17 / 73
第一幕 金色の愛
第17話 女王の苛立ち
しおりを挟む
妊婦となった女王ブリジットは、自分のお腹が少しずつふっくらと膨らみ始めたのを感じていた。
安定期となり悪阻も落ち着き、そうするとブリジットの心身に幸福感が満ちてくる。
愛するボルドとの間に授かった子が、この膨らみつつあるお腹の中に確かに息づいているのだと思うと、今まで感じたことのない幸せが身の内からふつふつと込み上げてきて、血と共に全身を駆け巡っているかのようにすら感じられるのだ。
それと同時にあることが気になるようになってきた。
「ボルド……」
女王の妊娠中、夜伽は一切禁止になる。
夜伽によって万が一、母子に何かがあってはいけないということから、助産師やシルビア、小姓たちからは控えるように言われていた。
だが、妊婦だからといって性欲が完全に無くなるわけではない。
ボルドと肌を重ねたいという欲求は、お腹に彼の子を宿した今でも消えずに残っている。
そしてブリジットも子供ではないのだからよく知っていた。
妊娠中のダニアの女たちも、することはしているのだ。
ただ自分だけが女王として世継ぎを産む体であるために、夜伽を禁じられている。
禁じられているといってもそれは建前の話であり、夜に誰かが寝室を見張っているわけではない。
禁じられているが、見咎められるようなことはない、ということなのだ。
それにブリジットはボルドの気持ちが気にかかっていた。
彼は優しく誠実な性格だ。
ブリジットの身を案じて、その夜伽禁止の慣習を愚直に守ろうとするだろう。
だがボルドとて人間であり、男である。
何ヶ月もご無沙汰になれば悶々とした気持ちが腹の底に溜まってくるはずなのだ。
ボルドは妊活中には食べたくないスズメバチまで食べて精力をつけて励んでくれた。
それを「妊娠したからもう不要」とばかりに相手にしなくなるのは、彼に対して忍びなかった。
そんな勝手でボルドを悶々とさせるのは、彼の伴侶としての自分の矜持が許さない。
ゆえにブリジットはある夜、彼を寝室に誘った。
妊婦となってからはシルビアが毎日のように付き添いとして同室に泊ってくれていたが、この日、彼女は持病の腰痛が悪化して自宅で寝込んでいる。
シルビアには悪いが好機だとブリジットは思った。
「失礼いたします」
おずおずと寝室を訪れたボルドはいつも通りに一礼する。
「いかがいたしましたか? ブリジット」
そんなボルドのいつも通りの様子にブリジットは若干の苛立ちを覚えた。
自分が求めていたボルドの表情や態度とは違ったからだ。
「いかがいたしましたか? ではない。ボルド。おまえは平気なのか? こんなにも離れ離れで毎夜眠って」
「いや、しかし……夜間にこうして寝室に通うこと自体が今は憚られることなので……」
「ボルド。生真面目なのもいい加減にしろ。アタシはおまえの気持ちを聞いているんだ。今日は誰もいないぞ。アタシに対して何も思うことはないのか?」
そう言われてボルドは一瞬言葉に詰まり、それからブリジットの膨らみ始めた腹部に目をやる。
彼はブリジットの身を案じているのだ。
その視線と表情だけでブリジットは彼の気持ちが分かってしまう。
だからこそブリジットは苛立ちから吐き出す言葉を抑えられなかった。
「……もういい。下がれ」
自分の口から出たその言葉が思いのほか冷たく、ブリジットは思わず胸が痛んだ。
その言葉にボルドは頭を下げる。
「……失礼いたします」
ボルドが出て言った後、ブリジットは思わず頭を抱えた。
彼の目にほんの一瞬浮かんだ悲しみの色に、ブリジットは罪悪感を抑え切れずに拳を握り締める。
「……アタシって奴は」
自分の身勝手な感情から愛する者にあんな顔をさせてしまったことに、ブリジットは深い後悔を覚えるのだった。
安定期となり悪阻も落ち着き、そうするとブリジットの心身に幸福感が満ちてくる。
愛するボルドとの間に授かった子が、この膨らみつつあるお腹の中に確かに息づいているのだと思うと、今まで感じたことのない幸せが身の内からふつふつと込み上げてきて、血と共に全身を駆け巡っているかのようにすら感じられるのだ。
それと同時にあることが気になるようになってきた。
「ボルド……」
女王の妊娠中、夜伽は一切禁止になる。
夜伽によって万が一、母子に何かがあってはいけないということから、助産師やシルビア、小姓たちからは控えるように言われていた。
だが、妊婦だからといって性欲が完全に無くなるわけではない。
ボルドと肌を重ねたいという欲求は、お腹に彼の子を宿した今でも消えずに残っている。
そしてブリジットも子供ではないのだからよく知っていた。
妊娠中のダニアの女たちも、することはしているのだ。
ただ自分だけが女王として世継ぎを産む体であるために、夜伽を禁じられている。
禁じられているといってもそれは建前の話であり、夜に誰かが寝室を見張っているわけではない。
禁じられているが、見咎められるようなことはない、ということなのだ。
それにブリジットはボルドの気持ちが気にかかっていた。
彼は優しく誠実な性格だ。
ブリジットの身を案じて、その夜伽禁止の慣習を愚直に守ろうとするだろう。
だがボルドとて人間であり、男である。
何ヶ月もご無沙汰になれば悶々とした気持ちが腹の底に溜まってくるはずなのだ。
ボルドは妊活中には食べたくないスズメバチまで食べて精力をつけて励んでくれた。
それを「妊娠したからもう不要」とばかりに相手にしなくなるのは、彼に対して忍びなかった。
そんな勝手でボルドを悶々とさせるのは、彼の伴侶としての自分の矜持が許さない。
ゆえにブリジットはある夜、彼を寝室に誘った。
妊婦となってからはシルビアが毎日のように付き添いとして同室に泊ってくれていたが、この日、彼女は持病の腰痛が悪化して自宅で寝込んでいる。
シルビアには悪いが好機だとブリジットは思った。
「失礼いたします」
おずおずと寝室を訪れたボルドはいつも通りに一礼する。
「いかがいたしましたか? ブリジット」
そんなボルドのいつも通りの様子にブリジットは若干の苛立ちを覚えた。
自分が求めていたボルドの表情や態度とは違ったからだ。
「いかがいたしましたか? ではない。ボルド。おまえは平気なのか? こんなにも離れ離れで毎夜眠って」
「いや、しかし……夜間にこうして寝室に通うこと自体が今は憚られることなので……」
「ボルド。生真面目なのもいい加減にしろ。アタシはおまえの気持ちを聞いているんだ。今日は誰もいないぞ。アタシに対して何も思うことはないのか?」
そう言われてボルドは一瞬言葉に詰まり、それからブリジットの膨らみ始めた腹部に目をやる。
彼はブリジットの身を案じているのだ。
その視線と表情だけでブリジットは彼の気持ちが分かってしまう。
だからこそブリジットは苛立ちから吐き出す言葉を抑えられなかった。
「……もういい。下がれ」
自分の口から出たその言葉が思いのほか冷たく、ブリジットは思わず胸が痛んだ。
その言葉にボルドは頭を下げる。
「……失礼いたします」
ボルドが出て言った後、ブリジットは思わず頭を抱えた。
彼の目にほんの一瞬浮かんだ悲しみの色に、ブリジットは罪悪感を抑え切れずに拳を握り締める。
「……アタシって奴は」
自分の身勝手な感情から愛する者にあんな顔をさせてしまったことに、ブリジットは深い後悔を覚えるのだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
政略婚~身代わりの娘と蛮族の王の御子~
伊簑木サイ
恋愛
貧しい農民の娘で、飢え死にしそうだったところを旦那様に買われたアニャンは、お屋敷でこき使われていた。
ところが、蛮族へ嫁ぐことになったお嬢様の身代わりにされてしまう。
相手は、言葉も通じない、閻国の王子。かの国に生きる人々は、獣の血肉のみを食らって生き、その頭には角が生えていると噂されていた。
流されるまま、虐げられて生きてきた名もなき娘が、自分の居場所を見つける物語。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる