蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】

枕崎 純之助

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第336話 獣女と怪鳥

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「グルルル……」

 けもの女のドローレスはうなり声を上げながら、自分を突き飛ばした者の姿を見た。
 それは鳥だ。
 体高が成人ほどもあり、体重も数十キロに及ぶその大型の鳥がヒクイドリという名であることなどドローレスは知りもしない。
 だが彼女はそのヒクイドリを明確な敵であると見なしていた。

 ヒクイドリは全部で12羽。
 その全てがドローレスを囲い込むようにして、獰猛どうもうな顔を彼女に向けている。
 そしてそんなヒクイドリたちの中心には周囲の個体よりも大きなそれが一羽立っており、地面に倒れていた鳶隊とびたいのアデラは立ち上がると、その馴染なじみのヒクイドリにまたがった。
 ここにいるヒクイドリの中でも一際大きなその個体は、ダニアの女の中では小柄こがらなアデラを乗せてもビクともしない。
 アデラはそのヒクイドリの鮮やかな青色の首を優しくでた。

「よしよし。よく来てくれたわね」

 そう言うとアデラはウィレミナとその護衛たちに声をかける。

「少し離れていて下さい! この子たちは気が荒いので!」

 この声に応じてウィレミナたちが少し離れた場所に下がると、アデラはドローレスをにらむ。

「あなたはここでアタシが倒す」

 そう言うとアデラは口笛くちぶえを鋭く響かせた。
 呼び寄せたヒクイドリは全部で12羽。
 その12羽がはじかれたように動き出し、果敢かかんにドローレスに攻撃を仕掛けていく。

 彼女らの武器は鋭いくちばしつめだ。
 そのどちらも人間に大きな傷を与えられるほど鋭利で危険なものであり、走る速度も速い。
 突進からつめの一撃を浴びると、きたえ上げられた兵士でも殺すことが出来るほどであり、その獰猛どうもうな性格も戦い向きだ。

「ゴワオオッ!」

 ヒクイドリが敵を威嚇いかくする時に使う迫力ある低い声を発し、つめくちばしでドローレスに襲い掛かる。
 ドローレスはこれを器用な身のこなしで避けてみせるが、四方八方から繰り出される攻撃に回避が精一杯の様子だ。
 アデラは状況の好転を期して、ヒクイドリを次々とけしかけた。
 彼女らの鋭いくちばしつめの攻撃は時折ドローレスの腕や足を切り裂いて傷を負わせる。

(よし! いける!)

 ドローレスの肌が少しずつ血に染まり、それを見たヒクイドリたちはますます獰猛どうもうになって一斉にドローレスに襲いかかる。
 だが傷を負ったドローレスは怒りに牙をき、いきなり大きく跳躍ちょうやくした。

「ウガウッ!」
「なっ……」

 アデラは思わず頭上を見上げる。
 それは人間わざとは思えないほどの大きな跳躍ちょうやくで、一飛びで軽く3メートルは飛び上がっていた。
 ヒクイドリたちの目には、急にドローレスがその場から消えてしまったように映ったのだろう。
 彼女らはドローレスを見失っていた。
 そしてドローレスはそのまま一羽の背中に飛び乗ると、激しく暴れるヒクイドリに振り落とされることもなく、その首に食らいついた。

「ああっ!」

 思わず声を上げるアデラの視線の先では、ドローレスが鋭い歯ととてつもないあごの力で、ヒクイドリの首を食いちぎった。
 無残にも青い首が赤い血で染まり、ヒクイドリは地面に倒れて絶命する。
 そしてヒクイドリの血で口元を赤く染めたドローレスは、スンスンとその血の香りをぐと……口角を上げてニヤリと不気味に笑ったのだ。
 それを見たアデラのみならずウィレミナたちも思わずゾッとするような、いびつ禍々まがまがしい笑みだった。
 そしてドローレスはブルブルと両肩を震わせて、血のにおいに興奮したかのように高くえる。
 
「ウォォォォォォン!」

 そしてドローレスは狂気の笑みを浮かべたまま、手近なヒクイドリに次々と襲いかかった。
 その動きは先ほどまでよりさらに速い。

「くっ!」

 アデラもヒクイドリたちを操って必死に対抗するが、ドローレスは右に左に駆け回り、地面を低い姿勢で駆け抜けたかと思うと、大きく跳ね上がってヒクイドリたちを頭上から襲う。
 そしてその首をみちぎると、うまそうに血を飲んだ。
 その様子にアデラは顔を引きつらせる。
 
(ヒ、ヒクイドリの血に興奮している)

 1体また1体とヒクイドリが倒れていく中、アデラは我慢がまんできずに自らの乗るヒクイドリでドローレスに突撃していく。

「これ以上やらせない!」

 そんなアデラをねらってドローレスはまたしても大きく飛び上がる。
 他のヒクイドリたちはそれを見失ってしまうが、アデラは頭上を振り仰いで自らの乗るヒクイドリをたくみに操った。 
 ドローレスに乗りかかられそうになるギリギリのところでこれをかわすと、アデラを乗せたヒクイドリは地面にドローレスが着地したところで、その鋭いつめを繰り出す。
 その爪先つまさきはドローレスの顔面を襲い、アデラは確信した。

(顔面を貫く。これで終わりだ!)

 だがガッという音と共に悲鳴を上げたのヒクイドリのほうだった。

「グワッ!」

 ヒクイドリのつめは確かにドローレスの口元を襲っていた。
 その爪先つまさきに切り裂かれて、ドローレスのくちびるの一部がえぐられている。
 だがドローレスはその鋭い歯でヒクイドリのつめみ、文字通りこれを食い止めていた。

「そ、そんな……」

 その信じがたい光景にアデラは一瞬、動きを止める。
 そのすきにドローレスはとてつもないあごの力で、ヒクイドリのつめをそのままくだいてしまった。

「ガウッ!」
「ギャワッ!」

 バキッという乾いた音が響き渡る。
 つめくだかれたヒクイドリは立っていられずに転倒し、アデラも振り落とされてしまった。
 
「あぐっ!」

 何とか受け身を取るアデラだが、そこにドローレスが襲いかかった。
 だが、他のヒクイドリたちがまるでアデラのたてになるかのようにその身をていしてドローレスの前に立ちはだかる。
 そして数羽がドローレスの鋭いつめで首をえぐられて血を噴き出した。
 それは致命傷であり、ヒクイドリたちは苦しげによろめいて地面にくずれ落ちる。

「くっ!」

 アデラは悔しげに顔をゆがめて立ち上がると、乗っていたヒクイドリを必死に助け起こした。
 だがつめくだかれてしまったために、ヒクイドリは立ち上がっても脚をヒョコヒョコと引きずっている。
 
(こ、これじゃ……この子はもう走れない)

 そうこうしている間にもヒクイドリたちは次々と襲いかかるが、獰猛どうもうな肉食獣のように暴れ狂うドローレスを止めることは出来ない。
 ついに11羽目が倒されてしまい、残っているのはアデラが乗っていた一番大きな手負いの1羽のみとなった。
 多くのヒクイドリと戦ったドローレスは、自身も体のあちこちに傷を負っているが、それをものともせずに興奮冷めやらぬ様子でアデラを見据みすえている。 

 その体は赤い血にまみれており、返り血なのか自身の血なのか分からないが、異様な姿だった。
 アデラは息を飲む。
 ヒクイドリの戦闘能力をもってしても、たった1人のドローレスを倒せなかった。
 恐るべき強敵を前にして、アデラはまさしくへびにらまれたかえるのように立ちすくむのだった。
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