67 / 101
第66話 裸の付き合い
しおりを挟む
湯煙が漂う中、プリシラは湯船に体を沈めて静かに息を吐く。
ゆうべ泊った小屋の小さな1人用の風呂とは違って、村長の家の風呂は広く、浴槽は5~6人の大人が一度に入れるほどだ。
プリシラとジャスティーナは2人きり、無言で体の流れを洗い落すと、温かな湯の張られた浴槽につかった。
風呂にプリシラを誘ったジャスティーナは何も言わず気持ち良さそうに身を湯に沈めている。
プリシラは何となくこの沈黙が居心地悪く、自分からジャスティーナに声をかけた。
「さっきのズレイタとの戦い、すごかったね。手加減して戦うのって怖くないの?」
「別に手加減って言ったって適当に手を抜いていたわけじゃないさ」
「そうなの?」
「相手が自分を見くびるように仕掛けながら、こちらが相手に殺されないギリギリの力加減を見極めて戦うんだ。戦士は戦ううちに相手の動きに慣れる。だからズレイタの奴に私の動きに慣れさせたくなかった」
そしてジャスティーナの本当の力を見極められないまま、ズレイタは敗北して命を落としたのだ。
しかしジャスティーナの言うことは口で言うほど簡単なことではないし、プリシラには思いもよらない戦い方だった。
「ジャスティーナは……そういう戦い方を誰に教わったの?」
そう口にしてからプリシラはハッとした。
彼女と出会ってから2日ほどしか経っていないのだ。
先日、ジャスティーナが言っていたように出会ったばかりで自分の素性をペラペラと喋ることを彼女は嫌う。
また余計なことを聞いてしまった。
きっとジャスティーナは鬱陶しがっていることだろう。
そう思った時、ふいにジャスティーナが口を開いた。
「師匠だよ」
「えっ?」
「師匠だ。私に戦場での振る舞いの全てを教えてくれた人だった」
ジャスティーナの話にプリシラは驚きつつも、思わず嬉しくなる。
彼女が自分のことを話してくれたのは初めてのことだったからだ。
「あなたの師匠って……すごい人だったんだね」
「ああ。そうだな。私が知る限り、最強の赤毛の女だった」
「ダニアの女だったんだ……その人は今は?」
そう尋ねるプリシラにジャスティーナはサラリと答える。
「死んだらしい。戦場に散ったと聞いている」
「……そう。そんなにすごい人でも戦場では死ぬんだね」
プリシラはチラリと隣のジャスティーナを窺い見た。
だがジャスティーナには悲しみの色は欠片もない。
「そりゃそうさ。戦場にいれば誰だって死ぬことはある。そしてダニアの女にとって戦場こそが最高の死に場所さ。師匠も満足だったろう。戦って死ねたのだから」
ジャスティーナの言葉にプリシラは頷く。
戦場で戦って死ぬことがダニアの女にとっては栄誉なのだ。
それはプリシラも頭では理解している。
だが、もし自分なら死んでしまった恩人の話をする時に、ジャスティーナのように平然とはしていられないだろう。
そう思いながらプリシラは恐る恐る彼女に尋ねた。
「ジャスティーナは……その戦場では師匠と一緒じゃなかったの?」
「ああ。私はそのだいぶ前に師匠と仲違いしてね。別れたっきりさ。師匠を懐かしむことはあっても、悲しい気持ちは微塵もない。だからそんな顔するな」
そう言うとジャスティーナは、表情を曇らせているプリシラの顔に湯をパシャリとかけた。
「うぷっ……」
「ま、あの師匠を倒したのは、おそらくブリジットかクローディアのどちらかだろうけどな」
ジャスティーナの口から突然その2人の名前が出てきたことにプリシラは驚いて思わず立ち上がった。
湯の飛沫が飛び散り、ジャスティーナが嫌そうな顔をする。
「そ、その師匠が死んだ戦場って……」
「あんたが日頃、住んでいるダニアの都さ」
その話にプリシラは愕然とする。
まだ彼女が生まれる以前、ダニアの都が新都と呼ばれていた頃、激しい戦争があった。
大陸の南の海上に位置する砂漠島から海を越えてやって来た南ダニア軍の侵攻を受け、統一ダニア軍は未曽有の危機に陥ったのだ。
南ダニア軍はダニアの名を冠する通り、元を辿れば同じ赤毛の女の一族だ。
数百年前に砂漠島に住んでいた赤毛の女たちの一部が、金と銀の髪を持つ姉妹に導かれて大陸へと移住したのだ。
その末裔がブリジットであり、クローディアであり、本家と分家に別れた後に十数年前に統一ダニアとなった赤毛の女たちだった。
即ち、砂漠島の南ダニアも大陸の統一ダニアも、数百年前に袂を分かった同じ一族の女同士なのだ。
そして両軍に分かれた屈強な女戦士たちによる戦いは熾烈を極めたという。
南ダニア軍を率いたのは黒き魔女アメーリアと呼ばれた、黒髪の女だった。
彼女はブリジットやクローディアと同じく異常筋力の持ち主であり、その力はブリジットやクローディアをも超えるほどだったという。
実際、ブリジットとクローディアは2人がかりで必死に戦い、満身創痍の果てに死に物狂いで勝利を収めたというほどだったから、黒き魔女がいかに人間離れした強さを持っていたのか分かる。
「そのジャスティーナの師匠の……名前は?」
「……グラディスさ。知っているかい?」
その名前を聞いてプリシラは思わず息を飲んだ。
黒き魔女アメーリアには腹心の部下がいた。
それは2メートルを超える屈強な赤毛の女戦士であり、アメーリアを除けば南ダニア軍では並び立つ者がいないほどの最強の将軍だったという。
その名をグラディスという。
ダニアの都に住んでいて、その名を知らぬ者はいない。
ブリジットとクローディアがその武勇を讃え、敵でありながらダニアの都の中に墓碑を建てたほどの武人だ。
そしてそのグラディスがジャスティーナの師であるということは……。
「ジャスティーナは……砂漠島の出身なの?」
「ああ。そして……新都ダニアを攻めるために、黒き魔女アメーリアに招集された兵士の1人だった」
その話にプリシラはしばし言葉を忘れて黙り込むのだった。
ゆうべ泊った小屋の小さな1人用の風呂とは違って、村長の家の風呂は広く、浴槽は5~6人の大人が一度に入れるほどだ。
プリシラとジャスティーナは2人きり、無言で体の流れを洗い落すと、温かな湯の張られた浴槽につかった。
風呂にプリシラを誘ったジャスティーナは何も言わず気持ち良さそうに身を湯に沈めている。
プリシラは何となくこの沈黙が居心地悪く、自分からジャスティーナに声をかけた。
「さっきのズレイタとの戦い、すごかったね。手加減して戦うのって怖くないの?」
「別に手加減って言ったって適当に手を抜いていたわけじゃないさ」
「そうなの?」
「相手が自分を見くびるように仕掛けながら、こちらが相手に殺されないギリギリの力加減を見極めて戦うんだ。戦士は戦ううちに相手の動きに慣れる。だからズレイタの奴に私の動きに慣れさせたくなかった」
そしてジャスティーナの本当の力を見極められないまま、ズレイタは敗北して命を落としたのだ。
しかしジャスティーナの言うことは口で言うほど簡単なことではないし、プリシラには思いもよらない戦い方だった。
「ジャスティーナは……そういう戦い方を誰に教わったの?」
そう口にしてからプリシラはハッとした。
彼女と出会ってから2日ほどしか経っていないのだ。
先日、ジャスティーナが言っていたように出会ったばかりで自分の素性をペラペラと喋ることを彼女は嫌う。
また余計なことを聞いてしまった。
きっとジャスティーナは鬱陶しがっていることだろう。
そう思った時、ふいにジャスティーナが口を開いた。
「師匠だよ」
「えっ?」
「師匠だ。私に戦場での振る舞いの全てを教えてくれた人だった」
ジャスティーナの話にプリシラは驚きつつも、思わず嬉しくなる。
彼女が自分のことを話してくれたのは初めてのことだったからだ。
「あなたの師匠って……すごい人だったんだね」
「ああ。そうだな。私が知る限り、最強の赤毛の女だった」
「ダニアの女だったんだ……その人は今は?」
そう尋ねるプリシラにジャスティーナはサラリと答える。
「死んだらしい。戦場に散ったと聞いている」
「……そう。そんなにすごい人でも戦場では死ぬんだね」
プリシラはチラリと隣のジャスティーナを窺い見た。
だがジャスティーナには悲しみの色は欠片もない。
「そりゃそうさ。戦場にいれば誰だって死ぬことはある。そしてダニアの女にとって戦場こそが最高の死に場所さ。師匠も満足だったろう。戦って死ねたのだから」
ジャスティーナの言葉にプリシラは頷く。
戦場で戦って死ぬことがダニアの女にとっては栄誉なのだ。
それはプリシラも頭では理解している。
だが、もし自分なら死んでしまった恩人の話をする時に、ジャスティーナのように平然とはしていられないだろう。
そう思いながらプリシラは恐る恐る彼女に尋ねた。
「ジャスティーナは……その戦場では師匠と一緒じゃなかったの?」
「ああ。私はそのだいぶ前に師匠と仲違いしてね。別れたっきりさ。師匠を懐かしむことはあっても、悲しい気持ちは微塵もない。だからそんな顔するな」
そう言うとジャスティーナは、表情を曇らせているプリシラの顔に湯をパシャリとかけた。
「うぷっ……」
「ま、あの師匠を倒したのは、おそらくブリジットかクローディアのどちらかだろうけどな」
ジャスティーナの口から突然その2人の名前が出てきたことにプリシラは驚いて思わず立ち上がった。
湯の飛沫が飛び散り、ジャスティーナが嫌そうな顔をする。
「そ、その師匠が死んだ戦場って……」
「あんたが日頃、住んでいるダニアの都さ」
その話にプリシラは愕然とする。
まだ彼女が生まれる以前、ダニアの都が新都と呼ばれていた頃、激しい戦争があった。
大陸の南の海上に位置する砂漠島から海を越えてやって来た南ダニア軍の侵攻を受け、統一ダニア軍は未曽有の危機に陥ったのだ。
南ダニア軍はダニアの名を冠する通り、元を辿れば同じ赤毛の女の一族だ。
数百年前に砂漠島に住んでいた赤毛の女たちの一部が、金と銀の髪を持つ姉妹に導かれて大陸へと移住したのだ。
その末裔がブリジットであり、クローディアであり、本家と分家に別れた後に十数年前に統一ダニアとなった赤毛の女たちだった。
即ち、砂漠島の南ダニアも大陸の統一ダニアも、数百年前に袂を分かった同じ一族の女同士なのだ。
そして両軍に分かれた屈強な女戦士たちによる戦いは熾烈を極めたという。
南ダニア軍を率いたのは黒き魔女アメーリアと呼ばれた、黒髪の女だった。
彼女はブリジットやクローディアと同じく異常筋力の持ち主であり、その力はブリジットやクローディアをも超えるほどだったという。
実際、ブリジットとクローディアは2人がかりで必死に戦い、満身創痍の果てに死に物狂いで勝利を収めたというほどだったから、黒き魔女がいかに人間離れした強さを持っていたのか分かる。
「そのジャスティーナの師匠の……名前は?」
「……グラディスさ。知っているかい?」
その名前を聞いてプリシラは思わず息を飲んだ。
黒き魔女アメーリアには腹心の部下がいた。
それは2メートルを超える屈強な赤毛の女戦士であり、アメーリアを除けば南ダニア軍では並び立つ者がいないほどの最強の将軍だったという。
その名をグラディスという。
ダニアの都に住んでいて、その名を知らぬ者はいない。
ブリジットとクローディアがその武勇を讃え、敵でありながらダニアの都の中に墓碑を建てたほどの武人だ。
そしてそのグラディスがジャスティーナの師であるということは……。
「ジャスティーナは……砂漠島の出身なの?」
「ああ。そして……新都ダニアを攻めるために、黒き魔女アメーリアに招集された兵士の1人だった」
その話にプリシラはしばし言葉を忘れて黙り込むのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる