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第104話 バーサの妹たち
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「相変わらず薬くせえ家だな。おいベリンダ。いるか?」
そう言ってダニアの街のベリンダの館に入ってきたのは、銀色の髪を肩の辺りで短く切りそろえた若い女だった。
鍛え上げた肉体には肩や背中にところどころ獣に引っかかれたような傷跡がある。
彼女はベアトリスの次女ブライズ。
戦死したバーサの妹だ。
館の中には人の姿はないが、ブライズがわざと大きく足音を響かせると、突如として床の一角が上向きにパタリと開いた。
そこから銀色の長い髪を頭の上で団子状にひとつにまとめた女が顔を出した。
口を何重にも布で覆い、密着性の高い眼鏡をつけた彼女はブライズの姿を見ると片手を上げる。
「あら。ブライズ姉さん。いらしてたの。どうりで獣くさいと思ったぁ」
「うるせえな。この家の薬くささよりマシだ。どうにかならねえのか。コレ」
「今、実験中だったのよ。換気するから窓を開けていただけるかしら?」
そう言う妹に舌打ちをしてブライズは片っ端から館の窓を開け放った。
外から新鮮な空気が風と共に吹き込んできて、館内の澱んだ空気をさらっていく。
三女べリンダは口元の布を取り払い、眼鏡を取ると大きく息をついた。
「ふぅ。ありがと。姉さん」
「ここには小姓どもはいねえのか?」
「実験中は人払いしてるのよ。有毒ガスで死なれても困るし」
「そのうちおまえ自身が死ぬぞ」
「ワタシは大丈夫。空気の流れを計算しているから。姉さんこそ黒熊狼に噛み殺されないように気をつけてねぇ。この前の本家への遠征ではたくさん連れて行って大所帯だったんでしょ。飼い犬が飼い主の手を噛まないとは限らないから」
そう言って軽薄な笑い声を上げるベリンダは思いついたように床下を指差した。
「そうだ。ついでに下にある死体を姉さんの獣に処理してもらえないかしら。毒を含んだ死肉だから出来れば死んでも構わないと思う獣に食べさせてほしいの。死肉を食べた獣がどうなるかも知りたいし」
「おまえ、また実験で人を殺したのかよ。どこの奴隷だ?」
「奴隷よりも役立たずを使っただけよぉ。人聞き悪いわねぇ。開発中の新薬を試したかったの」
そう言うとベリンダは床の穴に顔を突っ込み、地下の換気が済んだことを確認すると梯子を伝って下に降りていく。
ブライズも顔をしかめながら仕方なく妹の後に続いた。
地下は広々とした部屋で、煌々と灯かりが焚かれて一階よりも明るいくらいだった。
そしてどこからから空気が流れ込んで来ているようで、地下だと言うのに風の流れがあった。
「この子よ」
白いシーツで覆われた寝台の上には1人の女が全裸で寝かされていた。
まるで人形のように生気のないそれは一目で遺体と分かる。
血の気のない唇は真っ青だ。
それを見てブライズは眉を潜めた。
「誰だコイツは?」
「華隊のタビサよぉ。姉さん知ってるでしょ?」
「タビサ? タビサってあのエロい顔した女か? 嘘だろ」
ブライズの記憶の中のタビサは美しく妖艶で淫靡の象徴のような女だった。
それが鼻はブザマに折れ曲がり、顔は青アザに腫れ上がって見る影もない。
ブライズは顔をしかめてベリンダを見る。
「おまえ。どんな実験したんだよ」
「この顔は元からよ。本家の女に蹴られてこうなったみたい。バーサ姉さんの命令実行中に負った傷なのよ。かわいそうだから顔を治してあげるって言ってここに連れて来たの」
「で、実験体として利用するために殺したってわけか」
その顔を治すという甘言で誘い込んだタビサにベリンダはよく眠れる薬を飲ませた。
眠っている間に治療をするからという理由で。
そしてタビサはもう二度と目覚めることはなかった。
「開発中の新薬の致死量を知りたかったのよ。おかげでいい実験ができたわ。ありがと。タビサ」
そう言って優しげな微笑みを浮かべ、ベリンダは亡骸となったタビサの頭髪をやさしく撫でる。
そこに一ミリの罪悪感もないことはブライズもよく知っていた。
この妹は倫理観という点においては完全に壊れた思考を持っていることも。
毒薬の開発に身も心も人生も捧げるベリンダは、姉であるバーサの葬儀にすら、実験による多忙を理由に欠席しようとしたくらいだ。
クローディアに叱りつけられる前にブライズが文字通り首に縄をつけてベリンダを出席させたので事無きを得たが。
「あまり勝手が過ぎるとクローディアに罰を受けることになるぞ。前も奴隷を殺し過ぎて一ヶ月謹慎になったことがあったろ」
「あれは最悪だったわぁ。クローディアったら本当に地下牢にワタシを一ヶ月も閉じ込めるんですもの」
悪びれることなくそう言うとベリンダはその目に爛々たる光を宿して姉のブライズを見上げる。
「でも大丈夫。この新薬が完成すれば戦場で、特に市街戦では大きな効果が出るわ。クローディアもワタシの努力を認めて下さるはず。何しろ新薬を噴霧状にして風に乗せて撒けば、こっちは見ているだけで敵がバタバタ死んでいくのよ。早く想像じゃなくて現実で見たいわぁ」
恍惚とした表情を浮かべる狂気じみた妹を見ながら、ブライズは思った。
自分が拾った人物を絶対にこの妹に引き合せてはいけないと。
そう言ってダニアの街のベリンダの館に入ってきたのは、銀色の髪を肩の辺りで短く切りそろえた若い女だった。
鍛え上げた肉体には肩や背中にところどころ獣に引っかかれたような傷跡がある。
彼女はベアトリスの次女ブライズ。
戦死したバーサの妹だ。
館の中には人の姿はないが、ブライズがわざと大きく足音を響かせると、突如として床の一角が上向きにパタリと開いた。
そこから銀色の長い髪を頭の上で団子状にひとつにまとめた女が顔を出した。
口を何重にも布で覆い、密着性の高い眼鏡をつけた彼女はブライズの姿を見ると片手を上げる。
「あら。ブライズ姉さん。いらしてたの。どうりで獣くさいと思ったぁ」
「うるせえな。この家の薬くささよりマシだ。どうにかならねえのか。コレ」
「今、実験中だったのよ。換気するから窓を開けていただけるかしら?」
そう言う妹に舌打ちをしてブライズは片っ端から館の窓を開け放った。
外から新鮮な空気が風と共に吹き込んできて、館内の澱んだ空気をさらっていく。
三女べリンダは口元の布を取り払い、眼鏡を取ると大きく息をついた。
「ふぅ。ありがと。姉さん」
「ここには小姓どもはいねえのか?」
「実験中は人払いしてるのよ。有毒ガスで死なれても困るし」
「そのうちおまえ自身が死ぬぞ」
「ワタシは大丈夫。空気の流れを計算しているから。姉さんこそ黒熊狼に噛み殺されないように気をつけてねぇ。この前の本家への遠征ではたくさん連れて行って大所帯だったんでしょ。飼い犬が飼い主の手を噛まないとは限らないから」
そう言って軽薄な笑い声を上げるベリンダは思いついたように床下を指差した。
「そうだ。ついでに下にある死体を姉さんの獣に処理してもらえないかしら。毒を含んだ死肉だから出来れば死んでも構わないと思う獣に食べさせてほしいの。死肉を食べた獣がどうなるかも知りたいし」
「おまえ、また実験で人を殺したのかよ。どこの奴隷だ?」
「奴隷よりも役立たずを使っただけよぉ。人聞き悪いわねぇ。開発中の新薬を試したかったの」
そう言うとベリンダは床の穴に顔を突っ込み、地下の換気が済んだことを確認すると梯子を伝って下に降りていく。
ブライズも顔をしかめながら仕方なく妹の後に続いた。
地下は広々とした部屋で、煌々と灯かりが焚かれて一階よりも明るいくらいだった。
そしてどこからから空気が流れ込んで来ているようで、地下だと言うのに風の流れがあった。
「この子よ」
白いシーツで覆われた寝台の上には1人の女が全裸で寝かされていた。
まるで人形のように生気のないそれは一目で遺体と分かる。
血の気のない唇は真っ青だ。
それを見てブライズは眉を潜めた。
「誰だコイツは?」
「華隊のタビサよぉ。姉さん知ってるでしょ?」
「タビサ? タビサってあのエロい顔した女か? 嘘だろ」
ブライズの記憶の中のタビサは美しく妖艶で淫靡の象徴のような女だった。
それが鼻はブザマに折れ曲がり、顔は青アザに腫れ上がって見る影もない。
ブライズは顔をしかめてベリンダを見る。
「おまえ。どんな実験したんだよ」
「この顔は元からよ。本家の女に蹴られてこうなったみたい。バーサ姉さんの命令実行中に負った傷なのよ。かわいそうだから顔を治してあげるって言ってここに連れて来たの」
「で、実験体として利用するために殺したってわけか」
その顔を治すという甘言で誘い込んだタビサにベリンダはよく眠れる薬を飲ませた。
眠っている間に治療をするからという理由で。
そしてタビサはもう二度と目覚めることはなかった。
「開発中の新薬の致死量を知りたかったのよ。おかげでいい実験ができたわ。ありがと。タビサ」
そう言って優しげな微笑みを浮かべ、ベリンダは亡骸となったタビサの頭髪をやさしく撫でる。
そこに一ミリの罪悪感もないことはブライズもよく知っていた。
この妹は倫理観という点においては完全に壊れた思考を持っていることも。
毒薬の開発に身も心も人生も捧げるベリンダは、姉であるバーサの葬儀にすら、実験による多忙を理由に欠席しようとしたくらいだ。
クローディアに叱りつけられる前にブライズが文字通り首に縄をつけてベリンダを出席させたので事無きを得たが。
「あまり勝手が過ぎるとクローディアに罰を受けることになるぞ。前も奴隷を殺し過ぎて一ヶ月謹慎になったことがあったろ」
「あれは最悪だったわぁ。クローディアったら本当に地下牢にワタシを一ヶ月も閉じ込めるんですもの」
悪びれることなくそう言うとベリンダはその目に爛々たる光を宿して姉のブライズを見上げる。
「でも大丈夫。この新薬が完成すれば戦場で、特に市街戦では大きな効果が出るわ。クローディアもワタシの努力を認めて下さるはず。何しろ新薬を噴霧状にして風に乗せて撒けば、こっちは見ているだけで敵がバタバタ死んでいくのよ。早く想像じゃなくて現実で見たいわぁ」
恍惚とした表情を浮かべる狂気じみた妹を見ながら、ブライズは思った。
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