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第66話 裸の付き合い
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湯煙が漂う中、プリシラは湯船に体を沈めて静かに息を吐く。
ゆうべ泊った小屋の小さな1人用の風呂とは違って、村長の家の風呂は広く、浴槽は5~6人の大人が一度に入れるほどだ。
プリシラとジャスティーナは2人きり、無言で体の流れを洗い落すと、温かな湯の張られた浴槽につかった。
風呂にプリシラを誘ったジャスティーナは何も言わず気持ち良さそうに身を湯に沈めている。
プリシラは何となくこの沈黙が居心地悪く、自分からジャスティーナに声をかけた。
「さっきのズレイタとの戦い、すごかったね。手加減して戦うのって怖くないの?」
「別に手加減って言ったって適当に手を抜いていたわけじゃないさ」
「そうなの?」
「相手が自分を見くびるように仕掛けながら、こちらが相手に殺されないギリギリの力加減を見極めて戦うんだ。戦士は戦ううちに相手の動きに慣れる。だからズレイタの奴に私の動きに慣れさせたくなかった」
そしてジャスティーナの本当の力を見極められないまま、ズレイタは敗北して命を落としたのだ。
しかしジャスティーナの言うことは口で言うほど簡単なことではないし、プリシラには思いもよらない戦い方だった。
「ジャスティーナは……そういう戦い方を誰に教わったの?」
そう口にしてからプリシラはハッとした。
彼女と出会ってから2日ほどしか経っていないのだ。
先日、ジャスティーナが言っていたように出会ったばかりで自分の素性をペラペラと喋ることを彼女は嫌う。
また余計なことを聞いてしまった。
きっとジャスティーナは鬱陶しがっていることだろう。
そう思った時、ふいにジャスティーナが口を開いた。
「師匠だよ」
「えっ?」
「師匠だ。私に戦場での振る舞いの全てを教えてくれた人だった」
ジャスティーナの話にプリシラは驚きつつも、思わず嬉しくなる。
彼女が自分のことを話してくれたのは初めてのことだったからだ。
「あなたの師匠って……すごい人だったんだね」
「ああ。そうだな。私が知る限り、最強の赤毛の女だった」
「ダニアの女だったんだ……その人は今は?」
そう尋ねるプリシラにジャスティーナはサラリと答える。
「死んだらしい。戦場に散ったと聞いている」
「……そう。そんなにすごい人でも戦場では死ぬんだね」
プリシラはチラリと隣のジャスティーナを窺い見た。
だがジャスティーナには悲しみの色は欠片もない。
「そりゃそうさ。戦場にいれば誰だって死ぬことはある。そしてダニアの女にとって戦場こそが最高の死に場所さ。師匠も満足だったろう。戦って死ねたのだから」
ジャスティーナの言葉にプリシラは頷く。
戦場で戦って死ぬことがダニアの女にとっては栄誉なのだ。
それはプリシラも頭では理解している。
だが、もし自分なら死んでしまった恩人の話をする時に、ジャスティーナのように平然とはしていられないだろう。
そう思いながらプリシラは恐る恐る彼女に尋ねた。
「ジャスティーナは……その戦場では師匠と一緒じゃなかったの?」
「ああ。私はそのだいぶ前に師匠と仲違いしてね。別れたっきりさ。師匠を懐かしむことはあっても、悲しい気持ちは微塵もない。だからそんな顔するな」
そう言うとジャスティーナは、表情を曇らせているプリシラの顔に湯をパシャリとかけた。
「うぷっ……」
「ま、あの師匠を倒したのは、おそらくブリジットかクローディアのどちらかだろうけどな」
ジャスティーナの口から突然その2人の名前が出てきたことにプリシラは驚いて思わず立ち上がった。
湯の飛沫が飛び散り、ジャスティーナが嫌そうな顔をする。
「そ、その師匠が死んだ戦場って……」
「あんたが日頃、住んでいるダニアの都さ」
その話にプリシラは愕然とする。
まだ彼女が生まれる以前、ダニアの都が新都と呼ばれていた頃、激しい戦争があった。
大陸の南の海上に位置する砂漠島から海を越えてやって来た南ダニア軍の侵攻を受け、統一ダニア軍は未曽有の危機に陥ったのだ。
南ダニア軍はダニアの名を冠する通り、元を辿れば同じ赤毛の女の一族だ。
数百年前に砂漠島に住んでいた赤毛の女たちの一部が、金と銀の髪を持つ姉妹に導かれて大陸へと移住したのだ。
その末裔がブリジットであり、クローディアであり、本家と分家に別れた後に十数年前に統一ダニアとなった赤毛の女たちだった。
即ち、砂漠島の南ダニアも大陸の統一ダニアも、数百年前に袂を分かった同じ一族の女同士なのだ。
そして両軍に分かれた屈強な女戦士たちによる戦いは熾烈を極めたという。
南ダニア軍を率いたのは黒き魔女アメーリアと呼ばれた、黒髪の女だった。
彼女はブリジットやクローディアと同じく異常筋力の持ち主であり、その力はブリジットやクローディアをも超えるほどだったという。
実際、ブリジットとクローディアは2人がかりで必死に戦い、満身創痍の果てに死に物狂いで勝利を収めたというほどだったから、黒き魔女がいかに人間離れした強さを持っていたのか分かる。
「そのジャスティーナの師匠の……名前は?」
「……グラディスさ。知っているかい?」
その名前を聞いてプリシラは思わず息を飲んだ。
黒き魔女アメーリアには腹心の部下がいた。
それは2メートルを超える屈強な赤毛の女戦士であり、アメーリアを除けば南ダニア軍では並び立つ者がいないほどの最強の将軍だったという。
その名をグラディスという。
ダニアの都に住んでいて、その名を知らぬ者はいない。
ブリジットとクローディアがその武勇を讃え、敵でありながらダニアの都の中に墓碑を建てたほどの武人だ。
そしてそのグラディスがジャスティーナの師であるということは……。
「ジャスティーナは……砂漠島の出身なの?」
「ああ。そして……新都ダニアを攻めるために、黒き魔女アメーリアに招集された兵士の1人だった」
その話にプリシラはしばし言葉を忘れて黙り込むのだった。
ゆうべ泊った小屋の小さな1人用の風呂とは違って、村長の家の風呂は広く、浴槽は5~6人の大人が一度に入れるほどだ。
プリシラとジャスティーナは2人きり、無言で体の流れを洗い落すと、温かな湯の張られた浴槽につかった。
風呂にプリシラを誘ったジャスティーナは何も言わず気持ち良さそうに身を湯に沈めている。
プリシラは何となくこの沈黙が居心地悪く、自分からジャスティーナに声をかけた。
「さっきのズレイタとの戦い、すごかったね。手加減して戦うのって怖くないの?」
「別に手加減って言ったって適当に手を抜いていたわけじゃないさ」
「そうなの?」
「相手が自分を見くびるように仕掛けながら、こちらが相手に殺されないギリギリの力加減を見極めて戦うんだ。戦士は戦ううちに相手の動きに慣れる。だからズレイタの奴に私の動きに慣れさせたくなかった」
そしてジャスティーナの本当の力を見極められないまま、ズレイタは敗北して命を落としたのだ。
しかしジャスティーナの言うことは口で言うほど簡単なことではないし、プリシラには思いもよらない戦い方だった。
「ジャスティーナは……そういう戦い方を誰に教わったの?」
そう口にしてからプリシラはハッとした。
彼女と出会ってから2日ほどしか経っていないのだ。
先日、ジャスティーナが言っていたように出会ったばかりで自分の素性をペラペラと喋ることを彼女は嫌う。
また余計なことを聞いてしまった。
きっとジャスティーナは鬱陶しがっていることだろう。
そう思った時、ふいにジャスティーナが口を開いた。
「師匠だよ」
「えっ?」
「師匠だ。私に戦場での振る舞いの全てを教えてくれた人だった」
ジャスティーナの話にプリシラは驚きつつも、思わず嬉しくなる。
彼女が自分のことを話してくれたのは初めてのことだったからだ。
「あなたの師匠って……すごい人だったんだね」
「ああ。そうだな。私が知る限り、最強の赤毛の女だった」
「ダニアの女だったんだ……その人は今は?」
そう尋ねるプリシラにジャスティーナはサラリと答える。
「死んだらしい。戦場に散ったと聞いている」
「……そう。そんなにすごい人でも戦場では死ぬんだね」
プリシラはチラリと隣のジャスティーナを窺い見た。
だがジャスティーナには悲しみの色は欠片もない。
「そりゃそうさ。戦場にいれば誰だって死ぬことはある。そしてダニアの女にとって戦場こそが最高の死に場所さ。師匠も満足だったろう。戦って死ねたのだから」
ジャスティーナの言葉にプリシラは頷く。
戦場で戦って死ぬことがダニアの女にとっては栄誉なのだ。
それはプリシラも頭では理解している。
だが、もし自分なら死んでしまった恩人の話をする時に、ジャスティーナのように平然とはしていられないだろう。
そう思いながらプリシラは恐る恐る彼女に尋ねた。
「ジャスティーナは……その戦場では師匠と一緒じゃなかったの?」
「ああ。私はそのだいぶ前に師匠と仲違いしてね。別れたっきりさ。師匠を懐かしむことはあっても、悲しい気持ちは微塵もない。だからそんな顔するな」
そう言うとジャスティーナは、表情を曇らせているプリシラの顔に湯をパシャリとかけた。
「うぷっ……」
「ま、あの師匠を倒したのは、おそらくブリジットかクローディアのどちらかだろうけどな」
ジャスティーナの口から突然その2人の名前が出てきたことにプリシラは驚いて思わず立ち上がった。
湯の飛沫が飛び散り、ジャスティーナが嫌そうな顔をする。
「そ、その師匠が死んだ戦場って……」
「あんたが日頃、住んでいるダニアの都さ」
その話にプリシラは愕然とする。
まだ彼女が生まれる以前、ダニアの都が新都と呼ばれていた頃、激しい戦争があった。
大陸の南の海上に位置する砂漠島から海を越えてやって来た南ダニア軍の侵攻を受け、統一ダニア軍は未曽有の危機に陥ったのだ。
南ダニア軍はダニアの名を冠する通り、元を辿れば同じ赤毛の女の一族だ。
数百年前に砂漠島に住んでいた赤毛の女たちの一部が、金と銀の髪を持つ姉妹に導かれて大陸へと移住したのだ。
その末裔がブリジットであり、クローディアであり、本家と分家に別れた後に十数年前に統一ダニアとなった赤毛の女たちだった。
即ち、砂漠島の南ダニアも大陸の統一ダニアも、数百年前に袂を分かった同じ一族の女同士なのだ。
そして両軍に分かれた屈強な女戦士たちによる戦いは熾烈を極めたという。
南ダニア軍を率いたのは黒き魔女アメーリアと呼ばれた、黒髪の女だった。
彼女はブリジットやクローディアと同じく異常筋力の持ち主であり、その力はブリジットやクローディアをも超えるほどだったという。
実際、ブリジットとクローディアは2人がかりで必死に戦い、満身創痍の果てに死に物狂いで勝利を収めたというほどだったから、黒き魔女がいかに人間離れした強さを持っていたのか分かる。
「そのジャスティーナの師匠の……名前は?」
「……グラディスさ。知っているかい?」
その名前を聞いてプリシラは思わず息を飲んだ。
黒き魔女アメーリアには腹心の部下がいた。
それは2メートルを超える屈強な赤毛の女戦士であり、アメーリアを除けば南ダニア軍では並び立つ者がいないほどの最強の将軍だったという。
その名をグラディスという。
ダニアの都に住んでいて、その名を知らぬ者はいない。
ブリジットとクローディアがその武勇を讃え、敵でありながらダニアの都の中に墓碑を建てたほどの武人だ。
そしてそのグラディスがジャスティーナの師であるということは……。
「ジャスティーナは……砂漠島の出身なの?」
「ああ。そして……新都ダニアを攻めるために、黒き魔女アメーリアに招集された兵士の1人だった」
その話にプリシラはしばし言葉を忘れて黙り込むのだった。
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