蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第65話 戦いを終えて

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 戦いを終えてプリシラとジャスティーナが村長の家の地下室に降りて来ると、ジュードと共にそこに避難していたエミルは立ち上がり姉へと駆け寄った。
 プリシラは体のあちこちを血で汚している。
 それを見たエミルは青ざめた。

「姉様……ケガしているの?」
「大丈夫よ。エミル。これは……敵の血だから。アタシはどこもケガしていないわ」

 そう言うとプリシラはジュードが差し出してくれた手拭てぬぐいで、顔や体に付着した返り血をき取った。
 その顔はイマイチえない。
 エミルは姉の様子が気になり、彼女を見上げた。

「姉様。大丈夫?」

 自分を心配するエミルを見るうちにプリシラはわずかにくちびるを震わせながら弟の体を抱きしめた。
 村人たちは村を守るために戦った。
 自分も弟や仲間を守るために戦った。
 自分が負けてしまえば、彼らが敵に危害を加えられることになるのだ。
 それだけは絶対に嫌だった。

「姉様? 痛いし……恥ずかしいよ」

 ジャスティーナやジュードの前で姉から抱き締められ、エミルは思わず居心地悪そうにしている。
 だが彼は姉の手を振りほどこうとはしなかった。
 プリシラがわずかに震えているのが分かったからだ。
 だからエミルは恥ずかしがりながらも、だまって姉のしたいようにさせていた。
 そんな弟の顔を見るうちにプリシラは少しずつ元気が出てきて言う。

「ふふ。エミルを守るために姉様は戦ったのよ。恥ずかしいとは何よ。生意気な弟ね」

 そう言うとプリシラはエミルの黒髪をくしゃくしゃとでた。
 そのかたわらではジュードが水袋みずぶくろ手拭てぬぐいをジャスティーナに手渡している。

「お疲れ様。終わったんだな。ジャスティーナ」
「ああ。村人に3人、死者が出た。山賊さんぞくどもは頭目のズレイタも含めてほぼ全滅。残党の数人が逃げていったが、もう大した脅威きょういにはならないだろう」
 
 今、村人たちは死んだ仲間たちの遺体を安置所に移し、ズレイタを含めた山賊さんぞくたちの亡骸なきがらは、街の外に掘ったあな埋葬まいそうしている。
 村を救ったジャスティーナとプリシラは先に休ませてもらうことにしたのだ。
 
「村長は歓待かんたいしたいから明日の夜までいてくれないか、なんて言っていたが断ったよ」
 
 その代わりジャスティーナは馬車を一台と、朝食を用意してもらうよう村長に頼んだのだ。
 もちろん村長はそれを快諾かいだくした。
 
「明日の午前中にはここをとう。もしかしたら昨日の白い髪の女がアリアドから追って来るかもしれん」
 
 そう言うとジャスティーナはガシッとプリシラの肩をつかんだ。

「おい。風呂に行くぞ。村長が用意してくれている」
「えっ? お風呂? アタシも一緒に?」
「血まみれ汗まみれでこの家のベッドを借りるつもりか? いいから来い」

 そう言うとジャスティーナは強引にプリシラを連れて村長の家の風呂に向かった。
 その背中を見送って苦笑しながらジュードはエミルに言う。

「女同士で仲良くやるみたいだし、俺たちもここを出て寝る準備をするか」
「姉様。大丈夫かな? ジュード」
「大丈夫。風呂でサッパリして、ぐっすり眠れば明日の朝には元気になるさ。エミルの姉様は強いから」

 そう言うとジュードは笑みを浮かべ、エミルをともなって地下の食料庫を後にするのだった。 

 ☆☆☆☆☆☆

「ボルド!」

 夕飯時をとっくに過ぎた夜更けに共和国領ビバルデの街に到着したボルドを出迎えたのは、そこで待機していたダニアの女戦士、ベラとソニアだった。

「ベラさん。ソニアさん。すみません。子供たちのことでお手間をおかけして」

 女王ブリジットの夫であるボルドが、ブリジットの臣下である2人にそのような口調で話しているのを聞いたら、他の者は何事かと思うだろう。
 だが、この3人も若かりし頃からの旧知の仲であり、これがれ親しんだ彼らの日頃の接し方だった。
 ベラもソニアもブリジットにそうするように、他人の目がないところでは敬語も使わない。

「体調の悪いところ急な話だったから、疲れただろ」
「もう大丈夫です。ほとんど治りかけでしたから」

 ビバルデで消息を絶ったプリシラとエミルを探すため、ブリジットは夫のボルドを呼び寄せたのだ。
 ボルドは風邪で体調をくずしてダニアの都で療養中だったが、すぐさまダニアを出発してこのビバルデまで駆けつけたのだ。
 代わりにブリジットは女王としての公務を果たすべく、ダニアへと戻っていった。

「……途中でブリジットとすれ違ったか?」
「はい。辛そうでした」

 そう言うボルドの言葉にベラは表情を曇らせ、ソニアも小さく息をつく。

「でも、ボルドが来てくれたからにはもう大丈夫だろ。今夜はもう遅いから、捜索そうさくは明日の朝からだな」

 そう言ってボルドを宿に招き入れようとするベラだが、彼は首を横に振る。

「本格的な捜索そうさくは明るくなってからにしようと思いますが、その前に子供たちが最後に行ったとおぼしき場所に連れて行ってもらえますか?」

 そう言うボルドの持つ黒髪術者ダークネスとしての力はベラもソニアも知っている。
 彼の言葉には必ず意味があるのだ。
 だからイチイチその理由を聞いたりはしない。

「分かった。ついてきてくれ」

 そう言うとベラとソニアはボルドを案内して夜更けの大通りを進む。
 向かう先は昨日、曲芸団サーカスが天幕を張っていた広場だ。
 プリシラとエミルが曲芸団サーカスの天幕に入ったであろうことはすでにボルドも聞かされている。
 5分ほどでそこに到着し、ベラから天幕のあった場所を教えられると、ボルドはその場にしゃがみ込んだ。
 そして地面に手を触れ、低い姿勢のまま少しずつ移動していく。

(弱いおびえと……強いおびえ)

 黒髪術者ダークネスの力を駆使して地面から感じ取れる感情をもとに、ボルドは想像した。
 おそらく勝ち気な姉のプリシラが弟のエミルを引っ張って曲芸団サーカスを観るために天幕に入ったのだろう。
 臆病で用心深いエミルは初めて見るものを恐れるところがある。

 おそらく曲芸団サーカス雰囲気ふんいきが怖かったのだろう。
 だが、それだけでは収まらないほど強いおびえが地面に残されていた。
 ボルドはそれを感じ取る。

(エミル……ここで何か怖い出来事があったんだね)

 ボルドは地面に手をついたまま、前方のやみを見つめる。
 おびえの感情が残り香のようにその方角に続いていた。
 ボルドは立ち上がるとその方角を指差す。
 
「あちらの方角には何が?」
「ん? 街道だ。国境に向かう道が続いている。そうか……やっぱりアリアドの方角だ」

 明日から向かう方角が決まった。
 ベラとソニアはそう確信する。
 ボルドはその方角を見つめて子供たちの身を案じた。
   
(プリシラ。エミル。2人ともどうか無事で)

 すぐにでも子供たちを追いかけたい気持ちを抑え、まずは移動で疲れた体を休めるべく、ボルドはベラやソニアにともなわれ、宿へと戻っていくのだった。
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