が付いてきている。
 男性、女性、老人に子供もいる。

「……えっ?」

 そこでボルドは思わずおどろきの声をらした。
 その人々の中に女性が5人ほどいるのだが皆、背が高くガッシリとした体格で赤毛に褐色かっしょく肌の者たちだった。
 そう。
 忘れもしないそれはダニアの女の特徴だった。
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