蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
84 / 101

第83話 追い込まれていく4人

しおりを挟む
「そんなもんで攻撃されたら一環の終わりだな」

 若きジャスティーナの言葉にゴドウィンは手にした拳銃を見つめる。
 まだ20代なかば頃であるにも関わらず頭髪が真っ白な彼が手にした拳銃は、試射したばかりで熱を持っていた。

「まあ、至近距離からいきなりズドンとやられたら避けるのはほぼ不可能だな。ただある程度の距離があれば絶対に避けられないほどではないぞ」

 そう言うゴドウィンの言葉にジャスティーナは疑わしげにまゆを潜めた。

「目に見えないほど速い弾をどうやって避けるんだよ」
「そりゃ発射してから避けるのは人間の反応速度ではとても無理だ。だが実際にこいつを使ってみると、動いている的に当てるのは相当難しいことが分かる。ほんの少し射線を動かすだけで弾の軌道きどうはズレるからだ。しかも撃つ直前に相手に動かれると命中の確率は格段に下がる」

 その話にジャスティーナは感心したようにうなづいた。

「なるほどな。ってことは銃を持った相手にねらわれた時はとにかく動けばいいんだな?」
「ただ動くだけじゃ駄目だめだ。規則性を看破されればねらわれる。不規則に動くんだ。それと半身の体勢で体を小さく見せろ。的が小さいほど命中難度が上がる。おまえさんみたく大柄な女は当てやすいから注意しろよ」

 そう言うとゴドウィンはのどを鳴らしてクククッと特徴的な笑い声をらすのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

(弾切れ! ここだ!)

 オニユリの銃撃が止まった。
 拳銃の弾には限りがある。
 教会での戦いでジュードがオニユリから奪った拳銃には、6発の弾丸が装填そうてんできるようになっていた。
 その情報通り、オニユリは左右の拳銃で合計12発撃ったところで射撃を中断し、新たな弾丸を拳銃に装填そうてんし始めたのだ。 
 そのすきにジャスティーナは一度に2本の矢を短弓につがえた。

「くたばれっ!」

 2本同時の射撃だった。
 矢はそれぞれオニユリの頭と足をねらっている。
 ジャスティーナの得意技だった。

 オニユリの弾丸の装填そうてんは間に合わない。
 矢は吸い込まれるようにオニユリに向かっていく。
 だが……そこで発砲音が響いた。
 ジャスティーナの放った矢はオニユリに命中する前に空中でへし折られてしまう。

「チッ!」

 ジャスティーナは舌打ちをすると前方に目をやる。
 すると岩橋の向こう岸にいる白髪の男らのうち、拳銃を2丁構えている男が銃口をこちらに向けていた。
 その男が放ったなまり弾がジャスティーナの矢をへし折ったのだとすぐに分かった。

(……あの男も相当な腕前だ)  

 ジャスティーナは重苦しい気分になる。
 目の前のオニユリを倒せたとしても奥にはあの男をふくめた3人がひかえている。
 そして後方ではチェルシーを相手にプリシラがたった1人で戦っている。
 状況はこちらが相当に不利だった。
 それでもジャスティーナは気持ちをふるい立たせる。

(後方にひかえている白髪の連中は銃を撃ってこない。おそらくジュードとエミルのことを生かしたまま捕らえるつもりだ。殺すのは私1人で十分ってことか。だが、それならまだやりようはある)

 敵が全員で一斉に撃ってこないのは、後方でプリシラと戦うチェルシーに流れ弾が当たるのを恐れてのこと。
 ジャスティーナの足元をねらって来ないのは、すぐそばで身をせているジュードとエミルに弾が当たるのを避けるため。
 そうなるとジャスティーナをねらってくる箇所は頭や上半身におのずと限られてくる。

(3人には悪いがこの状況を利用させてもらう)

 ジャスティーナは引き続き円盾えんたてを構えて短弓に2本の矢をつがえる。
 矢筒に残る矢の数は残り13本になった。
 幾度いくども戦場に立って死線を乗り越えてきたジャスティーナは知っている。
 最後まで生きようと足掻あがく者だけが九死に一生を得るのだと。
 ジャスティーナは小刻みに足を動かし、体を前後左右に揺らす。

(動け。的をしぼらせるな)

 彼女の視線の先ではオニユリが拳銃に弾丸を装填そうてんし終え、再び銃撃を開始した。
 目にも止まらぬ速度で飛ぶ弾はジャスティーナが持つ円盾えんたてに弾かれるが、円盾えんたての表面が衝撃でわずかにけずれ、その破片が飛んでジャスティーナのこめかみを傷つけた。
 ひとすじの血が彼女のこめかみから流れ落ちてほほらす。
 次々と放たれる弾を防ぎ続けて、みがき上げられた円盾えんたてもその表面に多くの傷を刻まれていた。
 そしてジャスティーナの革鎧かわよろいけずられ、弾をかすめた右上腕に熱い痛みが走る。

「ぐっ!」

 思わず苦痛の声をらすジャスティーナだが、ほほを伝い落ちる血をぬぐうこともなく、弓矢を構えたままじっと前方を見据みすえるのだった。
 反撃の機会を逃さないために。

☆☆☆☆☆☆

 聞き慣れない発砲音が響き渡るたびに、エミルは心臓が止まるのではないかと思うほどの恐怖を感じていた。
 彼を守るためにおおいかぶさってくれているジュードの体の下で、エミルは固く目を閉じている。
 だが、発砲音に続いてすぐ近くでけたたましい金属音が響き、次いでジャスティーナがわずかに苦痛の声をらしたのが聞こえてくると、エミルはたまらずに目を開けた。

 彼の目の前の地面に数滴の血が落ちている。
 ハッとして上を見上げると、ジャスティーナのこめかみから流れる血が彼女のほほを伝ってしたたり落ちているのが分かった。
 さらにジャスティーナの革鎧かわよろいは右肩の辺りが銃撃を受けてけずり取られている。
 半身の姿勢により円盾えんたてに隠れた左肩と違い、短弓を持つ右肩はガラ空きとなっているためだ。
 革鎧かわよろいは吹き飛び、その下に見える衣服も破れて赤くれた肌が露出している。

(ジャスティーナ……痛いだろうな。苦しいだろうな)

 彼女はいつも通りの勇ましい表情をくずしていないが、そのひたいには玉のような汗が浮いている。
 エミルは黒髪術者ダークネスとしてこの場に渦巻うずまく様々な感情を感じ取っていた。
 苦痛を感じながらもなお戦意を失わないジャスティーナの気丈な心。
 エミルを守るために自分の身を犠牲にすることもいとわないジュードの優しさ。
 チェルシーとの戦いにほんの少しの恐怖を覚えながらも必死に気持ちをふるい立たせている姉・プリシラの勇気。

 エミルはくちびるんだ。
 皆が苦しい中で自分だけが何も出来ていない。
 その事実がエミルをあせらせる。
 自分を守るためにここまで連れて来てくれた皆の助けになることが出来ない。

(何で僕は……何で僕はこんなに弱いんだ)

 そうしている間にも発砲音は続き、ジャスティーナの血が目の前に一滴また一滴と落ちてくる。
 その血を見ているうちにエミルは腹の奥底で黒いものがうずを巻き始めるのを感じた。
 それは静かな水面にわずかに生じた奇妙なうずだった。

(うぅ……この感じは)

 エミルはひどく落ち着かない気分になり、ふいに思い出した。
 夢の中にいつも現れる黒い髪の女のことを。
 彼女は常にいくつもの強い感情をあわせ持っていた。
 怒り、恨み、悲しみ、喜び。
 
 そうした様々な感情がエミルの胸に表れては消える。
 エミルは戸惑った。
 まるで自分の心が自分のものではないような違和感を覚える。
 エミルはそれが恐ろしくなり、懸命にその違和感を抑え込もうとした。
 しかしうずは小さくなっても、決して消えることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

令和の俺と昭和の私

廣瀬純一
ファンタジー
令和の男子と昭和の女子の体が入れ替わる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...