蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第94話 対面

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「俺はジュード。王国の生まれで、今は国を捨てて放浪の身だ。旅の途中で偶然にダニアのプリシラとエミルに出会い、ここまで行動を共にしていた」

 ジュードのその話に女戦士は片方のまゆをピクリと上げ、ジュードを見据みすえたまま片手で後方にいる仲間たちに合図を送る。
 こっちに来いと。
 それを見た黒髪の男性ともう1人の大柄な赤毛の女が岩橋を渡って近付いてきた。

「こいつ。プリシラとエミルと行動を共にしていたんだとさ」

 その言葉におどろきの表情を浮かべたのは黒髪の男性だ。
 彼は臆することなくジュードの目の前に歩み出ると一礼する。

「私はダニアのボルド。プリシラとエミルの父親です。子供たちがお世話になったようですね。まずは御礼をいたします」

 女王ブリジットの夫でありながらおどろくほど物腰の低いボルドの言動にジュードは思わず面食らって、コクリとうなづくばかりだった。

「子供たちは今どこに?」

 穏やかな口調ながら、ボルドの目には真剣に子供らの身を案じる不安な色がにじんでいる。
 親の顔をした彼に真摯しんしに答えねばと思ったジュードは出来る限り端的に答えた。

「プリシラとエミルは……2人でチェルシーと戦っていましたが、撤退する彼らを追っていきました」

 その話にはボルドだけではなく女戦士2人もおどろきの表情を浮かべる。
 ボルドは努めて冷静な口調でジュードに問いかけた。

「2人とも無事なんですね?」
「はい。戦いで傷付いていはいますが、2人とも無事です」
「チェルシーと言われましたが、それは……」
「王国軍のチェルシー将軍です。俺がプリシラたちと出会ったのはアリアドでのことなのですが、そこを占領していたチェルシーの部下に目をつけられたようで、2人の身柄を拘束こうそくしようとチェルシーが十数人の部隊をひきいてここまで追ってきたのです」

 その話に女戦士たちは厳しい表情で顔を見合わせ、ボルドも表情を曇らせた。

「王国軍の公国侵略には共和国も懸念を示しています。その同盟国である我らダニアも同様です。チェルシー将軍がわざわざプリシラたちを追ってきたというのは、親としてだけでなく、ダニアの一員としても見過ごせません」

 そこで我慢できずに背後の女戦士の1人がたずねた。

「おい。ジュードとか言ったな。プリシラとエミルが2人でチェルシーと戦ったとか言ったが、エミルは戦うことなんて出来ねえぞ。デタラメこいてんじゃねえのか?」
「……俺もおどろいているんだ。エミルと数日過ごして、彼は黒髪術者ダークネスであること以外には普通の少年だと思っていたから。だけど……俺の相棒の戦士がやられて、プリシラもチェルシー相手に苦戦している中で、エミルは急に変わってしまったんだ」

 そう言うとジュードは横たわる3人の白髪の男らの遺体に思わず目をやった。
 それを見た女戦士らは驚愕きょうがくの表情で、それらの遺体を見下ろす。
 3人の遺体のうち2人は無残に喉笛のどぶえをかき切られて死んでいる。
 そしてもう1人は両目をつぶされ、胸を幾度いくども刃物で突き刺されて息絶えていた。
 
 いずれもむごたらしい死に方だ。
 女戦士たちは3つの遺体を見下ろし、とても信じがたいといった顔をした。
  
「こ、こいつらを……エミルが?」

 彼女たちのおどろきはもちろんジュードにも理解できる。
 あの気弱で穏やかなエミルがこれほど残酷な所業を出来ると誰が思うだろう。
 まだわずか10歳の少年の手では、とても行えないような蛮行ばんこうだ。
 だが、この中でただ1人、この状況を予見していた人物がいた。
 エミルの父のボルドだ。

「……エミルはおよそ250年ぶりに生まれた女王の息子です。私の妻である7代目ブリジット以前に男児を出産したのは初代ブリジットまでさかのぼります」

 ボルドは勤勉な男として有名で、今ではダニアの歴史に誰よりも精通している。
 ダニア本家の女王には代々、ブリジットという名がかんされてきた。 
 今の女王である第7代ブリジットにも幼名であるライラという名前がある。
 そしてプリシラもいずれは第8代ブリジットの名をかんするようになるのだ。
 
 ブリジットの血脈は代々、一子相伝で女児が1人だけ生まれて来た。
 第2代~6代のブリジットは1人として男児を産まなかったのだ。
 もともとダニアは8割ほどの確率で女児が生まれる特殊な血族であるため、それは決してめずらしいことではなかった。
 むしろ女王に息子が生まれること自体が例外中の例外なのだ。

「まさか……あの眉唾まゆつばものの伝説か?」

 女戦士が言ったのはダニアに古くから伝わる伝承で、その真実性は今となっては定かではない話だった。
 ボルドは静かにうなづく。

「初代ブリジットの息子エルメリオは普段は温厚な性格だったそうですが、おのれの身や親しい者に危険が及ぶと豹変ひょうへんし、凶暴なけもののように暴れ狂ったそうです。その力はすさまじく、初代ブリジットやその娘である2代目ブリジットにも匹敵したといいます。ただ……エルメリオはその体が自身の力に耐え切れるほど強靭きょうじんではなかったらしく、戦いの中で心臓が止まってしまい、急死したという悲劇的な伝承があります」

 その伝承はダニアの民ならば誰もが知っている。
 ボルドはエミルの身に今、宿る者の話は皆にはしなかった。
 その話はボルドとブリジットしか知らない話だからだ。
 他の者に話してもおそらく理解は難しいだろうし、無駄むだに混乱させるだけだと思ってせておくことにした。

「何にせよ、幼いエミルの体では激しい戦いには耐え切れません。早く止めなければ……」

 そう言うとボルドはエミルの気配を探ろうとする。
 だが、先ほどまで肌を刺す様に感じていた黒い気配が、この岩橋に辿たどり着いた頃には消えていたのだ。
 エミルの身に何かが起きたのではないかとボルドは懸念けねんを覚える。 
 ちょうどその時だった。

 岩橋の向こう側、山の尾根を下る道の脇にある茂みの中から1人の人影が出て来たのだ。
 それは美しい金色の髪を持つ少女だった。
 その姿を見たボルドはハッと息を飲み、思わず駆け出していた。
 探していた少女のその名を叫びながら。

「プリシラ!」

 そう。
 姿を現したのは娘のプリシラだったのだ。
 ボルドの声にプリシラはビクッと体を震わせ、思わず立ち尽くした。
 その顔がおどろきに固まっている。
 だが、声の主が自分の父親だと知ると、その顔が見る見るうちに泣き顔にゆがんでいった。 

「と、父様……父様!」

 プリシラも父に向かって駆け出した。
 再会を果たした父と娘はそのもどかしい距離をたがいに駆け寄ると、かけがえの無いその存在を確かめ合うように固く抱擁ほうようを交わすのだった。
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