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第342話 ギリギリの攻防
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獣女ドローレスを倒すことに成功したアデラはホッと安堵の息をついた。
「よかった。2人が無事で……」
二度目の天雷を命中させられたのは、ジリアンとリビーがドローレスの足を押さえ付け、その動きを封じてくれたおかげた。
ドローレスの足にしがみついて身を低くしていたジリアンとリビーが、天雷に巻き込まれずに済んだこともアデラを安堵させてくれた。
天雷は口笛の吹き方で鳥たちに飛ぶ高さや標的の位置を知らせている。
だがその狙いはアデラの腕をもってしても百発百中というわけにはいかない。
一度目からそう間を置かずに二度目の敢行ともなれば尚更で、本当に一か八かの賭けだった。
だが、少なくとも十数羽の隼がドローレスとの衝突で犠牲になった。
そして生き延びて今も空を飛んではいるものの、ケガをしている個体も少なくないだろう。
天雷は鳥たちにそうした犠牲を強いる危険な技なのだ。
それでもアデラは鳥使いとして戦場に出る以上、覚悟を決めていた。
自分が死ぬ覚悟、そして手塩にかけて育てた鳥たちを死なせてしまう覚悟。
アデラは地面に落ちてまだ苦しんでいる鳥たちに、腰袋から取り出した麻痺毒の粉末を吸わせた。
人に大きな害を及ぼすほどの毒ではないが、瀕死の鳥が吸えば意識を失い、静かに眠るように死んでいく。
助かる見込みのない鳥を安楽死させるために常備しているものだった。
(みんな。ごめんね。どうか安らかに眠って)
アデラがそうしている間に、ウィレミナは傷付いたジリアンとリビーの止血と応急処置を行った。
全員が傷だらけで疲労困憊だったが、皆で協力して強敵のドローレスを倒せたことで、その顔は一様に誇らしげだった。
☆☆☆☆☆☆
開戦から5日目の朝。
新都東の攻防はこれまでにない激しさを見せていた。
坂を上る格好で新都を攻め続ける南ダニア軍は、迎え撃つ統一ダニア軍が放つ巨大矢の脅威に晒されても臆することなく進んでいた。
なぜなら彼女らは知っているからだ。
今日、巨大矢が尽きることを。
そうなれば巨大弓砲は無用の長物と化す。
これまで南ダニア軍の進軍を押し留めてきた巨大矢が無くなれば、彼女らは一気に坂を上り切って統一ダニア軍の防衛線に到達するだろう。
そうなれば後はもう剣で打ち合う肉弾戦だ。
数で大きく上回る南ダニア軍が統一ダニア軍を圧倒するのは目に見えていた。
坂の上の防衛線で、敵である南ダニア軍の進軍を見つめるベラとソニアは共に厳しい顔つきだった。
「妙に威勢がいいな。奴ら」
ソニアの言葉にベラも同意して頷く。
「もしかしたら連中、こっちの懐事情に気付いたのかもな」
「巨大矢が今日には尽きちまうことを知られているのか?」
「ああ。新都に間者も忍び込んでいたらしいし、情報が漏れたんだろう」
しかし仮にそうだとしても自分たちのやることは変わらないと、ベラもソニアも心得ている。
巨大矢の尽きる今日がもっとも厳しい1日になることは先日の時点で分かっていたことだ。
その上で200メートル幅の防衛線に出来る限り厚めの布陣を敷いた。
後は死に物狂いで戦うのみだ。
ここにいる兵力が全滅すればもう新都に残る兵力はわずかとなり、その時点で勝敗は決することとなる。
まさしく最後の戦いだった。
そして今、この東の防衛戦の陣頭指揮に立つ人物が作戦本部から駆けつけたのだ。
「クローディア!」
統一ダニア軍の女たちが次々と声を上げる中、銀髪の女王クローディアがこの東の戦線に姿を現した。
途端に現場の士気が目に見えて上がる。
クローディアは設けられた演台の上に上がると、手にした剣を頭上に掲げた。
それを見た統一ダニア軍から大きな歓声が上がる。
「この新都はワタシたちの安住の地となる場所よ! 誰にも渡すつもりはないわ! この場に集まった同胞たち! ダニアの未来を守るのよ!」
クローディアの声に仲間たちは大きな声で応える。
クローディアは演台の上で雄々しく仁王立ちをしているが、昨日までの戦いでその心身は相当に疲弊していた。
一時間ばかり休憩と仮眠を取ったが、そんな程度では回復しない。
それでもクローディアはここに立つことを選んだ。
自身の存在が少しでも兵たちの心の拠り所になることを願ってのことだ。
そしてそんな彼女を支える参謀の姿が隣にはあった。
「どうぞお座り下さい。クローディア」
そう言ったのは紅刃血盟長のオーレリアだ。
新都南の戦いで騎兵部隊の指揮を執った彼女は、休む間もなくこうして東の戦いに身を投じている。
クローディアを助け、最後の局面となるであろうこの東の戦いに貢献するためだ。
オーレリアはクローディアが相当に疲弊していることを知っている。
本当ならば治療をして数日は寝ていなくてはならないほどだろう。
部下たちに女王の存在を示し続けて彼女らの士気を高めることは大事だが、今は少しでも休息を取って体を休ませておくことのほうがより重要だ。
オーレリアは演台を日差しから守るべく頭上に日除けの簡易的な天幕を張らせ、クローディアが座るための柔らかな椅子を用意すると、有無を言わせぬ調子で申し出た。
「お座り下さい。今は体を休めて備えていただかないと、次にまたあの黒き魔女が攻めてきた時に対処できません」
すでにアメーリアの部下である暗殺者イーディスと獣女ドローレスは、ウィレミナとアデラが中心となって討ち取っている。
その報告を受け、ブリジットとクローディアは全軍にそのことを通達した。
少しでも希望を与えて兵たちの戦意を維持するためだ。
「ええ。そうさせてもらうわ」
クローディアはオーレリアの意見に抗うことなく、椅子に腰を下ろした。
イーディスとドローレスは死んだが、今前方から攻めてくる南ダニア軍を率いるグラディスは間違いなくそれより強敵だ。
何よりまだ黒き魔女アメーリアは生きている。
今は少しでもクローディアの体力を回復させておかねば、次にアメーリアに襲われた時に待つのは間違いなく死だろう。
今、ブリジットは本陣である仮庁舎前の作戦本部に戻っている。
さらには負傷しているブライズとベリンダの姉妹、そしてアデラやウィレミナなども仮庁舎で治療を受けていた。
万が一ここを突破された際は、ブリジットのいる作戦本部が文字通り最後の砦となる。
しかし体調が万全な者は1人もおらず、皆が満足に戦えない状態だ。
現在、仮庁舎には南平原の戦いを生き残った騎兵のうち、元気で戦える者が3千人ほど集まっている。
今は休息を取らせているが、昼前には巨大矢が尽きてしまうため、それまでに彼女らをここに呼び寄せることになっていた。
現在、坂の上で待機している統一ダニア軍は4700名ほどであり、騎兵部隊が合流すれば7700名の部隊となる。
それに対して敵である南ダニア軍には南の攻防から敗走してきた1500名の騎兵が合流しているため、ほぼ倍の14000人以上となっている。
(皆よく戦ってくれている。だけど戦力差の構図は大きく変わってはいない)
クローディアは唇を噛みしめつつ、南の方角を見るが、そちらに期待したものは見えてこない。
(アーシュラ……今、あなたはどこでどうしているの)
幼き頃より共に過ごした友の身を案じながらクローディアは状況の限りない厳しさを前にして、どうすることも出来ない己の無力さを呪うのだった。
「よかった。2人が無事で……」
二度目の天雷を命中させられたのは、ジリアンとリビーがドローレスの足を押さえ付け、その動きを封じてくれたおかげた。
ドローレスの足にしがみついて身を低くしていたジリアンとリビーが、天雷に巻き込まれずに済んだこともアデラを安堵させてくれた。
天雷は口笛の吹き方で鳥たちに飛ぶ高さや標的の位置を知らせている。
だがその狙いはアデラの腕をもってしても百発百中というわけにはいかない。
一度目からそう間を置かずに二度目の敢行ともなれば尚更で、本当に一か八かの賭けだった。
だが、少なくとも十数羽の隼がドローレスとの衝突で犠牲になった。
そして生き延びて今も空を飛んではいるものの、ケガをしている個体も少なくないだろう。
天雷は鳥たちにそうした犠牲を強いる危険な技なのだ。
それでもアデラは鳥使いとして戦場に出る以上、覚悟を決めていた。
自分が死ぬ覚悟、そして手塩にかけて育てた鳥たちを死なせてしまう覚悟。
アデラは地面に落ちてまだ苦しんでいる鳥たちに、腰袋から取り出した麻痺毒の粉末を吸わせた。
人に大きな害を及ぼすほどの毒ではないが、瀕死の鳥が吸えば意識を失い、静かに眠るように死んでいく。
助かる見込みのない鳥を安楽死させるために常備しているものだった。
(みんな。ごめんね。どうか安らかに眠って)
アデラがそうしている間に、ウィレミナは傷付いたジリアンとリビーの止血と応急処置を行った。
全員が傷だらけで疲労困憊だったが、皆で協力して強敵のドローレスを倒せたことで、その顔は一様に誇らしげだった。
☆☆☆☆☆☆
開戦から5日目の朝。
新都東の攻防はこれまでにない激しさを見せていた。
坂を上る格好で新都を攻め続ける南ダニア軍は、迎え撃つ統一ダニア軍が放つ巨大矢の脅威に晒されても臆することなく進んでいた。
なぜなら彼女らは知っているからだ。
今日、巨大矢が尽きることを。
そうなれば巨大弓砲は無用の長物と化す。
これまで南ダニア軍の進軍を押し留めてきた巨大矢が無くなれば、彼女らは一気に坂を上り切って統一ダニア軍の防衛線に到達するだろう。
そうなれば後はもう剣で打ち合う肉弾戦だ。
数で大きく上回る南ダニア軍が統一ダニア軍を圧倒するのは目に見えていた。
坂の上の防衛線で、敵である南ダニア軍の進軍を見つめるベラとソニアは共に厳しい顔つきだった。
「妙に威勢がいいな。奴ら」
ソニアの言葉にベラも同意して頷く。
「もしかしたら連中、こっちの懐事情に気付いたのかもな」
「巨大矢が今日には尽きちまうことを知られているのか?」
「ああ。新都に間者も忍び込んでいたらしいし、情報が漏れたんだろう」
しかし仮にそうだとしても自分たちのやることは変わらないと、ベラもソニアも心得ている。
巨大矢の尽きる今日がもっとも厳しい1日になることは先日の時点で分かっていたことだ。
その上で200メートル幅の防衛線に出来る限り厚めの布陣を敷いた。
後は死に物狂いで戦うのみだ。
ここにいる兵力が全滅すればもう新都に残る兵力はわずかとなり、その時点で勝敗は決することとなる。
まさしく最後の戦いだった。
そして今、この東の防衛戦の陣頭指揮に立つ人物が作戦本部から駆けつけたのだ。
「クローディア!」
統一ダニア軍の女たちが次々と声を上げる中、銀髪の女王クローディアがこの東の戦線に姿を現した。
途端に現場の士気が目に見えて上がる。
クローディアは設けられた演台の上に上がると、手にした剣を頭上に掲げた。
それを見た統一ダニア軍から大きな歓声が上がる。
「この新都はワタシたちの安住の地となる場所よ! 誰にも渡すつもりはないわ! この場に集まった同胞たち! ダニアの未来を守るのよ!」
クローディアの声に仲間たちは大きな声で応える。
クローディアは演台の上で雄々しく仁王立ちをしているが、昨日までの戦いでその心身は相当に疲弊していた。
一時間ばかり休憩と仮眠を取ったが、そんな程度では回復しない。
それでもクローディアはここに立つことを選んだ。
自身の存在が少しでも兵たちの心の拠り所になることを願ってのことだ。
そしてそんな彼女を支える参謀の姿が隣にはあった。
「どうぞお座り下さい。クローディア」
そう言ったのは紅刃血盟長のオーレリアだ。
新都南の戦いで騎兵部隊の指揮を執った彼女は、休む間もなくこうして東の戦いに身を投じている。
クローディアを助け、最後の局面となるであろうこの東の戦いに貢献するためだ。
オーレリアはクローディアが相当に疲弊していることを知っている。
本当ならば治療をして数日は寝ていなくてはならないほどだろう。
部下たちに女王の存在を示し続けて彼女らの士気を高めることは大事だが、今は少しでも休息を取って体を休ませておくことのほうがより重要だ。
オーレリアは演台を日差しから守るべく頭上に日除けの簡易的な天幕を張らせ、クローディアが座るための柔らかな椅子を用意すると、有無を言わせぬ調子で申し出た。
「お座り下さい。今は体を休めて備えていただかないと、次にまたあの黒き魔女が攻めてきた時に対処できません」
すでにアメーリアの部下である暗殺者イーディスと獣女ドローレスは、ウィレミナとアデラが中心となって討ち取っている。
その報告を受け、ブリジットとクローディアは全軍にそのことを通達した。
少しでも希望を与えて兵たちの戦意を維持するためだ。
「ええ。そうさせてもらうわ」
クローディアはオーレリアの意見に抗うことなく、椅子に腰を下ろした。
イーディスとドローレスは死んだが、今前方から攻めてくる南ダニア軍を率いるグラディスは間違いなくそれより強敵だ。
何よりまだ黒き魔女アメーリアは生きている。
今は少しでもクローディアの体力を回復させておかねば、次にアメーリアに襲われた時に待つのは間違いなく死だろう。
今、ブリジットは本陣である仮庁舎前の作戦本部に戻っている。
さらには負傷しているブライズとベリンダの姉妹、そしてアデラやウィレミナなども仮庁舎で治療を受けていた。
万が一ここを突破された際は、ブリジットのいる作戦本部が文字通り最後の砦となる。
しかし体調が万全な者は1人もおらず、皆が満足に戦えない状態だ。
現在、仮庁舎には南平原の戦いを生き残った騎兵のうち、元気で戦える者が3千人ほど集まっている。
今は休息を取らせているが、昼前には巨大矢が尽きてしまうため、それまでに彼女らをここに呼び寄せることになっていた。
現在、坂の上で待機している統一ダニア軍は4700名ほどであり、騎兵部隊が合流すれば7700名の部隊となる。
それに対して敵である南ダニア軍には南の攻防から敗走してきた1500名の騎兵が合流しているため、ほぼ倍の14000人以上となっている。
(皆よく戦ってくれている。だけど戦力差の構図は大きく変わってはいない)
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