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第二幕 銀色の恋
第35話 女王の独り歩き
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「イライアス様。どうかもうこのようなお気遣いはなさらないで下さい。ワシらもミアのことは残念でしたが、あなた様も随分と悲しんでおられた。辛いのは一緒です。どうかご自分を大切になさって下さい」
そう言うと中年の男はイライアスが差し出した封筒を丁重に返した。
男の隣では同じように中年の女が深々と頭を下げている。
2人は夫婦であり、亡き平民の娘ミアの両親だ。
「しかし……御父上の足は……」
イライアスはそう言うと顔を曇らせた。
亡き恋人であるミアの両親に対してイライアスは毎月、決まった額を手渡していた。
彼らの心の負担にならない程度の、それでも彼らが暮らしていけるくらいの金額だ。
特にミアの父親は以前の仕事で片足をケガして不自由している。
そんな父親に対して、片足でも出来る仕事を斡旋したのもイライアスだ。
「おかげさまで新たな仕事にも就けました。イライアス様がお口添えして下さったおかげで親切にしていただいております。この足の治療費もその仕事の報酬から十分に払えますので」
「これ以上、イライアス様にご負担をおかけすることは私たちも心苦しいのです」
負担。
それは何も金銭的負担のことではない。
イライアスは貴族であり、高貴な仕事をしていることから金銭的に余裕がある。
ミアの両親に手渡す金額くらいで懐は痛んだりしない。
だが、彼には確かに別の意味での負担がかかっていた。
イライアスが何やら平民の家に援助をしている。
それは大統領の息子としては不適切だという声も上がっていた。
中には金を配って父親のために票を買収しようとしているのではないかと疑う向きもある。
それでもイライアスはミアの両親への援助をやめようとしなかった。
すでにこの世を去った恋人への償いをやめることが出来ないのだ。
「私に出来ることは……もう無いのですか?」
それはほとんど懇願のようだった。
イライアスは自分でも分かっている。
自分は死んだ恋人の両親に援助をし続けることで、ミアとの思い出に縋っているのだと。
そしてそのことはおそらく今、目の前にいる彼女の両親にも見透かされている。
「ミアを愛して下さった。その愛が本物だとイライアス様は私たちにお示し下さいました。もう十分でございます。どうかイライアス様。新たな人生を生きて下さい。きっとミアもそのことを望んでおります」
そう言って頭を深々と下げるミアの両親に対し、イライアスは何も言うことが出来なかった。
☆☆☆
雨が降り始めていた。
クローディアが共和国にやってきてから初めての雨だ。
そのためこの日は予定していた街頭演説が翌日に延期となり、クローディアには思わぬ余白の時間が訪れていた。
仕方なく館に戻ったクローディアだが、手持無沙汰で、雨に濡れた窓の外を見やる。
(ふぅ。アーシュラは情報集めに出ているのね。どうしようかしら)
こうして雨の降る日に館の中にいると、王国領の旧ダニアの街で暮らしていた時のことを思い出す。
ふいにクローディアは久しぶりの感覚が胸の奥底から込み上げてくるのを感じた。
あの頃は新都を建造するために、よくお目付け役のオーレリアの目を盗んで街を1人で抜け出していたのだ。
そう言う時は必ず後でオーレリアに叱られたが、あの1人で抜け出す時のワクワクと開放感は今も良く覚えている。
久々にその感覚がウズウズとクローディアの悪戯心をくすぐった。
(ちょっとくらいなら構わないわよね。アーシュラもいないし、今なら誰にも見つからない)
そう思い立つと、クローディアはウィレミナらの目を盗み、1人で館を抜け出した。
館の構造はもうすっかり覚えているし、ウィレミナたちもまさか自分が抜け出すなどと思っていないだろうから、クローディアにとっては造作もないことだった。
傘を手に裏庭に出ると、多少雨に濡れるのも構わずに、2メートルはある塀を軽々と飛び越え、クローディアは迎賓館の裏の路地に着地した。
そして華麗に傘を広げると彼女は雨の中を軽やかに歩き出す。
「こういう感じも久々ね。傘を差していれば顔も見られにくいし。さて、どこに行こうかしら」
クローディアはすでにアーシュラからの情報でこの街の地図は大方、頭に入っている。
人通りの少ない細い路地を選んで歩くうちにクローディアは気分が軽くなるのを感じた。
見知らぬ街でも悪天候でも、こうして1人で自由に歩くのは気分がいいものだ。
しかし10分ほど歩いたところで彼女は立ち止まった。
「あれは……」
彼女の視線の先、数十メートル前方の路地を重い足取りで横切る人物がいた。
その様子にクローディアは思わず目を凝らす。
「……イライアス」
彼女がそこで見かけたのは、傘も差さず雨に濡れたまま1人、失意の表情で歩くイライアスの姿だった。
そう言うと中年の男はイライアスが差し出した封筒を丁重に返した。
男の隣では同じように中年の女が深々と頭を下げている。
2人は夫婦であり、亡き平民の娘ミアの両親だ。
「しかし……御父上の足は……」
イライアスはそう言うと顔を曇らせた。
亡き恋人であるミアの両親に対してイライアスは毎月、決まった額を手渡していた。
彼らの心の負担にならない程度の、それでも彼らが暮らしていけるくらいの金額だ。
特にミアの父親は以前の仕事で片足をケガして不自由している。
そんな父親に対して、片足でも出来る仕事を斡旋したのもイライアスだ。
「おかげさまで新たな仕事にも就けました。イライアス様がお口添えして下さったおかげで親切にしていただいております。この足の治療費もその仕事の報酬から十分に払えますので」
「これ以上、イライアス様にご負担をおかけすることは私たちも心苦しいのです」
負担。
それは何も金銭的負担のことではない。
イライアスは貴族であり、高貴な仕事をしていることから金銭的に余裕がある。
ミアの両親に手渡す金額くらいで懐は痛んだりしない。
だが、彼には確かに別の意味での負担がかかっていた。
イライアスが何やら平民の家に援助をしている。
それは大統領の息子としては不適切だという声も上がっていた。
中には金を配って父親のために票を買収しようとしているのではないかと疑う向きもある。
それでもイライアスはミアの両親への援助をやめようとしなかった。
すでにこの世を去った恋人への償いをやめることが出来ないのだ。
「私に出来ることは……もう無いのですか?」
それはほとんど懇願のようだった。
イライアスは自分でも分かっている。
自分は死んだ恋人の両親に援助をし続けることで、ミアとの思い出に縋っているのだと。
そしてそのことはおそらく今、目の前にいる彼女の両親にも見透かされている。
「ミアを愛して下さった。その愛が本物だとイライアス様は私たちにお示し下さいました。もう十分でございます。どうかイライアス様。新たな人生を生きて下さい。きっとミアもそのことを望んでおります」
そう言って頭を深々と下げるミアの両親に対し、イライアスは何も言うことが出来なかった。
☆☆☆
雨が降り始めていた。
クローディアが共和国にやってきてから初めての雨だ。
そのためこの日は予定していた街頭演説が翌日に延期となり、クローディアには思わぬ余白の時間が訪れていた。
仕方なく館に戻ったクローディアだが、手持無沙汰で、雨に濡れた窓の外を見やる。
(ふぅ。アーシュラは情報集めに出ているのね。どうしようかしら)
こうして雨の降る日に館の中にいると、王国領の旧ダニアの街で暮らしていた時のことを思い出す。
ふいにクローディアは久しぶりの感覚が胸の奥底から込み上げてくるのを感じた。
あの頃は新都を建造するために、よくお目付け役のオーレリアの目を盗んで街を1人で抜け出していたのだ。
そう言う時は必ず後でオーレリアに叱られたが、あの1人で抜け出す時のワクワクと開放感は今も良く覚えている。
久々にその感覚がウズウズとクローディアの悪戯心をくすぐった。
(ちょっとくらいなら構わないわよね。アーシュラもいないし、今なら誰にも見つからない)
そう思い立つと、クローディアはウィレミナらの目を盗み、1人で館を抜け出した。
館の構造はもうすっかり覚えているし、ウィレミナたちもまさか自分が抜け出すなどと思っていないだろうから、クローディアにとっては造作もないことだった。
傘を手に裏庭に出ると、多少雨に濡れるのも構わずに、2メートルはある塀を軽々と飛び越え、クローディアは迎賓館の裏の路地に着地した。
そして華麗に傘を広げると彼女は雨の中を軽やかに歩き出す。
「こういう感じも久々ね。傘を差していれば顔も見られにくいし。さて、どこに行こうかしら」
クローディアはすでにアーシュラからの情報でこの街の地図は大方、頭に入っている。
人通りの少ない細い路地を選んで歩くうちにクローディアは気分が軽くなるのを感じた。
見知らぬ街でも悪天候でも、こうして1人で自由に歩くのは気分がいいものだ。
しかし10分ほど歩いたところで彼女は立ち止まった。
「あれは……」
彼女の視線の先、数十メートル前方の路地を重い足取りで横切る人物がいた。
その様子にクローディアは思わず目を凝らす。
「……イライアス」
彼女がそこで見かけたのは、傘も差さず雨に濡れたまま1人、失意の表情で歩くイライアスの姿だった。
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