蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】

枕崎 純之助

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第312話 クローディアの苦悩

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「ブリジット! 張り切るのはいいけれど、ワタクシの背後を見たほうがいいわよ。ビックリするから」

 アメーリアはブリジットの繰り出す剣を受け止めながら、その顔に嘲笑ちょうしょうを浮かべてそう言った。

「なに?」

 いぶかしむブリジットはそれでもアメーリアから視線を外さずに剣を打ち込む。
 だが、周囲が先ほどまでとは違ったざわめきの声をらし始める中、近くで戦いを見守るクローディアがわずかに発した声をブリジットの耳は確かに聞き取った。

「ボ、ボールドウィン……」
「なにっ?」

 ブリジットは剣を強く振ってアメーリアを後方に押し飛ばすと、その背後に目を向けた。
 ニヤリと笑うアメーリアの後方には背の高い荷台を引く6頭立ての馬車が姿を見せた。
 その荷台に黒髪の男がとらわれていたのだ。
 ブリジットは険しい表情で声を上げる。

「ボ……ボルド!」

 ブリジットの視線の先、その高台の上の杭にしばり付けられている黒髪の男は確かにボルドだった。
 ブリジットはたまらずにボルドの元へ駆け出そうとするが、その前にアメーリアが立ちふさがる。

「ワタクシに勝って彼を取り戻せるかしら? 女王様」
「どけ……どけぇぇぇぇぇ!」

 ブリジットは怒りのままに剣を振るってアメーリアを攻め立てる。
 だが先ほどまでよりも剣筋があらい。
 怒りで攻撃から緻密ちみつさが失われていて、そこを見透みすかすアメーリアはこの攻撃を完全に受け切った。
 
(まったく……何やってるのよ)

 ブリジットの熱くなる姿に、クローディアは内心でタメ息をつく。
 だがボルドの姿が見えたことで心穏やかでいられないのは、自分も同じことだった。
 
「こちらばかりがこんな思いをさせられて不公平ね」

 憤然とそう言うとクローディアは背負った大弓を手に取り、馬のくらに備えつけられた矢筒やづつから一本の矢を取りだした。
 そしてそれを大弓につがえると、その姿を見た周囲の女たちが怒声を上げる。

「銀の女王が勝負に横やりを入れるつもりだぞ!」
姑息こそく真似まねをするな!」

 だがクローディアが弓でねらいをつける先はアメーリアではない。
 やじりはもっと上を向いていた。
 
だまりなさい! ワタシがねらうのは黒き魔女ではないわ!」

 そう叫ぶとクローディアはその剛腕で思い切り大弓を引き放った。
 猛烈な速度で飛ぶ矢は宙を鋭く切り裂き、はる彼方かなた、ボルドが捕らえられているさらし台へと向かっていくのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「ボルド。ほら、女王様があそこにいるわ。見える?」

 杭にしばられ項垂うなだれているボルドは、そう言うイーディスに腕をつねられた痛みで表情をゆがめて顔を上げた。
 そしてハッとして目をらす。
 赤毛の女戦士らが入り乱れる戦場の中、遠目でも目立つ美しい金色の髪。
 すぐにそれがブリジットだと分かり、ボルドは様々な感情が胸にき上がってきてくちびるみ締めた。

(本当に……ブリジットだ)

 彼女の姿を目に出来る喜びの一方、この後の苦境を考えるとボルドは苦い思いにさいなまれた。
 今、ブリジットは長い黒髪をなびかせたアメーリアと戦っている。
 そんな彼女のそばにはクローディアがいてくれるものの味方は彼女1人であり、どうやら周囲を取り囲んでいるのは皆、南ダニアの軍勢のようだ。

 ブリジットとクローディアは孤立無援に追い込まれていた。
 味方である統一ダニアのはたは後方ではためくばかりで、2人の女王を救援に行けずにいる。
 このような状況になった原因はボルドには分からないが、ブリジットとクローディアというボルドにとって、そして統一ダニアにとって唯一無二の女王たちが苦境におちいっている。

「一騎打ちみたいね。あなたの大事な女王様。生き残れるかしら?」

 面白がってそう言うイーディスの言葉通り、周囲を取り囲む女たちは手出しをせず、ブリジットとアメーリアの1対1の戦いを見守っている。
 すぐ近くにいるクローディアも手出しをしていない。

「もう少し近付けろ。ここからじゃ遠過ぎてせっかくの戦いを満足に見物出来ん」

 トバイアスはそう言って御者役の女たちに馬を進めるよう命じる。
 そんなトバイアスの言葉に内心でウンザリしながらイーディスは進言した。

「トバイアス殿。相手はブリジットのみならずクローディアもいます。もし彼女たちに弓矢でねらわれたら……」

 そう言いかけたイーディスの耳に、宙を切り裂く音が聞こえてきた。
 彼女は咄嗟とっさに身を投げ出してトバイアスを押し倒す。
 そのすぐ頭上を猛烈な勢いで矢が通り過ぎていった。
 イーディスは即座に身を起こすと、顔色を変えて前方を見据みすえる。
 どうやらクローディアがこちらに向けて矢を放ってきたのだ。

(これだけの距離をこんなにも正確に……バケモノだわ)

 きもを冷やしながらイーディスが目をらすと、馬上でクローディアが第二射を放つべく次の矢を取り出しているのが見えた。
 トバイアスは自身がねらわれたのだと知りながら、軽薄な笑みを浮かべたまま身を起こす。

「君のような美女に押し倒されるなら、こんな埃臭ほこりくさい場所ではなくベッドの上が良かったな」

 そう言うトバイアスにイーディスは心底嫌そうな顔を隠さない。

「お命がねらわれたというのに、よくそのような軽口が叩けますね、今のは相当危なかったですよ。ハッキリ申し上げますけど、あなたが殺されても私は悲しくも何ともありません。ですがアメーリア様からのばつを受けて死ぬのは私なんです。少しはお考え下さい」
「これは辛辣しんらつだな」
「……やはりあの女王たちの腕前は人の常識をはるかに凌駕りょうがします。これ以上、近付けばあの矢は避けられません」

 厳しくそういさめるイーディスにトバイアスは悪びれる様子もなく、肩をすくめて立ち上がる。

「すぐそばにはボルドがいるというのに、なかなか大胆なことをするじゃないか。分家の女王殿は。誤射しない自信があるのだとしたら、確かに危ないかもな」

 そう言うとトバイアスは部下に命じて大盾おおたてを持ってこさせた。
 それを部下から受け取るトバイアスにイーディスは非難の目を向ける。

「そのようなもので確実にあの矢を防げると思わないほうが……」
 
 そう言うイーディスにトバイアスは大盾おおたての一つを押し付けた。

「君の腕なら自分を守れるだろう? 俺はこれだけでは不安なので……」

 そう言うとトバイアスは大盾おおたてを手にしてボルドの真後ろに回った。

「こいつもたてにさせてもらうさ」
 
 そう言ってトバイアスはニヤリと笑い、ボルドの耳元にささやきかける。

「クローディアに間違って殺されないといいな。ボルド」

 そう言うとトバイアスは御者の女たちに命じて馬車を前進させる。
 イーディスは内心で舌打ちしつつ大盾おおたてを構えて前方からの射撃に備えた。

(本当に厄介やっかいな仕事。貧乏びんぼうくじを引いたわ)

 クローディアの放つ矢はかなりの威力いりょくと速度だ。
 しかもこれだけの距離がありながらねらいは正確というおまけ付きだ。
 イーディスとしては大盾おおたてで自身を守ることに集中したかったが、トバイアスを守り切れずに死なせてしまえば、後でアメーリアから責任を問われて殺されるだろう。

 そしてこのまま馬車が進み、クローディアとの距離が縮まれば、飛んでくる矢はより避けにくくなる。
 自分にとっては進むほどに難易度が高くなる任務だと、イーディスは天をのろいながら第二射に備えた。
 だがクローディアからの次の矢は飛んでこなかった。
 なぜなら第二射目を放とうとしていたクローディアに、周囲の南ダニア兵たちが襲い掛かったのだ。
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