95 / 101
第94話 対面
しおりを挟む
「俺はジュード。王国の生まれで、今は国を捨てて放浪の身だ。旅の途中で偶然にダニアのプリシラとエミルに出会い、ここまで行動を共にしていた」
ジュードのその話に女戦士は片方の眉をピクリと上げ、ジュードを見据えたまま片手で後方にいる仲間たちに合図を送る。
こっちに来いと。
それを見た黒髪の男性ともう1人の大柄な赤毛の女が岩橋を渡って近付いてきた。
「こいつ。プリシラとエミルと行動を共にしていたんだとさ」
その言葉に驚きの表情を浮かべたのは黒髪の男性だ。
彼は臆することなくジュードの目の前に歩み出ると一礼する。
「私はダニアのボルド。プリシラとエミルの父親です。子供たちがお世話になったようですね。まずは御礼をいたします」
女王ブリジットの夫でありながら驚くほど物腰の低いボルドの言動にジュードは思わず面食らって、コクリと頷くばかりだった。
「子供たちは今どこに?」
穏やかな口調ながら、ボルドの目には真剣に子供らの身を案じる不安な色が滲んでいる。
親の顔をした彼に真摯に答えねばと思ったジュードは出来る限り端的に答えた。
「プリシラとエミルは……2人でチェルシーと戦っていましたが、撤退する彼らを追っていきました」
その話にはボルドだけではなく女戦士2人も驚きの表情を浮かべる。
ボルドは努めて冷静な口調でジュードに問いかけた。
「2人とも無事なんですね?」
「はい。戦いで傷付いていはいますが、2人とも無事です」
「チェルシーと言われましたが、それは……」
「王国軍のチェルシー将軍です。俺がプリシラたちと出会ったのはアリアドでのことなのですが、そこを占領していたチェルシーの部下に目をつけられたようで、2人の身柄を拘束しようとチェルシーが十数人の部隊を率いてここまで追ってきたのです」
その話に女戦士たちは厳しい表情で顔を見合わせ、ボルドも表情を曇らせた。
「王国軍の公国侵略には共和国も懸念を示しています。その同盟国である我らダニアも同様です。チェルシー将軍がわざわざプリシラたちを追ってきたというのは、親としてだけでなく、ダニアの一員としても見過ごせません」
そこで我慢できずに背後の女戦士の1人が尋ねた。
「おい。ジュードとか言ったな。プリシラとエミルが2人でチェルシーと戦ったとか言ったが、エミルは戦うことなんて出来ねえぞ。デタラメこいてんじゃねえのか?」
「……俺も驚いているんだ。エミルと数日過ごして、彼は黒髪術者であること以外には普通の少年だと思っていたから。だけど……俺の相棒の戦士がやられて、プリシラもチェルシー相手に苦戦している中で、エミルは急に変わってしまったんだ」
そう言うとジュードは横たわる3人の白髪の男らの遺体に思わず目をやった。
それを見た女戦士らは驚愕の表情で、それらの遺体を見下ろす。
3人の遺体のうち2人は無残に喉笛をかき切られて死んでいる。
そしてもう1人は両目を潰され、胸を幾度も刃物で突き刺されて息絶えていた。
いずれもむごたらしい死に方だ。
女戦士たちは3つの遺体を見下ろし、とても信じ難いといった顔をした。
「こ、こいつらを……エミルが?」
彼女たちの驚きはもちろんジュードにも理解できる。
あの気弱で穏やかなエミルがこれほど残酷な所業を出来ると誰が思うだろう。
まだわずか10歳の少年の手では、とても行えないような蛮行だ。
だが、この中でただ1人、この状況を予見していた人物がいた。
エミルの父のボルドだ。
「……エミルはおよそ250年ぶりに生まれた女王の息子です。私の妻である7代目ブリジット以前に男児を出産したのは初代ブリジットまで遡ります」
ボルドは勤勉な男として有名で、今ではダニアの歴史に誰よりも精通している。
ダニア本家の女王には代々、ブリジットという名が冠されてきた。
今の女王である第7代ブリジットにも幼名であるライラという名前がある。
そしてプリシラもいずれは第8代ブリジットの名を冠するようになるのだ。
ブリジットの血脈は代々、一子相伝で女児が1人だけ生まれて来た。
第2代~6代のブリジットは1人として男児を産まなかったのだ。
もともとダニアは8割ほどの確率で女児が生まれる特殊な血族であるため、それは決して珍しいことではなかった。
むしろ女王に息子が生まれること自体が例外中の例外なのだ。
「まさか……あの眉唾ものの伝説か?」
女戦士が言ったのはダニアに古くから伝わる伝承で、その真実性は今となっては定かではない話だった。
ボルドは静かに頷く。
「初代ブリジットの息子エルメリオは普段は温厚な性格だったそうですが、己の身や親しい者に危険が及ぶと豹変し、凶暴な獣のように暴れ狂ったそうです。その力は凄まじく、初代ブリジットやその娘である2代目ブリジットにも匹敵したといいます。ただ……エルメリオはその体が自身の力に耐え切れるほど強靭ではなかったらしく、戦いの中で心臓が止まってしまい、急死したという悲劇的な伝承があります」
その伝承はダニアの民ならば誰もが知っている。
ボルドはエミルの身に今、宿る者の話は皆にはしなかった。
その話はボルドとブリジットしか知らない話だからだ。
他の者に話してもおそらく理解は難しいだろうし、無駄に混乱させるだけだと思って伏せておくことにした。
「何にせよ、幼いエミルの体では激しい戦いには耐え切れません。早く止めなければ……」
そう言うとボルドはエミルの気配を探ろうとする。
だが、先ほどまで肌を刺す様に感じていた黒い気配が、この岩橋に辿り着いた頃には消えていたのだ。
エミルの身に何かが起きたのではないかとボルドは懸念を覚える。
ちょうどその時だった。
岩橋の向こう側、山の尾根を下る道の脇にある茂みの中から1人の人影が出て来たのだ。
それは美しい金色の髪を持つ少女だった。
その姿を見たボルドはハッと息を飲み、思わず駆け出していた。
探していた少女のその名を叫びながら。
「プリシラ!」
そう。
姿を現したのは娘のプリシラだったのだ。
ボルドの声にプリシラはビクッと体を震わせ、思わず立ち尽くした。
その顔が驚きに固まっている。
だが、声の主が自分の父親だと知ると、その顔が見る見るうちに泣き顔に歪んでいった。
「と、父様……父様!」
プリシラも父に向かって駆け出した。
再会を果たした父と娘はそのもどかしい距離を互いに駆け寄ると、かけがえの無いその存在を確かめ合うように固く抱擁を交わすのだった。
ジュードのその話に女戦士は片方の眉をピクリと上げ、ジュードを見据えたまま片手で後方にいる仲間たちに合図を送る。
こっちに来いと。
それを見た黒髪の男性ともう1人の大柄な赤毛の女が岩橋を渡って近付いてきた。
「こいつ。プリシラとエミルと行動を共にしていたんだとさ」
その言葉に驚きの表情を浮かべたのは黒髪の男性だ。
彼は臆することなくジュードの目の前に歩み出ると一礼する。
「私はダニアのボルド。プリシラとエミルの父親です。子供たちがお世話になったようですね。まずは御礼をいたします」
女王ブリジットの夫でありながら驚くほど物腰の低いボルドの言動にジュードは思わず面食らって、コクリと頷くばかりだった。
「子供たちは今どこに?」
穏やかな口調ながら、ボルドの目には真剣に子供らの身を案じる不安な色が滲んでいる。
親の顔をした彼に真摯に答えねばと思ったジュードは出来る限り端的に答えた。
「プリシラとエミルは……2人でチェルシーと戦っていましたが、撤退する彼らを追っていきました」
その話にはボルドだけではなく女戦士2人も驚きの表情を浮かべる。
ボルドは努めて冷静な口調でジュードに問いかけた。
「2人とも無事なんですね?」
「はい。戦いで傷付いていはいますが、2人とも無事です」
「チェルシーと言われましたが、それは……」
「王国軍のチェルシー将軍です。俺がプリシラたちと出会ったのはアリアドでのことなのですが、そこを占領していたチェルシーの部下に目をつけられたようで、2人の身柄を拘束しようとチェルシーが十数人の部隊を率いてここまで追ってきたのです」
その話に女戦士たちは厳しい表情で顔を見合わせ、ボルドも表情を曇らせた。
「王国軍の公国侵略には共和国も懸念を示しています。その同盟国である我らダニアも同様です。チェルシー将軍がわざわざプリシラたちを追ってきたというのは、親としてだけでなく、ダニアの一員としても見過ごせません」
そこで我慢できずに背後の女戦士の1人が尋ねた。
「おい。ジュードとか言ったな。プリシラとエミルが2人でチェルシーと戦ったとか言ったが、エミルは戦うことなんて出来ねえぞ。デタラメこいてんじゃねえのか?」
「……俺も驚いているんだ。エミルと数日過ごして、彼は黒髪術者であること以外には普通の少年だと思っていたから。だけど……俺の相棒の戦士がやられて、プリシラもチェルシー相手に苦戦している中で、エミルは急に変わってしまったんだ」
そう言うとジュードは横たわる3人の白髪の男らの遺体に思わず目をやった。
それを見た女戦士らは驚愕の表情で、それらの遺体を見下ろす。
3人の遺体のうち2人は無残に喉笛をかき切られて死んでいる。
そしてもう1人は両目を潰され、胸を幾度も刃物で突き刺されて息絶えていた。
いずれもむごたらしい死に方だ。
女戦士たちは3つの遺体を見下ろし、とても信じ難いといった顔をした。
「こ、こいつらを……エミルが?」
彼女たちの驚きはもちろんジュードにも理解できる。
あの気弱で穏やかなエミルがこれほど残酷な所業を出来ると誰が思うだろう。
まだわずか10歳の少年の手では、とても行えないような蛮行だ。
だが、この中でただ1人、この状況を予見していた人物がいた。
エミルの父のボルドだ。
「……エミルはおよそ250年ぶりに生まれた女王の息子です。私の妻である7代目ブリジット以前に男児を出産したのは初代ブリジットまで遡ります」
ボルドは勤勉な男として有名で、今ではダニアの歴史に誰よりも精通している。
ダニア本家の女王には代々、ブリジットという名が冠されてきた。
今の女王である第7代ブリジットにも幼名であるライラという名前がある。
そしてプリシラもいずれは第8代ブリジットの名を冠するようになるのだ。
ブリジットの血脈は代々、一子相伝で女児が1人だけ生まれて来た。
第2代~6代のブリジットは1人として男児を産まなかったのだ。
もともとダニアは8割ほどの確率で女児が生まれる特殊な血族であるため、それは決して珍しいことではなかった。
むしろ女王に息子が生まれること自体が例外中の例外なのだ。
「まさか……あの眉唾ものの伝説か?」
女戦士が言ったのはダニアに古くから伝わる伝承で、その真実性は今となっては定かではない話だった。
ボルドは静かに頷く。
「初代ブリジットの息子エルメリオは普段は温厚な性格だったそうですが、己の身や親しい者に危険が及ぶと豹変し、凶暴な獣のように暴れ狂ったそうです。その力は凄まじく、初代ブリジットやその娘である2代目ブリジットにも匹敵したといいます。ただ……エルメリオはその体が自身の力に耐え切れるほど強靭ではなかったらしく、戦いの中で心臓が止まってしまい、急死したという悲劇的な伝承があります」
その伝承はダニアの民ならば誰もが知っている。
ボルドはエミルの身に今、宿る者の話は皆にはしなかった。
その話はボルドとブリジットしか知らない話だからだ。
他の者に話してもおそらく理解は難しいだろうし、無駄に混乱させるだけだと思って伏せておくことにした。
「何にせよ、幼いエミルの体では激しい戦いには耐え切れません。早く止めなければ……」
そう言うとボルドはエミルの気配を探ろうとする。
だが、先ほどまで肌を刺す様に感じていた黒い気配が、この岩橋に辿り着いた頃には消えていたのだ。
エミルの身に何かが起きたのではないかとボルドは懸念を覚える。
ちょうどその時だった。
岩橋の向こう側、山の尾根を下る道の脇にある茂みの中から1人の人影が出て来たのだ。
それは美しい金色の髪を持つ少女だった。
その姿を見たボルドはハッと息を飲み、思わず駆け出していた。
探していた少女のその名を叫びながら。
「プリシラ!」
そう。
姿を現したのは娘のプリシラだったのだ。
ボルドの声にプリシラはビクッと体を震わせ、思わず立ち尽くした。
その顔が驚きに固まっている。
だが、声の主が自分の父親だと知ると、その顔が見る見るうちに泣き顔に歪んでいった。
「と、父様……父様!」
プリシラも父に向かって駆け出した。
再会を果たした父と娘はそのもどかしい距離を互いに駆け寄ると、かけがえの無いその存在を確かめ合うように固く抱擁を交わすのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる