1 / 1
朽ち果てた墓碑
しおりを挟む
「誰か事故で亡くなったのか……」
いつもの都道沿いの散歩道を歩いている時に僕はそれを見つけた。
交通量のそれなりに多い都道脇のガードレールのすぐ傍らに、いくつもの花束が置かれていた。
お供えの缶ビールやジュース類などと一緒に。
おそらくバイク等の交通事故で、運転者が亡くなったのだろう。
時折見かける悲しい光景だ。
僕は見知らぬ誰かの死に少しばかり胸を痛めたものの、特に立ち止まることはせずにその場を歩き去った。
翌日もその翌日もその散歩道を歩いたが、供花やお供え物は徐々に少なくなる。
人の死も時が経てば次第に忘れ去られていくものだ。
だが、初めてその現場を見た日から数週間後、その場所には木材で作られた50センチほどの高さの墓碑が置かれるようになった。
仏壇を模したような造りであり、雨除けの屋根が付いている。
「誰かが作ったのか……」
プロの仕事というほどの出来ではなかったが、丁寧に日曜大工で作られたと思しき、木目の綺麗な墓碑だった。
おそらく亡くなられた方のご家族か友人などの親しい人が作ったものだろう。
事故でこの世を去ったその人はきっと慕われていたのだと思った。
それからも毎日その道を通るが、以前ほど多くはないものの、供え物が尽きることはなかったからだ。
そして墓碑が置かれてから数週間した頃、今度はその墓碑の雨除けの屋根の下に、一枚の写真とメッセージカードが張り付けられていた。
写真は在りし日の故人を写したものだった。
まだ若い男性だ。
そしてその写真のすぐ下に貼られたメッセージカードにはこう書かれていた。
『皆さん。息子のためにやさしさをありがとう』
故人の親御さんが息子を慕ってくれた友人たちのために感謝の気持ちを込めて書いたものだろう。
僕は元気だった若者の写真を見て悲しくなった。
写真の中の若者は笑顔を見せ、生命を謳歌しているよう見える。
自分が亡くなることなんて考えもしなかっただろう。
しかし命は失われ、彼の人生は永遠に幕を閉じたのだ。
それからしばらくして、僕は引っ越しをしたためにその土地を離れ、その散歩道も通ることはなくなった。
ただ時折、仕事でその道を通ることもあったので、その際は必ずその墓碑の様子を見るようにしていた。
やがて年月は過ぎていく。
5年経ち、10年経ち、新しかった墓碑は雨風にさらされて色はくすみ、次第に朽ちていく。
写真も色あせ、メッセージカードは字が滲んで読めなくなっていた。
その頃にはもうお供えをする人もいなくなってしまったようで、墓碑は打ち捨てられた無縁仏の墓石のようだった。
そして15年ほど経った頃、そこを通りかかった僕は思わず立ち止まった。
墓碑が……バラバラに崩れ落ち、廃材のようになって地面に横たわっていたのだ。
おそらく心無い誰かがいたずらに破壊したのだろう。
明らかに人為的に壊されたような有り様だった。
その後しばらくの間、墓碑は打ち捨てられたままにされていた。
事情を知らない者がそこを通りかかっても、それがかつて墓碑だったとは思わないだろう。
やがて20年以上が経過した頃には、廃材はすべて片付けられ、何も無くなっていた。
ここにあった「死」の痕跡はきれいさっぱり消えてなくなったのだ。
これが風化なのだと僕は思った。
ここを通りかかる人で、あの墓碑とその死を悼む人々の心がここにあったことを知る人はどのくらいいるのだろうか。
僕のようにそのことを記憶に残していた人もやがてはいなくなっていく。
時の流れと共にすべては忘れ去られていくのだ。
誰かがそこにいたことも。
誰かの死も。
だから僕はその記憶をここにこうして留めておくことにしたのだ。
そうせずにはいられなかったから。
そうせずには……いられなかったんだ。
いつもの都道沿いの散歩道を歩いている時に僕はそれを見つけた。
交通量のそれなりに多い都道脇のガードレールのすぐ傍らに、いくつもの花束が置かれていた。
お供えの缶ビールやジュース類などと一緒に。
おそらくバイク等の交通事故で、運転者が亡くなったのだろう。
時折見かける悲しい光景だ。
僕は見知らぬ誰かの死に少しばかり胸を痛めたものの、特に立ち止まることはせずにその場を歩き去った。
翌日もその翌日もその散歩道を歩いたが、供花やお供え物は徐々に少なくなる。
人の死も時が経てば次第に忘れ去られていくものだ。
だが、初めてその現場を見た日から数週間後、その場所には木材で作られた50センチほどの高さの墓碑が置かれるようになった。
仏壇を模したような造りであり、雨除けの屋根が付いている。
「誰かが作ったのか……」
プロの仕事というほどの出来ではなかったが、丁寧に日曜大工で作られたと思しき、木目の綺麗な墓碑だった。
おそらく亡くなられた方のご家族か友人などの親しい人が作ったものだろう。
事故でこの世を去ったその人はきっと慕われていたのだと思った。
それからも毎日その道を通るが、以前ほど多くはないものの、供え物が尽きることはなかったからだ。
そして墓碑が置かれてから数週間した頃、今度はその墓碑の雨除けの屋根の下に、一枚の写真とメッセージカードが張り付けられていた。
写真は在りし日の故人を写したものだった。
まだ若い男性だ。
そしてその写真のすぐ下に貼られたメッセージカードにはこう書かれていた。
『皆さん。息子のためにやさしさをありがとう』
故人の親御さんが息子を慕ってくれた友人たちのために感謝の気持ちを込めて書いたものだろう。
僕は元気だった若者の写真を見て悲しくなった。
写真の中の若者は笑顔を見せ、生命を謳歌しているよう見える。
自分が亡くなることなんて考えもしなかっただろう。
しかし命は失われ、彼の人生は永遠に幕を閉じたのだ。
それからしばらくして、僕は引っ越しをしたためにその土地を離れ、その散歩道も通ることはなくなった。
ただ時折、仕事でその道を通ることもあったので、その際は必ずその墓碑の様子を見るようにしていた。
やがて年月は過ぎていく。
5年経ち、10年経ち、新しかった墓碑は雨風にさらされて色はくすみ、次第に朽ちていく。
写真も色あせ、メッセージカードは字が滲んで読めなくなっていた。
その頃にはもうお供えをする人もいなくなってしまったようで、墓碑は打ち捨てられた無縁仏の墓石のようだった。
そして15年ほど経った頃、そこを通りかかった僕は思わず立ち止まった。
墓碑が……バラバラに崩れ落ち、廃材のようになって地面に横たわっていたのだ。
おそらく心無い誰かがいたずらに破壊したのだろう。
明らかに人為的に壊されたような有り様だった。
その後しばらくの間、墓碑は打ち捨てられたままにされていた。
事情を知らない者がそこを通りかかっても、それがかつて墓碑だったとは思わないだろう。
やがて20年以上が経過した頃には、廃材はすべて片付けられ、何も無くなっていた。
ここにあった「死」の痕跡はきれいさっぱり消えてなくなったのだ。
これが風化なのだと僕は思った。
ここを通りかかる人で、あの墓碑とその死を悼む人々の心がここにあったことを知る人はどのくらいいるのだろうか。
僕のようにそのことを記憶に残していた人もやがてはいなくなっていく。
時の流れと共にすべては忘れ去られていくのだ。
誰かがそこにいたことも。
誰かの死も。
だから僕はその記憶をここにこうして留めておくことにしたのだ。
そうせずにはいられなかったから。
そうせずには……いられなかったんだ。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
大人の絵本・おじさま
矢野 零時
絵本
大人の絵本ずきの人たちのために、少し残酷で悲しい話を書いてみました。
もちろん、子供である、あなたが読まれても、楽しんでいただけると思います。
話の内容ですか、それはお読みになってください。
春を売る少年
凪司工房
現代文学
少年は男娼をして生計を立てていた。ある時、彼を買った紳士は少年に服と住処を与え、自分の屋敷に住まわせる。
何故そんなことをしたのか? 一体彼が買った「少年の春」とは何なのか? 疑問を抱いたまま日々を過ごし、やがて彼はある回答に至るのだが。
これは少年たちの春を巡る大人のファンタジー作品。
あたしのむすめ
鈴木満ちる
現代文学
共同創作をした人なら経験のあるできごとではないでしょうか。ある種自伝的な物語です。
2000年、冬。文学サークルに所属する潤は鬱々とした気持ちである映画を鑑賞するが、周りの絶賛について行けなかった。その映画の帰り道、同じサークルに所属する瑞穂と出会う。
瑞穂の映画に対する感想に興味を惹かれる潤。潤は瑞穂と文学サークルで共作を始める。
距離の縮まる二人。瑞穂に依存していく潤。しかし潤はある病気の疑いがあり、また、彼女は瑞穂に対して裏切りを行うのだった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
前世の記憶から引き出された真実
ゆきもと けい
ミステリー
前世の記憶があるという少年。事故で亡くなったという前世の記憶。それは本当なのか、確認する為に旅行に出た親子だが、その真実を知った時、本当の恐怖が始まることになる。
カゼとサバンナの物語~カゼとともに~
ヤナキュー
大衆娯楽
不治の神経難病と告知された信二は、ある望みをかなえるため、アフリカのサバンナに向かう。
そのサバンナで、信二はカゼと不思議な出会いをする。
それは、信二が「生き続けたい」と勇気づけられる出会いだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる