蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】

枕崎 純之助

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第238話 山積する問題

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 新都が見えてきた。
 王国領南都ロダンの襲撃から数日が過ぎ、移動を続けていたブリジットら本家の本隊はいよいよ目的地に到着しようとしていた。
 見つめる先、数キロの場所にまるで山かと見紛みまがうほどの巨大な岩山がある。
 その岩山の上に高い城壁がそびえ立っていた。
 ブリジットは思わず目を見張る。

「こんな場所があったとはな……」

 彼女のとなりで馬を進めるベラやソニアも目を丸くしている。
 場所は公国と共和国の国境付近だった。
 公国は西を王国、東を共和国にはさまれているが、公国領内を主な活動場所としているブリジットらダニア本家もこの辺りまでは入り込んだことが無い。
 そもそもこの辺りにはこれといった集落もなく、大陸の主要な街道からは遠く離れているため、人の往来おうらい自体がほとんどないのだ。

 そんな手つかずの自然が多く残っている場所に忽然こつぜんと人工物である都市が建設されている様子は、見る者に不思議な印象を抱かせた。
 ブリジットは少し離れた場所を移動している分家の銀髪姉妹に目を向ける。
 そのうちの髪の短いほうが手綱たづなを操って馬を近付けてきた。

「ワタシらも実際に訪れるのは初めてだ。一年前はこんな場所があること自体、知らなかったからな」

 ブリジットの視線を受けたブライズがそう言い、その後方でベリンダは肩をすくめた。
 クローディアは従姉妹いとこである2人にも秘密裏ひみつりに、この新都の建造計画と移住計画を進めていたのだ。
 だが移住すること自体は出来ても、そこで暮らし続けられるかどうかは簡単ではない。
 ブリジットは新都の大きさをすがめ見る。

 広さの面で言えばおそらく数万人が暮らすのに困らないくらいの面積はあるだろう。
 だが、それだけの人間が暮らす家屋を作る資材を集め、建築するのにどれほどの時間と費用と労力がかかるだろう。
 そしてブリジットは周囲を見回す。
 自然は豊かであり、狩猟しゅりょうや採集には困らないだろう。
 それでも本家と分家の人間が食べるのに困らないほどの糧食を用意できるかどうかは不透明ふとうめいだ。

 それ以外にも色々と考えなくてはならないことが多い。
 分家の者たちはすでに戦士ら戦闘員のみならず、老人や子供、小姓こしょうなどの非戦闘員もこの場所へと向かっているという。
 一方のブリジットら本家の者たちは戦闘員こそ今ここに全てそろっているものの、非戦闘員の半分ほどは、隠れ里である奥の里に残したままだ。
 奥の里にいるのは現役を退しりぞいた老いた戦士や小姓こしょうたちと、まだ成人する前の子供たちだった。
 その数は総勢2000人以上もいる。  

 その中にはすでに体が弱って動けない者もいた。
 そうした者たちを全員一度に移住させるのは困難だ。
 まずは第一陣として、来年成人予定の若い戦士たちを奥の里から移住させる方針はすでに決めていた。
 だが、その次の移住予定はまだ決定していない。

(時間をかける必要があるな……)

 ブリジットは山積する課題を前に内心でため息をつく。
 ここのところの忙しさと急な環境の変化は、鉄腕無双の女王にも疲労を蓄積ちくせきさせていたのだ。
 とにかくまずは早くあの新都にいるボルドに会って、ひと休みしたいと思う。 
 今日の昼には新都に着く予定だったのだが遅れが生じており、すでに昼を回って太陽は西に傾きつつあった。

 ☆☆☆☆☆☆

「お~い。ボールドウィン。昼飯にしたらどうだ。まだ食ってないんだろ?」

 そう言うジリアンがパンや果物を手にしたかごを持ってボルドの元を訪れたのは、すでに昼食の時間から2時間ほどが経過した頃だった。
 この日は昼前くらいに強風が吹いたため、ブリジット用の天幕が傾いてしまった。
 そのために天幕の中に風が吹き込んで書類や道具類が乱雑に散らかってしまい、ボルドは昼食をとる間もなくその片付けに奔走ほんそうしていたのだ。
 天幕は力のあるダニアの女たちが直してくれたが、全体的に人手不足のためボルドは中の片付けに従事した。
 いつもボルドの雑用を厳しくいましめる小姓こしょうらも、この時ばかりは何も言わず共に片付け作業を行った。

「災難だったな。まだ城壁の一部が未完成だから風が吹き込んでくるんだ。そうすると建造済みの城壁のせいで風の通り道みたいになっちまって、風が強くなるんだよ」

 ジリアンはそう言うと時折、強風で天幕が飛ばされることがあると話した。
 城壁が完成すれば風を抑えられるとのことだが、しばらくは我慢がまんする必要がありそうだった。
 とは言っても王国と公国の開戦が不可避ふかひとなったこの状況で、最も優先すべきは周囲を守る城壁の建造だ。
 少しずつ人手が増えているので、城壁も一ヶ月以内には完成するだろうとのことだった。

 風も収まったのでボルドは今、天幕の外に置かれた作業台の上でバラバラになった小さな道具類を集めて壊れていないかを確認する作業を行っていたが、それを中断した。
 そしてジリアンの言葉に甘えて遅めの昼食をとることにしたのだ。
 ジリアンも休憩がてらボルドのそばに腰を下ろして果実をかじり始めた。

「ジリアンさん。暮らしがかなり変わったと思いますけど大丈夫ですか?」

 ジリアンは罪人として分家から追放された身だ。
 ここで分家の者たちと暮らすのはたがいにやりにくいだろう。
 クローディアはジリアンやリビーら追放組に独自の仕事を与えて、分家から移住してくる者たちとの間に軋轢あつれきが生じぬよう配慮していたが、それでも街では顔を合わせることもあるだろう。

「まあ何とかやるしかねえな。追放されたっていっても、ワタシと直接関わりがある奴はそんなに多くねえ。ワタシのことを知らない奴の方が多い」
「そうですか。まあ本家と分家が合流するわけですし、ただでさえ緊張状態になるでしょうから、分家の人もジリアンさんをどうとも思わなくなるかもしれませんね」

 ボルドの言葉にジリアンは嬉しそうに歯を見せて笑う。

「何だボールドウィン。はげましてくれてんのか? 相変わらずおまえはいい奴だな」

 そう言うとジリアンはボルドの肩を叩きそうになるが、ふと思い留まった。
 周りを人が行き交う露天で、そんなことは出来ない。
 ボルドはそんな彼女の気遣きづかいに目礼し、彼女が持ってきてくれたパンと果実を美味うまそうに頬張ほおばった。
 その様子をじっと見ながら、ジリアンはボルドに感想を求める。

「どうだ? 美味うまいか?」
「ええ。とても。もしかして……このパン、ジリアンさんが焼いてくれたんですか?」
「いや……パンはダンカンのオッサンが焼いた。ワタシはその果実を獲ってきたんだ」

 バツが悪そうにそう言うジリアンの表情が何だかおかしくて、ボルドはつい笑ってしまった。

「プッ……ハハハ」
「わ、笑うんじゃねえよ。この時期にしかれないめずらしい果実なんだぞ。るために木登りしてきたんだからな」
「す、すみません。ありがとうございます。すごくおいしいですよ」

 そう言うボルドにジリアンは思わず嬉しくなって、自分も照れくさそうに笑うのだった。
 そんな2人の笑い合う姿を遠くから見つめる視線に、ボルドもジリアンも気付いていなかった。
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