48 / 101
第47話 月下の脱出
しおりを挟む
「逃がしてよかったの?」
そう言うプリシラにジュードは思わず呆れ、ジャスティーナは苦笑する。
教会の聖堂前。
美しい白髪を持つオニユリという王国軍の女に襲撃されたのだ。
オニユリの持つ拳銃は恐ろしい武器だった。
ジュードは今、負傷したジャスティーナの手当てをしている。
「ジュードが機転を利かせなければ今頃はやられていたかもしれないだろ。あんたも私も一撃食らって本来の動きが出来ない状況だった。無理にやり合う必要はない。避けられる戦いは避けるべきさ。とにかく今はここからの脱出あるのみだな」
そう言うジャスティーナのこめかみからは出血はあるが、傷は深くないようですでに血は止まっていた。
すぐにジュードが手早く消毒と応急処置を済ませ、傷口に当てて布をして手拭いを頭に巻いている。
さらにジャスティーナは胸にも一発浴びており、鉄の胸当てが凹んで黒く焦げていた。
今はその胸当てを外し、赤黒いアザのようになっているジャスティーナの患部にジュードは軟膏を塗り、当て布をしてやはり包帯を巻いていた。
ジャスティーナ自身が言うには骨は折れていないようだが、痛みは続いているようだ。
「プリシラ。撃たれた箇所は? おまえも手当てが必要だろ」
そう言うジャスティーナだが、プリシラは折れた短剣を見せた。
「これが防いでくれたわ。衝撃で飛ばされて軽く頭を打った時はフラフラしたけど。体は全然問題ないわ」
刀身の半ばで不自然に折れた短剣を見て、ジャスティーナはさすがに驚きの表情を見せる。
「それで飛んでくる鉛弾を弾いたのか? まさか見えたのか?」
「まさか。何も見えなかった。助かったのは運が良かったのよ」
そうは言うもののプリシラは鉛弾こそ見えなかったが、オニユリが銃を構えた瞬間の銃口がハッキリと見えていた。
その向かう先が自分の左胸を狙っているような気がしたのだ。
そして咄嗟に短剣を左胸の前に構えた。
その一瞬の動作が生死を分けたのだろう。
「……強運の持ち主だね。とはいえ少しでも射線がずれていたら死んでいたかもしれない。出来るだけああいう手合は相手にしないほうがいい。あの武器は……鍛え上げた人間の肉体ですら簡単に破壊しちまう」
珍しく陰鬱な口調でそう言うジャスティーナに、プリシラは怪訝な表情を見せた。
「ジャスティーナはあの拳銃とかいう武器を以前に見たことがあると言っていたけど……」
「ああ……まあな。ただ今は話をしている場合じゃない。早くこの街から出よう。ここにもいつ火の手や敵の手が回ってくるか分からないからな」
そう言うとジャスティーナは皆を先導し、聖堂の屋根へと上る階段へと向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆
アリアドの街の市壁の外には月明かりに照らされた平原が広がっている。
東に向かう街道が数百メートル先に見えていた。
教会の聖堂の屋根から市壁に縄を垂らし、それを伝って街の外に出ることに成功したプリシラとエミル、ジャスティーナとジュードの4人は草むらに座り込んでひとまず息をついた。
「皆かなり疲れているな。外には王国軍もいないようだし、少し離れたところで休息を取ろう」
そう言うとジュードは全員に水袋を手渡した。
ここに来るまでに走り続けてきたせいで、皆の顔には疲労が色濃く滲んでいる。
頑健なプリシラやジャスティーナは激しい戦いを幾度か経ても、まだその目には鋭い光を宿しているが、エミルなどはもう疲れと眠気でフラフラしていた。
「ほら。もう少しだからがんばりなさい。エミル」
そう言うとプリシラは立ち上がり、エミルの手を取って歩き出した。
アリアドからビバルデまでの道のりには国境を挟んでいくつかの小さな村が点在している。
夜のうちに最初の村に到着するのは無理なので、今夜はどこか安全な場所で寝泊まりをするようだろう。
「少し歩いた先に小川と水車小屋がある。そこで寝泊まりしよう。寝台こそないが寝藁もあるし水が豊富だから湯を沸かして体を洗うことも出来る。2人の新しい服も購入したから着替えるといい」
そう言ってジャスティーナと共に歩き出すジュードにプリシラは感心したように言った。
「あなたたちって本当に旅慣れているのね。すごいわ」
「まあ、ジャスティーナと旅するようになって3年ちょっと、その前は1人で7年近く旅をしていたからね。それにこの辺りはもう何度も行き来してるから、どこに何があるかもある程度は分かっているし」
そう言うとジュードは腰袋からさらに小さな小袋を取り出した。
そして小さな乾燥果物をプリシラとエミルに1つずつ手渡した。
「これは?」
「乾燥させた杏だ。疲れに効くぞ」
そう言うとジュードは柔和な笑みを浮かべて背負っている袋に手を当てて見せる。
「食糧も買い込んで来たから、小屋に着いたら食事にしよう。温かいものを腹に入れないとな」
そう言うジュードの笑顔にプリシラとエミルは緊張に張り詰めていた心身が緩むの感じ、もらった杏を口に含む。
酸味を伴う甘みがゆっくりと口の中に広がり、2人は思わずホッと安堵の吐息を漏らすのだった。
☆☆☆☆☆☆
アリアドの市壁から縄を垂らしていくつかの人影が街の外へと降りていく様子を、背の高い草むらの身を隠しながらシジマは目を凝らして見つめていた。
月明かりに照らされているため、こうして距離のある場所からでもその様子はハッキリと見える。
そのため人影の中に2人の黒髪の人物がいることもすぐに分かった。
そのうちの1人は子供のようであり、金髪の人物の背に背負われながら地上へと降下していく。
「金髪の女と黒髪の子供。あれがプリシラとエミルだな。弟を背負って平然と降りていった。その身体能力の強さは噂通りだな」
そう言うシジマの隣で黒髪のショーナは呆然と前方を見つめていた。
ただならぬその様子にシジマは怪訝な表情を浮かべる。
「……知り合いか?」
「……ええ。確信はないけれど、おそらくかつて……黒帯隊に所属した……顔馴染みよ」
そう言うショーナの顔は痛みを堪えるような苦い表情に沈んでいた。
そう言うプリシラにジュードは思わず呆れ、ジャスティーナは苦笑する。
教会の聖堂前。
美しい白髪を持つオニユリという王国軍の女に襲撃されたのだ。
オニユリの持つ拳銃は恐ろしい武器だった。
ジュードは今、負傷したジャスティーナの手当てをしている。
「ジュードが機転を利かせなければ今頃はやられていたかもしれないだろ。あんたも私も一撃食らって本来の動きが出来ない状況だった。無理にやり合う必要はない。避けられる戦いは避けるべきさ。とにかく今はここからの脱出あるのみだな」
そう言うジャスティーナのこめかみからは出血はあるが、傷は深くないようですでに血は止まっていた。
すぐにジュードが手早く消毒と応急処置を済ませ、傷口に当てて布をして手拭いを頭に巻いている。
さらにジャスティーナは胸にも一発浴びており、鉄の胸当てが凹んで黒く焦げていた。
今はその胸当てを外し、赤黒いアザのようになっているジャスティーナの患部にジュードは軟膏を塗り、当て布をしてやはり包帯を巻いていた。
ジャスティーナ自身が言うには骨は折れていないようだが、痛みは続いているようだ。
「プリシラ。撃たれた箇所は? おまえも手当てが必要だろ」
そう言うジャスティーナだが、プリシラは折れた短剣を見せた。
「これが防いでくれたわ。衝撃で飛ばされて軽く頭を打った時はフラフラしたけど。体は全然問題ないわ」
刀身の半ばで不自然に折れた短剣を見て、ジャスティーナはさすがに驚きの表情を見せる。
「それで飛んでくる鉛弾を弾いたのか? まさか見えたのか?」
「まさか。何も見えなかった。助かったのは運が良かったのよ」
そうは言うもののプリシラは鉛弾こそ見えなかったが、オニユリが銃を構えた瞬間の銃口がハッキリと見えていた。
その向かう先が自分の左胸を狙っているような気がしたのだ。
そして咄嗟に短剣を左胸の前に構えた。
その一瞬の動作が生死を分けたのだろう。
「……強運の持ち主だね。とはいえ少しでも射線がずれていたら死んでいたかもしれない。出来るだけああいう手合は相手にしないほうがいい。あの武器は……鍛え上げた人間の肉体ですら簡単に破壊しちまう」
珍しく陰鬱な口調でそう言うジャスティーナに、プリシラは怪訝な表情を見せた。
「ジャスティーナはあの拳銃とかいう武器を以前に見たことがあると言っていたけど……」
「ああ……まあな。ただ今は話をしている場合じゃない。早くこの街から出よう。ここにもいつ火の手や敵の手が回ってくるか分からないからな」
そう言うとジャスティーナは皆を先導し、聖堂の屋根へと上る階段へと向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆
アリアドの街の市壁の外には月明かりに照らされた平原が広がっている。
東に向かう街道が数百メートル先に見えていた。
教会の聖堂の屋根から市壁に縄を垂らし、それを伝って街の外に出ることに成功したプリシラとエミル、ジャスティーナとジュードの4人は草むらに座り込んでひとまず息をついた。
「皆かなり疲れているな。外には王国軍もいないようだし、少し離れたところで休息を取ろう」
そう言うとジュードは全員に水袋を手渡した。
ここに来るまでに走り続けてきたせいで、皆の顔には疲労が色濃く滲んでいる。
頑健なプリシラやジャスティーナは激しい戦いを幾度か経ても、まだその目には鋭い光を宿しているが、エミルなどはもう疲れと眠気でフラフラしていた。
「ほら。もう少しだからがんばりなさい。エミル」
そう言うとプリシラは立ち上がり、エミルの手を取って歩き出した。
アリアドからビバルデまでの道のりには国境を挟んでいくつかの小さな村が点在している。
夜のうちに最初の村に到着するのは無理なので、今夜はどこか安全な場所で寝泊まりをするようだろう。
「少し歩いた先に小川と水車小屋がある。そこで寝泊まりしよう。寝台こそないが寝藁もあるし水が豊富だから湯を沸かして体を洗うことも出来る。2人の新しい服も購入したから着替えるといい」
そう言ってジャスティーナと共に歩き出すジュードにプリシラは感心したように言った。
「あなたたちって本当に旅慣れているのね。すごいわ」
「まあ、ジャスティーナと旅するようになって3年ちょっと、その前は1人で7年近く旅をしていたからね。それにこの辺りはもう何度も行き来してるから、どこに何があるかもある程度は分かっているし」
そう言うとジュードは腰袋からさらに小さな小袋を取り出した。
そして小さな乾燥果物をプリシラとエミルに1つずつ手渡した。
「これは?」
「乾燥させた杏だ。疲れに効くぞ」
そう言うとジュードは柔和な笑みを浮かべて背負っている袋に手を当てて見せる。
「食糧も買い込んで来たから、小屋に着いたら食事にしよう。温かいものを腹に入れないとな」
そう言うジュードの笑顔にプリシラとエミルは緊張に張り詰めていた心身が緩むの感じ、もらった杏を口に含む。
酸味を伴う甘みがゆっくりと口の中に広がり、2人は思わずホッと安堵の吐息を漏らすのだった。
☆☆☆☆☆☆
アリアドの市壁から縄を垂らしていくつかの人影が街の外へと降りていく様子を、背の高い草むらの身を隠しながらシジマは目を凝らして見つめていた。
月明かりに照らされているため、こうして距離のある場所からでもその様子はハッキリと見える。
そのため人影の中に2人の黒髪の人物がいることもすぐに分かった。
そのうちの1人は子供のようであり、金髪の人物の背に背負われながら地上へと降下していく。
「金髪の女と黒髪の子供。あれがプリシラとエミルだな。弟を背負って平然と降りていった。その身体能力の強さは噂通りだな」
そう言うシジマの隣で黒髪のショーナは呆然と前方を見つめていた。
ただならぬその様子にシジマは怪訝な表情を浮かべる。
「……知り合いか?」
「……ええ。確信はないけれど、おそらくかつて……黒帯隊に所属した……顔馴染みよ」
そう言うショーナの顔は痛みを堪えるような苦い表情に沈んでいた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる