蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
147 / 178

第347話 ソニアの覚悟

しおりを挟む
 グラディスは前に突っ込んでくるソニアを両手の剣で次々と斬り刻む。
 ソニアは決死の覚悟でおのを振るい、自身が斬られるのも構わずに距離を詰めた。
 その鬼気迫る表情にグラディスは目をギラつかせてえる。

「いい覚悟だ! だが、そんな顔をする奴を私は数え切れぬほど殺してきた! おまえもその1人になる!」

 そう声を上げたグラディスが、自身もソニアに向かって踏み込もうとした時だった。
 ドンッと地面を踏み込む音が聞こえ、おのを振り上げたソニアの脇腹すぐ横から、一本の槍が突き出して来たのだ。
 それは鋭く伸び、グラディスも踏み込んだ瞬間だったので避けることが出来なかった。

「ぐうっ!」

 ソニアの背後からベラの突き出した槍の穂先が、グラディスの脇腹をえぐる。
 グラディスも咄嗟とっさに体をひねりこれを避けようとしたが、刃が肉を斬り裂いて血が噴き出した。
 さらにその瞬間をねらってソニアがおのを振り下ろすのが見える。
 だが、それを見たグラディスは歯を食いしばると体を右にずらしておのを避けつつ、右手の長剣でソニアの体を深く斬りつけた。

めるなぁっ! 小娘が!」
「ごはっ!」

 右肩から左の脇腹にかけてグラディスの一太刀ひとたちを浴びたソニアが後方に吹っ飛び、すぐ後ろで槍を突き出した格好のベラを巻き込んで倒れた。
 グッタリとして仰向けに横たわるソニアの革鎧かわよろいがザックリと斬り裂かれ、胸と胴を守る金属の防具が真っ二つに割れている。
 ベラはすぐさま起き上がり、ソニアの体を抱き起こした。
 だがソニアは斬られた衝撃で目を開けられず、その口からはゴボッと血が吐き出される。

「ソ、ソニア! しっかりしろ!」

 ベラの悲痛な叫び声が響き渡る中、一方のグラディスは槍で刺された脇腹と……そして側頭部から血を流していた。
 先ほどソニアが振り下ろしたおのをかわし切れず、グラディスの左耳はぎ落とされていたのだ。
 あふれ出る血が彼女の肩を赤く染める。

「ぐっ……畜生ちくしょう

 グラディスは悔しげにそうつぶやく。  
 ソニアのおのは避けられたはずだった。
 だがベラに刺された脇腹の痛みが、グラディスの動きをにぶらせたのだ。
 そのせいでソニアの一撃を避けることが出来なかった。

(油断……したわけではない。だが、あの一瞬だけ、私の予想をこいつらは上回ったんだ)

 グラディスは痛みにさいなまれながらも怒りに燃え、倒れているソニアを抱きかかえたベラに向けて足を踏み出していく。
 
「やってくれたな。ベラ。貴様もソニアと同様に斬り殺して……」

 そう言いかけたその時、後方から何者かが駆け寄って来る音を聞き、グラディスは反射的に振り返る。
 するとそこには松明たいまつを右手にかかげた1人の女が立っていた。
 ベテラン戦士らしきその女は口にふくんだ液体を松明たいまつに吹きかける。
 途端とたん松明たいまつの炎が噴射されてグラディスに襲いかかった。

「くっ!」

 グラディスは地面にころがってこれを避けるが、その女はそこで左手に持った大きなふくろをグラディスの頭上に放り投げる。
 口の開いているふくろから白い粉がパッと舞い散った。
 女は後方に飛び退すさりながら、右手に持った松明たいまつをそこに投げ込んだ。
 途端とたんに舞い散る白い粉に引火して爆発が巻き起こる。
 再び爆音が鳴り響き、辺りが白煙に包み込まれて、視界が白く閉ざされていった。

 ☆☆☆☆☆☆

「ベラ! ソニア! 生きてるか!」

 白煙が立ち込める中、そう呼びかける声が近付いてくる。
 グラディスに斬られて動けないソニアを抱えながら、ベラは手元に落ちている槍を拾い上げて警戒の表情を浮かべた。
 だが、そこに現れたのは敵ではなく見知った顔だ。
 その顔を見てベラは意外そうに目を丸くする。

「あ、あんただったのか……」

 2人の元に駆け寄って来たのは紅刃血盟会の評議員であるセレストだ。
 先ほど松明たいまつかかげて2人の危機に駆けつけ、グラディスに立ち向かったのは彼女だったのだ。

「ソニアは生きてるか!」

 厳しい顔でそう言うセレストにベラは腕の中の相棒を見下ろす。
 ソニアは意識が朦朧もうろうとした状態で、わずかに呼吸を繰り返していた。
 だがグラディスの斬撃をまともに受けてしまったのだから、もう助からないだろう。
 ベラは絶望的な思いで幼馴染おさななじみの体を見た。
 そんな彼女の眼にわずかに希望の光が宿る。

「こ、これは……」

 深く斬りつけられたはずのソニアの体からは出血は見られなかった。
 それもそのはずで、切り裂かれた革鎧かわよろいの下に着ている服がザックリと斬られたその下に、さらに着込んでいるものがあったのだ。
 それは小さな金属の輪を細かく丁寧ていねいに編み込んだ防具だった。
 セレストもベラもそれを見て目を見開く。

「く、鎖帷子くさりかたびら……」
「ソニアの奴、こんなもん着込んであんなに動いていたのか」

 鎖帷子くさりかたびらは衣服の下に着る隠し防具だ。
 その特質上、突きや打撃には弱いが、刃で斬りつけられた際には体を守ってくれる。
 しかもソニアが着こんでいるのは二重構造の鎖帷子くさりかたびらとなっており、重量はあるが防御力は高い。
 そのおかげであれだけの斬撃を受けたにも関わらず、ソニアの体は肉を斬られることはなかったのだ。
 
「だが安心するのは早いぞ。あの大女の一撃をまともに食らったんだ。肉は切れていなくても骨が折れて臓物に傷が付いているかもしれん。とにかくここを離脱して救護所まで運ぶぞ。手伝え」

 そう言うとセレストはソニアの脇を抱え込んで右肩を背負う。
 彼女の言う通り、ソニアの顔色は悪い。
 かなりのダメージを負っていると見るべきだろう。
 ベラは少しばかり面食らったようにソニアの左の肩を背負った。

「あんた……アタシらのこと嫌ってんじゃねえのかよ」
「嫌ってるさ。生意気なガキどもだからな。だが……おまえらみたいな元気な奴こそが、明日のダニアを支えるべきだ。生き残って、クローディアとブリジットの描く未来をその目で見るべきなんだ……しかしこいつ重いな」

 そう言うとセレストは歯を食いしばり、ソニアを抱えて歩き出す。
 そんな彼女のことを少し見直したようにベラは笑った。

「一日5回、飯食ってるからな」

 そしてベラは白煙の舞う後方をチラリと見やった。
 その顔に悔しげな表情が浮かぶ。

「ちくしょう。グラディスの奴を倒せなかった」
「あいつなら爆発に巻き込まれて火だるまになってるだろうよ」
「いや……あの女はそんなことじゃ死なねえさ」

 本当ならば白煙の中をかき分けてグラディスを探し、攻撃を再開するべきなのだろう。 
 だが、まだ槍もおのもまともに持てなかったほんの小さな子供の頃からの相棒であるソニアは、今助けなければ命を確実に落としてしまう。
 そのことに踏ん切りがつかず、ベラは友を見捨てることが出来なかったのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「ゴホッ……こざかしい真似まねを」

 グラディスは白煙の中を歩き、倒れたやぐらかげに座り込むと、腰のふくろから厚手の包帯を取り出した。
 それを脇腹にきつく巻きつける。
 脇腹はベラの槍で刺された傷が痛み、包帯に血がにじんだ。
 
 続いてグラディスは包帯を顔にも巻いた。
 視界だけは確保するべく目は隠さず、左の側頭部をしっかりと止血するようにきつく巻く。
 彼女は左耳を失っていた。
 ソニアのおのの一撃を避け切れなかったためだ。
 
「まだ……私も甘かったということか。武の道は険しいものだな」

 そう言うとグラディスは倒れたやぐらに背をもたれ、腰袋こしぶくろの中から水袋みずぶくろを取り出してそれを飲み干す。
 そして一息つくと、すぐに立ち上がった。
 脇腹と耳に深い傷をこしらえ、体中のあちこちに火傷やけどを負っている。
 焙烙火矢グレネードや先ほどの粉塵ふんじん爆発を浴びてしまったためだ。

 それでも彼女はこうして生きている。
 爆発の瞬間に身を投げ出し、咄嗟とっさに深手をまぬがれたのだ。
 あちこち傷だらけだが、まだ体には力が残り、戦うことが出来る。
 ならば戦う以外の選択肢は持たない。
 それが彼女の生き方なのだ。

「こんなことでアメーリア軍の将軍は倒れん。私は超越するぞ。痛みも傷も苦しみも」

 アメーリア軍の不屈ふくつの将軍グラディス。
 彼女の眼にはいまだ戦意の炎がおとろえることなく燃え盛っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...