40 / 101
第39話 業火に落ちる街
しおりを挟む
「くっ! あんなに……」
アリアドの街に駆けつけたプリシラは街の入口の手前で立ち止まり、思わず呻くようにそう声を漏らした。
街の惨状は思ったよりひどいものだった。
あちこちで火の手が上がり、夜空を赤く染めている。
すぐ前方では街の北側の出入口である大門が見るも無残に焼け落ちて、瓦礫と化している。
そして街のそこかしこにアリアド兵の遺体が転がっていた。
思わずエミルは肩を震わせる。
そんな彼の手を掴んでプリシラは言った。
「エミル。ジュードの居場所は分かる?」
姉にそう言われたエミルは、閉じていた黒髪術者としての感覚を再び開く。
そして彼は探った。
ジュードのあの優しげな気配を。
だが……1分ほど経過したところでエミルは顔を曇らせ、姉に目を向ける。
「……感じない。ジュードさんの力を……この街のどこにも感じない」
「えっ……」
エミルの言葉に思わずプリシラは絶句した。
ジュードの気配を感じ取ることが出来ない。
最悪の事態が頭によぎる。
だがそんなプリシラの肩をガシッと掴んだのはジャスティーナだ。
彼女の顔は微塵も動揺を感じさせない。
「言っただろう? あいつはそんな簡単にくたばりゃしないって」
「だけど……」
思わず口ごもるプリシラだが、そこで震える声を絞り出したのはエミルだ。
「……いっぱいいる」
「え? 何が?」
そう聞き返すプリシラを見上げてエミルは不安げな面持ちで言った。
「ジュードさんは見つけられないけれど、それ以外の黒髪術者の人が……何十人もいる」
「何ですって?」
エミルの話に思わずプリシラは眉を潜めるが、ジャスティーナは合点がいったというように頷いた。
彼女はジュードから聞かされて知っているのだ。
「なるほどな。ここを襲ったのは王国兵だ。連中の中には黒髪術者としての力を軍事転用する部隊がいる。そいつらがこの街に来ているんだろう。おそらくジュードの奴はそれに気付いて気配を隠しているんだ」
そう言うとジャスティーナはエミルの肩にポンと手を置いた。
「感覚を閉じな。ジュードは生きている。おそらく黒髮術者たちに見つからないよう、うまく立ち回っているさ」
彼女の言葉にエミルは頷いた。
だがその隣でプリシラは困惑の表情を浮かべる。
「でもジャスティーナ。ジュードが感覚を閉じているのなら、彼を探し出すのは難しいんじゃ……」
街はあちこちで火災が拡大し、人々は逃げ惑い、混乱を極めている。
この状況で黒髮術者の力無しにジュードを探し当てるのは困難だとプリシラは思った。
だがジャスティーナは首を横に振る。
「ジュードは街からの脱出を考えるだろう。だが、この状況では他の大門はすべて閉鎖されている。だが、あいつはそれでもここから脱出できる場所を一ヶ所だけ知っているんだ。そしてそこを私も知っている。ついて来な」
そう言うとジャスティーナは2人を先導して再び走り出すのだった。
☆☆☆☆☆☆
「くっ! た、たった一晩もしないうちに……」
アリアドの街の中心部に建てられた庁舎の最上階では、この街の領主であるエイムズが近衛兵らに守られながら、怒りの形相で机を叩いている。
この街を守る1000人を超える部隊は、たった200人ほどの王国兵によって壊滅に追い込まれようとしていた。
庁舎の前面で今も激しく燃え続ける業火による熱気と黒煙で、窓を開けることすらままならない。
そして階下からは激しく争う音や、兵士たちの悲鳴が聞こえてくる。
「領主様……最後までお守りいたします」
近衛兵らは青ざめた表情ながら決然とそう言った。
しかし彼らにも分かっている。
じきにここに踏み込んで来る敵を前に、自分たちなど何の役にも立たないことを。
このアリアドを攻める王国兵団の総大将を務めるのは王国軍の将軍である銀髪のチェルシーだ。
彼女は今、50人ほどの兵を引きつれてこの庁舎を攻め上がって来ている。
武勇を誇るチェルシーを止められる者など、この街にはいないことはエイムズも分かっていた。
そしてついに領主の部屋の扉が開かれ、銀色の髪を靡かせた美しい娘が踏み込んで来る。
噂に違わぬ美しさを誇るその娘は、返り血を浴びた鎧を身につけ、凛とした表情でエイムズを見据えた。
「ワタシは王国軍の将軍を務めるチェルシーよ。アリアドの領主・エイムズ。今すぐ降伏し、この街が王国軍の管理下に置かれることを認めなさい。そうすればあなたの命は保証するわ。そちらの兵についてもこれ以上の抵抗をやめ投降するのであれば、こちらも攻撃を停止します」
「ぐっ……」
エイムズは唇を噛みしめ、無念の表情で両手を上げて投降の意を示す。
ここで自分が反抗しても、この街の陥落と王国軍による占領は決まっている。
無駄に人命を失わせる決断は領主のすることではない。
「分かった……アリアドは降伏する。これ以上の死者は出したくない。こちらの兵たちに我が意を速やかに伝えよう」
そう言うとエイムズは部下たちに命じ、アリアド兵に抵抗をやめて投降するよう伝令を出す。
チェルシーも部下たちに命じた。
「占領の証を立てなさい」
ほどなくして庁舎の屋上に翻る公国旗は引きずり下ろされ、代わりに王国旗が風にはためくようになる。
そして領主であるエイムズからの投降指令がアリアド兵たちに伝わっていき、戦いは一方的な結果で幕を引くこととなった。
公国領アリアドは一夜にして陥落し、チェルシー率いる王国軍の占領下に甘んじることとなったのだった。
アリアドの街に駆けつけたプリシラは街の入口の手前で立ち止まり、思わず呻くようにそう声を漏らした。
街の惨状は思ったよりひどいものだった。
あちこちで火の手が上がり、夜空を赤く染めている。
すぐ前方では街の北側の出入口である大門が見るも無残に焼け落ちて、瓦礫と化している。
そして街のそこかしこにアリアド兵の遺体が転がっていた。
思わずエミルは肩を震わせる。
そんな彼の手を掴んでプリシラは言った。
「エミル。ジュードの居場所は分かる?」
姉にそう言われたエミルは、閉じていた黒髪術者としての感覚を再び開く。
そして彼は探った。
ジュードのあの優しげな気配を。
だが……1分ほど経過したところでエミルは顔を曇らせ、姉に目を向ける。
「……感じない。ジュードさんの力を……この街のどこにも感じない」
「えっ……」
エミルの言葉に思わずプリシラは絶句した。
ジュードの気配を感じ取ることが出来ない。
最悪の事態が頭によぎる。
だがそんなプリシラの肩をガシッと掴んだのはジャスティーナだ。
彼女の顔は微塵も動揺を感じさせない。
「言っただろう? あいつはそんな簡単にくたばりゃしないって」
「だけど……」
思わず口ごもるプリシラだが、そこで震える声を絞り出したのはエミルだ。
「……いっぱいいる」
「え? 何が?」
そう聞き返すプリシラを見上げてエミルは不安げな面持ちで言った。
「ジュードさんは見つけられないけれど、それ以外の黒髪術者の人が……何十人もいる」
「何ですって?」
エミルの話に思わずプリシラは眉を潜めるが、ジャスティーナは合点がいったというように頷いた。
彼女はジュードから聞かされて知っているのだ。
「なるほどな。ここを襲ったのは王国兵だ。連中の中には黒髪術者としての力を軍事転用する部隊がいる。そいつらがこの街に来ているんだろう。おそらくジュードの奴はそれに気付いて気配を隠しているんだ」
そう言うとジャスティーナはエミルの肩にポンと手を置いた。
「感覚を閉じな。ジュードは生きている。おそらく黒髮術者たちに見つからないよう、うまく立ち回っているさ」
彼女の言葉にエミルは頷いた。
だがその隣でプリシラは困惑の表情を浮かべる。
「でもジャスティーナ。ジュードが感覚を閉じているのなら、彼を探し出すのは難しいんじゃ……」
街はあちこちで火災が拡大し、人々は逃げ惑い、混乱を極めている。
この状況で黒髮術者の力無しにジュードを探し当てるのは困難だとプリシラは思った。
だがジャスティーナは首を横に振る。
「ジュードは街からの脱出を考えるだろう。だが、この状況では他の大門はすべて閉鎖されている。だが、あいつはそれでもここから脱出できる場所を一ヶ所だけ知っているんだ。そしてそこを私も知っている。ついて来な」
そう言うとジャスティーナは2人を先導して再び走り出すのだった。
☆☆☆☆☆☆
「くっ! た、たった一晩もしないうちに……」
アリアドの街の中心部に建てられた庁舎の最上階では、この街の領主であるエイムズが近衛兵らに守られながら、怒りの形相で机を叩いている。
この街を守る1000人を超える部隊は、たった200人ほどの王国兵によって壊滅に追い込まれようとしていた。
庁舎の前面で今も激しく燃え続ける業火による熱気と黒煙で、窓を開けることすらままならない。
そして階下からは激しく争う音や、兵士たちの悲鳴が聞こえてくる。
「領主様……最後までお守りいたします」
近衛兵らは青ざめた表情ながら決然とそう言った。
しかし彼らにも分かっている。
じきにここに踏み込んで来る敵を前に、自分たちなど何の役にも立たないことを。
このアリアドを攻める王国兵団の総大将を務めるのは王国軍の将軍である銀髪のチェルシーだ。
彼女は今、50人ほどの兵を引きつれてこの庁舎を攻め上がって来ている。
武勇を誇るチェルシーを止められる者など、この街にはいないことはエイムズも分かっていた。
そしてついに領主の部屋の扉が開かれ、銀色の髪を靡かせた美しい娘が踏み込んで来る。
噂に違わぬ美しさを誇るその娘は、返り血を浴びた鎧を身につけ、凛とした表情でエイムズを見据えた。
「ワタシは王国軍の将軍を務めるチェルシーよ。アリアドの領主・エイムズ。今すぐ降伏し、この街が王国軍の管理下に置かれることを認めなさい。そうすればあなたの命は保証するわ。そちらの兵についてもこれ以上の抵抗をやめ投降するのであれば、こちらも攻撃を停止します」
「ぐっ……」
エイムズは唇を噛みしめ、無念の表情で両手を上げて投降の意を示す。
ここで自分が反抗しても、この街の陥落と王国軍による占領は決まっている。
無駄に人命を失わせる決断は領主のすることではない。
「分かった……アリアドは降伏する。これ以上の死者は出したくない。こちらの兵たちに我が意を速やかに伝えよう」
そう言うとエイムズは部下たちに命じ、アリアド兵に抵抗をやめて投降するよう伝令を出す。
チェルシーも部下たちに命じた。
「占領の証を立てなさい」
ほどなくして庁舎の屋上に翻る公国旗は引きずり下ろされ、代わりに王国旗が風にはためくようになる。
そして領主であるエイムズからの投降指令がアリアド兵たちに伝わっていき、戦いは一方的な結果で幕を引くこととなった。
公国領アリアドは一夜にして陥落し、チェルシー率いる王国軍の占領下に甘んじることとなったのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる