90 / 101
第89話 邪悪な覚醒
しおりを挟む
谷間の向こう岸から岩橋を渡り、3人の白髪の男たちが近付いて来る。
ジュードは撃たれた左肩を手で押さえ、必死にエミルの前に立った。
迫ってくる敵からエミルを守るために。
相棒のジャスティーナはすでにいない。
もうエミルを守るのは自分しかいないのだとジュードは歯を食いしばった。
「おとなしくしろ。抵抗しなければ、これ以上は傷付けない」
前から歩み寄ってくる白髪の男3人は、狙撃銃を構えたままそう言った。
ジュードはそんな彼らに言う。
無駄だと分かっていても。
「この子たちを見逃してくれ。俺の身柄は自由にしてくれていい。俺は黒髪術者だ。あんたたちの役に立てる」
たが、そんなジュードの言葉を男たちは一笑に付した。
「馬鹿を言え。俺たちの主な目的はプリシラとエミルだ。むしろおまえはついでなんだよ。黒髪術者」
そう言うと白髪の戦士たちは一気に間合いを詰めてくる。
ジュードは短剣を突き出して先頭の男に攻撃を仕掛けるが、相手は鍛え上げられた戦士だ。
ジュードの振るった短剣はあっさりとかわされ、腹を殴られてあっという間に取り押さえられてしまった。
「ぐうぅ……」
「おとなしくしていろ。抵抗しても無駄だ」
2人の男に押さえ込まれてジュードは成す術もない。
殴られた衝撃で短剣も地面に落としてしまった。
そして残った最後の1人がエミルの肩に手をかける。
「立て。小僧」
その瞬間だった。
エミルが身を翻したかと思うと、突如として男が悲鳴を上げたのだ。
「ぎゃああああああっ!」
白髪の男は大きくのけ反り、その場に崩れ落ちる。
仲間の2人とジュードは何が起きたのか分からずに男を見た。
すると……男は両目を潰されて、眼窩から血を流していた。
「なっ……」
あまりのことに息を飲み、白髪の戦士2人はエミルを見やる。
するとエミルは両手の人差し指を前に突き出していたのだ。
その指が赤い血で染まっている。
「こ、このガキ……目を……俺の目を!」
両目を潰された男がそう叫ぶのを聞き、エミルはニヤリと笑う。
その顔を見たジュードはゾッとした。
そこにいるのは彼の知るエミルではなかった。
少年らしからぬ禍々しい笑み。
そして何よりその小さな体から発せられる信じられないほど黒く邪悪な波動に、ジュードは身震いする。
「エ、エミル……」
「ヒャーッ!」
ジュードの言葉に応えず、エミルは奇声を発して両目を潰された男に襲いかかった。
その幼い腕が瞬間的に筋肉で異常に盛り上がる。
そしてエミルの鋭い突きが男の鼻面を捉えた。
「がはっ!」
エミルに拳で殴りつけられた男は鼻血を噴き出しながら仰向けにひっくり返った。
エミルは先ほどジュードが落とした短剣を拾い上げると、倒れた男の上にのしかかり、その短剣を振り上げる。
ジュードはハッとして声を上げた。
「や、やめろ! エミル! やめるんだ!」
だがエミルは満面の笑みを浮かべながら短剣を振り下ろし、容赦なく白髪の男の胸に突き立てた。
「がはあっ!」
血が噴き上がる。
それを見たエミルは興奮したように短剣を引き抜くと、何度も何度も男の胸を刺した。
楽しくてたまらないといったように笑い声を上げながら。
「うふふふ……あはははは!」
幾度も胸を刺された男はもはや事切れており、動かなくなっている。
エミルは返り血を顔に浴び、恍惚の表情を浮かべながらジュードを見た。
その唇の近くに付着した血を舌で舐め取る様子にジュードは声を震わせる。
「お、おまえは……誰だ? エミルを……エミルを返せ!」
そう叫ぶジュードは恐怖に身を震わせていた。
そして幼い子供による悪魔のような凶行に唖然として動けなくなっていた2人の白髪の戦士らが、恐慌の面持ちを浮かべてエミルを取り押さえにかかる。
「こ、このガキがぁぁぁぁ!」
だがエミルは信じられないほど速く動き、手にした短剣で男2人の首を斬り裂いた。
男たちが白目を剥いて、その場に崩れ落ちる。
彼らが息絶えたのを見て、エミルは満足げな表情を浮かべた。
その顔は子供の体に乗り移った黒き悪魔のようだった。
☆☆☆☆☆☆
「なっ……」
プリシラを押さえ込んでいたチェルシーは、エミルの信じられない変貌に呆然としていた。
そして彼女に押さえ込まれているプリシラはさらに驚愕の表情を浮かべて声を絞り出す。
「エ、エミル……」
プリシラは眼前で起きていることがとても信じられなかった。
あの優しくて気の弱い弟が、嬉々とした表情で返り血を浴びながら3人の敵を殺した。
目の前で繰り広げられる惨劇はプリシラにとってまるで現実味のない悪夢のようだ。
そんなプリシラを押さえつけているチェルシーも呻くように言葉を絞り出す。
「な、何なの……あの力は。ダニアの男にあんな力はないはず。一体あなたたちはエミルにどんな訓連を施したの?」
プリシラはそれには答えなかった。
あまりのことに言葉が出なかったのだ。
屈強な女ばかりの一族であるダニアにも男は生まれる。
だが、彼らは女たちのように体も大きくならなければ力も強くならない。
それは女王の血を引くエミルもそうだった。
エミルは幼い頃から体も小さく、運動も苦手だったのだ。
(訓連? 武術の訓連どころか基礎体力の訓連すらロクに出来ないほどエミルは体が弱いのに……どうなっているの?)
赤子の頃から見てきた弟が、今はまるで別人だった。
プリシラはこの状況に理解が追い付かない。
そして3人の男たちを葬ったエミルはプリシラに目を向ける。
プリシラはエミルから向けられるその眼差しに、奇妙な恐ろしさを感じた。
(違う……あの目はエミルじゃない)
エミルの体の中に別の誰かがいる。
そう感じられるほど、エミルの目付きは変わっていた。
だが不思議と自分に対する敵意は感じなかった。
しかしそれでもプリシラはエミルのことが恐ろしかった。
それは……山中で危険な獣と出くわした時とよく似ている。
「エミル! どうしちゃったのよ!」
プリシラはたまらずに声を上げていた。
だがエミルはそれには答えない。
代わりに目をギラつかせたまま、飛びかかって来るのだった。
ジュードは撃たれた左肩を手で押さえ、必死にエミルの前に立った。
迫ってくる敵からエミルを守るために。
相棒のジャスティーナはすでにいない。
もうエミルを守るのは自分しかいないのだとジュードは歯を食いしばった。
「おとなしくしろ。抵抗しなければ、これ以上は傷付けない」
前から歩み寄ってくる白髪の男3人は、狙撃銃を構えたままそう言った。
ジュードはそんな彼らに言う。
無駄だと分かっていても。
「この子たちを見逃してくれ。俺の身柄は自由にしてくれていい。俺は黒髪術者だ。あんたたちの役に立てる」
たが、そんなジュードの言葉を男たちは一笑に付した。
「馬鹿を言え。俺たちの主な目的はプリシラとエミルだ。むしろおまえはついでなんだよ。黒髪術者」
そう言うと白髪の戦士たちは一気に間合いを詰めてくる。
ジュードは短剣を突き出して先頭の男に攻撃を仕掛けるが、相手は鍛え上げられた戦士だ。
ジュードの振るった短剣はあっさりとかわされ、腹を殴られてあっという間に取り押さえられてしまった。
「ぐうぅ……」
「おとなしくしていろ。抵抗しても無駄だ」
2人の男に押さえ込まれてジュードは成す術もない。
殴られた衝撃で短剣も地面に落としてしまった。
そして残った最後の1人がエミルの肩に手をかける。
「立て。小僧」
その瞬間だった。
エミルが身を翻したかと思うと、突如として男が悲鳴を上げたのだ。
「ぎゃああああああっ!」
白髪の男は大きくのけ反り、その場に崩れ落ちる。
仲間の2人とジュードは何が起きたのか分からずに男を見た。
すると……男は両目を潰されて、眼窩から血を流していた。
「なっ……」
あまりのことに息を飲み、白髪の戦士2人はエミルを見やる。
するとエミルは両手の人差し指を前に突き出していたのだ。
その指が赤い血で染まっている。
「こ、このガキ……目を……俺の目を!」
両目を潰された男がそう叫ぶのを聞き、エミルはニヤリと笑う。
その顔を見たジュードはゾッとした。
そこにいるのは彼の知るエミルではなかった。
少年らしからぬ禍々しい笑み。
そして何よりその小さな体から発せられる信じられないほど黒く邪悪な波動に、ジュードは身震いする。
「エ、エミル……」
「ヒャーッ!」
ジュードの言葉に応えず、エミルは奇声を発して両目を潰された男に襲いかかった。
その幼い腕が瞬間的に筋肉で異常に盛り上がる。
そしてエミルの鋭い突きが男の鼻面を捉えた。
「がはっ!」
エミルに拳で殴りつけられた男は鼻血を噴き出しながら仰向けにひっくり返った。
エミルは先ほどジュードが落とした短剣を拾い上げると、倒れた男の上にのしかかり、その短剣を振り上げる。
ジュードはハッとして声を上げた。
「や、やめろ! エミル! やめるんだ!」
だがエミルは満面の笑みを浮かべながら短剣を振り下ろし、容赦なく白髪の男の胸に突き立てた。
「がはあっ!」
血が噴き上がる。
それを見たエミルは興奮したように短剣を引き抜くと、何度も何度も男の胸を刺した。
楽しくてたまらないといったように笑い声を上げながら。
「うふふふ……あはははは!」
幾度も胸を刺された男はもはや事切れており、動かなくなっている。
エミルは返り血を顔に浴び、恍惚の表情を浮かべながらジュードを見た。
その唇の近くに付着した血を舌で舐め取る様子にジュードは声を震わせる。
「お、おまえは……誰だ? エミルを……エミルを返せ!」
そう叫ぶジュードは恐怖に身を震わせていた。
そして幼い子供による悪魔のような凶行に唖然として動けなくなっていた2人の白髪の戦士らが、恐慌の面持ちを浮かべてエミルを取り押さえにかかる。
「こ、このガキがぁぁぁぁ!」
だがエミルは信じられないほど速く動き、手にした短剣で男2人の首を斬り裂いた。
男たちが白目を剥いて、その場に崩れ落ちる。
彼らが息絶えたのを見て、エミルは満足げな表情を浮かべた。
その顔は子供の体に乗り移った黒き悪魔のようだった。
☆☆☆☆☆☆
「なっ……」
プリシラを押さえ込んでいたチェルシーは、エミルの信じられない変貌に呆然としていた。
そして彼女に押さえ込まれているプリシラはさらに驚愕の表情を浮かべて声を絞り出す。
「エ、エミル……」
プリシラは眼前で起きていることがとても信じられなかった。
あの優しくて気の弱い弟が、嬉々とした表情で返り血を浴びながら3人の敵を殺した。
目の前で繰り広げられる惨劇はプリシラにとってまるで現実味のない悪夢のようだ。
そんなプリシラを押さえつけているチェルシーも呻くように言葉を絞り出す。
「な、何なの……あの力は。ダニアの男にあんな力はないはず。一体あなたたちはエミルにどんな訓連を施したの?」
プリシラはそれには答えなかった。
あまりのことに言葉が出なかったのだ。
屈強な女ばかりの一族であるダニアにも男は生まれる。
だが、彼らは女たちのように体も大きくならなければ力も強くならない。
それは女王の血を引くエミルもそうだった。
エミルは幼い頃から体も小さく、運動も苦手だったのだ。
(訓連? 武術の訓連どころか基礎体力の訓連すらロクに出来ないほどエミルは体が弱いのに……どうなっているの?)
赤子の頃から見てきた弟が、今はまるで別人だった。
プリシラはこの状況に理解が追い付かない。
そして3人の男たちを葬ったエミルはプリシラに目を向ける。
プリシラはエミルから向けられるその眼差しに、奇妙な恐ろしさを感じた。
(違う……あの目はエミルじゃない)
エミルの体の中に別の誰かがいる。
そう感じられるほど、エミルの目付きは変わっていた。
だが不思議と自分に対する敵意は感じなかった。
しかしそれでもプリシラはエミルのことが恐ろしかった。
それは……山中で危険な獣と出くわした時とよく似ている。
「エミル! どうしちゃったのよ!」
プリシラはたまらずに声を上げていた。
だがエミルはそれには答えない。
代わりに目をギラつかせたまま、飛びかかって来るのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる