蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第69話 共和国を目指して

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「おい。アリアドが陥落かんらくしたらしいぞ」

 早朝。
 共和国領ビバルデでは昨日到着したばかりのボルドが身支度みじたくを整え、宿の部屋を出たところで廊下ろうかの奥から歩み寄ってきたベラがそう告げた。

「アリアドが……?」

 思わずおどろきに目を見開いたボルドは宿の廊下ろうかの窓を開け放ち、通りを見下ろした。
 するとまだ早朝にもかかわらず、通りは物々しい雰囲気ふんいきに包まれている。
 この街の共和国軍兵士たちが急ぎ足で広場に集合し始めていた。

「昨日ここからアリアドに向けて出発した隊商の連中が今朝とんぼ返りで戻ってきたんだ。話を聞いてきたんだが、国境のとりで封鎖ふうさされて通れなくなっているらしい」
「え? 封鎖ふうさ?」
「ああ。アリアドを落とされた公国軍が共和国軍に要請して共同でとりでの守りを固めているらしい。今は通行不能になっていると言っていた。くそっ。タイミングが悪すぎる。こんな時に……」

 そう言うとベラはボルドの顔をうかがい見る。
 アリアドが陥落かんらくしたということは、そこにいる可能性のあるプリシラとエミルも巻き込まれている恐れが高い。
 王国軍に占領されてしまえば、2人はその身柄を捕らえられる危険性がある。
 事態が大きく悪化しつつあることにボルドは拳を握りしめた。

(どうすれば……)

 そこにソニアが駆けつけてきた。

「共和国軍の奴らに話を聞いてきた。やはり国境のとりでの通過はいかなる者でも許可されないそうだ。アタシらが行ってボルドの名を出したとしても通してくれる可能性は限りなく低いだろう」

 しぶい顔でそう言うソニアにボルドはすぐに打開策を考える。
 18歳でブリジットに拾われダニアの一員となってから、彼はずっと知識習得のために勉強を続けてきた。
 ブリジットの情夫としてふさわしくあるべくという思いと、体の強くない彼が一族に貢献するには知識を得てそれを活用することだとの考えからだ。
 ゆえに彼の頭の中には様々な知識が詰まっている。

 ボルドはすぐさま荷袋にぶくろの中から一巻きの地図を取り出して、それを足元の床に広げる。
 それは共和国の全域と周辺諸国の一部を記した地図だ。
 ベラとソニアが上からそれをのぞき込むと、ボルドはある一点を指差した。

「以前に聞いたことがあります。共和国と公国の間の国境越えに使われる山道があると。高さはそれほどでもなく、迷いさえしなければここを通り抜けて公国側へ出られるはずです」

 そう言うボルドの指が丘陵きゅうりょう地帯を越え、公国側の平野へ出る。
 そこは目的のアリアドから南に位置する平原だった。

「本来であればエミルの残した足跡を辿たどり、一度公国のとりでまで行きたいところです。本当に子供たちが公国に渡っているという確証がありませんから」
「だが、そんな時間はないな。アリアドにプリシラたちがいるとしたら事態は一刻を争う。どうする? アタシらはボルドの勘にけるぜ。なあソニア」

 ベラからそう水を向けられたソニアはうなづいて言う。

「すでにブリジットが共和国の首都に伝令を飛ばし、状況を伝えている。共和国側の捜索そうさくはイライアス大統領が人を派遣してくれるはずだ。アタシらは……アタシらにしか出来ないことを今やろう」
「決まりだな」

 2人の言葉にボルドは感謝の表情を浮かべてうなづき、立ち上がる。
 急遽きゅうきょ向かう先は変更となったが目的は同じだ。
 ボルドは必ず子供たちを連れ帰るという決意を胸に、宿を後にするのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「彼らが来たよ……」
「予想通りだね……」

 公国と共和国の国境にまたが丘陵きゅうりょう地帯。
 生い茂る木々の間に若い男が2人、潜んでいる。
 深い緑の衣服に身を包み、その白い髪を緑色の布でおおい隠し、周囲の緑に溶け込んでいた。
 
 ヒバリとキツツキ。
 チェルシー配下のオニユリが抱える私兵たちだ。
 彼らの目には今、この山のふもとの道に到着しようと近付いて来る一台の馬車が映っていた。
 ダニアの女王ブリジットの子女であるプリシラとエミルの乗る馬車だ。
 オニユリの命令でエミルを追っていた彼らは、プリシラ一行の進行方向を見極め、先回りをしていたのだ。

「国境のとりでを通らずに共和国に渡るなら山越え。ここからなら山道が整備されている」

 プリシラ一行を追跡しているのは彼らだけではない。
 オニユリの兄であるシジマと、黒帯隊ダーク・ベルトの隊長であるショーナがいる。
 ヒバリとキツツキは彼らに知られぬよう、彼らを出し抜いてエミルを奪い去らねばならない。
 そのためにはシジマたちより先んじている必要がある。

 後ろから追いかけていたのでは遅れを取ってしまうのだ。
 そしてヒバリとキツツキはエミルを奪い去る時期と状況をあらかじめ決めていた。
 今は息を潜め、その好機が訪れるのをじっと待つのみだった。
 すべてはオニユリのためだ。

「姉上様のために必ず成し遂げるよ。キツツキ」
「姉上様はめて下さるかな。ヒバリ」
めて下さることを期待しちゃダメだよ。キツツキ」
「そうだね。姉上様のためになることをしている。そのこと自体が僕たちとってのご褒美ほうびだもんね。ヒバリ」

 ☆☆☆☆☆☆

「ここまでありがとう。村長によろしく」

 そう言ってジュードは御者と握手を交わすと、ここまで自分たちを運んでくれた馬車がセグ村へと引き返していくのを見送った。
 ここから先は山道であり馬車が通るにはせまいため、再び徒歩の旅となるのだ。
 プリシラとエミル、ジャスティーナを振り返ると、ジュードは大袋おおぶくろの中から水袋みずぶくろと携行食の干し肉や乾燥果実を入れた小袋を取り出して全員に手渡した。
 
「さて、共和国まであと一息だ。この山を越えればいよいよビバルデも近いぞ」

 ジュードのその言葉にホッと安堵あんどの笑みを浮かべるエミルのとなりで、プリシラは目の前にそびえる山を見上げた。

「一日では越えられないでしょう?」
「ああ。この時間からだと途中で夜になる。いくつか山小屋があるからそこで一晩過ごすようだな。順調にいけば明日の昼くらいには山を抜けられるだろう」
「食糧はたっぷりあるから今夜はちょっといい食事ができそうね」

 そう言って笑い合うプリシラとジュードをよそに、ジャスティーナは荷物を背負って早々に歩き出した。

「ほら。おしゃべりは歩きながらしな。さっさと行くよ。山道は熊やいのししに出くわす恐れがあるから、気を抜くんじゃないよ」

 そんな彼女を追って3人は山道に足を踏み出すのだった。
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