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第91話 衝撃
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ショーナは足がすくんでその場から動けなくなっていた。
彼女が見つめる先、チェルシーが黒髪の子供と戦っている。
先ほどまで守られるばかりで何も出来なかったその子供は、今やチェルシーを圧倒するほどの勢いで攻め立てていた。
ショーナの両隣には彼女の部下である2人の黒髪術者の男らが立っているが、彼らもショーナ同様に立ち尽くしたまま呻くように声を絞り出す。
「あ、あれが女王ブリジットの息子の力……」
「娘のプリシラだけじゃなく、息子のエミルも武術訓練を受けていたのか……」
そう言う部下たちの言葉をショーナは内心で否定する。
(違う……あれはエミル自身の強さじゃない)
部下たちよりも遥かに黒髪術者の力が強いショーナにだけは見えていた。
暴れ狂うエミルの背後に亡霊のように浮かぶ黒髪の女の姿が。
そしてその女はショーナをじっと見つめていた。
黒い波動と共にショーナの頭の中におぞましい声が響き渡って来る。
【あなたには……言ったわよね? ワタクシの……かわいい坊やを奪おうとするなら……呪い殺すって】
その声と共に不気味な笑い声がショーナの頭の中に響いて止まらない。
怖気が背すじを這い上る。
叶うことなら今すぐこの場に背を向けて逃げ出したかった。
だが、それでもショーナは今も戦うチェルシーの姿を見て拳を握り締める。
(このままでは……チェルシー様が危険だ)
ショーナは大きく息を飲むと腹に力を入れ、部下の2人に向けて声を発する。
「……3人で協力してあの子供を押さえ込むわよ」
ショーナの言葉の意味を2人の黒髪の部下は正しく理解する。
黒髪術者に出来ることは腕力で敵を押さえ込むことではない。
敵が黒髪術者であるなら、こちらも黒髪術者の力を使って直接その頭の中に圧力を送り込むのだ。
ショーナを先頭に3人の黒髪術者たちはエミルに向けて念を送り込む。
その脳に干渉して活動を停止させるのだ。
だが……。
【……馬鹿ね。そんなことでワタクシが止まるとでも?】
その声と共に恐ろしい力の奔流が逆に押し寄せてくる。
逆流するその力は今までに感じたことがないほどの強い衝撃だった。
チェルシーと戦っているエミルがチラリとショーナに目を向ける。
その目が薄く細められ、次いでその口から子供の甲高い声が響き渡った。
「キィアアアアアアアッ!」
「うぐあっ!」
衝撃が大きな波となって一気に襲いかかって来る。
頭の中を網羅する血管の中に針を流し込まれたような激痛にショーナは思わず叫び声を上げて、地面に片膝をついた。
そして両隣の部下たちはそれでは済まなかった。
2人の黒髪の男たちは共に地面に崩れ落ち、白目を剥いて失神していた。
押し寄せる濁流のような黒き波動に耐え切れなかったのだろう。
「くっ……」
そしてその影響はショーナにも色濃く表れていた。
まるで耳元で大きな音を聞かされた時に聴力が一時的に鈍くなるかのように、ショーナの黒髪術者としての力が鈍くなっていた。
何かを感じ取ろうとしても、ぼやけてまともに感じ取ることが出来ない。
(ち、力が……使えない)
ショーナは己の身に起きた未曽有の変化に、愕然として顔を上げる。
王国軍の黒帯隊では黒髪術者の研究が他国の追随を許さぬほど進んでいる。
その中には黒髪術者の力を一時的に失わせる薬品まであった。
だが、このように力を送り込むことで相手を失神させたり、その能力を鈍化させたりするような力押しの技術は一度として聞いたことが無い。
(あれは……誰なの? あの小さな体の中に一体誰がいるというの?)
ショーナはいよいよ成す術なくチェルシーとエミルの戦いを見守るほかなかった。
☆☆☆☆☆☆
エミルとの戦いを続けながらチェルシーは見た。
ショーナが地面に片膝をついて苦しげに顔を歪めている様子と、その周りに2人の黒髪術者が倒れているのを。
おそらくエミルの黒髪術者の力が彼らに危険なほどの影響を及ぼしたのだろう。
その結果、自軍の黒髪術者たちが苦しんでいる様子を見てチェルシーは決断した。
(潮時ね。本当に予想外だったわ。エミルが……こんなに危険な存在だったなんて)
チェルシーは口笛を鋭く吹き、片手を上げて手首を返す。
その合図を見た彼女の部下たちはすぐにその意思の伝達を受けて動き出した。
撤退の合図だ。
それを受けた部下たちは仲間の遺体を担ぎ上げ、倒れている黒髪術者らも担ぎ上げてその場を離れていく。
一方、谷間の向こう岸にいるシジマはすぐさま岩橋の中程にある部下たちの遺体の元へ駆け寄った。
ジュードはそのすぐ近くで、撃たれた左肩を右手で押さえて座り込んでいる。
それを見たプリシラは全身の痛みを堪えて、すぐさまジュードを守るべく彼の傍に駆け寄った。
シジマは拳銃を片手で構えてプリシラとジュードを牽制するも、一切発砲しない。
そして彼はプリシラをじっと見て言った。
「ここらで痛み分けだな。こちらもこれ以上はさすがに冗長だ」
「ふざけないで! あなた達のせいでジャスティーナが……」
激昂するプリシラだが、シジマは冷徹な表情を崩さない。
「こっちも数人殺された。だから痛み分けってことさ」
そう言うとシジマは倒れている部下の遺体から狙撃銃や拳銃の装備を抜き取っていく。
慎重に銃口をプリシラたちに向けたまま、部下たちの銃火器をまとめて大袋に入れ、それを背負った。
そしてシジマは後退していく。
プリシラはそれをみすみす見逃すつもりになれず、追おうとした。
だがジュードはプリシラの手を握ってそれを押し留める。
「これ以上は無理だ。撤退してくれるならありがたい」
「……ええ。でもまだエミルが……」
「エミルは……今までもああいうことがあったのか?」
今もチェルシーと戦い続けているエミルの姿に困惑しながらそう尋ねるジュードにプリシラは首を横に振る。
「いいえ。あんな姿は……一度も見たことがないわ。エミルにあんな力があるなんて……」
「そうか……とにかく今はああしてチェルシーと戦ってくれているけれど、まだエミルは子供の体だ。きっと無理をしているはずだ」
「ええ。アタシが加勢して、チェルシーを撃退しないと」
「だけどプリシラ。大丈夫か?」
「ええ。ジュードこそ治療しないと」
プリシラはチェルシーとの激しい戦闘で疲労困憊の上、刃物で傷つけられこそしなかったがチェルシーに殴る蹴るの激しい打撃を受けた。
そのため体のあちこちを痛めており、その顔にも痛々しい青アザを作っている。
そしてジュードも左肩を拳銃で撃たれ、急所こそ外れたが出血は続いていた。
「治療は後でいい。今はエミルを助けることを優先してくれ」
「そうね……ジャスティーナがここまで助けてくれたんだもの。エミルを救わないと」
そう言うとプリシラは悲しげな顔で岩橋の端から谷底を見下ろす。
先ほど川に落下したジャスティーナの姿はすでにない。
流されてしまったのか、それとも川底に沈んでしまったのか。
本当は今すぐ谷底に降りて彼女の姿を確かめたい。
そんなプリシラの気持ちを汲み取ったのか、ジュードは彼女に言った。
「今は……考えるな。プリシラ。エミルの事だけを考えよう。ここを必ず切り抜けて、その後に3人でジャスティーナを探しにいこう」
「……ええ。そうね」
プリシラはそう言うと唇を噛みしめた。
ジャスティーナの最後の姿を思い浮かべると、涙が溢れそうになる。
彼女に出会ってまだ数日のプリシラですらそんな気持ちなのだ。
彼女を相棒としているジュードの胸中を思うとプリシラは忍びなかった。
そんな気持ちを押し殺し、プリシラは立ち上がる。
その目を前方に向け、今もチェルシーと戦い続けている弟の元へと駆け出すのだった。
彼女が見つめる先、チェルシーが黒髪の子供と戦っている。
先ほどまで守られるばかりで何も出来なかったその子供は、今やチェルシーを圧倒するほどの勢いで攻め立てていた。
ショーナの両隣には彼女の部下である2人の黒髪術者の男らが立っているが、彼らもショーナ同様に立ち尽くしたまま呻くように声を絞り出す。
「あ、あれが女王ブリジットの息子の力……」
「娘のプリシラだけじゃなく、息子のエミルも武術訓練を受けていたのか……」
そう言う部下たちの言葉をショーナは内心で否定する。
(違う……あれはエミル自身の強さじゃない)
部下たちよりも遥かに黒髪術者の力が強いショーナにだけは見えていた。
暴れ狂うエミルの背後に亡霊のように浮かぶ黒髪の女の姿が。
そしてその女はショーナをじっと見つめていた。
黒い波動と共にショーナの頭の中におぞましい声が響き渡って来る。
【あなたには……言ったわよね? ワタクシの……かわいい坊やを奪おうとするなら……呪い殺すって】
その声と共に不気味な笑い声がショーナの頭の中に響いて止まらない。
怖気が背すじを這い上る。
叶うことなら今すぐこの場に背を向けて逃げ出したかった。
だが、それでもショーナは今も戦うチェルシーの姿を見て拳を握り締める。
(このままでは……チェルシー様が危険だ)
ショーナは大きく息を飲むと腹に力を入れ、部下の2人に向けて声を発する。
「……3人で協力してあの子供を押さえ込むわよ」
ショーナの言葉の意味を2人の黒髪の部下は正しく理解する。
黒髪術者に出来ることは腕力で敵を押さえ込むことではない。
敵が黒髪術者であるなら、こちらも黒髪術者の力を使って直接その頭の中に圧力を送り込むのだ。
ショーナを先頭に3人の黒髪術者たちはエミルに向けて念を送り込む。
その脳に干渉して活動を停止させるのだ。
だが……。
【……馬鹿ね。そんなことでワタクシが止まるとでも?】
その声と共に恐ろしい力の奔流が逆に押し寄せてくる。
逆流するその力は今までに感じたことがないほどの強い衝撃だった。
チェルシーと戦っているエミルがチラリとショーナに目を向ける。
その目が薄く細められ、次いでその口から子供の甲高い声が響き渡った。
「キィアアアアアアアッ!」
「うぐあっ!」
衝撃が大きな波となって一気に襲いかかって来る。
頭の中を網羅する血管の中に針を流し込まれたような激痛にショーナは思わず叫び声を上げて、地面に片膝をついた。
そして両隣の部下たちはそれでは済まなかった。
2人の黒髪の男たちは共に地面に崩れ落ち、白目を剥いて失神していた。
押し寄せる濁流のような黒き波動に耐え切れなかったのだろう。
「くっ……」
そしてその影響はショーナにも色濃く表れていた。
まるで耳元で大きな音を聞かされた時に聴力が一時的に鈍くなるかのように、ショーナの黒髪術者としての力が鈍くなっていた。
何かを感じ取ろうとしても、ぼやけてまともに感じ取ることが出来ない。
(ち、力が……使えない)
ショーナは己の身に起きた未曽有の変化に、愕然として顔を上げる。
王国軍の黒帯隊では黒髪術者の研究が他国の追随を許さぬほど進んでいる。
その中には黒髪術者の力を一時的に失わせる薬品まであった。
だが、このように力を送り込むことで相手を失神させたり、その能力を鈍化させたりするような力押しの技術は一度として聞いたことが無い。
(あれは……誰なの? あの小さな体の中に一体誰がいるというの?)
ショーナはいよいよ成す術なくチェルシーとエミルの戦いを見守るほかなかった。
☆☆☆☆☆☆
エミルとの戦いを続けながらチェルシーは見た。
ショーナが地面に片膝をついて苦しげに顔を歪めている様子と、その周りに2人の黒髪術者が倒れているのを。
おそらくエミルの黒髪術者の力が彼らに危険なほどの影響を及ぼしたのだろう。
その結果、自軍の黒髪術者たちが苦しんでいる様子を見てチェルシーは決断した。
(潮時ね。本当に予想外だったわ。エミルが……こんなに危険な存在だったなんて)
チェルシーは口笛を鋭く吹き、片手を上げて手首を返す。
その合図を見た彼女の部下たちはすぐにその意思の伝達を受けて動き出した。
撤退の合図だ。
それを受けた部下たちは仲間の遺体を担ぎ上げ、倒れている黒髪術者らも担ぎ上げてその場を離れていく。
一方、谷間の向こう岸にいるシジマはすぐさま岩橋の中程にある部下たちの遺体の元へ駆け寄った。
ジュードはそのすぐ近くで、撃たれた左肩を右手で押さえて座り込んでいる。
それを見たプリシラは全身の痛みを堪えて、すぐさまジュードを守るべく彼の傍に駆け寄った。
シジマは拳銃を片手で構えてプリシラとジュードを牽制するも、一切発砲しない。
そして彼はプリシラをじっと見て言った。
「ここらで痛み分けだな。こちらもこれ以上はさすがに冗長だ」
「ふざけないで! あなた達のせいでジャスティーナが……」
激昂するプリシラだが、シジマは冷徹な表情を崩さない。
「こっちも数人殺された。だから痛み分けってことさ」
そう言うとシジマは倒れている部下の遺体から狙撃銃や拳銃の装備を抜き取っていく。
慎重に銃口をプリシラたちに向けたまま、部下たちの銃火器をまとめて大袋に入れ、それを背負った。
そしてシジマは後退していく。
プリシラはそれをみすみす見逃すつもりになれず、追おうとした。
だがジュードはプリシラの手を握ってそれを押し留める。
「これ以上は無理だ。撤退してくれるならありがたい」
「……ええ。でもまだエミルが……」
「エミルは……今までもああいうことがあったのか?」
今もチェルシーと戦い続けているエミルの姿に困惑しながらそう尋ねるジュードにプリシラは首を横に振る。
「いいえ。あんな姿は……一度も見たことがないわ。エミルにあんな力があるなんて……」
「そうか……とにかく今はああしてチェルシーと戦ってくれているけれど、まだエミルは子供の体だ。きっと無理をしているはずだ」
「ええ。アタシが加勢して、チェルシーを撃退しないと」
「だけどプリシラ。大丈夫か?」
「ええ。ジュードこそ治療しないと」
プリシラはチェルシーとの激しい戦闘で疲労困憊の上、刃物で傷つけられこそしなかったがチェルシーに殴る蹴るの激しい打撃を受けた。
そのため体のあちこちを痛めており、その顔にも痛々しい青アザを作っている。
そしてジュードも左肩を拳銃で撃たれ、急所こそ外れたが出血は続いていた。
「治療は後でいい。今はエミルを助けることを優先してくれ」
「そうね……ジャスティーナがここまで助けてくれたんだもの。エミルを救わないと」
そう言うとプリシラは悲しげな顔で岩橋の端から谷底を見下ろす。
先ほど川に落下したジャスティーナの姿はすでにない。
流されてしまったのか、それとも川底に沈んでしまったのか。
本当は今すぐ谷底に降りて彼女の姿を確かめたい。
そんなプリシラの気持ちを汲み取ったのか、ジュードは彼女に言った。
「今は……考えるな。プリシラ。エミルの事だけを考えよう。ここを必ず切り抜けて、その後に3人でジャスティーナを探しにいこう」
「……ええ。そうね」
プリシラはそう言うと唇を噛みしめた。
ジャスティーナの最後の姿を思い浮かべると、涙が溢れそうになる。
彼女に出会ってまだ数日のプリシラですらそんな気持ちなのだ。
彼女を相棒としているジュードの胸中を思うとプリシラは忍びなかった。
そんな気持ちを押し殺し、プリシラは立ち上がる。
その目を前方に向け、今もチェルシーと戦い続けている弟の元へと駆け出すのだった。
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