8 / 100
第108話 真夏の荒野
しおりを挟む
遠くで雷が鳴っている。
昼の間は遠くにあった夏特有の入道雲が、夕方が迫る頃には黒雲となって近付いてきた。
「こりゃひと雨くるかもな。とっととお宝を頂戴してズラかろうぜ。ブリジット」
ベラはそう言うと空を見上げた。
場所は大陸南西部の荒野。
ブリジット率いるダニアの集団が、つい先ほどこの場所を通った隊商を襲撃したばかりだった。
近くには隊商を守っていた傭兵たちの死体が転がっている。
ブリジットはベラの言葉を受けて頷くが、目の前に残された馬車隊から物資を運び出す部下たちの姿を見て眉を潜める。
「妙だな。隊商の規模の割に、積んでいるのは安価な薪や家畜の餌ばかりだ」
ブリジットはそう言うと隣に控えているソニアを見た。
春先にリネットに負わされたケガもすっかり癒えて戦列に復帰しているソニアも、何やら嫌な予感を感じているらしく周囲を見回す。
長距離を移動する隊商は費用がかかるため、十分に利益の出る『おいしい物資』を積んでいなければ採算は取れないはずだった。
これでは赤字もいいところだ。
ブリジットがそう訝しんだその時、近くの岩の上で見張りをしていたアデラが声を張り上げた。
「敵襲! 公国軍の騎馬隊です! 北北東の方角!」
鳶隊の彼女は空に数羽の鳶を飛ばして周囲の状況を探っていた。
ブリジットがそちらに目を凝らすとわずかに砂煙が立ち上っているのが見えた。
彼女の人並み外れた眼力でようやく見える程度なので、まだ距離はある。
だが相手が騎馬隊ともなればその足は速い。
(隊商は囮……罠か!)
ブリジットは即座に決断した。
「物資は捨てろ! すぐに南西の方角へ退避だ!」
ブリジットは頭の中に近くの地形図を思い浮かべ、すぐさま避難の方角を決めた。
この場に連れて来ている部下はおよそ200名。
残りの部隊は南方に離れた一時的な野営地に待機している。
こういう時、少数の部隊は動きが早い。
ブリジットの号令を受けて即座に物資をその場に捨て、一同は馬に跨った。
「アデラ! 部隊を先導しろ!」
そう言うとブリジットはベラとソニア、それから双子の弓兵・ナタリーとナタリアの4名だけを連れて北北東へ向かう。
敵が向かって来る方角へ敢えて向かい、敵を撹乱して仲間を逃がすためだ。
だが、まっすぐ敵に向かっていくブリジットらの予期せぬ方角から、別の敵が突如として現れた。
それは荒野の東側に点在する岩山の上から姿を見せたのだ。
「ヒュォォォッ!」
「フォウフォウフォウフォウッ!」
煽るような男たちの甲高い声と共に次々と矢が射かけられる。
ブリジットらは慌てて馬首を巡らせて矢を避けるが、複数の影が岩山を飛び渡って向かってきた。
それはイワトビレイヨウという種類の草食動物で、大きく発達した大腿筋で岩山を素早く飛び回る。
そのイワトビレイヨウの背に人が跨っていた。
その男たちが矢を放ってきているのだ。
「何だ? アイツらは」
馬上でベラが眉を潜めてそう言いながら、飛んでくる矢を槍で叩き落とす。
ウシ科の仲間で鹿やトナカイに似ているその動物に人が跨っていること自体が奇妙な光景だったが、彼らはこれを巧みに乗りこなしていた。
何よりも厄介なのは、イワトビレイヨウは馬と違って右に左に大きく跳ねる点だ。
その上から矢を放たれると、慣れない軌道を描いてこちらに飛んでくる。
ブリジットらは馬を操ってこれを懸命に避けたが、運悪くナタリアの騎馬がわずかに蹄を滑らせて態勢を崩した。
その馬の尻に矢が突き立つ。
馬は痛みに嘶いて大きく暴れ、乗っていたナタリアが振り落とされた。
「うげぇっ!」
「ナタリア!」
落馬したナタリアは咄嗟に受け身を取って事無きを得た。
しかし尻に矢が刺さった馬はその場に倒れ込み、狂ったように暴れ出す。
痛みに悶えているというよりは、口から泡を吹いて痙攣し始めた。
その様子にブリジットは即座に声を上げる。
「毒矢だ!」
馬がこれほど早く激烈な反応を見せるということは、鏃にかなり強い毒が塗り込まれているはずだ。
当たれば他の者はもちろん、ブリジットとて無事では済まない。
全員が戦慄を覚え、険しい顔で武器を振るって大きく矢を弾き飛ばす。
「乗れっ! ナタリア!」
ナタリーがナタリアを助け上げて自分の馬に乗せるが、2人乗りになってしまう分どうしても馬の動きが遅くなってしまう。
ブリジットは即決した。
「おまえたちは離脱しろ! 本隊へ向かえ! ここはアタシたちで引き受ける!」
そう言って双子を離脱させるべくブリジットは背中から弓を取り出して矢を番える。
狙いは前方で左右に飛び跳ねているイワトビレイヨウとその背に乗る者たちだ。
飛んでくる毒矢を首を傾けてギリギリのところで避けながら、ブリジットは弓弦を引き絞った。
「ハアッ!」
気合い一閃。
通常の弓よりも何倍も硬い弦をブリジットの力で引き絞ったそこから放たれる矢は、敵の放つそれよりも遥かに速く宙を切り裂いて飛ぶ。
そして一瞬でイワトビレイヨウの上に乗る敵の首を刈り取った。
それを見た弓兵の双子が興奮に声を上げる。
「おおっ! すげええええっ!」
「さすがブリジット!」
「いいからさっさと行けオマエら!」
ベラの叱責を受けて双子は首をすくめ、馬を走らせてその場から離脱していく。
「ベラ。ソニア。身の程知らずの連中を死体に変えるぞ!」
ブリジットの気合いの声に頷き、ベラとソニアは手綱を引いて馬を駆った。
昼の間は遠くにあった夏特有の入道雲が、夕方が迫る頃には黒雲となって近付いてきた。
「こりゃひと雨くるかもな。とっととお宝を頂戴してズラかろうぜ。ブリジット」
ベラはそう言うと空を見上げた。
場所は大陸南西部の荒野。
ブリジット率いるダニアの集団が、つい先ほどこの場所を通った隊商を襲撃したばかりだった。
近くには隊商を守っていた傭兵たちの死体が転がっている。
ブリジットはベラの言葉を受けて頷くが、目の前に残された馬車隊から物資を運び出す部下たちの姿を見て眉を潜める。
「妙だな。隊商の規模の割に、積んでいるのは安価な薪や家畜の餌ばかりだ」
ブリジットはそう言うと隣に控えているソニアを見た。
春先にリネットに負わされたケガもすっかり癒えて戦列に復帰しているソニアも、何やら嫌な予感を感じているらしく周囲を見回す。
長距離を移動する隊商は費用がかかるため、十分に利益の出る『おいしい物資』を積んでいなければ採算は取れないはずだった。
これでは赤字もいいところだ。
ブリジットがそう訝しんだその時、近くの岩の上で見張りをしていたアデラが声を張り上げた。
「敵襲! 公国軍の騎馬隊です! 北北東の方角!」
鳶隊の彼女は空に数羽の鳶を飛ばして周囲の状況を探っていた。
ブリジットがそちらに目を凝らすとわずかに砂煙が立ち上っているのが見えた。
彼女の人並み外れた眼力でようやく見える程度なので、まだ距離はある。
だが相手が騎馬隊ともなればその足は速い。
(隊商は囮……罠か!)
ブリジットは即座に決断した。
「物資は捨てろ! すぐに南西の方角へ退避だ!」
ブリジットは頭の中に近くの地形図を思い浮かべ、すぐさま避難の方角を決めた。
この場に連れて来ている部下はおよそ200名。
残りの部隊は南方に離れた一時的な野営地に待機している。
こういう時、少数の部隊は動きが早い。
ブリジットの号令を受けて即座に物資をその場に捨て、一同は馬に跨った。
「アデラ! 部隊を先導しろ!」
そう言うとブリジットはベラとソニア、それから双子の弓兵・ナタリーとナタリアの4名だけを連れて北北東へ向かう。
敵が向かって来る方角へ敢えて向かい、敵を撹乱して仲間を逃がすためだ。
だが、まっすぐ敵に向かっていくブリジットらの予期せぬ方角から、別の敵が突如として現れた。
それは荒野の東側に点在する岩山の上から姿を見せたのだ。
「ヒュォォォッ!」
「フォウフォウフォウフォウッ!」
煽るような男たちの甲高い声と共に次々と矢が射かけられる。
ブリジットらは慌てて馬首を巡らせて矢を避けるが、複数の影が岩山を飛び渡って向かってきた。
それはイワトビレイヨウという種類の草食動物で、大きく発達した大腿筋で岩山を素早く飛び回る。
そのイワトビレイヨウの背に人が跨っていた。
その男たちが矢を放ってきているのだ。
「何だ? アイツらは」
馬上でベラが眉を潜めてそう言いながら、飛んでくる矢を槍で叩き落とす。
ウシ科の仲間で鹿やトナカイに似ているその動物に人が跨っていること自体が奇妙な光景だったが、彼らはこれを巧みに乗りこなしていた。
何よりも厄介なのは、イワトビレイヨウは馬と違って右に左に大きく跳ねる点だ。
その上から矢を放たれると、慣れない軌道を描いてこちらに飛んでくる。
ブリジットらは馬を操ってこれを懸命に避けたが、運悪くナタリアの騎馬がわずかに蹄を滑らせて態勢を崩した。
その馬の尻に矢が突き立つ。
馬は痛みに嘶いて大きく暴れ、乗っていたナタリアが振り落とされた。
「うげぇっ!」
「ナタリア!」
落馬したナタリアは咄嗟に受け身を取って事無きを得た。
しかし尻に矢が刺さった馬はその場に倒れ込み、狂ったように暴れ出す。
痛みに悶えているというよりは、口から泡を吹いて痙攣し始めた。
その様子にブリジットは即座に声を上げる。
「毒矢だ!」
馬がこれほど早く激烈な反応を見せるということは、鏃にかなり強い毒が塗り込まれているはずだ。
当たれば他の者はもちろん、ブリジットとて無事では済まない。
全員が戦慄を覚え、険しい顔で武器を振るって大きく矢を弾き飛ばす。
「乗れっ! ナタリア!」
ナタリーがナタリアを助け上げて自分の馬に乗せるが、2人乗りになってしまう分どうしても馬の動きが遅くなってしまう。
ブリジットは即決した。
「おまえたちは離脱しろ! 本隊へ向かえ! ここはアタシたちで引き受ける!」
そう言って双子を離脱させるべくブリジットは背中から弓を取り出して矢を番える。
狙いは前方で左右に飛び跳ねているイワトビレイヨウとその背に乗る者たちだ。
飛んでくる毒矢を首を傾けてギリギリのところで避けながら、ブリジットは弓弦を引き絞った。
「ハアッ!」
気合い一閃。
通常の弓よりも何倍も硬い弦をブリジットの力で引き絞ったそこから放たれる矢は、敵の放つそれよりも遥かに速く宙を切り裂いて飛ぶ。
そして一瞬でイワトビレイヨウの上に乗る敵の首を刈り取った。
それを見た弓兵の双子が興奮に声を上げる。
「おおっ! すげええええっ!」
「さすがブリジット!」
「いいからさっさと行けオマエら!」
ベラの叱責を受けて双子は首をすくめ、馬を走らせてその場から離脱していく。
「ベラ。ソニア。身の程知らずの連中を死体に変えるぞ!」
ブリジットの気合いの声に頷き、ベラとソニアは手綱を引いて馬を駆った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる