蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
101 / 101

第100話 再びのビバルデ

しおりを挟む
「プリシラ!」

 その声にプリシラは思わずビクッと肩を震わせて振り返る。
 父であるボルドとその従者として同行したベラ、ソニアと共に山を降りたプリシラは、徒歩で丸一日かけて共和国領ビバルデの街に戻ってきた。
 その後、訪れてきたのはいち早く知らせを受けてダニアからビバルデにとんぼ返りしてきたブリジットだった。

「母様……」

 街の広場で待つプリシラの姿を見たブリジットは、風のような速さで駆け寄ってきて娘の前に立つ。
 おそらくほとんど眠れていないのだろう。
 目の下にくまこしらえたブリジットは、疲れ切った表情でプリシラを見下ろした。

 その表情に怒りがにじんでいるのを見たプリシラは身をすくませて立ち尽くす。
 幼い頃からプリシラを怒る時、母はこのような顔をしていて、それを見ると今でもプリシラは怖くて何も言えなくなる。
 母は優しくていつも大きな愛情で包みこんでくれたが、怒らせるとあらしの日の雷のように怖いのだ。

「母様。ごめんなさ……」

 そう言いかけたプリシラをブリジットはギュッと強く抱きしめた。

「この馬鹿娘。いつもいつも心配ばかりかけて」

 母がわずかに肩を震わせているのを感じ、プリシラはたまらなくなってその体を抱きしめ返す。
 戦いで傷付いた体があちこち痛かったが、それでもプリシラは母の温もりにしがみつく幼子おさなごのようにブリジットに抱きついていた。

「母様。アタシ、エミルを助けられなくて……」
「おまえは精一杯やった。エミルのことは皆で探して必ず見つけ出す。おまえ1人が背負わなくていい」
「で、でもアタシが勝手にエミルを連れ出したりしなければ……」

 そう言うプリシラのほほをギュッとつねる。

「イタッ! か、母様?」
「それはおまえが悪い。身勝手なことをするなといつも言っているだろう。だが、おまえのそんな性格を知りながら、この街に連れ出したのはアタシだ。アタシにも責任がある」
「母様……」
「おまえがそんなことをすることくらいお見通しだったぞ。少しくらい羽目を外してもいいと思ったんだ。せっかくの外出だったからな」
「……うん」
「今回は運が悪かったんだ。だが、とにかく反省はしろ。それでも後ろは振り返るな。悔いてばかりの女には誰も付いてこないぞ」

 そう言うとブリジットはプリシラを放した。
 そして娘のとなりに立つ夫のボルドと固く抱擁ほうようを交わす。

「すみません。ブリジット。エミルも連れ帰る約束を果たせませんでした」
「ボルド。病み上がりのところお疲れ様。よくプリシラを連れ帰ってくれた。感謝するよ。エミルのことは皆で協力して見つけ出そう」

 エミルがこの場にいないことは誰よりも辛いはずのブリジットだが、彼女は夫と娘の前で暗い顔を見せない。
 女王としてというよりも、母としての強い振る舞いを見てプリシラは胸を打たれた。

(母様は……すごい人だ)

 ブリジットはボルドだけではなくベラやソニア、そしてこの街に駐留しているエリカとハリエットにもねぎらいの言葉をかける。
 ベラやソニアの弟子である彼女たちは、女王からの直々じきじきの言葉に恐縮していた。
 ブリジットが一通り皆に挨拶あいさつを済ませると、そこでボルドがすぐに本題に入る。

「この街に対策本部を作り、エミルの捜索そうさく隊を組織しましょう。ブリジット」
「ああ。だが人選はどうする? 捜索そうさく隊ともなれば長期の単独活動になるぞ」

 そう話し合う両親に、プリシラは決然とした表情で手を挙げる。

「アタシが行くわ。母様や父様が反対しても絶対にエミルを助けに行くから」 

 両親に我儘わがままを言うことはこれまでもあった。
 だがプリシラはこれだけはゆずれないという強い意思をその目に宿して両親を見つめる。
 そんな娘の表情を見て、ブリジットもボルドもしばしだまり込んだ
 やがてブリジットがため息交じりに口を開く。

「……プリシラ。おまえの決意は分かった。だがアタシはもちろん、ベラやソニアも付いていってやることは出来ないぞ。今はダニアを離れるわけにはいかない」

 ダニアは同盟国である共和国と共に、王国からの侵略に備えなければならない。
 いくら家族のこととはいえ、さらわれた息子を探しに行くために女王が公務を放り出すわけにはいかない。
 ベラとソニアも同様だ。

 彼女らはブリジットの側近というだけでなく、ダニア軍の中でそれぞれ立場がある。
 この有事に国を空けるわけにはいかない。
 そうした事情を踏まえてボルドはプリシラに言った。

「プリシラが捜索そうさく隊に参加したい気持ちは分かるし、君の力や武術の腕はよく知っている。だから私もブリジットも絶対に反対というわけじゃない。それでも君を参加させるなら絶対に作戦を完遂できる精鋭部隊を組織する必要がある。プリシラ。自覚して欲しいんだ。君は確かに強くて、エミルを助けるための作戦に適した人物かもしれない。でも同時に君自身がエミルと同じく敵にとっての有用な人質となり得てしまうことを忘れないで欲しい。分かるね?」

 優しい口調ではあるが、厳しい父の言葉にその意味をみ締めながら、それでもプリシラはうなづく。
 絶対に曲げない意思をその引き結んだ口元ににじませて。
 そんな娘の表情を見たボルドはブリジットと顔を見合わせてうなづき合う。

「先日の宿に部屋を取ってある。そこで緊急会議を始めるぞ。大至急、捜索隊の人選を行う」

 そう言うブリジットにその場にいる一同は声を上げて応えるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 暗闇くらやみの中で何者かの気配を感じ、エミルは目を開けた。
 茫洋ぼうようとした意識の中、目にはあかりが飛び込んでくる。
 随分ずいぶんと長いこと眠っていたような気がしてエミルは目をしばたかせた。

(ここは……? 僕は何をしていたんだっけ……)

 今、自分がどのような状況に置かれているのかすぐには理解できない。
 故郷であるダニアの、いつもの自分の部屋で目が覚めたのだと思っていた。
 だが……。

「あら坊や。お目覚めね」

 それは女の声だった。
 その声におどろいて首を傾けると、すぐとなりに誰かが寝そべっているのが分かる。
 思わずエミルは悲鳴のような声を上げた。

「ひっ!」

 エミルはおどろいてその場から逃げようとする。
 だが手足がなわのようなもので拘束こうそくされているらしく、動くことが出来ない。
 
「ふふふ。おどろかせてごめんなさいね。坊や。私のこと覚えているかしら?」

 その声にエミルは恐る恐る女の顔を見る。
 白い髪の若い女だ。
 それが自分たちを襲ってきた敵の女だと知ると、エミルは臓腑ぞうふの底から冷たい恐怖がこみ上げてきて、体の震えが止まらなくなった。

(ぼ、僕……敵に捕まってしまったの?)

 エミルの脳裏のうりにここまでの様々な出来事がよみがえってくる。 
 最後の記憶はあの谷間の岩橋からジャスティーナが落下してしまった時のことだ。
 その後、自分がどうして敵に捕まってしまったのかは分からない。
 だが、今こうして自分が敵の手に落ちてしまったということは、自分のことを守るために戦ってくれた仲間たちはどうなったのかとエミルは恐ろしくなった。

「ぼ、僕の仲間たちは……」
「さて、どうなったでしょうねぇ。いい子にしていたら教えてあげるわよ。坊や」

 そう言うとオニユリは恍惚こうこつとした笑みを浮かべる。
 その顔が恐ろしくてたまらず、エミルはガタガタと震えながら必死に黒髪術者ダークネスの力で周囲を探ろうとした。
 だが……。

(……あれ? 何も感じない。力が……使えない)

 その事実にエミルは愕然がくぜんとする。
 黒髪術者ダークネスとしての力が自分の体から消えてしまっていた。
 それは自分がただの無力な子供に過ぎなくなっているという冷たい事実をエミルに否応いやおうなし突き付けてくる。

「さあ坊や。お楽しみの時間よ」

 そう言うオニユリの顔がゆっくりと近付いてくる。
 エミルは震えながら顔を背けた。
 あまりの恐怖に声も出ない。
 今のエミルに出来ることは、歯を食いしばり心の中で必死に助けを求めることだけだった。

(助けて。母様、父様。助けて……姉様)


*『蛮族女王の娘』第1部【公国編】 完

************************************
今回もお読みいただきましてありがとうございました。
『蛮族女王の娘』第1部【公国編】はここで完結となります。

引き続き
第2部【共和国編】第101話【銀色の憂い】をお楽しみ下さい。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/540294390/449909734/episode/8856651
次回もよろしくお願いいたします。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

令和の俺と昭和の私

廣瀬純一
ファンタジー
令和の男子と昭和の女子の体が入れ替わる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...