蛮族女王の情夫《ジゴロ》 番外編【金色の愛と銀色の恋】

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
68 / 73
第二幕 銀色の恋

第68話 女王の感謝

しおりを挟む
 大統領選挙の開票は夜通し行われ、明け方には全ての開票を終えた。
 結果は大統領の圧勝だった。
 国民からの圧倒的な支持を得て、大統領は3選を果たしたのだ。

「ふぅ。肩の荷が降りたわ。一応、敗戦の弁も用意しておいたのだけれど」

 そう言うクローディアにウィレミナは苦笑する。
 共和国首都の中心部にほど近い土地に位置する迎賓館げいひんかんでクローディアは大統領の勝利の一報を聞いて、安堵あんどの朝を迎えていた。 
 10日間に渡る彼女の応援演説活動は無事に実を結んだのだ。

「大変お疲れさまでした。クローディア」

 そう言うウィレミナ以下、デイジー、ジリアン、リビーらはクローディアに最敬礼の意を込めて頭を深々と下げた。

「皆もご苦労さま。慣れない異国の地で良く尽くしてくれました。感謝するわ。ありがとう」

 そう言うとクローディアは皆の顔を見渡して、笑顔を見せた。
 アーシュラだけはこの場にいない。
 今、彼女は昨夜の出来事を報告するべくイライアスの元へ向かっていた。

 ☆☆☆☆☆☆

「……以上が昨晩の顛末てんまつです。マージョリーは今、スノウ家の当主によって謹慎を言い渡され、自室に待機したまま沙汰さたを待っています」
「そうか……知らせてくれてありがとう。アーシュラ殿」

 イライアスはそう言うと静かに微笑んだ。
 昨日までの追いつめられたような表情とは一変し、きものが落ちたような顔をしてイライアスは話を続ける。

「クローディアには感謝してもし切れないよ。彼女のおかげで俺は道を誤らずに済んだ。アーシュラ殿にも相当に世話になったな」
「いえ。万事がうまく転んでくれてワタシも働いた甲斐かいがありました」

 そう言うとアーシュラは静かに部屋の中を見回す。
 昨日の報告をするべくアーシュラが1人訪れたその場所はイライアスの私邸であり、彼の私室には他の者は誰もいない。
 いつも影のようにひかえているエミリーとエミリアの姿もなかった。

「そういえば今日はあの双子の従者たちはいらっしゃらないのですね」
「ああ。午前中はひまが欲しいらしい。彼女たちも忙しかったから疲れているのだろう」
「そうですか。ちょうど良かった。イライアス様にお聞きしたいことがあります」
「俺に? 何だろうか」 

 少し首をかしげるイライアスにアーシュラは声を落として言う。

「これはクローディアにも内密にしていただきたいことです。彼女の部下ではなく友としてあなたにお聞きします」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「あなたとクローディアの立場とか、良くしてくれたことへの感謝とか、そういうものを全て取り払って答えていただきたい。1人の女性としてクローディアのことをお好きですか?」
「えっ?」

 その言葉に思わず戸惑うイライアスだが、アーシュラの真剣な表情を見てすぐに自分も神妙な面持おももちで言った。

「……好きだ。彼女と恋人同士になりたいと思っている」
「そうですか。安心しました。それともう一つ、これはまったく別件なのですが……」

 そう言うとアーシュラはさらに声を落とした。

「ボールドウィンをご存知ですよね? ダニアのもう1人の女王ブリジットの情夫です」
「ああ。ボルド殿にはもう何度も挨拶あいさつをさせてもらっているが……」
「彼、あなたに似ていますよね。イライアス様もそうお思いでは?」

 唐突なアーシュラの問いにイライアスは思わず言葉に詰まる。
 そして自分が表情を取りつくろえていなかったことに内心で舌打ちをした。
 それを見逃すアーシュラではない。

「今回、色々な調査をしているうちに偶然、大統領のお若い頃の肖像画を見つけました。街の骨董こっとう屋でね。それが……ボールドウィンにそっくりなのです」
「……そうか。確かに父は若い頃から街の名士だったからな。昔の肖像画が街のどこかにあったとしてもおかしくはない」

 そう言うとイライアスは観念したように自身の机の中から一枚の手の平サイズの肖像画を取り出してアーシュラに差し出した。
 アーシュラはそれに目を通す。
 若き日の大統領はボルドによく似ていた。

「あの父親が無類の女好きなのはご存知だろう? 身内の恥をさらすようで気が引けるのだが、常に愛人がいるような男だし、母が亡くなってからも後妻こそめとらなかったが複数の女があちこちにいた。遠征先でもいきずりの女と寝ることもあったらしいから、俺の知らないところで落とし児がいてもおかしくはないだろうな」
「イライアス様の知る腹違いの兄弟は?」
「いない。だからボルド殿のことも確証はない。だが、あれだけ似ているのだから、おそらくはそうなのだろう。彼は俺の弟である可能性が高い」

 イライアスには兄弟姉妹はいない。
 大統領の妻であったイライアスの母は早逝そうせいしてしまったために、次の子供はいないのだ。
 そして大統領もその後に再婚をしなかったため、戸籍上は大統領の子供はイライアスのみになっている。
 大統領は周囲から幾度となく再婚を勧められたが、自分の妻はこの世でただ1人だと言い、がんとして再婚をしなかったのだ。
 
「なるほど。このことは確証がない以上、まだクローディアにはせておきましょう。ただ、いつか彼女も知る時が来ると思います。そうなった時にクローディアとイライアス様の御心が揺らがぬよう、しっかりときずなを深めておいて下さい」
「約束しよう」

 イライアスの決然とした表情を見ながらアーシュラは内心で、イライアスにも知らないことがあると思った。
 クローディアが以前にボルドに想いを寄せていたことは、ダニアの中でもごく一部の者しか知らない。
 イライアスもそれを知らないが、クローディアと付き合う以上、いつか必ず知る時が来るだろう。
 そうなった時には彼のクローディアへの愛が試されることになる。
 
 もしボルドが本当にイライアスの腹違いの弟だとしたら、イライアスは弟を愛した女性を愛することになるのだ。
 だが、それはクローディアとイライアスの問題だ。
 2人で乗り越えていくべきだろう。
 アーシュラはその他にもつかんでいることがある。
 この首都に来てからクローディアにはかなり自由にさせてもらい、調査の中でマージョリーへの対策に直接関係ない事実を知ることもあったからだ。

「その他には? 大統領の血を引くあなたの御兄弟にお心当たりは?」
「ん? 俺が知る限りはそれだけだが? まあ、どこかにはいるかもしれないが、そんなことを父に聞く気にもならないさ」
「……なるほど。分かりました。では、私はこれで失礼いたします」

 アーシュラはそう話を切り上げると、頭を下げてその場を後にした。

(そうか。この人も知らないのか。まったく大統領は罪な人だ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】金髪の王子は秘宝と間違われ、蛮族の少女にお持ち帰りされる

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
眠れる森の美女パロ。茨の城に閉じ込められて数百年、誰かが助けに来てくれるのをずっと王子は待っていた。眠りから覚めて、何事も起こらない平和な毎日を、どれだけ独りで過ごしたことか。きっと今日もそうして終わるのだろうと思っていたら……茨を切り開き突き進んでくる熊を見つけた! いや、熊じゃないな。熊はナタを振るわないだろう? じゃあ、あれは一体……?

処理中です...