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第97話 見つからぬ者たち

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「で、そのジャスティーナってのはどんな奴なんだ?」

 岩橋から谷底へと向かう迂回路うかいろを通り、谷底の川原に降り立つとベラはそうたずねた。
 ジュードは相棒と同じ特徴を持つベラに見慣れた面影おもかげを重ねながら答える。

「あんたと同じさ。彼女は……ジャスティーナはダニアの女なんだ」
「何だって?」

 思わずいぶかしむベラに、ジュードは端的な説明を口にする。
 ジャスティーナがはぐれ者のダニアの女であることと、砂漠島の出身であり、新都ダニアに攻め込む途中で部隊から抜けたのだということも。
 ただ、ジャスティーナがグラディスの弟子だということはせた。
 ベラに敵意を持たれても困ると思ったからだ。

「なるほどな。敵になる女だったのか」 
「彼女は黒き魔女アメーリアを憎んでいた。あんたたちと敵対するつもりはなかったんだ」

 ジュードの言葉にベラは苦笑を浮かべる。

「もう昔のことだ。別にそのジャスティーナに対して変な敵意を持ったりしねえから余計な心配すんなよ」

 そう言うとベラは目の前を流れる川をのぞき込んだ。
 川幅は10メートル以上はある大きな川で、深さも場所によっては川底が見えないほど深い。
 そんなベラの様子を尻目にジュードがふと視線を転じると、砂利じゃりだらけの川原にはジャスティーナが先ほどの放り投げた短弓が落ちていた。
 短弓は落下の衝撃でつるが切れてしまっている。
 ジュードは悲痛な顔でそれを拾い上げた。

(ジャスティーナ……)

 そんなジュードにえて目を向けず、ベラは川面かわものぞき込んだまま口を開いた。

「目で見える限り、しずんでいる感じはねえな」

 そう言いながらベラはおもむろに革鎧かわよろいを脱ぎ始める。
 それを見たジュードはサッと後ろを向いた。

「潜るのか? 流れが速いから危険だ。やめておいたほうがいい」

 川は激流というほどではないが、山の中の川らしく流れはそれなりに速い。
 だがベラは平然と衣服を脱ぎ捨てて裸になると言った。

「ガキの頃から川にはさんざん潜ってきたからな。川幅や深さを見ればだいたい流れ方は分かる。そこで待ってな。手拭てぬぐいがあるなら用意しておいてくれ」

 そう言うとベラは臆することなく川に入っていった。

☆☆☆☆☆☆

 太陽が天頂を過ぎる頃になってようやく谷底まで日が差すようになった。
 つい先ほどまで川の中を捜索そうさくしていたベラは今、き火に当たって水で冷えた体を温めている。
 ジャスティーナを見つけるために1時間以上に渡って川の中に潜ってくれたベラのために、ジュードは火をいた。

 そしてそれで湯をかし、蒸留酒をその湯で割ったものをベラに差し出す。
 彼が自分の荷物の中に常備しておいたものだ。
 ベラはそれをうまそうにすすりながら笑顔を見せる。

「おまえ。気がくな」
「相棒が君みたいにちょっと無茶する女だったからね。自然と身に着いたんだ」
「……いい仲だったのか?」
「まさか。俺と彼女は戦友みたいなもんさ。だから……何とか見つけてやりたいんだ」

 そう言うジュードの目にさびしげな色がにじむ。
 ジャスティーナは見つからなかった。
 川の中を自在に潜ったベラがこの辺りの川底を徹底的に探したが、遺体は沈んでいなかった。

「まあ、流されちまったんだろうなぁ。だとすると下流のどこかに流れ着いているだろうが、探すのは相当に骨が折れるぞ」
「ベラ。ありがとう。ここから先は俺が下流に向かいながら探すよ。彼女を見つけてやらないと」
 
 そう言うジュードにベラはうなづいた。

「悪いな。最後まで付き合ってやれなくて」
「いいんだ。君にはエミルを探して見つけてほしい。エミルはいい子だ。絶対に無事でいてほしいんだ。もし仮にチェルシーの部隊に捕らえられているとしても、大事な人質として丁重ていちょうに扱われるだろう」

 その話を聞くとベラは立ち上がる。

「とりあえず上に上がるか。ボルドと合流してそこで解放だな」

 彼女の言葉にジュードはうなづき、川の水でき火を消した。  
 白煙はくえんが立ち昇るのを目で追い、ベラは頭上の岩橋を見上げる。

「あの高さから落ちたのか」

 岩橋までは十数メートルの高さがある。
 普通ならばあの上から落ちたのならば、まず助からないだろう。
 それでもベラはジュードに言った。

「ボルドはな、昔もっとずっと高いがけから落ちたことがあるんだ」
「えっ?」

 唐突な話にジュードはおどろいて顔を上げる。

「その場所もここみたいに谷底に川が流れていてな、誰もが死んだと思ったが、ボルドはああして今も生きている。世の中にはそういうこともあるのさ。ましてやそのジャスティーナってのはダニアの女なんだろ? ダニアの女は簡単にはくたばらねえ。今も生きているかもな」

 そう言うとベラは快活な笑みを浮かべる。
 少しでも心を強く持つようにはげましてくれているのだと感じ、ジュードはそんな彼女の気遣きづかいに感謝した。

「確かに……心臓も鋼鉄で出来てそうな彼女のことだから今もどこかで生きているかもね」

 そんな希望は皆無かいむに等しいと分かっている。
 それでもそう口にすることで、ここから歩き出す足に力強さが増すのだ。
 今のジュードに必要なのは希望だった。

「行くぞ」

 そう言って先導して歩くベラの背を追い、ジュードは大地を踏みしめて歩き出すのだった。

 ☆☆☆☆☆☆
 
「うおおおい。そろそろ片付けるべ」

 小船に乗った初老の川漁師が、岸で待つ妻に手を振る。
 夫婦で川漁を始めて35年の熟達した漁師だ。
 この日もいつも通りの漁仕事を終え、これから帰宅して妻と2人、仲むつまじく食事を共にする。
 そうした変わらぬ生活を続ける漁師だったが、この日はいつもと違う出来事が起きた。

 漁師の乗る小船に後方からゴンと音を立てて何かがぶつかってきたのだ。
 何事かと思い、小船の後方を振り返った漁師は思わずおどろいて目をく。
 船体のすぐ横に浮いていたのは、人間の体だったのだ。

「ひえっ!」

 漁師は思わず小船の上で腰を抜かしてしりもちを着いた。
 水面に浮かぶ人の体は、そんな漁師のすぐ真横まで流れてくる。
 漁師は恐る恐る船縁ふなべりに首を伸ばしてその姿をのぞき見た。

「し、死体だ……。おぼれちまったんだべか」

 それは体格のいい赤毛の女だった。
 体中が傷だらけで、こめかみの部分にもベッタリと血が付着している。

「かわいそうに。せめて埋葬まいそうしてやらねば……」

 漁師りょうしがそう言いかけたその時だった。

「……うぅ」

 死んでいると思った女のまぶたがピクリと動き、その口から弱々しいうめき声が聞こえてきたのだ。
 漁師は再びおどろいて目をく。

「た、大変だ……こりゃ生きてるでねえか!」

 漁師は背後を振り返り、岸辺で待っている妻に大声で呼びかけた。

「うおおおい! 仲間たちを呼んできてくれ! 大ケガした女が流れてきた!」

 漁師の濁声だみごえが谷間に響き渡る中、妻はあわてて人を呼びに駆け出すのだった。
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