蛮族女王の情夫《ジゴロ》 番外編【金色の愛と銀色の恋】

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
37 / 73
第二幕 銀色の恋

第37話 女王の雨宿り

しおりを挟む
 雨脚は強まり、雨粒あまつぶは墓石を叩き、地面に無数の水たまりを作っていた。
 墓地の一角にある東屋では今、クローディアとイライアスが屋根の下で雨宿りをしている。
 
「ほら。これで体をきなさい」

 そう言うとクローディアは自分用に持ってきていた柔らかな手拭てぬぐいをイライアスに手渡した。
 すっかりずぶれとなっているイライアスはだまってそれを受け取ると、顔や髪をぬぐう。
 クローディアは長椅子ながいすに腰掛けながらその様子を静かに見つめていた。

「ひどい顔しているわよ。色男さん」
「……みっともないところを見られてしまったな」
「そうね。けど、誰だってそういう時はあるんじゃない?」

 そう言うクローディアにイライアスはしばしだまり込んだ。
 いつもは多弁なイライアスが口をつぐむ様子に居心地の悪さを感じ、クローディアは思わず自分から声をかけていた。

復讐ふくしゅう……ワタシの知るあなたには似つかわしくない言葉ね」
「……聞かれたくない言葉を聞かれてしまったか。見苦しくて申し訳ない」

 そう言うとイライアスはクローディアから2人分離れた同じ長椅子ながいすの端に腰を下ろした。

「君のことだ。俺の事はある程度知っているんだろう? 過去のことも含めて」

 イライアスのその言葉にクローディアは観念したようにため息をつく。
 そして取りつくろうことはせずに言った。 

「……ええ。けれどあなたの私的な部分まで知る権利はワタシにはなかったわ。ごめんなさい」
「勘違いしないでくれ。別に責める気はない。君には女王という立場がある。俺のことも調べて当然だ。そこに悪意はないことも分かっているさ」

 幾分いくぶんかいつもの調子を取り戻したイライアスはそう言うと、手拭てぬぐいを首にかけた。
 そして大きく息をつく。
 そんな彼の様子を見つめながらクローディアは神妙な面持おももちで言った。

「色々あったのね」
「ああ……大切な人を守れなかった。そのことをずっと後悔している」
「彼女のお墓にはよくお参りを?」
「お参りというより、俺が愚痴ぐちを吐きに来ているだけだから、ミアも迷惑しているかもな」

 そう言うとイライアスは再びしばしだまり込んだ。
 クローディアも口をつぐむ。
 雨の音が2人を包み込んでいた。
 少し話をしたことで先ほどのような気まずさは無く、クローディアはしばらく雨の音を聞いていた。
 やがて少し雨脚が弱まり、雨の音が小さくなると、クローディアは口を開く。

「ワタシはあなたの人生に口出しをする権利はないけれど……何か言ってほしいことはあるかしら?」

 その言葉に意表を突かれたようでイライアスは苦い笑みを浮かべながら言った。

「そういう時は元気付けるような言葉を何かしら選ぶべきじゃないのか?」
「だってワタシ、恋人を失った人にかけられる言葉なんて知らないもの……」

 そう言うとクローディアは申し訳なさそうな顔をする。  
 その顔を見てイライアスは表情をゆるめた。

「……そうだよな。何て言っていいかなんて分からないよな。気をつかわせてすまない」

 そう言って立ち上がろうとするイライアスがいつもの笑顔を見せたので、クローディアは思わず彼の手を取って座らせた。

「取りつくろわないでいいわよ。イライアス。何かなぐさめるようなことは言ってあげられないけれど、話を聞いてあげることは出来るわ。異国の女王になら何を言っても後くされないでしょ?」
「……クローディア」
「お墓に直接話しかけるよりは、話し甲斐がいがあるんじゃない? ここなら誰にも見られないし、雨の音で誰にも聞かれないうちに話したら?」
  
 手を放し、穏やかな表情でそう言うクローディアにイライアスは少しだけ目をせ、それから話し始めた。

「俺の恋人だったミアは平民だけど、貴族に対してびることのない子だった。俺とも対等に話してくれて、俺はそれが嬉しかったんだ」

 イライアスはそれからゆっくりと語り出した。
 ミアとの出会いから恋に落ちた日々のことを。
 ミアの身を襲った数々の嫌がらせのことを。
 そして……別れの日を。

「ミアが城壁の上から身を投げたその日、俺はマージョリーに抗議に行っている最中だったんだ。ミアとその家族に対する嫌がらせをすぐにやめるようにと。今でも思うよ。あの日に戻れたら……」 

 そう言うイライアスの顔は悲しみにゆがむのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

政略婚~身代わりの娘と蛮族の王の御子~

伊簑木サイ
恋愛
貧しい農民の娘で、飢え死にしそうだったところを旦那様に買われたアニャンは、お屋敷でこき使われていた。 ところが、蛮族へ嫁ぐことになったお嬢様の身代わりにされてしまう。 相手は、言葉も通じない、閻国の王子。かの国に生きる人々は、獣の血肉のみを食らって生き、その頭には角が生えていると噂されていた。 流されるまま、虐げられて生きてきた名もなき娘が、自分の居場所を見つける物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...