上 下
56 / 73
第二幕 銀色の恋

第56話 女王の決断

しおりを挟む
 墓地から迎賓館げいひんかんに戻ったクローディアは、アーシュラが任務から帰還したことを知ってすぐに彼女を部屋に呼んだ。

「ちょうど良かった。アーシュラ。戻ってなかったらジリアンたちにお願いしてあなたを呼び戻そうと思っていたところだから」

 そう言うクローディアが部屋から人払いをしているの知ったアーシュラは、主がその決然たる表情から何かを決断したことを知り、神妙な面持おももちで言った。

「クローディア。何なりとお命じ下さい」
「アーシュラ……ありがとう。まずはあなたに話しておきたくて。時間がないから一度で聞いてちょうだい」

 クローディアは今、大きな決断を下そうとしている。 
 だが、これにはアーシュラの陰ながらの活躍が必要不可欠になるのだ。
 全身の神経をませてクローディアの話を聞いたアーシュラは、何かを問うでもいぶかしむでもなく即座にうなづいた。

「理解しました。準備をせねばなりませんので、すぐにちます」
「ありがとう。帰って来たばかりなのに悪いわね。新都のブリジットには鳩便はとびんを飛ばしておくわ。結局もう時間が無いから彼女には事後報告になってしまうと思うけれど」
「仕方ありませんね。ウィレミナたちへの御説明はお願いします」

 そう言うとアーシュラは即座に部屋を出て行った。
 そんな彼女を見送るとクローディアは少々、拍子抜けしたような表情を見せる。
  
「アーシュラ。あの子……ちっともおどろかなかったわね。ワタシがこういうことを言い出すんじゃないかと思っていたのかしら? かなわないわね」

 そう言って小さく笑うとクローディアは今度はウィレミナ、デイジー、ジリアン、リビー、そして馴染なじみの小姓こしょうたちを呼び出してアーシュラにしたのと同じ話をした。
 今度は全員が目をいておどろきの声を上げるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「いい? 今夜、大統領の演説終了後に、その場を借りて発表するのよ」
「し、しかしお嬢様……イライアス様は何と?」
「彼にはもう話を通してあるわ。それでいいとおっしゃって下さった」

 戸惑う執事しつじにマージョリーは得意満面でそう言う。
 スノウ家の敷地内にあるマージョリーの邸宅では彼女が着々と準備を進めていた。
 大統領の息子であるイライアスと自分との婚約発表の準備を。

 この家の子供は15歳で成人を迎えた後は、親である当主夫婦の住む屋敷から独立し、敷地内に別邸を構えて個別に住む。
 独立独歩の精神を家訓にするスノウ家では、子供の自立をうながすために古くから行われているしきたりだった。
 しかしマージョリーはそのしきたりを利用して、親の目を盗んで好き勝手をするようになっていたのだ。
 頭を痛める執事しつじにマージョリーは冷笑を浮かべて言う。

「いいから言われた通りにやりなさい。あなたは私の指示に従っておけばいいの。お父様に何か言われても私のせいにすればいいから」
「……ほどほどになさいませ。お嬢様。それとあまり下賤げせんの者たちと付き合わぬように。あなた様はほまれ高きスノウ家の御長女なのですから」
「いいから行きなさい!」

 マージョリーにピシャリと言われて初老の執事しつじは退散して行った。
 そうして1人になった部屋でマージョリーは声を発する。

「カリスタ。いるんでしょ」
「フン。下賤げせんの者とは言ってくれるわね」

 そう言ってクローゼットの中から姿を現したのは、茶色い髪を短く刈り込んだ1人の女だ。
 庭師の格好をしているので男かと見紛みまがうようだが、カリスタと呼ばれた彼女は確かに女だった。
 こんな服装をしているのは、このほうがスノウ家に侵入しやすいからだ。
 彼女はマージョリーが以前から交流しているヤクザ者たちで構成されたプレイステッド商会の人間だ。
 その連絡役としてカリスタはこのスノウ家に以前から度々入り込んでいた。

「どうでもいいでしょ。私は金を払う。あなたたちは私のために働く」
「金さえもらえれば何だってやってやるわよ」

 そう言うとカリスタは、テーブルの上に置かれた果実を行儀悪くつかみ取ってかじり付いた。 

「しかしマージョリー。何をそんなにあせってるわけ? 大統領が確実に3選を決めてから発表すればいいじゃない」
「いいえ。もう大統領の勝利は確実よ。だからこそ、この機を逃すわけにはいかないの。生意気なアルバータが邪魔をしてくる前に先に発表してしまうのよ。公の場での発言ならば誰もくつがえすことは出来ない。叔父おじ上でもアルバータでも、そしてイライアス様にもね。婚約を既定路線に乗せてしまうのよ」 

 マージョリーの1つ年下の従姉妹いとこであるアルバータは自分の父親である当主の弟にあれこれと働きかけて、自身のイライアスとの縁談を進めようとしている。
 従姉妹いとこのマージョリーを出し抜いて自分がイライアスの妻の座に収まろうとしているのだ。

「フンッ。傍系の分際で直系の私を出し抜こうなんて甘いのよ」
「そう。まあお偉いスノウ家様のお家騒動のことは興味ないわ。私らは人を手配して婚約準備の発表をお膳立てすればいいのね」
「ええ。誰にも発表の場を邪魔させないで。いいわね。カリスタ」

 その言葉にうなづくとカリスタは窓を開けて裏庭へと出て行くのだった。
 その後ろ姿を侮蔑ぶべつの表情でマージョリーは見送り、静かにつぶやいた。

「フンッ。下賤げせんの女は本当にお行儀が悪い。そういえば、あの死んだミアとかいう平民の娘もお行儀が悪かったわね。平民の分際でイライアス様に手を出すだなんて。死んで当然よ。イライアス様には私こそがふさわしい」

 そう言うとマージョリーは、壁に華々しい額縁がくぶちと共に飾られている肖像画に目を向ける。
 イライアスに無理を言って書かせてもらった彼の肖像画だ。

「イライアス様。もうすぐあなたの全ては私のものですわ」

 そう言うとマージョリーは傲慢ごうまんさと虚栄きょえいいろどられた笑みを顔中に広げで、うっとりとするのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

政略婚~身代わりの娘と蛮族の王の御子~

伊簑木サイ
恋愛
貧しい農民の娘で、飢え死にしそうだったところを旦那様に買われたアニャンは、お屋敷でこき使われていた。 ところが、蛮族へ嫁ぐことになったお嬢様の身代わりにされてしまう。 相手は、言葉も通じない、閻国の王子。かの国に生きる人々は、獣の血肉のみを食らって生き、その頭には角が生えていると噂されていた。 流されるまま、虐げられて生きてきた名もなき娘が、自分の居場所を見つける物語。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...