蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】

枕崎 純之助

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第361話 黒き魔女の怒り

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 アメーリアと対峙たいじするクローディアは後方へと下がり、そこに入れ替わりで前に出たブリジットが攻撃を仕掛けていく。
 クローディアは後方でそれを見守りながら、ゆっくりと息を整えた。
 2対1で戦えるなら、その優位性を存分に利用するべきだ。
 
 こうして少しでも体を休められれば、まだまだ戦える。
 だがクローディアの本当のねらいはそこではなかった。
 彼女が見つめる先ではブリジットが気合いの声を発してアメーリアに迫っている。
 
「おまえもトバイアスのところに送ってやる!」
「何を言っているの? ブリジットったら。トバイアス様ならここにいるじゃない。いつでもワタクシと一緒よ」

 2人が戦う様子に目をらしながらクローディアはアメーリアの動きを分析する。
 今のブリジットのように実際に間近で戦っていては見えないことも、こうして少し離れた場所から俯瞰ふかんすれば見えてくる。
 アメーリアは基本的にユラユラと川面かわもを流れる落ち葉のようにして動いているが、急に蜻蛉とんぼのように素早く動く時がある。
 動きに緩急をつけて幻惑しているのだろうが、その動きが速過ぎた。

世迷言よまいごとを!」

 ブリジットが素早く剣を連続で突き出してアメーリアの腕をねらうと、アメーリアはほんのわずかに体をしずませてそれを避け、地面をうような姿勢でブリジットの背後に回り込んだ。
 その速度が異常なのだ。
 こうして離れた位置から見ているからクローディアにはそれを視認できたが、間近で戦っているブリジットには、突如としてアメーリアが視界から消えてしまったように思えるのだろう。
 反応出来ていないブリジットに思わずクローディアは声を上げた。

「後ろ!」

 クローディアがそう叫んだのと同時にブリジットが何とか反応し、振り向きざまに剣を振るって、アメーリアが背後から突き出した短剣を打ち払う。
 そこでクローディアは声を上げた。

「交代よ!」

 クローディアがアメーリアに向かっていくのと同時にブリジットが下がっていく。
 息もつかせぬ戦闘の中、アメーリアは疲れ知らずのように平然と戦い続けていた。

 ☆☆☆☆☆☆

(くそっ。アメーリアのあの速さは何なんだ……)
 
 ブリジットは先ほど蹴られた頭をさすりながら前方で戦う2人の姿を見た。
 クローディアはアメーリアの力を探る様に戦い続けているが、その最中さなかでチラリとブリジットを見た。
 それでブリジットにも彼女の意図いとが分かった。
 これから試すつもりだ。

(仕掛けるのか。クローディア)

 クローディアはアメーリアの首からり下げられたトバイアスの首をえてねらう。
 だがそれを察知したアメーリアの目がカッと見開かれ、超反応を見せた。
 クローディアの突き出した剣は空を切り、アメーリアの姿が一瞬で視界から消える。
 後方からその様子を見ていたブリジットが瞬時に声を上げた。

「上だ!」

 クローディアはその声に即座に反応し、地面を前方に転がった。
 その直後、頭上からアメーリアが降下してきて着地する。
 クローディアの頭に振り下ろそうとしたアメーリアのかかとが地面をえぐって土埃つちぼこりを巻き起こした。 
 その様子を見つめてブリジットは息を飲む。

(何て速さだ。それにしても、やっぱり上で来たか)

 身長180センチのブリジットと比べて、160センチしかないクローディアは視点が低い。
 それゆえに素早い動きで頭上に飛ばれると、ほんの一瞬だけ反応が遅れてしまうのだ。
 だが、相手が一瞬見えなくなるだけならば対処のしようはある。
 どうやらアメーリアがああした超人的な反応を見せるのはほんの一瞬のことのようだ。
 そうでなければ初めから目にも止まらぬ速度でクローディアを攻めてすぐに殺せるはずだからだ。

 限界を超えた動きは体への負担が大きいのかもしれない。
 そう考えながらクローディアは身を起こして剣を構えるが、そこで怪訝けげんな表情を浮かべる。
 アメーリアが着地した態勢のまま、まったく動こうとしない。
 いや……。

(泣いている……?)

 アメーリアは肩を震わせていた。
 背中から見るとそれはまるで泣いているかのように見えたが、そうではなかった。
 ゆっくりと振り返ったアメーリアの顔は憤怒ふんぬに彩られていた。
 彼女は怒りに肩を震わせていたのだ。

「一度のみならず二度までも……トバイアス様を傷つけようとしたわね。許せない」

 そう言うとアメーリアは爪先つまさきで地面の土を蹴り上げる。
 一度、二度、三度四度とそれは回数を重ねるほどに激しくなっていく。

「許せない……許せない……許せない許せない許せない許せない許せなぁぁぁぁい!」

 常軌じょうきいっした金切り声を上げると、アメーリアは赤く血走った目をクローディアに向けた。
 そこにはすでに余裕の表情は無く、腹の中で暴れ狂う怒りの感情を抑え切れない様子だ。
 そして……まるで黒い風が一瞬にして大地を疾走したかのように、アメーリアが一瞬でクローディアの眼前に迫った。

「くっ!」
 
 クローディアはこれに必死に反応した。
 アメーリアが左右同時に突き出した2本の短剣を首に突き立てられる前に、剣で2本とも払い上げたのだ。
 だが……。

「ごふっ!」

 アメーリアが素早く突き上げたひざをまともに鳩尾みぞおちに受けて、クローディアは後方にふっ飛ばされた。

「かはっ!」
「クローディア!」

 クローディアが手厳しい一撃を受けたのを見たブリジットは、すぐさまアメーリアに襲いかかる。 
 しかしブリジットが背中側からななめに斬りつけた剣は空を切った。
 ブリジットはまたしても頭上あるいは背後に回り込まれることを嫌って前方に転がろうとした。
 
 だがその動きを読まれていた。
 アメーリアは軽めの宙返りでブリジットの剣をかわしただけであり、そのまま同じ場所に着地していたのだ。
 その手から繰り出した短剣が、前のめりになっていたブリジットののどに迫る。

「ぐうっ!」

 ブリジットは強力な背筋を目一杯使って懸命に体をのけらせ、その短剣の一撃を避けた。
 しかし続くアメーリアの蹴りを胸に浴びて後方に吹っ飛ぶ。

「くはっ!」

 あまりに蹴りの勢いが強過ぎて、ブリジットは受け身を取る間もなく背中を地面に打ち付けた。
 蹴りを受けた胸は金属の胸当てがあるにも関わらず、激しい痛みを覚えている。
 おそらく胸骨に何らかのダメージを受けたのだろうと悟るブリジットは、懸命に体を起こした。
 強烈な衝撃に首を痛めたようでブリジットは顔をしかめる。

「く……くそっ」

 アメーリアをはさんでその対角線上の十数メートル先には同じようにクローディアが地面に倒れている。
 アメーリアの膝蹴ひざげりをまともに浴びた彼女もまた、足に力が入らずに置き上がることもままならない。
 そんな2人に侮蔑ぶべつの視線を送りながら、アメーリアは悠然ゆうぜんたる仕草で両手に持っている2本の短剣を再び組み合わせて対刃剣アンフィスバエナにする。
 その口から苛立いらだたしげな言葉がつむぎ出された。

「あなたたちは本当に邪魔。ワタクシよりおとるくせに、いつまでもしつこく食い下がって来る。ワタクシとトバイアス様の幸せを邪魔することは許さないわ。もういい加減に死になさい」

 ブリジットとクローディアは気付いていないが、先ほどから摂取していた堕獄ゲヘナの効果がアメーリアの体の中で目まぐるしい変化を起こしていた。
 精神状態こそ恍惚こうこつからのうつ状態に移り変わっていたが、その肉体から疲れ、痛みといった感覚が急激に失われていく。
 アメーリアの体は確実に死兵へと近付いていき、その血走った目からは人としての最後の知性の光が失われつつあった。
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