蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
63 / 178

第263話 闇夜の出発

しおりを挟む
「クローディア。何か御用でしょうか」

 敵軍が迫る新都。
 クローディアより仮庁舎に呼び出されたのは、追放の身から恩赦おんしゃを受けて再び彼女の部下に返り咲いたジリアンとリビーだった。

「ジリアン。リビー。2人に仕事をお願いするわ。大事な仕事よ」

 そう言うとクローディアはとなりに立つアーシュラの肩に手を置く。

「このアーシュラは今から特別任務にくわ。敵軍の牙城をくずせるかもしれない大事な任務よ。あなたたちにはこの子の護衛をお願いしたいの」

 その話にジリアンとリビーの2人はわずかにおどろきの表情を見せる。
 ジリアンもリビーも敵の襲来に備えて各々準備をしてきたはずだ。
 そんな2人にクローディアは神妙な表情で告げた。
 
「2人ともダニアの女としてここで敵を迎え撃つ心構えは十分だと思う。でもこの仕事も重要な任務なの。ワタシはこの任務を何としても成功させたいし、このアーシュラには何としても生還してもらいたい。だから2人にお願いするわ。必ずこの子を守って」

 ジリアンもリビーも勇猛なダニアの女であり、戦に向けて戦意をたかぶらせていたはずだ。
 新都を守るために戦うのは彼女たちにとっても栄誉えいよある役割だ。
 それを放棄することになる。
 だが2人は即座に背すじを伸ばして、高揚した顔つきで言った。

つつしんでお受けいたします。この命に代えても必ずアーシュラを無事に帰還させます」 
「重要な任務を与えていただき光栄です」

 分家を追放された2人は本来ならば路頭に迷うところをクローディアに拾われ、この新都に新たな暮らしを得ることが出来た。
 大恩あるクローディアがこの重要な任務に自分たちを選んでくれた。
 それは2人にとって何よりの栄誉えいよだった。
 その期待にこたえなければならない。
 そんな気持ちが2人を高揚させていたのだ。

「ありがとう。そう言ってくれてワタシも心強いわ」

 クローディアがこの2人をアーシュラの護衛に選んだのは、追放組だった2人には単独任務の方がやりやすいだろうという理由もあったが、それ以上に2人の腕が確かだと見込んでいるからだ。
 ジリアンもリビーも男をめぐ喧嘩けんかで追放されたのだが、その時はたった2人で十数人の相手を全員半殺しにしてしまった。
 相手も同じダニアの女戦士たちだというのにだ。

 そしてこの新都に来てからクローディアは彼女たちの稽古けいこの相手を務めたことがあるが、彼女たちの腕前は分家の中でも指折りだと感じていた。
 だからこそ大事なアーシュラの護衛を2人に任せようと思ったのだ。

「ジリアンさん。リビーさん。今夜の夕食後にはここをとうと思います。急で申し訳ないのですが、準備をお願いします」

 そう言って2人に頭を下げるアーシュラに、ジリアンもリビーも任せておけと快活な笑みを向けて言うと準備のために出て行った。
 それを見送るとアーシュラはクローディアに告げる。

「出発前にボールドウィンに会っていこうと思います」
「彼に?」
「ええ。ここ数日、黒髪術者ダークネスとしての訓練を彼にほどこしました。ワタシがいない間は彼が役に立ってくれるはずです」

 そう言うアーシュラにクローディアはうなづいた。

「分かったわ。ブリジットには話しておくから」

 クローディアがそう言うとアーシュラはしばしだまり込み、クローディアを見つめる。
 そしておずおずと口を開いた。

「あの……従者であるワタシがこんなことを言うのは無礼であることは重々承知なのですが」

 言いにくそうにそう言うとアーシュラは意を決して言った。
 部屋には自分とクローディアの2人きりであり、こんな時にしか言えないことだ。

「友として言わせて下さい。レジーナ。ボールドウィンへの気持ちを彼に告げて下さい」
「なっ……何よ急に。こんな時に。今は戦時下よ」
「だからこそです。戦いであなたが倒れることなどないと信じていますが、戦では何が起きるか分かりません。そんなに好きになった相手に気持ちを伝えないままなんて……もったいないです」
「アーシュラ……」

 困惑するクローディアに、アーシュラは少し気持ちを落ち着かせて言った。

「余計なお世話でした。申し訳ございません。ワタシも出発の準備をしてきます。出発前にご挨拶あいさつうかがいますね。では」

 そう言ってアーシュラはその場を辞した。

「もう……気持ちを告げるなんてそんなの……無理よ」

 そう言うとクローディアは気が抜けたように力なく椅子いすに腰を下ろすのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 日が暮れ落ちようとする新都では、戦時下ゆえに今までとは違ったあわただしい空気が流れていた。
 皆、食事を急いでとり、武器の手入れなどの戦の準備に取り掛かっている。

「夕食後、アーシュラがおまえに面会したいそうだぞ。ボルド」

 夕飯時になり一時的に帰宅したブリジットは開口一番ボルドにそう言った。

「アーシュラさんが?」
「ああ。クローディアからアタシに話があった。アタシにも立ち会ってほしいそうだ」
「そうですか……どうしたんだろう」

 いつもアーシュラと訓練を行うのは午前中の1時間ほどだ。
 こんな時間に彼女が訪ねてくるのは初めてのことだった。
 それからほどなくして夕食を終えたブリジットの天幕にアーシュラが顔を出した。

「お食事後の休憩中に申し訳ございません。ブリジット。無礼をお許し下さい」

 そう言ってブリジットの前にひざをつき、こうべれるアーシュラに、ブリジットは鷹揚おうような態度で椅子いすを勧めながら言った。

「そう固くなるな。だが手短に頼む。アタシはこの後も軍議があるのでな」
「はい。心得ております」

 そう言うとブリジットとボルドが椅子いすに腰かけるのを待って、アーシュラは自分もその対面の椅子いすに腰を下ろした。
 そして自分がこれから向かう仕事のことを手短に説明する。
 話を聞いたブリジットは静かにうなづいた。

「そうか。やはり黒き魔女は恐怖で部下を縛りつけているのだな。おろかな女だ。それにしてもアーシュラ。大変な任務だが、これを成功させれば大きな戦果になる。大事な仕事だな」

 そう言うブリジットにアーシュラは神妙な面持おももちでうなづいた。
 そしてボルドに目を向ける。
 
「ボルド……いえ、ボールドウィン。ワタシはしばらく不在にいたします。これまで訓練したことをかして、この新都のためにがんばって下さい。あなたの力がこのダニアの皆を守る一端になるかもしれません。そして……ブリジットの前でこのようなことを言うのは恐れ多いのですが、我が主クローディアの力になって差し上げて下さい。どうかお願いします」
  
 そう言うとアーシュラは再び頭を深々と下げた。
 その姿にブリジットとボルドは顔を見合わせる。
 そしてうなづき合うとアーシュラに激励げきれいの言葉をかけた。
 
「アーシュラさん……分かりました。微力を尽くします。せっかくアーシュラさんに訓練していただいたのですから。アーシュラさんも、どうかお気をつけて。必ず無事に戻ってきて下さい」
「アーシュラ。こちらのことは案ずるな。アタシとクローディアがそろっている限り、相手がどんな強敵だろうと負けはせぬし、女王2人がたがいを守り合えば必ず生き残れる。朗報を待っているから、用心して行ってこい」

 2人の言葉にアーシュラは迷いのない顔で応えた。

「はい。行ってまいります」

 その夜、新都は一晩中煌々こうこうかりがかれ、不夜城の様相をていしていた。
 いつ敵が攻めてくるか分からない緊張感の中、アーシュラはジリアンとリビーにまもられながら新都をった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...