蛮族女王の情夫《ジゴロ》　番外編【金色の愛と銀色の恋】

枕崎　純之助

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第二幕　銀色の恋

第59話　女王の進撃

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　大統領の息子であるイライアスが婚約する。
　首都の各所でそんな噂うわさが流れ始めたのは、最終演説会が行われるこの日の朝からだった。
　朝市から吹聴され始めたその噂うわさはまたたく間に市井しせいに広がっていき、相手は誰なんだと様々な憶測が飛び交っていた。
　
　それらの噂うわさの主は、マージョリーから依頼を受けたカリスタの手配した者たちだということを知る者はいない。
　全てはマージョリーが人々の耳目じもくを集め、婚約発表を効果的に世間に波及させるべく仕組んだことだ。
　大統領選挙の投票を明日に控ひかええていることもあり、浮足立った街には平時よりも速く濃く、噂うわさ話が染み渡っていった。

　☆☆☆☆☆☆

　共和国首都で繰り広げられる大統領選挙。
　現・大統領を含めた数名の候補者たちが有権者たちに自らの政策を主張できる最後の機会である最終演説会も大詰めを迎えていた。
　最後の登壇とうだん者である現・大統領が聴衆に向け、声を振り絞しぼって自身の政策主張を終えた。
　聴衆は熱狂的な歓声でこれを称える。
　明日の投票日に向けて大統領は確かな手ごたえを掴つかんでいた。

　☆☆☆☆☆☆

　演説会場の熱狂的な歓声は、イライアスとマージョリーのいる控ひかえ室まで聞こえてくる。

「盛り上がっておりますね。お父様の勝利は確実でしょう。あらやだ。私ったらお父様だなんて、少し気が早すぎますわよね」

　上機嫌でそう言うとマージョリーは茶で喉のどを湿しめらせる。
　先ほどから饒舌じょうぜつで喋しゃべり続けているため、喉のどが渇いたのだろう。
　すぐにエミリーが代わりのお茶をマージョリーに用意する。

「イライアス様。婚約発表が終わったら、父に挨拶あいさつにいらしていただきたいの。今夜の発表のことはまだ父にも母にも話しておりませんのよ。驚おどろかせようと思いまして」
「そうでしたか。喜んでお伺うかがいいたしますよ」

　そう言いながらイライアスは自分の演技に辟易へきえきとしていた。
　こんなにもにこやかにマージョリーと接しながら、腹の底には彼女への冷ややかな怒りが鉄塊てっかいのように横たわっている。
　自分は彼女と夫婦となり、こうした心持ちで生きていくのだ。
　早く慣れなくては。
　そんなことを肝きもに銘じていたその時、コンコンと扉とびらが叩かれ、白く清潔な制服に身を包んた２人の男女が部屋に入ってきた。

「イライアス様。マージョリー様。お時間です」

　それを聞いたマージョリーがにこやかにイライアスに視線を送る。

「私が手配していた係員たちですわ」

　そう言うとマージョリーは立ち上がった。
　そしてイライアスに向けて手を差し出す。
　イライアスはその手を見て呼吸を止めた。

（この手を取れば……もう後戻りは出来ない。だが、これでいい。これが俺の……）

　イライアスが意を決してマージョリーの手を取ろうとしたその時だった。

「待ちなさい」

　凛りんとした声が響き、１人の女性が颯爽さっそうと控ひかえ室に乗り込んで来た。
　その姿にイライアスもマージョリーも驚おどろいて立ち尽くす。

「なっ……」
「ク、クローディア……」

　真紅の色を基調とした情熱的なドレスに身を包んでその場に現れたのは、銀髪の女王クローディアだった。

「お邪魔するわよ」

　そう言うとクローディアは係員たちを押し退のけて、イライアスの前に歩み出た。
　驚おどろいて絶句しているイライアスの隣となりで、マージョリーは不機嫌そうに眉間みけんに皺しわを寄せている。　　

「あら。クローディア。私たちにお祝いでも言いに来て下さったのかしら？」
「いいえ。あなたたちをお祝いする気なんてワタシにはないわ。マージョリー」

　クローディアのその言葉に、マージョリーの顔が見る見るうちに赤く怒気に染まっていく。

「ではクローディア。一体何の御用かしら？　私たちはこれから婚約を発表するから忙しいの。今すぐにお引き取り願えますかしら？」
「いいえ。マージョリー。お引き取りいただくのは、あなたのほうよ」

　そう言うとクローディアはイライアスの手を取った。
　そして驚おどろくイライアスに言う。

「イライアス。あなたのこと、このまま見過ごすわけにはいかないわ。ワタシと来なさい」

　そう言うとクローディアは有無を言わせずイライアスを引っ張って、控ひかえ室の外へと出て行った。
　突然の出来事に面食らったのはマージョリーだ。

「なっ……ま、待ちなさい！」

　そう言って２人の後を追おうとするマージョリーだが、係員たちがそんな彼女の行く手を阻はばむ。
　マージョリーはワケが分からずに目を白黒させて声を荒げた。

「あ、あなたたち……何をしているの！　そこをどきなさい！」
「申し訳ございません。ここはお通しできません」
「何ですって？」
「カリスタさんは捕らえられました。私たちにはもう別の雇やとい主がいるので」

　その言葉にマージョリーは愕然がくぜんとするのだった。

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