蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】

枕崎 純之助

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第369話 死闘

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「うあああっ!」

 クローディアの顔が苦痛にゆがみ、その口から悲痛な叫びが発せられた。
 アメーリアの投げ放った短剣が脇腹に突き刺さり、我慢強いはずのクローディアがたまらずに悲鳴を上げたのだ。

「クローディア!」

 思わず声を上げるブリジットだが、クローディアは歯を食いしばった。
 そして渾身こんしんの力で声を上げる。

「ワ、ワタシはいい! 攻めなさい! ブリジット!」

 そう言うとクローディアは脇腹に刺さったままの短剣を抜こうともせずに、そのまま左右の手に握る剣を振るってアメーリアへの攻撃を続行する。

(こ、これがワタシに刺さってるってことは、アメーリアは武器を一つ失ったままだってことだ。対刃剣アンフィスバエナも使えない)

 クローディアの決死の覚悟を見たブリジットは、先ほどアメーリアに斬り裂かれた腰から血が噴き出すのも構わずに、自分も剣を握ってアメーリアに追撃をかける。
 アメーリアはブリジットに斬られた側頭部から流れ落ちる血もそのままに、すぐさま近くに落ちていたもう一本の短剣を拾い上げた。

「しつこいのよ! あなたたち!」

 そう言うと猛然と短剣を振るって2人の剣を受け止めた。
 前後をブリジットとクローディアにはさまれ2人の繰り出す3本の太刀たちを受けながらも、それをたった1本の短剣で受け切るアメーリアの技量はすさまじい。
 ボルドとアーシュラからの干渉を受けながら、それでもアメーリアは決定的な一撃を浴びることなく戦い続けていた。
 ブリジットはくちびるむ。

(くっ……これでも倒れないのか。この女は底が見えない)

 そして脇腹に短剣が刺さったままのクローディアは、動くたびに激痛にさいなまれていた。
 刺し傷からは血がれ続け、クローディアの体力を奪っていく。
 
(まずい……多分もう数分も戦い続けられない)
 
 それでもクローディアは本能で戦い続けた。
 体は動かなくなるまで、死が訪れるその瞬間まで、彼女は戦うことを止めないだろう。
 そんなクローディアの気迫が彼女自身をギリギリのところで支えていた。
 そんな時、東の方角から再び10名ほどの南ダニア兵たちが押し寄せて来るのが見える。
 彼女たちは女王2人と戦うアメーリアを見つけると声を上げた。

「アメーリア様! 加勢いたします!」

 だがアメーリアは間髪入れずに声を上げ、城壁の上にいるボルドらを指差した。 

「こちらはいい! あの城壁の上の3人を殺しなさい! もう生け捕りは考えなくていい! 3人とも殺しなさい!」

 有無を言わせぬその言葉にはじかれたように10名の兵士らは、方向転換して城壁に向かって行った。
 それを見たブリジットは思わずそちらに気を取られる。

「くっ! ボルド!」
「行かせないわよブリジット!」

 アメーリアはブリジットの一瞬のすきを見逃さずにその足の甲を踏みつけた。
 体重移動の途中で足止めを食ってブリジットは思わず体勢をくずす。
 アメーリアはそんなブリジットの首をねらって短剣を突き出した。

「くっ!」

 ブリジットは長剣のつかでその短剣を突き上げてかわそうとする。
 だがアメーリアは直前でその短剣の軌道きどうを変えた。

「甘いっ!」

 短剣は突如として直下の軌道きどうを描き、ブリジットの太ももに突き立った。

「ぐあああああああっ!」

 天を突き刺すようなブリジットの悲鳴が響き渡る。
 アメーリアは容赦ようしゃなくその太ももから短剣を引き抜いた。
 噴き上がるようにほとばしる鮮血でブリジットのあごが赤く染まる。 
 だが……。

めるなぁぁぁぁぁ!」

 ブリジットは左拳でアメーリアのあごを突き上げた。
 アメーリアの体が大きく宙に浮き、後方数メートルまで吹っ飛ぶ。

「ごふっ!」

 アメーリアはそれでも地面に受け身を取ってすぐに起き上がる。
 だがブリジットの拳に突き上げられたせいであごくだけ、口の中に血があふれていた。
 それでも堕獄ゲヘナのおかげで痛みを感じないアメーリアは、薄笑みを浮かべて口の中の血を吐き出す。
 対照的にブリジットは手で太ももの傷を抑えて必死に止血しながら、その場に片膝かたひざをついて動けなくなってしまった。

 ☆☆☆☆☆☆

 城壁の上で背すじを伸ばして座り、ボルドは黒髪術者ダークネスとしての力を振るい続けている。
 その背後で彼を援護するアーシュラは静かにその肩に手を置いたまま語りかけた。

「ボールドウィン。つかめそうですか?」
「……いえ、まだです。もっと……もっと深く潜らなくては……でも……少しずつ見えてきました」

 ボルドは目を閉じたままひたすらアメーリアの心の奥深くまで沈み込んでいく。
 さまざまな感情がボルドの脳裏のうりを駆け抜けた。
 恐らくそれは過去の出来事で彼女が感じた感情なのだろう。
 ボルドはそれを必死にさかのぼっていく。
 
(もっとだ。もっと深く……彼女の悲しみの元へ……) 

 ボルドは神経を集中し、そんな彼を落ち着かせるようにアーシュラはその肩に手を添え続けていた。
 2人のそんな様子をデイジーはすぐそばでじっと見守っている。
 正直、彼女には2人が一体何をしているのか見当もつかなかった。

 だが、ここに来る以前にアーシュラはデイジーに言ったのだ。
 対アメーリア戦においてはボルドが重要なかぎとなる。
 だから彼を守らなくてはならないのだと。
 
 アーシュラのその言葉だけでデイジーには十分だった。
 友がそう言うのだから、デイジーはボルドとアーシュラを守る。
 余計なことを考える必要はない。
 そう決めているデイジーは前方から敵兵が再びこの城壁に向かって来ていることを知っても、落ち着いていた。

「奴らを殺せ!」

 城壁の下でそうわめく10名ほどの女たちが城壁の階段に向かって殺到する。
 それを見たアーシュラは懸念けねんをその顔ににじませて、盟友のデイジーを見た。
 デイジーは神妙な面持おももちで剣を握ってアーシュラに言う。

「おまえたちは続けろ。ここは私が守り切る」
「け、けれど相手は10人。ワタシも手伝う」

 そう言うアーシュラをデイジーは手で制す。

「ダメだ。おまえは情夫殿を手伝ってやれ。10人くらいなら私が何とかする」
「だけどデイジー……」
「私は今回この戦にはほとんど参加できてねえんだ。最後くらい好きに暴れさせてくれ」

 そう言うとデイジーは剣を肩に担ぐようにして悠然ゆうぜんと城壁の先へ進んで行った。
 階段を上り切った敵兵たちが城壁の上の通路を走って向かってくる。

(10人か。実際のところキツイな。けど……いつかブリジットの右腕になるには、このくらいの試練乗り越えなきゃ話にならねえんだ)

 デイジーは剣をさやに収めたまま腰を落とした。
 敵は10人、こちらは1人。
 相手から見ればたった1人ということだ。
 めてかかってくる。

 そして城壁の上の通路の横幅はせいぜい2メートル。
 一度にかかってこられるのは2人が限界だろう。
 地の利はデイジーにある。
 彼女はこうした多数相手の戦いを砂漠島で幾度いくども経験していた。

(短時間での決着しかない。長引かせて相手に考える時間を与えればこちらが不利になる)

 デイジーの背後十数メートルのところには、ボルドとアーシュラが無防備な状態で自分たちの戦いを繰り広げている。
 ここでデイジーが倒れることは彼らも死ぬということだ。

(絶対にそんなことはさせねえ)

 デイジーは一番先頭の1人が数メートルまで突っ込んできたところで大きく息を吸い込んで……止める。
 その瞬間、さやから抜き放った剣は鋭くひらめいて敵兵の首を飛ばした。

(1人目!)

 命と誇りをけたデイジーの短い戦争が始まった。
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