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第49話 夜更けの食卓

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 アリアド近くの小さな森。
 夜更よふけの水車小屋では随分ずいぶんと遅い晩餐会ばんさんかいが開かれていた。
 プリシラ、エミルは夢中で食べ物を口に運び咀嚼そしゃくする。
 きちんとした食事を最後にったのが早朝のビバルデであり、その後は半日以上まともに食べ物を口にしていなかったため、2人はパンとスープをあっという間に平らげた。
 その様子を見てジュードは嬉しそうに顔をほころばせる。

「大した食事じゃないが、そんなふうに食べてくれると作った甲斐かいがあるな。正直、2人には口に合わないんじゃないかと思ったからさ。普段はもっといいものを食べているだろうし」

 そう言うジュードにプリシラは首を横に振る。

「そんなことないわ。とてもおいしかった。ありがとう。ジュード」
「ご、ごちそうさま……でした」

 プリシラのとなりでエミルも姉にならっておずおずと礼を言う。
 そんな2人に笑顔を向けながら、ジュードは固いパンをスープにひたしてふやかしながら口に運んだ。
 
「さっきの風呂のこともそうだけど、2人とも意外と馴染なじむのが早いな」
「アタシもエミルも月に一度は野営訓練をしているから」
「野営訓練?」
「ええ。一族は今はダニアの都で暮らしているけど、母様がアタシくらいの時は一年の半分以上は野原に天幕を張って野営していたのよ」

 都での便利な暮らしを享受きょうじゅしているうちに、かつての不便な暮らしの時の夜営技術を知らない若い世代も出て来た。
 ダニアの伝統としてそれを忘れぬよう、若者らを中心に街を出て山野で天幕を張り、寝泊りする野営訓練を月に3日間ほど行うのが恒例となっていた。
 万が一、遠征での戦が今後起きた場合に、戸惑うことなく野営が出来るように。
 そこにプリシラとエミルも毎回参加していたのだ。

「へぇ。ただの嬢ちゃん坊ちゃんじゃないんだね」

 パンをかじりながら無遠慮ぶえんりょにそう言うジャスティーナをジュードはひじで小突くが、プリシラはまったく気にしたふうもなく笑って見せる。

「そうよ。お貴族様じゃないの。アタシたちには荒ぶる蛮族ばんぞくの血が流れているからね」

 そう言うとプリシラはジュードがれてくれた温かなお茶をゆっくりと飲んだ。
 プリシラからジュードにも色々と聞きたいことがあったが、先ほどジャスティーナから出会ったばかりで素性をペラペラとしゃべる気はないと、辛辣しんらつな言葉をもらったばかりなので自重する。
 それに風呂でサッパリして、それから空腹が満たされると今度は眠気が押し寄せてきて徐々に頭が働かなくなってきていた。
 となりを見るとすでにエミルはボーッとして眠そうに目をしばたかせている。

「エミル。眠いなら、ちゃんと口をすすいで歯磨はみきをしてから寝なさい。虫歯になるわよ」

 そう言うとプリシラはエミルの手を取り、立ち上がる。
 ジュードからは生活するのに困らぬよう、歯ブラシなど最低限の日用品は受け取っていた。

「ジュード。ごちそうさま。次は私にも手伝わせて。作ってもらってばかりじゃ悪いから」
「了解。じゃあ明日の朝食は一緒に作ろう」

 そう言うジュードに笑顔でうなづき、プリシラはエミルの手を引いて小屋を出ていく。
 小屋の中に残されたジュードは残ったパンを明日のために清潔な紙に包み込み、ジャスティーナは鶏肉とりにくの残りをまんで口に放り込む。

「ジャスティーナ。俺はもういいから、残りの肉は食べちゃってくれ」
「ああ。それより今日、あの白髪女と一緒にいた黒髪の女は、あんたの後輩だろ? 顔を見られたのはまずかったな」

 そう言うジャスティーナにジュードは肩をすくめる。

「良くはないけど仕方ないさ。でも俺も知らない子だったし、向こうも俺を知らないだろう。何せ俺が黒帯隊ダークベルトにいたのはもう10年以上も前のことだからな。その頃とは俺の人相も背格好も大きく変わっている。昔馴染なじみにでも会わない限り、俺だとは分からないさ」

 そう言いながらジュードは昔馴染なじみである女性の顔を思い浮かべていた。

(おそらくショーナも来ているだろう。だとすると……)

 ジュードは黒髪術者ダークネスとしての力を閉じていた。
 エミルにも同じようにさせている。
 相手にこちらを探られないためだ。

(さすがにショーナはこの顔を見れば俺だと気付くだろう)

 ショーナに会うのは恐ろしかった。
 かつて彼女の助力を得てジュードは黒帯隊ダークベルトの訓練兵舎から逃げ出したのだ。
 あの時、ジュードは当初、1人で逃げるつもりだった。

 だがショーナを連れて逃げたいと思ってしまったのだ。
 なぜならショーナも自分と同じで本当はあの場所にいたくないのだとジュードは勘付かんづいていたからだ。
 だからショーナがいつも日が暮れ落ちてから裏庭を散歩していることを知っていて、その場所に足を向けたのだった。

(今、思えば無鉄砲な子どもの行動だった。ショーナは自分とは立場が違う。あの場所から無責任に逃げられるわけはない。なのに俺は……)

 あの日、ショーナはジュードを見つけて脱走をいさめながら、それでも最後にはジュードが逃げられるように後押しをしてくれた。
 おそらく咄嗟とっさの衝動的な行動だったのだろう。
 大人になった今ならば彼女の心情が分かる。
 指導者という立場があるから逃げることは出来ない。
 それでも逃げたい気持ちが彼女の胸にはあって、せめてジュードのことは逃がしてあげたいという心情が反射的に働いたのだと思う。

 きっとあの後、ジュードがいなくなったことで兵舎は騒ぎとなり、ショーナは監督責任を問われてばつを受けただろう。
 それがどんなものであるのかは長く属した組織であったから分かっている。
 そのことはずっと気にんできた。
 だがそれはジュードの選択の結果なのだ。
 せめておのれの行いを忘れず、その罪悪感をこの先も抱えて生きることが自分へのばつだと思った。

「まだ昔のことを気にんでいるのか。食事の時にその辛気しんきくさい顔を見せられるとめしがまずくなるからやめろ」

 そう言いながらジャスティーナは言葉とは裏腹にスープをうまそうに飲み干した。
 彼女もジュードの昔のことは知っている。
 もう3年以上に及ぶ付き合いであり、同行する以上、彼女にも危険が及ぶかもしれないため、ジュードは自身の過去を彼女に話しておいたのだ。
 だがジャスティーナはジュードが過去の出来事にとらわれて苦悩しているような時には、それをまるで猫の喧嘩けんかでも見るかのようにくだらないことと切り捨てるのだ。
 そんな彼女の泰然とした態度がジュードにはありがたかった。

「まずくなると言っている割には、しっかり完食しているじゃないか」

 そう言って苦笑するジュードにジャスティーナは事もなげに言った。

「食べられる時に食べておかないとな。それよりジュード。あまりあの子供らに入れ込み過ぎるなよ。そういうのが後で命取りになるんだ」

 ジャスティーナの言わんとしていることは分かっている。
 ジュードにはショーナのこと以外にも王国に心残りがあるのだ。
 それをジャスティーナも知っている。
 
「あんたが過去に面倒見ていたカワイコちゃんはもういない。今は王国最強の戦士・チェルシー将軍なんだ」

 チェルシーを残して王国から逃げ出したこと。
 そのことがジュードにとっては負い目となっていた。
 今でも鮮明に覚えている。
 幼きチェルシーのさびしげな顔がジュードの脳裏のうりに刻まれた記憶を呼び起こすのだった。
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