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第57話 白き監視者たち
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「ヒバリ。対象はどう?」
白い髪の男が陣取る森の中の木の枝に、もう1人の白い髪の男が音もなく上ってきた。
2人とも同じように若く、陰鬱な表情をしている。
2人は共に同じ主を持つ同僚だ。
「キツツキ……姉上様に言われて来たんだね」
「ああ。あの黒い髪の子供をシジマ様に奪われる前にコッソリと攫う。それが姉上様のお望みだよ。シジマ様とショーナ様に気付かれていない?」
キツツキの問いにヒバリは表情一つ動かさずに頷いた。
黒髪術者は人の持つ強い感情の動きに反応する。
その対策というわけではないが、元々ヒバリやキツツキはココノエで斥候として徹底的に感情の動きを排するように訓練されていた。
「黒髪術者に僕らは見つけられない。僕らは植物や動物と一緒だからね」
「そうだね」
彼らが感情の動きを見せるのは、絶対的な主として敬愛するオニユリの傍にいる時だけだ。
そのオニユリのために任務をこなす。
それがどれほどの困難や危険を伴おうとも。
監視対象は2つ。
エミルたちと、それを監視しているシジマたちだ。
その双方を監視しつつ、どちらにも気付かれぬようエミルだけを奪取する。
それがオニユリの望みならば、それを叶えるのみだ。
「捕獲対象が動き出したよ」
そう言うヒバリは目を凝らし、逆にキツツキは目を閉じて耳をすませる。
「4人の声が聞こえてくる」
2人は音もなく木から降りると、各々秀でた視力や聴力を活かして目標であるエミルの追跡を開始した。
☆☆☆☆☆☆
「ウェズリー閣下。アリアドへの駐留軍は予定通り今日には到着するとのことです。報せはまだですが、チェルシー様は問題なくアリアドを占領するでしょう」
副官であるヤゲンの報告にウェズリーは不機嫌な顔を隠そうともしなかった。
王国軍の副将軍であるウェズリーは公国北部の最大都市スケルツを陥落させた後、その街に留まっている。
次の街を攻め落とすために今は兵士らを休ませ、王国からの追加の兵力を待っているところだ。
「フンッ。アリアド程度は新型を持たせれば簡単に落とせる。チェルシーの奴め。さぞかしいい気になっているだろうな。妾の子の分際で厚かましい小娘だ」
腹違いとはいえ、血の繋がった妹をここまでこき下ろすウェズリーの醜悪な言動にも、ヤゲンは恭しく頭を下げたまま何も言わない。
彼は余計なことを一切口走らない男だった。
だからこそこの横暴な上官の副官が務まるのだろう。
「チェルシーが兄の密命を果たすよりも先に、俺が公国首都のラフーガを落としてやる。そのためにはまず次の標的メヌエルテだ。ヤゲン。本国から追加の武器を取り寄せている。おまえたちの新型に期待しているぞ」
「はっ。必ずご期待に沿いましょう。閣下」
そう言うヤゲンの胸の奥底にはわずかな無念が燻っていた。
自分たちココノエの一族が磨き上げてきた技術を、このような男に我が物顔で使われてしまう。
その無念さは胸の奥から消えてはいない。
(だが……ジャイルズ王に救われたのは事実。その恩に報いねば、我らの生きる道は閉ざされてしまう)
シジマやオニユリの兄であるヤゲン。
彼らの一族の故郷であるココノエは、大陸から遠く西に海を隔てた小さな島国だった。
土地が痩せていて農作物などはそれほど豊かに育つ国ではなかったが、一方で豊富に採れる各種の鉱物のおかげで、独自の技術が発展していた。
白い髪の一族は勤勉で知恵に富んでおり、彼らは大陸でも未知であった銃火器という武器を開発した。
それがあればこれまでの十分の一の兵力でも敵と互角に戦える。
人口の少ない小国ココノエでも、大陸の列強諸国と渡り合うことが出来るようになるのだ。
そう確信していた矢先のことだった。
ほんの2年前。
ココノエは人の住めない死の大地となってしまった。
平野の多いココノエの唯一の高山である白神山が、大地震を伴う大噴火を起こしたのだ。
それまで白神山はココノエの一族にとって、多くの鉱物を産出してくれる恵みの山だった。
その麓には多くの鉱山街が設けられ、鉱山労働者がひしめき合って働いていた。
だが恵みの山は一夜にして死神と化し、民に牙を剥いたのだ。
噴火と共に高速で流れ落ちてくる火砕流は一気に街を飲み込み、大勢の人間が一瞬にして命を奪われた。
その噴火に巻き込まれずに済んだ平野の街の者たちも、強風と共に吹きつけてきた有毒な火山ガスによってバタバタと倒れていったのだ。
噴煙が上空に舞い上がり、降りしきる火山灰によって大地は覆われ、農作物は枯れていった。
少ない国土のうち、人が住める場所はごくわずかになってしまったのだ。
生き残った民らは噴火から数週間経っても噴出し続ける有毒ガスや火山灰から逃れるように沿岸部へと追いやられていったが、岩だらけの沿岸部は残った民が暮らしていくには痩せ過ぎた不毛の土地だった。
ココノエの皇であり、ヤゲンの父であるカグラはこのまま先細りをする暮らしをこの地で続けることは出来ないと判断し、祖国を捨てる覚悟を決めた。
民を率いて海を渡り、大陸に移住することを決定したのだった。
だがココノエから大陸までは船で5日間もかかる上に、年中荒波が渦巻く荒れた海域だ。
途中で何隻もの船が沈み、大陸に辿り着くことが出来たのは出発時の半数ほどの船だけだったという。
結局、大陸の西端である王国に上陸したココノエの民はわずか2000人弱。
しかも途中で沈んだ船の中には皇であるカグラも乗っていたという。
指導者を失ったココノエの一族はカグラの息子であるヤゲンが一時的に代表者となり、王国のジャイルズ王に庇護を求めた。
その際に王への献上品として銃火器を提示したのだ。
これが功を奏し、ジャイルズ王はココノエの技術を王国のために提供するのであれば、一族を手厚く保護し、王国民として迎え入れると約束した。
それから2年。
白髪の民たちは王国内に住み、王国のために働いている。
ジャイルズ王はなかなか巧みな人物で、ココノエから不満が出ぬよう衣食住についてそれなりの待遇を与えたのだ。
こうしてココノエの民は新たに生きる場所を得たのだった。
この数年でココノエの一族の暮らしは大きく変わった。
変わらざるを得なかったからだ。
自分達の技術や知識を惜しみなく王国側に差し出すことに難色を示す者もいた。
その気持ちはヤゲンにも痛いほど分かる。
(だが、それでも私には一族を生き永らえさせる責任がある)
大陸に生きる場所を求めて苦渋の決断をしながら道半ばにして海に沈んだ父の遺志を受け継ぎ、ヤゲンは鉄の覚悟で今を生きるのだった。
白い髪の男が陣取る森の中の木の枝に、もう1人の白い髪の男が音もなく上ってきた。
2人とも同じように若く、陰鬱な表情をしている。
2人は共に同じ主を持つ同僚だ。
「キツツキ……姉上様に言われて来たんだね」
「ああ。あの黒い髪の子供をシジマ様に奪われる前にコッソリと攫う。それが姉上様のお望みだよ。シジマ様とショーナ様に気付かれていない?」
キツツキの問いにヒバリは表情一つ動かさずに頷いた。
黒髪術者は人の持つ強い感情の動きに反応する。
その対策というわけではないが、元々ヒバリやキツツキはココノエで斥候として徹底的に感情の動きを排するように訓練されていた。
「黒髪術者に僕らは見つけられない。僕らは植物や動物と一緒だからね」
「そうだね」
彼らが感情の動きを見せるのは、絶対的な主として敬愛するオニユリの傍にいる時だけだ。
そのオニユリのために任務をこなす。
それがどれほどの困難や危険を伴おうとも。
監視対象は2つ。
エミルたちと、それを監視しているシジマたちだ。
その双方を監視しつつ、どちらにも気付かれぬようエミルだけを奪取する。
それがオニユリの望みならば、それを叶えるのみだ。
「捕獲対象が動き出したよ」
そう言うヒバリは目を凝らし、逆にキツツキは目を閉じて耳をすませる。
「4人の声が聞こえてくる」
2人は音もなく木から降りると、各々秀でた視力や聴力を活かして目標であるエミルの追跡を開始した。
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「ウェズリー閣下。アリアドへの駐留軍は予定通り今日には到着するとのことです。報せはまだですが、チェルシー様は問題なくアリアドを占領するでしょう」
副官であるヤゲンの報告にウェズリーは不機嫌な顔を隠そうともしなかった。
王国軍の副将軍であるウェズリーは公国北部の最大都市スケルツを陥落させた後、その街に留まっている。
次の街を攻め落とすために今は兵士らを休ませ、王国からの追加の兵力を待っているところだ。
「フンッ。アリアド程度は新型を持たせれば簡単に落とせる。チェルシーの奴め。さぞかしいい気になっているだろうな。妾の子の分際で厚かましい小娘だ」
腹違いとはいえ、血の繋がった妹をここまでこき下ろすウェズリーの醜悪な言動にも、ヤゲンは恭しく頭を下げたまま何も言わない。
彼は余計なことを一切口走らない男だった。
だからこそこの横暴な上官の副官が務まるのだろう。
「チェルシーが兄の密命を果たすよりも先に、俺が公国首都のラフーガを落としてやる。そのためにはまず次の標的メヌエルテだ。ヤゲン。本国から追加の武器を取り寄せている。おまえたちの新型に期待しているぞ」
「はっ。必ずご期待に沿いましょう。閣下」
そう言うヤゲンの胸の奥底にはわずかな無念が燻っていた。
自分たちココノエの一族が磨き上げてきた技術を、このような男に我が物顔で使われてしまう。
その無念さは胸の奥から消えてはいない。
(だが……ジャイルズ王に救われたのは事実。その恩に報いねば、我らの生きる道は閉ざされてしまう)
シジマやオニユリの兄であるヤゲン。
彼らの一族の故郷であるココノエは、大陸から遠く西に海を隔てた小さな島国だった。
土地が痩せていて農作物などはそれほど豊かに育つ国ではなかったが、一方で豊富に採れる各種の鉱物のおかげで、独自の技術が発展していた。
白い髪の一族は勤勉で知恵に富んでおり、彼らは大陸でも未知であった銃火器という武器を開発した。
それがあればこれまでの十分の一の兵力でも敵と互角に戦える。
人口の少ない小国ココノエでも、大陸の列強諸国と渡り合うことが出来るようになるのだ。
そう確信していた矢先のことだった。
ほんの2年前。
ココノエは人の住めない死の大地となってしまった。
平野の多いココノエの唯一の高山である白神山が、大地震を伴う大噴火を起こしたのだ。
それまで白神山はココノエの一族にとって、多くの鉱物を産出してくれる恵みの山だった。
その麓には多くの鉱山街が設けられ、鉱山労働者がひしめき合って働いていた。
だが恵みの山は一夜にして死神と化し、民に牙を剥いたのだ。
噴火と共に高速で流れ落ちてくる火砕流は一気に街を飲み込み、大勢の人間が一瞬にして命を奪われた。
その噴火に巻き込まれずに済んだ平野の街の者たちも、強風と共に吹きつけてきた有毒な火山ガスによってバタバタと倒れていったのだ。
噴煙が上空に舞い上がり、降りしきる火山灰によって大地は覆われ、農作物は枯れていった。
少ない国土のうち、人が住める場所はごくわずかになってしまったのだ。
生き残った民らは噴火から数週間経っても噴出し続ける有毒ガスや火山灰から逃れるように沿岸部へと追いやられていったが、岩だらけの沿岸部は残った民が暮らしていくには痩せ過ぎた不毛の土地だった。
ココノエの皇であり、ヤゲンの父であるカグラはこのまま先細りをする暮らしをこの地で続けることは出来ないと判断し、祖国を捨てる覚悟を決めた。
民を率いて海を渡り、大陸に移住することを決定したのだった。
だがココノエから大陸までは船で5日間もかかる上に、年中荒波が渦巻く荒れた海域だ。
途中で何隻もの船が沈み、大陸に辿り着くことが出来たのは出発時の半数ほどの船だけだったという。
結局、大陸の西端である王国に上陸したココノエの民はわずか2000人弱。
しかも途中で沈んだ船の中には皇であるカグラも乗っていたという。
指導者を失ったココノエの一族はカグラの息子であるヤゲンが一時的に代表者となり、王国のジャイルズ王に庇護を求めた。
その際に王への献上品として銃火器を提示したのだ。
これが功を奏し、ジャイルズ王はココノエの技術を王国のために提供するのであれば、一族を手厚く保護し、王国民として迎え入れると約束した。
それから2年。
白髪の民たちは王国内に住み、王国のために働いている。
ジャイルズ王はなかなか巧みな人物で、ココノエから不満が出ぬよう衣食住についてそれなりの待遇を与えたのだ。
こうしてココノエの民は新たに生きる場所を得たのだった。
この数年でココノエの一族の暮らしは大きく変わった。
変わらざるを得なかったからだ。
自分達の技術や知識を惜しみなく王国側に差し出すことに難色を示す者もいた。
その気持ちはヤゲンにも痛いほど分かる。
(だが、それでも私には一族を生き永らえさせる責任がある)
大陸に生きる場所を求めて苦渋の決断をしながら道半ばにして海に沈んだ父の遺志を受け継ぎ、ヤゲンは鉄の覚悟で今を生きるのだった。
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