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第二幕 銀色の恋

終幕 女王の結婚式

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 新都ダニアにおけるクローディアの私邸である銀聖宮シルバニアに小さなお姫様が訪れたのは、夕飯も済んだ後のことだった。

「クローディア~! 見て見て~! これ作ったの~! クローディアにあげる~!」

 そう言うとまだ3歳になったばかりの幼いプリシラは自分が作った花輪のかんむりを得意満面でクローディアに差し出した。
 クローディアはプリシラの前にしゃがみ込むと、満面の笑みでそれを受け取る。

「あら、ありがとう。プリシラ。綺麗きれいな花輪。上手に作れたわね。すごいじゃない」

 そう言うとクローディアは受け取った花かんむりを自分の頭に乗せ、プリシラを優しく抱き上げた。
 母親であるブリジットゆずりの美しい金髪をクローディアが優しくでてやると、小さなお姫様はくすぐったそうにキャッキャッと笑う。

「プリシラが自分で作ったんだよ~。母様にも……ちょっとだけ手伝ってもらったけど」

 前半を得意げに、後半を小さな声でボソッという幼子にクローディアは思わず笑ってしまいそうになる。
 ここのところプリシラはどんどんおしゃべりが達者になっていた。

「そう。すごいわね。プリシラももうお姉さんですものね。何でも出来ちゃうわよね」
「うん! エミルはまだ赤ちゃんだから何も出来ないんだよ~」

 プリシラは姉ぶってそう言う。
 エミルというのはブリジットとボルドの間に生まれた第2子であり、黒髪の男児だ。
 まだ1歳に満たない赤子だった。

「じゃあプリシラはお姉さんだから、弟のエミルを守ってあげないとね」

 クローディアがそう言うと、ちょうどそこでブリジットが部屋に入ってきた。

「すまないな。うちのじゃじゃ馬が邪魔してしまって」
「あらブリジット。いつでも大歓迎よ。エミルは?」
「ボルドに任せてきた。いよいよ明日だな。クローディア」

 その言葉にクローディアは笑顔でうなづき、抱いていたプリシラを床にそっと下ろした。
 プリシラはピョンピョンと飛び跳ねながらクローディアを見上げる。

「クローディア! 明日、結婚するんでしょ? 花嫁さんだね! おめでとう!」
「ええ。ありがとう。プリシラ」

 明日、クローディアは共和国の大統領の息子であるイライアスと結婚する。
 二度目の結婚式は共和国で後日開かれるが、その前にこの新都で一度目の結婚式をするのだ。

「感慨深いな。いよいよ結婚か。クローディア」
「ええ。そうは言っても当面は今まで通りワタシはここで、イライアスは共和国で暮らすから生活は変わらないけれどね」

 片や女王であり、片や大統領の息子だ。
 たがいに立場があるため、すぐに同居を始めるわけにはいかない。

「だが、いずれ共和国に移住するんだろう? 夫婦は離れ離れにならないほうがいい」

 そう言うブリジットにクローディアはうなづいた。
 かつては恋敵同士だった2人だが、今はそれぞれ相手がいる。
 そして盟友として、同じ女王として重ねてきた日々のきずながある。

「おめでとう。クローディア。幸せになれ」
「ありがとう。ブリジット。これからもよろしくね」

 そう言って微笑み合うと、2人の女王は抱擁ほうようを交わすのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「ボルド殿。お邪魔してもいいかな?」
「イライアス様。どうぞどうぞ。お入り下さい」

 女王たちが結婚式前夜を共に過ごしている頃、イライアスはボルドのいる金聖宮ゴルダニアを訪れていた。
 ボルドはちょうど赤子を抱いてあやしているところだ。
 黒髪の赤子の名はエミル。
 ボルドとブリジットとの間に生まれた第2子の男児である。
 まだ1歳にも満たないエミルを見て、イライアスは思わずその愛らしさにほほを緩めた。

「エミル。前に会った時より大きくなったな。この時期の赤子は成長が早い」
「ええ。おかげさまですくすくと育ってくれています」

 そう言うボルドにイライアスは笑みを浮かべた。
 ボルドは知らないことだが、彼はイライアスの腹違いの弟である可能性が高く、イライアスは今もそのことを内密にしている。
 この先もそのことをボルドに告げるつもりはない。
 余計な運命の糸を彼の体にからみ付ける必要はないのだ。

「それにしてもエミルは俺やボルド殿よりもはるかに黒髪術者ダークネスとしての力が強いな。俺が力に目覚めたのは10歳の時だ。だがエミルはすでに赤子の時から力を持っている」

 黒髪術者ダークネス
 それは特殊な五感の持ち主であり鋭敏な直観力を持つ者のことだ。
 天候の急な変化や地震の発生などを前もって感じ取ることさえあり、自分や周囲の者たちに発生する危機を未然に防ぐことも不可能ではない。
 黒髪の者に多いのでそう呼ばれていた。
 そして彼らは離れていてもたがいを感じ取ることや呼びかけることが出来る。

「ええ。私などはつい数年前のことです。エミルはブリジットのお腹の中にいる時からこちらに呼びかけて来ましたから、将来はどうなることか」
 
 ボルドとイライアスはどちらも黒髪術者ダークネスだが、エミルはブリジットの胎内にいた頃から、すでにその存在を2人に知らせて来た。
 ゆえにボルドはまだ生まれる前からエミルが息子であり黒髪であることを分かっていた。
 そしてエミルが自分よりもずっと強い力を持つことを父としてボルドは危惧きぐしていた。
 ボルドはエミルをそっと揺りかごの中に横たえ、その小さな体を心配そうに見つめる。

「あまりに力が強くなるのも……」

 黒髪術者ダークネスの力もいいことばかりではない。
 感覚が鋭敏になり過ぎれば、弊害も起きるだろう。
 そのことが心配だった。
 そんなボルドの表情を見てイライアスは彼を元気付けるように肩にポンと手を置く。

「まあ、あまり今から心配し過ぎても良くない。とにかく見守ろう。俺も力になれることがあれば何でもする」 
「そうですね。ありがとうございます」

 そう言うとボルドも気を取り直してイライアスに笑みを向けた。

「明日はいよいよ結婚式ですね。おめでとうございます」
「ありがとう。すでにちょっと緊張しているよ。ところで……結婚式の前の日にこんなことを聞くのもなんだけど」

 そう言うとイライアスは声を潜めてボルドに告げた。

「君とクローディアに何があったのか、彼女から聞いているよ」
「そ、そうですか……」

 思わずボルドは緊張に顔を強張こわばらせる。
 かつて彼はクローディアから想いを告げられ、それを断ったことがあるのだ。
 ボルドにはすでにブリジットという恋人がいたのだから、それも当然のことだった。
 イライアスはボルドの強張こわばった顔に思わず笑いそうになりながらその肩を二度三度と叩く。

「そんな顔をするな。大丈夫だ。俺は気にしていない。もう昔のことだろう?」
「はい。確かに」
「ならばいい。これからもわだかまりなく友人として付き合っていきたい。よろしく頼むよ。ボルド殿……いや、ボルド」
「はい……イライアス」

 黒髪の男同士、2人は固く握手を交わすのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「新婦クローディア。新郎イライアス。2人はたがいを夫婦とし、病める時もすこやかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、たがいを愛し、たがいを助け、たがいを敬い、その命のある限り尽くすことをちかいますか?」

 神父の問いにクローディアとイライアスの2人は顔を見合わせ、声を合わせて答えた。

ちかいます」

 新都ダニアの本庁舎前で開かれた結婚式にはダニア中の民が集まり、熱気に包まれている。
 クローディアは美しい純白のドレスに身を包み、夫となるイライアスとの婚姻が今まさに結ばれようとしていた。

「ではちかいの口づけを」

 神父のその言葉にその場が静まり返る。
 皆が固唾かたずを飲んで2人の姿を見守っている。
 イライアスはクローディアの顔の前にかけられたヴェールを両手で上げ、美しき新婦の顔を見つめた。

「夢みたいだ。君とこうして夫婦になれるなんて」
「そうね。夢なら覚めないでほしいわ」

 そう言って瞳をうるませるクローディアは目を閉じた。
 そのくちびるにイライアスは自身のくちびるを優しく重ねる。
 途端とたんに周囲で見ていた女たちが大歓声を上げた。
 盛大な拍手とけたたましい口笛が鳴り響く。

 ブリジットとボルドも並び立ち、手を叩いて新婚の2人を祝福している。
 2人にとってクローディアはかけがえのない友であり、共に新都を守るために戦った仲間だ。
 ブリジットもボルドも彼女の幸せを願ってやまない。
 そのとなりには大はしゃぎで飛び跳ねる幼きプリシラと、まだ赤子のエミルを抱いた乳母のシルビアの姿もあった。

 そしてそのすぐ近くで、思わず目からこぼれ落ちる涙をぬぐうのはアーシュラだ。
 親友として幼き頃からクローディアを支えていた彼女にとっても、この結婚式は感慨深く、まるで自分のことのように嬉しいものだった。
 さらにそのとなりでは十刃血盟長のオーレリアが人目もはばからずに感動して号泣している。
 まだクローディアが赤子だった頃から面倒を見て来た世話役の彼女にしてみれば、娘が結婚したも同然だろう。
 そんな彼女の背中を愛弟子のウィレミナが優しくさすってあげていた。
 その他にも大勢の親しい仲間や部下たちが2人の結婚に盛大な祝福の声を上げている。

 新都ダニア。
 この地にダニアの新たな国をおこすと決め、それを実現してみせた銀髪の女王クローディア。
 その彼女が今日、ここで人生の新たな一歩を踏み出した。
 第7代クローディアの結婚式は、ダニアの後世に語り継がれるほど盛大な祝福のうたげとなったのだった。

【完】
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 最後までお読みいただきまして誠にありがとうございました。
 金髪の女王と銀髪の女王のお話はこれで一旦区切りとなります。
 時代は流れ新たな世代の活躍する日々を夢に見つつ、これにて終幕とさせていただきます。
 皆様のご愛読に心より御礼申し上げます。
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