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第102話 クローディアの館にて
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王国の領地内に自治権とともにその存在を許されたダニアの街。
その街の中心にある分家の女王クローディアの館を1人の女が訪れていた。
クローディアからの呼び出しに応じてのことだった。
「タビサ。あなたよく殺されないで帰って来たわね」
クローディアは玉座に浅く腰かけて不思議そうな顔でそう言った。
美しい銀色の髪を腰まで垂らし、琥珀のような瞳で前を見据える。
その目に映るのは、顔に痛々しい包帯を巻いた赤毛の女だった。
華隊のタビサだ。
「ブリジットはあなたを利用するだけ利用して殺すかと思ったけれど、意外に仁義を通す女なのね」
「クローディア。捕虜になっている間に起きたことは、全て調査書に書いた通りで……」
処罰を受けると思って怯えた表情でタビサはそこまで言って口ごもった。
クローディアの目が揺らぎもせず自分を見つめていたため、それ以上は何も言えなくなってしまう。
ノルドの丘でクローディアの従姉妹であるバーサの命令を実行中だったタビサは、丘での騒動後に本家の女戦士ベラとアデラに捕まり捕虜となって本家の本拠地である奥の里へと連れていかれた。
そこで本家の女王ブリジットから裁判での証言を命じられ、その代わりに命は保証すると言われたのだ。
タビサは従うほかなかったが、ブリジットは本当に彼女を殺さなかった。
ブリジットとの一騎打ちに敗れて命を落としたバーサは、天の兵士として自分の武器である2本の短剣とともに棺に納められ、クローディアの元へ送られた。
その棺と共にタビサはこの街へ帰って来たのだ。
クローディアは静かにタビサの顔を見つめる。
「まあ、もうその顔では華隊の仕事は無理ね。引退しなさい。あなたなら若い娘たちの教育係が出来るでしょ。もし他の仕事が欲しいならワタシが都合つけてあげる」
屈強な肉体を持つ女戦士ばかりのダニアの中で、華隊は異質な存在だった。
女性らしい曲線美を誇る肉体に、魅惑的な表情と声。
力と刃で男たちを殺す女戦士たちとは異なり、性的な魅力を武器として男を籠絡するのが華隊の仕事だった。
そのため女戦士たちが幼い頃から武術の鍛錬に明け暮れている間、華隊の女たちは自らの外見や所作を磨き、夜伽の手技舌技を習得してきた。
「お、お待ち下さい。ワタシはずっと華隊として生きることしか考えておりませんでした。教育係はもっと年嵩の者の仕事です……」
「戦士の仕事も華隊の仕事もいずれ若くなくなれば引退するんだから。それが少し早まったと思いなさい。あなたをここに呼んだのはこんな話をするためじゃないわ」
そう言うとクローディアは玉座の横に置かれている丸い小机の上の書面を指差した。
タビサが帰還してから書き上げた報告書だ。
「会談の件、ブリジットの返事があなたの報告書に書かれていないけれど?」
先日、クローディアからブリジットへ書かれた文には、ブリジットの情夫ボルド誘拐への謝罪と、ボルドの無垢を証明する文書が記されていた。
だが、それだけではなかったのだ。
文の最後にクローディアはブリジットとの直接会談を提案していた。
「一度ブリジットと話をしてみたい。そう思ったんだけど」
「いえ……その件についてはブリジットは何も言っていませんでした」
先日からの騒動で本家と分家の間が緊張状態となっていることから、ブリジットもこの申し出には簡単には乗って来ないだろうとはクローディアも予想していた。
敵対する女王同士が顔を突き合わせるのは、互いに大きな危険を孕む。
それでもクローディアは一度ブリジットと会談を持ちたいと強く願っていた。
自分たちを取り巻く今の情勢を考えれば、本家と分家が互いの思惑も分からずに衝突して共倒れになるようなことは避けたい。
「そう。でもハッキリ断られなかったってことは、ブリジットも少しは考える余地があると思っているのかもしれないわね」
そう言うとクローディアはタビサを下がらせた。
不満を言うことなど出来ずタビサがクローディアの館から出ると、そこには1人の人物が待ち受けていた。
「どうしたのぉ? タビサ。ひどい顔~」
俯きながら歩き出したタビサはその声に足を止め、顔を上げる。
そこには美しい銀色の髪を丁寧に編み込んで背中から下ろした1人の若い女性が立っている。
タビサは緊張に表情を固くしながらその人物の名を口にした。
「ベリンダ様……」
先代クローディアの妹である亡きベアトリス。
そのベアトリスには3人の娘がいる。
そのうち長女のバーサはすでにこの世を去っていた。
このベリンダは3姉妹の末妹だ。
「タビサ。それじゃ華隊の仕事も難しいんじゃな~い?」
「はい……クローディアからも引退を勧告されました」
沈んだ表情でそう言うタビサの両肩に両手を置くとベリンダは優しく微笑んだ。
「そんな顔しないでタビサ。ワタシが治してあげるからぁ。また華隊で働けるようにしてあげる。そしたらクローディアにもワタシから進言してあげるからぁ」
「ベリンダ様……」
驚き、そして縋るような表情を見せるタビサにベリンダは優しく目を細めるのだった。
その街の中心にある分家の女王クローディアの館を1人の女が訪れていた。
クローディアからの呼び出しに応じてのことだった。
「タビサ。あなたよく殺されないで帰って来たわね」
クローディアは玉座に浅く腰かけて不思議そうな顔でそう言った。
美しい銀色の髪を腰まで垂らし、琥珀のような瞳で前を見据える。
その目に映るのは、顔に痛々しい包帯を巻いた赤毛の女だった。
華隊のタビサだ。
「ブリジットはあなたを利用するだけ利用して殺すかと思ったけれど、意外に仁義を通す女なのね」
「クローディア。捕虜になっている間に起きたことは、全て調査書に書いた通りで……」
処罰を受けると思って怯えた表情でタビサはそこまで言って口ごもった。
クローディアの目が揺らぎもせず自分を見つめていたため、それ以上は何も言えなくなってしまう。
ノルドの丘でクローディアの従姉妹であるバーサの命令を実行中だったタビサは、丘での騒動後に本家の女戦士ベラとアデラに捕まり捕虜となって本家の本拠地である奥の里へと連れていかれた。
そこで本家の女王ブリジットから裁判での証言を命じられ、その代わりに命は保証すると言われたのだ。
タビサは従うほかなかったが、ブリジットは本当に彼女を殺さなかった。
ブリジットとの一騎打ちに敗れて命を落としたバーサは、天の兵士として自分の武器である2本の短剣とともに棺に納められ、クローディアの元へ送られた。
その棺と共にタビサはこの街へ帰って来たのだ。
クローディアは静かにタビサの顔を見つめる。
「まあ、もうその顔では華隊の仕事は無理ね。引退しなさい。あなたなら若い娘たちの教育係が出来るでしょ。もし他の仕事が欲しいならワタシが都合つけてあげる」
屈強な肉体を持つ女戦士ばかりのダニアの中で、華隊は異質な存在だった。
女性らしい曲線美を誇る肉体に、魅惑的な表情と声。
力と刃で男たちを殺す女戦士たちとは異なり、性的な魅力を武器として男を籠絡するのが華隊の仕事だった。
そのため女戦士たちが幼い頃から武術の鍛錬に明け暮れている間、華隊の女たちは自らの外見や所作を磨き、夜伽の手技舌技を習得してきた。
「お、お待ち下さい。ワタシはずっと華隊として生きることしか考えておりませんでした。教育係はもっと年嵩の者の仕事です……」
「戦士の仕事も華隊の仕事もいずれ若くなくなれば引退するんだから。それが少し早まったと思いなさい。あなたをここに呼んだのはこんな話をするためじゃないわ」
そう言うとクローディアは玉座の横に置かれている丸い小机の上の書面を指差した。
タビサが帰還してから書き上げた報告書だ。
「会談の件、ブリジットの返事があなたの報告書に書かれていないけれど?」
先日、クローディアからブリジットへ書かれた文には、ブリジットの情夫ボルド誘拐への謝罪と、ボルドの無垢を証明する文書が記されていた。
だが、それだけではなかったのだ。
文の最後にクローディアはブリジットとの直接会談を提案していた。
「一度ブリジットと話をしてみたい。そう思ったんだけど」
「いえ……その件についてはブリジットは何も言っていませんでした」
先日からの騒動で本家と分家の間が緊張状態となっていることから、ブリジットもこの申し出には簡単には乗って来ないだろうとはクローディアも予想していた。
敵対する女王同士が顔を突き合わせるのは、互いに大きな危険を孕む。
それでもクローディアは一度ブリジットと会談を持ちたいと強く願っていた。
自分たちを取り巻く今の情勢を考えれば、本家と分家が互いの思惑も分からずに衝突して共倒れになるようなことは避けたい。
「そう。でもハッキリ断られなかったってことは、ブリジットも少しは考える余地があると思っているのかもしれないわね」
そう言うとクローディアはタビサを下がらせた。
不満を言うことなど出来ずタビサがクローディアの館から出ると、そこには1人の人物が待ち受けていた。
「どうしたのぉ? タビサ。ひどい顔~」
俯きながら歩き出したタビサはその声に足を止め、顔を上げる。
そこには美しい銀色の髪を丁寧に編み込んで背中から下ろした1人の若い女性が立っている。
タビサは緊張に表情を固くしながらその人物の名を口にした。
「ベリンダ様……」
先代クローディアの妹である亡きベアトリス。
そのベアトリスには3人の娘がいる。
そのうち長女のバーサはすでにこの世を去っていた。
このベリンダは3姉妹の末妹だ。
「タビサ。それじゃ華隊の仕事も難しいんじゃな~い?」
「はい……クローディアからも引退を勧告されました」
沈んだ表情でそう言うタビサの両肩に両手を置くとベリンダは優しく微笑んだ。
「そんな顔しないでタビサ。ワタシが治してあげるからぁ。また華隊で働けるようにしてあげる。そしたらクローディアにもワタシから進言してあげるからぁ」
「ベリンダ様……」
驚き、そして縋るような表情を見せるタビサにベリンダは優しく目を細めるのだった。
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